第41話 拷問官

「聖人様が帰って来られたぞー!」


 俺たちを乗せた荷馬車が村へ近づくと、真っ暗だった村に明かりが灯り始める。


 やがて村のあちこちから人影が弾かれたように飛び出してきた。


 夜の闇を押し退けるように、灯りを手にした大勢の村人たちが瞬く間に村の入口へ集まってくる。その手には例外なく、例の在庫処分品――あの不格好な木彫りの御像が握られていた。


 荷馬車が軋んだ音を立てて停車すると、先頭にいた老人が俺の顔を見上げるなり、その場で両手を固く合わせた。


「ありがたやー! ありがたやー!」


 掲げられたカンテラの炎が夜風に揺れる中、周囲の村人たちも次々と頭を下げては祈りを捧げ始める。


「……」


 俺は何も言わず、重い腰を上げて荷台から降り立った。


 正直なところ、胸の中を満たしていたのは、ただただ面倒くさいという感情だけだった。


 俺は村長にこれまでの経緯を簡単に説明した後、荷台の奥で縛り上げられているイグナーツたちを確認してもらった。


「近頃、この辺りで問題になっていた盗賊団ですな。まさか聖人様自ら、このような辺鄙な村の問題解決にまで力を貸してくださるとは……」

「当然のことよ。これもすべては光劫清森幸福論の尊き教え、そして『引き寄せの法則』がもたらした必然の力なのよ!」

「おおっ……! そうでありましたか! いやはや、なんとありがたや、ありがたや……」


 有栖川がまたしても適当なことを吹き込んでいる。


「して、捕らえたこの者たちは、これからどうするのですかな?」

「レジャスの街にいる憲兵へ引き渡すつもりだ。ただ、それまでの間、どこか安全な場所に閉じ込めておけないだろうか」


 俺がそう尋ねると、村長をはじめとした村人たちが顔を見合わせ、小声で相談を始めた。


「それでしたら、ぜひ村の牢屋をお使いください」

「牢屋……?」


 思いがけない言葉に、俺は思わず聞き返した。


「はい。この村には地下牢がございます」


 俺は隣に立つ明智と無言で視線を交わした。


 明智が扇子をぱちりと鳴らす。


「このような村に牢屋があるとは、少々驚きですな」


 これには有栖川も予想外だったのか、ふんと鼻を鳴らして感心したように頷いた。


「ここは元々、グランタリアからの不法な密輸を取り締まる拠点として、国によって作られた村ですからな」

「ほお……それはそれは」


 明智の口調はいつも通り穏やかだったが、わずかに動揺したのか、額には一筋の汗が伝っていた。


「では、ご案内いたしましょう」

「拙者はひとまず荷馬車を村の隅へ停めてから参りますぞ」


 これ以上、荷台の積荷を見られたくないのだろう。


 明智はイグナーツたちを荷台から引きずり下ろすと、足早にその場を離れていった。


「桐島たちは先に宿へ行っててくれ」


 すでに荷台を降りていた桐島たちに声をかけると、「わかった」と短い返事が返ってくる。


 桐島、水瀬、安西の三人が宿へ向かうのを見届けてから、俺は村人たちとともに盗賊を地下牢へ連行した。



 ◆



 村長に案内されたのは、村の北側に建つ古い石造りの建物の地下だった。


 湿った空気を含んだ石階段を一段ずつ降りていくと、壁に掛けられた松明の明かりに照らされながら、薄暗い通路が奥へ真っ直ぐ延びている。


 長い年月を経て変色した石壁には青黒い苔がびっしりと張り付き、足元には冷たく湿った空気が淀んでいた。


「随分古いな」

「もうかれこれ数十年前に作られたものですからな」


 松明の煤臭い空気が漂う通路を進んでいくと、やがて奥に太い鉄格子で仕切られた牢が見えてきた。


「これまた、なかなか趣のある地下牢ですな」


 少し遅れてやってきた明智が周囲を見回しながら感心したように言う。


「ほら、さっさと入りなさいよ」


 有栖川は縄で縛られたイグナーツたちを容赦なく牢内へ押し込むと、錆びついた鉄格子を乱暴に閉めた。


「貴様ら平民無勢がッ! この私に対してこのような不敬を働いて、ただで済むと思っているのか!」

「あんたはもうただの盗賊。仮にここで殺されたとしても、誰がその事実を知るの? 本当にバカなんじゃない?」

「……っ!」


「というか、むしろあんたの家族は感謝するんじゃない? 身内の恥が公になる前に処理してもらえたんだから。貴族なんて、そういう見栄ばかり気にする生きものでしょう?」

「異世界人ごときが、知った風な口をッ!」

「でも安心しなさい。あたしたちは殺したりしないわ。ロベル公爵だったかしら? あんたの家族には、これからたっぷり恥をかいてもらうだけよ」

「こっ、小娘がッ……!」


 イグナーツは怒りで顔を真っ赤に染め、鉄格子を掴んで喚き散らした。


 だが、その後ろに控える盗賊たちはすでに戦意を失っており、誰一人として口を開こうとはしなかった。彼らは怯えた表情のまま壁際に身を寄せ合っている。


 俺は鉄格子の前まで進み、イグナーツを見据えた。


「お前、俺たちが今日あの街道を通ることを最初から知っていたのか?」

「だったら何だというのだ!」


