※26※
16時過ぎ。つまり予定通りに幌馬車はダンジョンに到着した。
「…………」
SAが出たり消えたりすることに驚いていた冒険者たちもダンジョンには驚いていない。俺だけがポカンとした顔でゲートの先にある灰色と黒の渦巻空間を眺めていた。
よく…あんな得体のしれないところに入っていこうなんて思ったな。
俺の素直な感想がこれだ。
見るからに怪しくて気持ち悪そうなところに入っていこうなんて考える人の神経が信じられない。いや、それがダンジョンでダンジョンが何ぞやと分かって入っていく今の人たちは別だよ。俺が言っているのは初めてそれを目にし、それに入った人のことだ。
「チャレンジャーだなぁ」
思わず呟いたらいつの間にか隣に立っていたコルサが笑った。
「ケンゴのさーびすえりあも変わらないぞ」
「………」
「何もなかったはずの空間に突然現れて、不思議なものがある空間。冒険者でないとまず、入ろうとは思わないだろうな」
「…………」
得体の知れなさでは同じ、か。
「ダンジョンって、管理人がいるのか?」
「さぁ…。俺もケンゴと出会ってから気が付いたが、確かめようがないから分からないな」
「………」
「ケンゴみたいにダンジョンの管理人が出てきて、話しかけてくれば分かるんだろうが…」
【こんにちは。いつもご利用ありがとうございます。僕ダンジョンマスターです】ってか?
外へ出てきてもらっても困るだろ。
「ダンジョンの中にいるモンスターが外へ出るなんてことあるのか?」
「長い歴史の中ではあるみたいだな」
「…あるのか」
これまで読んだことのあるノベルズでもダンジョンマスターが主役になった物語があった。マスターが外へ出られるパターンと出られないパターンがあったが…ほとんどは出られなかったはずだ。
「定期的に人が入るダンジョンはモンスターを外へ出さない。だがダンジョンがあることを誰も知らずに長年放置され続けたダンジョンは外へモンスターを出すらしい。そして繁殖で増えるモンスターになってしまうと冒険者以外の普通の人間に危害が及ぶようになってしまう」
繁殖で増えるモンスターか。それが今日、ここに来る前にも遭遇したあの魔物だったりノベルズでの有名どころのモンスターだったりするのだろうか。
「放置しようとしなくても結果そうなってしまうのは…困るな」
「ああ。なるべくそんな悲劇を起こさないように冒険者ギルドでも各地をくまなく探索しているはずだが…世界は広いからな」
ああ。そうだな。
「ダンジョンが出来る場所の傾向はあるのか?」
「そういうのはギルド職員に聞いた方がいい。俺たちは目の前にいる敵と戦う役目だからな」
割り切っているということか、それとも考えることを放棄しているのか。確かに、少し考えて謎が解けるような簡単なクイズではないしな。
ふと気が付けば何か話しかけたそうにしているチャチャムがいた。
「どうした?」
「んー、ここに出せる?」
あ、SAね。
「ちょっと待ってて」
ダンジョン前広場は事前に聞いていたとおり整備された空間になっていた。もともとは森の中だったらしく、木を伐採して切り開いたという空間だ。メイン街道からダンジョンへ続く道は馬車がギリギリすれ違えるかどうかという幅しかない。石畳みではなく踏み固められた地面の道のすぐ横まで木が生えている。
「あーダメだな」
視界を動かしつつ移動してみたが、エリア指定が出てこない。つまり設置できないということだ。
「ダメなの?」
「残念ながら無理だ」
もちろん森の中も論外。メイン街道に戻って、設置できる場所を探しながら引き返すことになりそうだ。
「うー、残念」
「そうだな」
俺とチャチャムのやり取りを聞きつけたみんなも俺の周囲に集まってきた。
「ケンゴさん、どうするの?」
「俺がここにいてもしょうがないから、設置できそうなところに移動するよ」
「さーびすえりあ出す?」
「出せる場所に出すよ」
「じゃあ、ついていく。いいよね? リーダー」
もちろん、というように頷いたコルサも含めた…えーと同じ幌馬車に居合わせた2組の冒険者たちもぞろぞろついてくるんですけど。いいの? ダンジョンから離れちゃうよ?
