※10※
うきうきウキウキ。今日のおにぎりは何かなー?
朝もやの中、俺は街道沿いにSAを設置した。
【地点登録しますか?】
頭の中に地図が開く。左端には登録済みの地点がふたつある。
あれ? レベルアップしていないのに、追加登録できるのか?
試しに【はい】と答えると【上書きする番号を指定下さい】と聞かれて慌ててキャンセルした。
この場所はマレサさんに落ち着いて見学してもらうために選んだ場所だ。登録して残しておく必要はない。
「人通りは少ないと聞いているけど…」
念のため、入り口横の掲示板には『清掃中。しばらくお待ちください』の表示を追加して、ゲートをロックしておいた。
なので、心置きなく独り言が呟ける。
「さ、自販機へレッツゴー!」
おぉっ。今日のおにぎりはピラフおにぎりとシラスかー。どっちも好きだ。
で、パンの方はフォカッチャとあんぱん。これも好きなパンだが…フォカッチャをどうやって説明したものか…。しばし考える。作り方が分からないから、味を伝えるしかないか。
ハーブの香りがする素朴な味わいのパン。素朴な味わいでうまさが伝わるか? うーむ、難しい。
これは小さく切って試食出来ればいいんだけどな。
そうすると、やっぱりペティナイフぐらい欲しい。試食用のパンを乗せる皿も必要か?
紙パックジュースはやはり入れ替わりがあった。りんごと青汁が消え、ぶどうとライチが追加になっていた。
この世界にはライチ…あ、ライチはないが似たようなフルーツはあるのか。リムレに似た…と言っとけばこっちの世界では伝わるのか。ふむふむ。
リムレ…忘れそうだが、【当たり前のこと】スキルが働いてくれることを期待しよう。
イチゴミルクは残ったか。そしてスープの味噌汁もそのままだった。…いや、よく見ればみそ汁の具が変わってないか? ワカメと油揚げになってる。これもあとで買いだな。
他2種類のスープはかぼちゃとふわふわ卵入りのオニオンスープだった。
俺は自販機のチェックだけをして、昨日足を踏み入れなかったトイレへ向かった。管理人事務所に専用のトイレができてから、ここを使う必要がなくなっていた。
「あ、やっぱり個室は3つに増えているか」
女性用は2つの個室に、子供用サイズの便器が加わった親子用個室トイレ1つを加えた合計3つになっていた。そして男性用には2つの個室の他、立ってする小便器が2つ加わっていた。
「すごいな」
トイレがますます進化している。
水汲み場の木桶は予測というか期待通りに4つ並んでいた。これで安心して管理人事務所に木桶を持ち込める。洗い桶にしてもいいし、下着などの汚れ物を一時入れておくのにも使える。
「さて、と。戻って買い物をするか」
パンとおにぎりとジュース…どんなに買っても俺の懐は痛まない。
どんなに入れても、ポケットは膨らまない。
「ありがたやありがたや」
飲み放題、食べ放題。メニューが決まっているといっても、この状況で文句を言ったら罰が当たる。食べ物にも困らず、寝るところにも困らず、着るものにも困っていない。
当たり前のことが当たり前にある生活がどれほど幸せなことか…。
「移動パン屋の準備をしないとな」
パンとジュースを詰めた箱を2つ積んで、背負い子に乗せたところで気が付いた。このままだと安定感が悪い。紐か何かで箱を固定したい。それに目隠し用の布が欲しい。
特に布は何枚か欲しい。覆いにするほか、布が一枚あれば風呂敷代わりになる。昨日のうちに気が付いていればよかった。
「他にも、町で買いたいものがないか考えておかないと」
コルサとスマホでやり取りができるようならお使いを頼むところだが、スマホどころか彼と遠く離れた状態で話せる手段はない。
「あ、清掃中のままにしていた」
慌てて移動パン屋の準備を切り上げ、パン箱と背負子を事務所へ置きに行く。携帯端末で設定を変え、念のため確認に行くと…入口ゲートの外にコルサと彼女の姿がすでにある。
コルサ、遠く離れたところにいるどころかこんなに近いところにいた。