 鎌倉に俺たちの情報を流した相手が、あの噂好きの雨宮彼方であることはすでに判明している。


 だとすれば、イグナーツへ情報を流した人物も――。


「雨宮彼方。――この名前に聞き覚えはあるか?」


 その瞬間、それまで怒鳴り散らしていたイグナーツの口がぴたりと閉じた。


 案外分かりやすいな。


「答えなさいよ!」


 有栖川が鋭く声を飛ばす。


 しかしイグナーツは石壁に背を預けたまま、こちらを見ようともしなかった。


「どうせあの変人で間違いないわよ」

「だとしても、今の段階じゃ証拠がない」


 イグナーツの口から情報源の名前を聞き出せれば……。

 だが、この反応を見る限り、簡単に口を割るつもりはなさそうだった。


 そのとき、静まり返った階段のほうから不規則な足音が響いてきた。


 コツ、コツ、と石段を叩く音が近づいてくる。


 小さな灯りを手にした小柄な人影が、通路の奥からゆっくりと姿を現した。


 見覚えがある。


 今朝、村の広場で解毒ポーションを真っ先に飲み干した老婆だった。


「聖人様がお困りと小耳に挟みましてな。この老いぼれ、微力ながら馳せ参じましたぞ」


 老婆は皺だらけの顔に笑みを浮かべて一礼すると、そのまま牢の前まで歩み出た。


 そして鉄格子の奥にいるイグナーツへ、品定めするような粘ついた視線を向ける。


「聖人様。此奴の拷問、このおばばにお任せいただけませぬか」

「え、拷問……?」


 思わず聞き返した。


「これでも若い頃は王都の監獄にて、長く拷問官を務めておりました」


 ……マジかよ。


 冗談を言っているようには見えない。


 老婆は目を細め、不敵な笑みを浮かべた。

 その瞬間、牢の奥でイグナーツの肩がぴくりと震える。


「人に歴史あり、ですな」


 明智が感慨深げに扇子を閉じた。


 俺はイグナーツを見据えた。


「死なない程度にやれるか?」

「ぐひひひ。無論でございます。それこそが、このおばばの最も得意とするところにございます」

「ひぃっ……!」


 イグナーツの顔色が見る間に青ざめる。


 老婆は近くの鉄台へ麻袋を置くと、中を探り始めた。


 次々と取り出される見慣れない金属器具。何に使う道具なのか、俺たちには想像もつかない。


 だが、それを見たイグナーツだけは違った。顔色がみるみる土気色へ変わっていく。


「見学なさいますかな?」


 老婆が愉快そうに笑った。


「いや、遠慮しておく」

「それは残念ですな」


 俺たちは早々に階段の近くまで退避した。


 やがて――。


「いぎゃあああああああああああああッ!!」


 地下牢に絶叫が轟いた。


 それからしばらくして、断続的に響いていた悲鳴が完全に途絶えた頃、老婆が平然とした足取りで戻ってきた。


「ぐひひひひ。久しぶりに年甲斐もなく興奮してしまいましたわ」

「そ、そうか……」


 老婆の頬はほんのり赤かった。


 何をしたのかは聞かないことにする。

 できればこの老婆とは二度と関わりたくない。


「それで、何かわかったのか?」

「有栖川様の情報を流した者の名は、雨宮だと申しておりましたぞ」


 やはり雨宮彼方か。


「レジャスにも来ていたのか」

「雨宮殿は昔から、人間関係を掻き回すことを何より好んでおりましたからな」

「根も葉もないゴシップ記事ばかり作ってたせいで、女子からも相当嫌われていたわよ」


 異世界に来てもなお、他人の揉め事へ首を突っ込む悪癖は変わっていないらしい。


 だが今回は笑い話では済まされない。


 こちらは本気で命を狙われたのだ。

 然るべき時が来れば、その代償は必ず払ってもらう。


 牢の奥では、イグナーツが鉄格子に額を押し付けたまま小刻みに震えていた。


 俺は明智と有栖川を促し、地下牢を後にした。


 石段を上り、地上へ出る。


 その時だった。


「な、なんだ……!?」


 思わず声が漏れた。


 村全体が真っ赤な光に染まっていたのだ。


「中央広場の方ですな」

「行くわよ」


 嫌な予感を覚えながら広場へ向かう。


 そこで目にしたのは、巨大な営火だった。


 赤黒い炎が轟々と燃え盛り、夜空へ火の粉を撒き散らしている。


 そして、その周囲を大勢の村人たちが輪になって踊り狂っていた。


 広場の中央には、昼の間に作られたのであろう巨大な木彫りの御像が、不気味な存在感を放ちながら鎮座している。


「ほぉー、これはまた……」


 明智がいつものように扇子をぱちりと鳴らした。


「随分と熱狂的ですな」


 有栖川は腕を組みながら満足そうに眺めている。


「悪くないじゃない」

「いや、どこからどう見ても完全にヤバい集団だろ!」

「宗教活動なんてこんなものよ」

「いやいやいや、どこからどう見ても通報されるレベルのカルト宗教じゃねぇか!」


 炎は夜空へ向かって高く燃え上がる。


 赤黒い光に照らされた巨大な木像は、まるで生きているかのように揺らめいていた。

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