森を抜け、メイン街道へ戻る移動時間…歩きで15分。15分も歩かないと設置可能な場所にならなかった。
「ここなら出せるみたいだ」
俺がそう言うと全員がほっとした。
「ここなら走れば10分ほどじゃない? 近いよね?」
「ああ、楽々移動圏内だな」
そうでしたか。冒険者の楽々移動圏内って広い。
では…とSAを設置。コルサ達は明日の朝までテントを出して休むそうだ。
「あ、そうだ。6時から30分間、清掃時間で閉めたいから一度出てもらうことになるけれどいいかな?」
「いいよー」
「分かったー」
了解をもらったところで今夜はもう解散。彼らも明日に備えてしっかり睡眠をとらないといけない。
「おやすみーケンゴ」
「おやすみー」
「「おやすみなさい」」
「おやすみー」
「また明日ー」
「また明日」
SA内は照明が付いているから明るいが、境界の外は暗くなってきている。あと1時間と経たずに真っ暗になってしまうだろう。
現在地を地点登録しておこう。
地点登録します。上書きする番号を選んでください。
これを間違えたら大変なことになると、と少しドキドキしつつ…上書き登録とともにここの名称を分かりやすく『ダンジョン近く』と変更しておいた。
*
久しぶりに冒険者が野営宿泊した夜が明け…新商品の入荷を待つ朝が来た。
泊っていったのは3組のグループ。夜中に新規の客が訪れることはなかった。冒険者たちの朝は早いらしく5時を過ぎたころから活動を始める者がちらほら。
真っ先にトイレへ行き、歯磨きなどの身支度もそこで済ませて…テントへ戻る前に食べるものや飲むものを購入。その様子を管理人事務所のモニターで見ながら俺も朝の支度をしたりカフェオレを飲んだり。朝ごはんは新入荷のおにぎりとみそ汁と決めているが、目覚ましのコーヒー代わりにカフェオレのカフェインを身体に入れてしゃっきりさせておく。
さて、そろそろ時間だ。
「すみませんー6時半まで清掃業務のため一度締めますー。再開予定時刻は6時半ですー。ご協力お願いしますー」
文句も言わずに協力してくれる冒険者たち。ありがたい。
「さて、と」
6時を1分過ぎたところでぱっと消してパッと再配置…からのひとりだけイン。入口をロックしたままの状態で自販機エリアへ直行する。
本日は水+ほうじ茶+ジャスミン茶の3種類。みかんジュース+フルーツオーレ+青汁の3種類。抹茶ラテ、ココアの2種類までが飲み物。
食べるものはクロワッサン、ジャムパンの2種類。おにぎりは鮭と麦味噌の2種類。スープはコーンスープ、味噌汁、ふかひれの3種類。
よーし、急いでギルド販売分を用意するぞー。
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。を何度も何度も繰り返し、開店時間ギリギリまで粘って作業する。30分前になり、入口のロックを解除して外で待っていたくれていた彼らを迎え入れる。
コルサ達に聞いたのか新商品が入ると2組3人ずつの冒険者たちも再入場を待っていてくれている。昨日からお世話になっているし、本日の入場料は無料に変更してみた。
そしてみんなでぞろぞろ入場して…またしても始まる販売会。俺の説明を聞きながら商品を選び、俺にお金を渡してくれるよ、みんな。ありがたいことに。
最後の一人まで販売を終えて、俺自身の分も買ってテーブルに着く。
「お待たせしました。それではみなさん、食べましょう」
俺の号令を待って一斉に食事。いったいこれ、何の会? 分かんないけど、3グループの冒険者プラス開店時にいつの間にやら紛れ込んでいたギルド職員らしき男性たち5名に昨日の御者さんひとりが加わった…総勢17人。いや、俺も含めると18人が一斉に朝ごはんタイムだよ。もぐもぐしながらあちらこちらで美味しいだのうめーだのと言う声が上がる。
とても不思議な感じだが…妙に楽しい。
最初に買ったものを食べた後もお代わりタイムにお土産タイムと続いて…はっと気が付けば1時間以上が経過していた。
「行ってきますー」と元気よくダンジョンへ向かう冒険者たちを見送った後も、最後まで残っていたギルド職員さん数名。のんびりしていていいんですか? と聞いたら冒険者たちが戻ってくる時間まではヒマなんです…だって。きれいなトイレもあるしお昼ご飯もここで食べたいと言われたらどうぞどうぞごゆっくりと滞在を喜ぶしかない。