「ごめん。遅くなった。おはよう」
「おはよう、ケンゴ」
「おはようございます」
「何かトラブルでもあったのかと思った」
「いや…そういうわけじゃない。もう入れるようにしたよ」
ゲスト指定ももう慣れた。相手の目をじっと見て【ゲストS】と心の中で念じれば指定出来る。
今日は彼らだけかと思っていたら…
「ケンゴ、おっはよう!」
「ケンゴ、おはよう」
チャチャムとレアニの姿もあった。
「おはよう、ふたりも来たのか」
「ケンゴさん、お腹すいたー」
チャチャム、飯抜きで来たのか。いや、レアニも仲間か。
「はいはい。どうぞ…新メニュー入っているぞ」
「「新メニュー!」」
女の子2人組は元気よく自販機に走っていった。
「マレサさん、どうします? エリア内を先に見たいなら、案内はコルサに頼みますが…」
「ケンゴーっ!」
遠くから叫ぶチャチャムの声にコルサが苦笑した。
「先に行ってやってくれ。マレサには俺から施設の案内をしておく」
「では、任せたよ」
「おぅ」
軽く手を挙げた合図をして、俺は二人から離れた。
「ケンゴ、ケンゴ、これ何?」
紫色のパッケージのジュースをチャチャムは指さした。
「ぶどうジュースだ」
「ぶどうジュース! 高級品だ!」
「高級品なのか?」
「そうだよ。貴族用のワインになるんだって。食べることができるのは畑の近くの人たちだけって聞いた」
レアニの方がちゃんとした知識を教えてくれる。
「で、こっちのは?」
「ら…じゃない。リムレに似たフルーツのジュースだ。爽やかな甘みで、上品な感じかな」
「上品なジュース! 想像できないっ!」
そうだな、俺も言ってて分かんないよ。
「おにぎりも変わってるね」
「そうそう、白いのと黄色いの。どんな味なの?」
レアニも朝食抜きで来たのか、おにぎりにくぎ付けだ。
「白い方はシラスという小魚のおにぎりだ」
「小魚? 魚を細かく刻んだのじゃなく?」
「えーと、生まれてすぐの子供かな。いや、魚かな」
俺の説明に彼女たちは笑った。
「食べてみればわかる。ふたりとも、食べてみるだろ?」
「もちろん!」
俺は彼女たちに味見をさせようとボタンに手を伸ばした。
「ケンゴ、待って!」
「うん、私たちちゃんとお金を払うわ」
はいっとそれぞれ10メレル銅貨を差し出してきた。
「かまわないのに…」
「うぅん、昨日もいっぱいお土産もらったから…今日はちゃんとしなきゃ」
「それに私たち、こう見えて稼いでいるんだよ。ランクDなんだ」
冒険者ランクのことは分からないが…いや、ああ。分かった。スキルさんがタイミングを逃さず、即座にいい仕事をしてくれる。
冒険者ランクは下から、F、E、D、C、B、AときてS、SSになる。最高ランクのSSは伝説級らしい。
ランクDは中堅どころ。最も多いランク帯だが、彼女たちの年齢を考えれば早い方だろう。
「そうか。ありがとう」
俺はふたりから10メレル硬貨を受け取り、どれにする? と確認した。
「おにぎりは…迷うなぁ」
「ふたりでひとつを分け合えば?」
「あ、そだね!」
「それがいい。パンもチャチャムと分け合うから全部1つずつにして」
「了解」
おつりを返そうとしたらまだ持っててと言われた。まだ買うらしい。
「レアニ、ジュースも半分こしてみない?」
「それがいいかも。気に入ったのは後で追加すればいい」
「だねっ!」
「じゃあ、新商品のぶどう1つとリムレのジュース1つ」
「おつりはキープね」
「はいはい」
2人が食べているところを見たら、俺もまた腹が減ってきた。シラスおにぎり1つと味噌汁を追加した。
「あれ? 昨日と少し違う」
俺が飲んでいる味噌締めのカップを覗き込み、レアニが違いに気が付いた。
「味は同じだが、具が変わったんだ。シチューの中に入っている野菜が変わった…みたいなものかな」
「おいしい?」
「美味しいよ、俺は好きだけど…みんなにはどうかな」
「飲んでみたい。チャチャム、いい?」
「いいよー。私も興味あるし」