彼らに挨拶をしてから一度管理人事務所に戻ったよ。
今日の分の教会へのお供えを用意して…ギルドでの販売用に持っていくパンとジュース、スープを用意して…念のための再チェックも終えると後はのんびりタイム。10時ごろまでゆっくりするか、と思いつつ昨日からの売り上げなどを携帯端末で確認してみると……
「お? ランクアップが近い! かも」
なんと、今日中にはランクアップ出来そうだ。
「と、いうことは新しい施設が増えるのかなー。楽しみだなー」
わくわくウキウキ気分でいつもの町の中へ転移、からの坂道登り。やばいやばい、浮かれてお供え物を管理人事務所に忘れてきた。こんな時のために? マジックポケットに入れてあった予備の肩掛け鞄を取り出して、イチゴミルクのジュースとジャムパンもマジックポケットからささっと移動させる。
「よし」
忘れ物なんてしていません、という顔をして教会を訪れる。いつものお礼に加えて新しくスキルを頂いたお礼も心を込めて祈り届ける。
「………」
残念ながら今日もスキル獲得、とはならなかったがそんなにポンポン大判振る舞いするようなものでもないだろうと前向きに考える。
通い慣れた道を通り、いつもの手順で移動パン屋に変身。預かっている鍵でギルドの2階に荷物を搬入。荷物を置いたらすぐにギルドを後にする。
本日のお品書きを用意しつつ15分ほど管理人事務所で時間を潰してから2度目の搬入。販売準備をしつつ来客を待つ。12時過ぎたらギルド職員たちは順番にお昼休憩に入るらしい。
部屋のドアは大きく開けてあるので、二階へ駆けあがってくる足音が聞こえてくる。「いらっしゃいませー」と店開きの声を掛けると、どどっと綺麗なお姉さま方が駆け込んできてイチゴミルク争奪戦のゴングが鳴った。が、今回はたっぷり持ってきているからどうぞご安心を。
「ありがとうございましたー」
ほくほく笑顔で帰っていくギルド職員たちを見送って「本日も完売ありがとうございました」 と売れ残りを清算してくれたメローサさんに後は託す。
「明日もイチゴミルクを販売できそうなのですが、今日ほどはいらないですよね?」
「連日の入荷が出来るのかい? そうだねぇ…」
メローサさんはしばらく考えた。
「保存可能な時間が長いんだろう? 今日と同じだけ持ってきてもらっても間違いなく売れるはずさ」
「分かりました。それでは明日も同じ数をお持ちします」
「ああ、それとね。スープの方だがもっと増やせないかい? とても美味しくて反響がいいよ。私も毎日でも飲みたいほどさ」
「それでしたら今日お持ちしたコーンスープがかなりおススメです。明日は今日の倍に増やしてお持ちしますよ」
「それは楽しみだね。ぜひ頼むよ」
スープの消費期限もフタを開けずに2日と売る際には注意している。もっと保存期間が長い可能性もあるが、ジュースと違って日付が入っていないからうかつなことが言えないのだ。
「あ、メローサさん。あのクッション良かったです。追加が欲しいのでこのあと売店へ寄っていいですか?」
「いいよ、いいよ。遠慮せずに来ておくれ。私はこのコーンスープが気になるから裏で食事していると思うがね」
あはははと同じタイミングで、ふたりして笑いあった。
*
「すみませんー遅くなりましたー」
ギルドでの買い物を終えた後、急いで鍛冶屋へ駆け込む。といっても速足でね。
「ケンゴさん、お待ちしてました」
キラキラしたお目目で出迎えてくれたのはいつものように一人で店番をしているカリスさん。
「お父さーん! ケンゴさんよー!」
奥の仕事場からカージュ爺さんが来るまでの間、カリスさんはパンやジュースの美味しさをほめたたえてくれた。
「ケンゴ、昨日のチーズパンは今日もあるのか?」
「今日も同じもので良かったんですか?」
「あるならチーズパンがいい」
あー在庫がないわけではないが今日は別なものを用意しているんだよな。
「明日で良かったら持ってきますが、今日は別のものを用意してしまったので…」
「お父さん、わがまま言わないでよ」
「なにを…お前だって毎日これでもいいわーなんて言ってたじゃないか」
「そ、それは…確かに言ったわよ。でも他のパンだって、きっと美味しいものがあると思う。…ねーそうでしょ?」
はいはい、ご期待に応えて見せましょう。