ということで味噌汁も追加。
結果は…変わった味。でも、まずくないという評価だった。つまり、ふたりにワカメと油揚げは好みではなかったということだろう。甘くて優しい味のかぼちゃスープの方が、彼女たちは好きそうだ。
飲食を終えてのんびりタイム。コルサと彼女のマレサはまだエリア内の見学をしている。
まだトイレ施設も見て回ってないから、向こうへ行きかけたら女子トイレの案内は2人に任せよう。
「ワウンとチャウチは来なかったんだな」
「おにぃも来たがっていたんだけど、知り合いのチームからヘルプ頼まれてて出掛けたの。前からの約束だったし」
「リーダーも声を掛けられていたけど、断っていたんだよね。マレサさんの休みに合わせていたんだって、昨日知った」
あはは。青春しているからねぇ。
「ワウンも来たかったみたいだけど、用事があるって言ってた。あそこは小さな子もいっぱいいるし…いろいろ忙しいみたい」
「そうか…」
孤児院か。ワウンの様子を見ていたら、着るもの食べるものに困っている風ではなかったが…短い付き合いの中では本当のところは分からない。
「ところで、ケンゴは今日何をするの?」
「町に行って移動パン屋をしたいと思っていたけど、足りないものがあってね」
「足りないもの?」
「荷造り紐と大きめの布。ペティナイフに皿…カバン。他にもありそうだが、パッと思いつくのはそんなところこかな」
そんな話をしているところに2人がやってきた。
「悪い、俺の代わりに女子トイレの案内を頼む」
「いいよー」
身軽な感じでチャチャムが席を立った。
「レアニも見に行ってごらん。新しく変わっていたよ」
「ホント? 行ってくるわ!」
コルサが向かい合わせの席にストンと座ったところで「男子トイレも変わっていたぞ」と教えた。
「マジか…。先に見に行かないと後悔する感じか?」
「いや、全然。いつでもいいだろうって感じ」
「なんだ、良かった」
「ところで、ケンゴ。マレサと話し合ったんだが…」
「うん?」
「パンはいいが…というか、一旦良いことにしてもだ…おにぎりを売るのは難しそうだ」
「ああ、そうだろうな。俺もその辺は予測していたからはじめからパンとジュースだけにするつもりだ」
「そうか、気がついていたか」
ホッとしたようにコルサは息を吐いた。
「試食できれば確実に売れると分かっているが、あれは馴染みがないものだ。持ち歩ける数が少ないうえに客が手を出しにくい商品は避けた方が効率よく売れると思う」
他に売り物がないなら別だが、パンだけでも充分だと思う。
「ジュースの方は何か言っていたか?」
「絶賛だよ。しかもあれは開封しなければ、腐らずに好きな時に飲める。…そこで相談だ。冒険者ギルドに卸してもらえないか、売り込みに行ってみないか?」
「売り歩かずに…納品か?」
「そうだ。…どうだ?」
売り歩かないというのはメリットの一つだが…どうするか。
「少し考えさせてくれ」
「分かった」
女子トイレの見学を終えた3人が戻ってきた。マレサさんは興奮した様子で、頬がほんのり赤い。
「ケンゴさん、すごいわね。いろいろと…驚くことばかりだわ」
声もかなり弾んでいる。エリア内の設備はお気に召してもらえたらしい。
「マレサさん、驚くことまだ終わってない」
「自販機の商品を買ってから、言うべき」
「あら、コルサがお土産に色々くれたから知っているわよ。どれもこれも素晴らしかったわ」
「新商品が入っているの」
「今日のも美味しかった。大満足する」
キラッとクール女子の目が光った。
「新商品がある、だって? 俺も聞いてないぞ」
コルサもあわてて自販機の前に移動した。
「ケンゴ、説明ーっ!」
あーはいはい。
マレサさんもいることだ。特別に全商品の説明をしていくことにした。コルサは小銭を握りしめ、いつでも買えるようにスタンバイしている。
「マレサ。気になるものはすべて買っていいから」
彼女に気前よく言って、コルサは10メレル銅貨を3枚俺に握らせた。
「ホント? じゃあ、これとこれとこれと…」
「まって、ひとつずつ買っていくから」
マレサさんが指さしていくものをひとつずつ買っていく。荷物持ちはコルサの仕事だ。途中で持ちきれなくなると素早くテーブルの上に置きに行っていた。
「ケンゴ、追加だ」
さらに10メレル銅貨を2枚渡される。
「まだおつりがあるけど?」
「俺の分をまだ買ってない」
ああ、そうでしたか。
「スープを全種類制覇できないのが残念ね」
「私もそう思う。美味しいけどお腹いっぱいになる」
と言っているチャチャムがスープとパン2つをぺろりと食べ、おにぎりも1つ食べたことを俺は知っている。
「私のお気に入りはコーンスープ。甘くて濃厚で、町のレストランでは飲めないと思う」
レアニの言うように俺もここのコーンスープは絶品、ホテルの名店クオリティだと思う。一皿1000円と言われても、納得できてしまう。
残念ながら入れ替わってしまってもうないんだけどね。
「今日のかぼちゃスープもおススメだよ」
「マレサ、おにぎりもパンもジュースも持ち帰れるから、スープだけ飲んでいけば?」
2人はちゃんと朝食を食べて来たらしい。それでもスープを別腹にするんだな。
「ええ、そうするわ」
ということでスープが1つ追加になった。
「熱いから気を付けて」
カップのフタを外し、ミニスプーンでぐるぐるグル。熱いのがごちそうなんだけど、熱すぎるとなかなか飲めなくて…残念なんだよな。
「ホント、すごくおいしいわ! コーンスープが飲めなかったのは残念だったけど、これもすごくおいしいわ」
感激していた様子の彼女だが、突然シュンとなってしまった。
「どうしよう…」
「マレサさん、どうしたの?」
「こんなにおいしいスープがあるなんて…もうコルサにスープ作れない」
か、可愛いじゃないか。おじさんきゅんとしてしまったよ。
恋する乙女の悩みを解決できるのは、王子様だけだろ。
「コルサっ」
ぽわっと見惚れている場合じゃないだろ。
はっとしたようにコルサが彼女の肩を抱く。おぅ、うらやまけしからん。
「マレサ。俺にはマレサが作ってくれる料理が一番だから」
チャチャムの手を握って立ち上がったレアニが、俺に向かって小さく手招きしてる。そうだな、お邪魔虫は退散しよう。
すすっと少し離れた場所に移動する。きっと彼らにも分かっていただろうが、ふたりの世界優先で…黙認だった。
「ケンゴ、まだおつり残っていたよね?」
「ああ、何か買っていくか?」
「イチゴジュース。母さんもお気に入りだし、ふたつ」
「了解。レアニは?」
「じゃあ、私もお土産にしようかな。弟用にリムレジュース、兄さん用にぶどうジュース。ひとつずつね」
レアニには上下に男兄弟がいるのか。
「ケンゴ、俺も追加でお土産を頼む」
2人の世界から戻って、しれっと加わってきたコルサのリクエストでジュースを買う。紙パックジュースは大人気だな。美味しいうえ、保存期間が長いのも喜ばれる要因だと思う。
パン屋でなく、ジュース専門でも売り上げ伸びそうだな。
*
さて、行くかとSAを撤収したところでマレサさんが驚いて…こけた。いや、すんでのところでコルサが腕を掴んで転倒を回避していた。さすが冒険者。とっさの事態にも身体が動く。
彼氏の腕に掴まりながら、マレサさんは息を大きく吐いた。
「驚いたわ。話には聞いていたけど…それでも、驚かずにはいられないわ。コルサ、ありがとう」
「驚く気持ちは俺にも分かる」
「私たちも驚いた。でも慣れる」
「そういうものと思えば平気」
チャチャムとレアニ、それ………ま、いっか。うん。俺もさらりと流そう。
販売用に用意していたパン入り箱二つは俺が背負う背負子に括りつけた。コルサが手持ちのロープを貸してくれたのだ。
なんでも途中で木工屋へ立ち寄って、背負子の引き取りをしようと思ったらしい。背負子に背負子を重ねて運搬。5人分を引き取るつもりだったらしい。
なるほどと思ったが、昨日の今朝だぞ。もう出来ていると思うか?