「カリスさんに本日ご用意したのはアンパンとイチゴミルクです。なんとこのイチゴミルク。女性人気一番となっておりまして、ぜひ飲んでみていただきたくてご用意しました」
「…ワシにはないのか?」
「気になるようでしたらこれも明日ご用意します。匠への本日のジュースはこちら、リンゴ果汁のジュースです。パンは焼きそばパン。香ばしく甘辛い麺が入った食べ応えのあるパンです。それとスープの中でも人気が高いコーンスープです」
フンという顔で娘さんに催促…と思ったら早くお金を払えのサインだった。俺が納品を済ませておつりの必要なく代金を受け取るのを確認するや否や、その場でバクバク食べ始めた。と思ったら叫んだ。
「美味いっ! なんだこれは。不思議な触感だが悪くない」
そうだろそうだろ。パンと麺の組み合わせなんて…と思うかもしれないが、合うんだよな。これが。
カージュ爺さんはその場で立ち食いし始めたが、カリスさんはちゃんと椅子に座って食べ始めた。って、父娘して早速食べるのかい。
俺に感想を聞かせてくれるつもりなのかもしれないが、こらはまだお昼抜きで売りまわっているんだよ。…明日からは早めに昼メシを食べるようにしよう。
*
鍛冶屋を後にして管理人事務所に戻った俺は自分のランチタイム…の前にあることに気が付いて驚いた。
「…少し、広くなってない?」
ドアの数もレイアウトも変わっていないが…メインルームが明らかに広くなった…気がする。
「もしかして、ランクアップした?」
靴を脱ぐのももどかしくホワイトボードの設定画面を開く…と大きな文字が飛び込んできた。
レベル5おめでとうございます!
スキル従業員が解禁されました。業務補助人形1体(初回特典レベル5)が受け取れます。今すぐ設定画面を開いてあなたをサポートする従業員を手に入れよう!
「………」
マジか。ずっと謎だった従業員が、ここで…ようやく登場したか。
画面に表示された 設定する 設定しない のうち設定するをタップ。続いて現れたのはキャラメイクとも思える細かな設定画面だった。
「性別…は男でいいか。年齢…16歳から56歳までって結構幅があるな。俺が25だから20歳くらいでいいか。あとは髪の色、瞳の色、髪型。身長と体重…」
イメージ画像が選択に応じて変わってくれるからとても分かりやすい。
「黒、白、灰色…銀髪だと派手過ぎるか。とりあえず先に瞳の色を俺と同じ翠にして…」
スライドバーでも身長と体重が指定できた。
「細すぎず小柄過ぎず…こんなものかな」
健康的な平均値といったところ。もちろん身長は俺より低くした。
「後は髪形…」
どこが違っているのか分かりにくいようなものも含め、結構選択肢がある。その中でも俺は大人し目に見え、なおかつ可愛いメン…いや、可愛さよりも有能さを出した方がいいか。俺の補助業務をしてくれるありがたい従業員になる予定だから。
「とはいえ、クールビューティ系は心が休まらないかもしれないよなー」
そんなことも分からないのですか? とか あきれましたね とかクールにバッサリ切って捨てられたらチキンなハートはバラバラになってしまう。
「イメージは出来のいい弟、ぐらいにしておくか。兄と慕ってくれる可愛い要素も欲しいぞ」
髪型でそれが反映されるとも思えないのに、俺は必死にイメージ画像を操作していく。
きりっとしていながらぼやんとした要素も残っている、これにしよう。髪の色は銀髪ではなくクリームホワイト…いや、銀灰にクリームホワイトのメッシュにしてもいいか。メッシュありの2色にして、メッシュを入れる場所は右耳のあたりと前髪の中央よりやや左寄りの2カ所にしてみた。
「おーいい感じじゃないか」
ほわほわし過ぎないくせ毛を襟足部分に。肩まではクール系ストレート。なのに後ろ髪に伸ばしたくせ毛をひとつ結びにして肩甲骨のあたりまである長さにした。これでキレイとかわいいの要素を入れられた気がする。
「これで決定、と」
名前を付けてください(2文字以上8文字以内)。
「名前か…名前……名前…」
みさき…まさき……毛先…ちがう。
「マサキにしよう」
名前を入力し、再度【決定】とタップすると……
驚いたことに突然、目の前の空間に霧のようなものが勢いよく噴き出してきて……その霧が晴れた時にはイメージ画像通りの人物が立っていた。
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