いや、あの仕事に熱い爺さんならちょちょいのちょいで作っているかもしれないか。
とりあえず、俺もあの爺さんのところには立ち寄りたい。
「しかし、ホントにこっちの道は誰も通らないんだな」
「冒険者ギルドでもこちら方面の依頼は少ないの。森は枯れ木が多いし…採集依頼がないわけではないけれどね。今の時期だと、リアヌト草なんかがおススメだわ。あ、火傷の薬に使われる薬草のことね」
さすがギルド嬢。周辺の事情にも仕事情報にも詳しい。
出るときには緊張しなかった門だが、いざ入ろうと思うと衛兵の視線が気になる。
「ケンゴ、顔が引きつってる」
「笑うなよ。軽くトラウマなんだ」
結果的に何事もなかったが、取調室まで連れて行かれひとりで尋問された記憶はまだ新しい。
「大丈夫じゃない? 私たちだっているし、今回はマレサさんもいるし」
ギルドの受付嬢は衛兵に顔が利くのだろうか。
「ええ、不当な拘束には断固抗議し、速やかに対応しますから安心していてください」
おぉ、頼もしい。
冒険者とギルド嬢、背負い子を背負った俺。俺ひとりが身分証なしで町への入場料を支払ったが、関係者だと思ってくれたのか、きつい視線を向けられることはなかった。
スムーズすぎてあれ? と拍子抜けするほどだ。これでトラウマが払拭出来たならいいのだが…
「ケンゴ。ロープが欲しいと言っていたが、どうする? 冒険者ギルドで買う方が丈夫だが、町中の雑貨店でも買える」
ロープは冒険者にとって必須。必需品らしい。俺もいつなん時必要になるか分からないから、買っておきたい。
買ったばかりのロープをポケットに入れたら驚かれるだろうから、それはやめよう。ポケットからするすると長いロープを出して見せたらいい手品になると思うんだが…手品師になりたいわけじゃない。
「安い方がいい。だが、すぐにダメになるようならギルドの方で頼む」
「ギルド嬢の立場としてはこちらで…と言いたいところだけど、生活に使う程度なら町の雑貨店で十分だと思うわ。安いし」
「じゃあ、雑貨店の方で」
「了解。先に寄り道する。すぐそこにいい店がある」
「頼む」
コルサが案内してくれたのは駆け出しから一流まで、幅広く冒険者たちも利用する雑貨店だった。俺はここでロープと着火の魔道具を買うことにした。
「ケンゴさんは着火のスキルがないのですね」
あれ? マレサさんはコルサから聞いてないのか。色々話すことが多すぎてうっかり言い忘れたパターンかな。
「着火だけじゃなくて…衛兵たちに調べてもらったんだけど、俺はスキルをまったく持っていなかったよ」
「………」
そんなバカな、とか。噓でしょ? というマレサさんの沈黙が痛い。
しかしこの際だ。俺はチャンスととらえてスキルのことを聞くことにした。
「みんなはスキルをどうやって修得したんだ?」
誰が答える? という顔をしてみんなが仲間の顔色を窺った。
「ケンゴさん。良かったらその辺の話は後ほど…私の方からさせていただきますね」
「あ、はい。お願いしますマレサさん」
「そうだな、マレサに頼む方がいいか」
「専門だしね」
なんの専門だとチャチャムに問いたいが黙っておく。多分、マレサさんは駆け出し冒険者や新人への対応に慣れているという意味だろう。
「ケンゴ、他にも何か欲しいものはある?」
「荷造り紐と大きめの布。ペティナイフに皿…ここで買ったものを入れたいからカバンかな」
「ペティナイフってのはどんなナイフだ? 用途は?」
「果物を切ったり、皮を剝いたり、ちょっとしたこと…木の枝を切るぐらいのことができたらいいなと思ってる」
「それなら小型ナイフでよさそうだな。冒険者ギルドで扱っている小型ナイフの方が性能はいいが、値段が倍以上違う。多分、一般用のものでいいだろうからここの2階を見てみるか? 刃物や武器防具関係は2階にある」
ここ、2階も売り場になっていたのか。
「ありがとう、2階も見てみるよ」
2階への階段は奥まった場所にあった。
「…あ、この小袋お得だな」
階段近くに採集用コーナーがあった。採集物を仕分けて入れる小さな袋が10枚単位で売っている。俺なら何を入れるかな。洗濯物を入れるのは小さすぎる。せいぜいがチャチャムやレアニに渡すお土産のジュースを入れるぐらいか。しかし、1つぐらいしか入らないのでは意味はない。
小袋はやめて、中袋とさらに2倍ほどの大サイズの袋を買っておこう。こういうものって、案外いろいろなものを入れて分類するのに便利だったりするんだよな。
「カバンやリュックもあるのか…」
俺の目は特売品の布カバンに止まった。
冒険者用になっているのか、しっかりと防水対策がされていて、生地もしっかりと丈夫。布製だから、使わないときは折りたたむこともできてかさばらない。何より、安い。
「初心者が買うカバンだー。裁断した布を縫い合わせただけのシンプルなやつ」
チャチャムの言うとおりだが、何もないがゆえにアレンジし甲斐がある。
「今の俺には安いのが何よりいいんだ。それに作りがしっかりしているし、これでいいよ」
背には背負子を背負っているから、カバンは肩掛けタイプでいい。
「ケンゴ、布が向こうにあるわよ。どんな大きさがいいの?」
レアニに腕を引かれてハギレを小山にした一角に辿り着いた。
「出来れば真四角で、このくらいからこのぐらいまでの大きさのを探してる」
手で90センチから1メートル半ぐらいの幅を伝える。風呂敷以外にも使い道はあるし、3枚で1メレルと安いから余分に買っていこう。
「真四角か。チャチャムも探して」
「分かったー。色や柄の指定はないの?」
「派手でなければなんでもいいよ」
「無地でもいいの?」
「赤やピンク以外ならね」
どうして女の子って、山のように積まれた商品の中から探し物をするのが好きなんだろ。
俺が気に入ったものを見つけた後でも、自分たちの好みのものを探してああでもないこうでもないときゃいきゃい楽しんでいる。
「おーい、小型ナイフ売り場に行っているからなー」
「「分かったー」」
ナイフ売り場ではコルサとマレサさんがナイフを前に真剣に話し合っていた。冒険者とギルド嬢にとってナイフは切っても切れない仕事道具なのだろう。
「これにするかな」
特にこだわりがない俺は、表示されている値段と簡単な説明書きで購入する小型ナイフを決めた。さっと用事を済ませた俺に対し、2人のこだわりは強そうで、まだ熱心に見ている。
「下に戻っているからな」
まだまだナイフ売り場から動く気配のない2人をその場に残し、俺は1階へ降りた。
野営品を集めた一角に手ごろな皿が並んでいた。一枚でスープを入れたり、シチューをよそったり、焼いた肉を入れたりと万能に使えるタイプが人気だった。落としても割れにくい木製が軽くていい。
本当は1枚で良かったのだが、大中小の3枚セットのものがお得感があったのでそれにした。スプーンとフォークのセットも購入。どちらも決め手は値段の安さだ。
「あれ? ミニ裁縫セットもあるのか」
この世界でも針と糸がある。でなければ服が作れないだろって話なんだが、こんなに細い針とこんなに細い糸を作れる技術があるってことにすごいと思ってしまう。
「私たちもそれ、持ってるよ」
レアニたちはハギレの山を征服し終えて満足したのか、戻ってきた。
「冒険者の多くは持っているよね。仕事着を繕いたくなることがあるから」
あ、なるほどね。ちょっと想像してみたぞ。仕事中に服が破れたり切れたりすることがある…なケースに対処するためだな。
「俺もこれは買いだな」
制服が破れたりしなくても、カバンをアレンジするのに使える。…と思う。
「ケンゴ他には?」
「探し物ある?」
「いや、ないな。支払いを済ませてくる」
「じゃあ、コルサとマレサに声かけてくるねー」
「頼む、チャチャム」
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