※07※

 あたりが暗くなる前に町に到着した。したのだが…俺が町の門を無事通過したのは暗くなってからだった。

 何があったのかというと…


「見かけない奴だな」

『白星の矢』のみんなと一緒に通り抜けようとしたが、俺の差し出す入場料を無視し衛兵は睨んできた。


「怪しい格好だな」

「えーっと…」

 いいえ、これは制服なんです。と言いたいが何の制服だとも言えない。


「身分証は?」

「………」

 あるわけないです。女神さまもくれませんでした。


「犯罪履歴がないか調べる。こっちへ来い」

 い、やだー!っと心の中で悲鳴を上げつつ従うしかなかった。


「ケンゴさんは悪い人じゃないです!」

「優しくて親切な人よ!」

『白星の矢』のみんなが必死になって俺を擁護してくれる。

「やさしくて親切なふりをした悪人だっているんだよ」

 確かに。


「ケンゴさんはそんな人じゃないです!」

「じゃあ、どこの誰だか分かっているんだろうな」

「………」

 はい、誰にも答えられませんよねそんなこと。

「やっぱり怪しいな、取り調べる!」

 という感じで、俺は取り調べ室まで連れていかれてしまった。


 どこから来たんだ。何をしに来たんだ。名前はなんだ。出身はどこだ。

 東の方から来ました。出稼ぎに来ました。名前はケンゴです。出身は覚えていません。


「覚えていないだと?」

 適当なことを言っても誤魔化しきれなくなるかもしれないと思い、俺は記憶喪失作戦でいくことにした。

「覚えていません。気が付いたらどこかの森の中でした」

 実際には丘の途中だったが、森の中というのが定番だろ。


「じゃあ、名前も嘘か?」

「多分、嘘じゃないと思います」

「多分ってなんだ!」

 殴られはしなかったが、首元をグイっと引き寄せられたよ。息苦しい。


「もういいっ! 鑑定すれば分かることだ!」

 どんと突き飛ばされ、壁に肩がぶつかる。痛っ! …と思いきや、それほどでもない。壁にぶつかったのは分かるが、音に比べて衝撃はさほどなかったというか…あれ? 手加減してくれた?


「鑑定の水晶で調べる。嘘をついても無駄だぞ」

 ほー。この世界でも鑑定は水晶で行われるのか。ってか、これで俺のユニークスキルが分かってしまうんじゃ?

 逃げ出したい気分で腰が引けるが、まさか逃げ出すわけにもいかないし逃げられるとも思えない。

 衛兵たちはみんな体格がいい。それに…腰には剣、手には槍、身体は部分鎧で武装している。見ているだけで怖いよ。


「来たか…」と部下が運んできた水晶を受け取った偉そうな衛兵の上官に、座れと命じられる。テーブルを間にして向かい合うようにして座らされた椅子は背もたれのないタイプ。というか、単なる木箱じゃないか。ここ予算、ないのか?


「正直に答えろよ」

 無理やり手を水晶の上に置かれる。ご丁寧に、上から押さえつけた状態だ。

 男に手を触られて喜ぶ趣味はないんだけどな。余計なことは言うまい。


「盗みをしたことはあるか?」

「ありません」

「放火をしたことはあるか?」

「ありません」

「喧嘩をしたことはあるか?」

「ありません」

「………嘘だろ!」

「嘘ではありません」

「違う、そういう意味じゃない!」

 衛兵は驚いたように俺から手を離した。


「水晶は噓を見破る。なのに、なんで喧嘩をしたことがないなんて出るんだ?」

「…は?」

 目の前の衛兵だけじゃない。そばで様子を見ていた部下たちもざわざわし始めた。

 信じられないだの、ありえないと言われてもな。


 多分だが、すべて否定するばかりではなく肯定する質問も交えて、本当のことを言わせようと揺さぶるつもりだったのではないだろうか。

 だが俺は昨日、この世界に生まれたばかり。前世では確かに喧嘩のひとつやふたつぐらいしたこともあるだろうが…この世界ではない。


「上級鑑定の方を持ってこい」


 ということで新たな鑑定道具が運び込まれてきた。こちらは四角いタブレットタイプだった。

「両手を置け」

 真っ黒な板の上に手のひらを押し付けるように乗せる。

 チリっとした痛みが走ったのは静電気か?

 ぽわっと電源が入ったかのように明るく光った。


「もういい、手を放せ」

 ひったくるようにしてタブレットを見た衛兵が俺とタブレットの間で視線を往復させる。

「…………」

 何度も視線が往復する。

「歳は25か。ケンゴというのは嘘ではないようだな」


「俺にも見せてもらえませんか?」

 しばらくしてから「ま、いいだろう」と許可をくれた。

 テーブルの上に置かれたタブレットを覗き込んでみる。


//////////////////////////////////////////////////////////////////////

名前/ケンゴ  種別/人族


性別/男  年齢/25 


ノーマルスキル/


職業/


称号/


犯罪歴/


///////////////////////////////////////////////////////////////////////


 ………よかったー。

 ユニークスキルのこともレアスキルのことも表示されていない。

 しかも称号も空欄になっていて、見られたまずいアレが載ってない。


「なんなんだ、お前」

 気が付けば、またざわざわしている。俺の後ろや横からタブレットを覗き込んできた衛兵たちも驚いている。


「スキルがひとつもない奴なんて初めて見たぞ。さらに、なんだ職業欄が空欄だと。どうしたらこんなことに…」

 はっとしたように上官の男が口を閉ざした。…ナンですか? その表情は?


 口ピケを生やした偉そうにしていた男が、恐る恐る聞いてきた。

「まさか、働いた経験がその年でないというのは…貴族か?」

「えっ」

 ざさっと全員が俺から離れていった。


「えと…違うと思います」

「…だが…気が付いたら森の中にいたと言ったよな」

「…………そうですが、違います」


「そうだ、手だ。手を見せてみろ」

 上官の男は見るだけでなく、なにかを確認するようにしっかり触ってきた。

「働いたことがないような柔らかい手だな。剣タコもないしペンタコもない」

 あー。手で職業が分かるというやつか。


「爪の中もきれいだし、健康状態も悪くない。…やっぱり、貴族か?」

 この流れはまずい。

「違います。多分、スキルや経験も飛んだのだと思います」

「飛んだ?」

「あー消えたという意味です」

「スキルが消えただと? 消えたら困るだろうが!」

 俺は身体を小さくして、ただただ困惑している様子をしてみた。


「経験が消えたというのは記憶がないということに関係しているのか? いや、しかし聞いたことないしな…」

「ですが、この者のスキルも職業もなかったのは本当のことのようです」

「そうだな…」

「本人がいくら覚えていないといっても、犯罪歴までは消えないのでは?」

「確かに。先の鑑定でも、喧嘩すらしたことのない男のようですし…」

「犯罪歴がないのであれば、この男に記憶がないことなど我々が気に留めることでもないかと…」

 おお、いいぞ。いい流れになってきた。


「本人が覚えていなくても、この男が貴族だとしたらどうする?」

「貴族でしたら、家の者が探し回るはずです。彼らも醜聞を外へ漏らしたくないはずですし、ここで下手に騒がない方が賢明かと…」

「そうか。矜持とやらが大事だからな、あいつらは」


 俺は黙って衛兵たちがあーだこーだいうのを聞いていた。そして結果、悪人ではないことが分かったから町への入場を許可する。ただし、記憶が戻ったら速やかに報告すること、と約束させられて無罪放免になった。


「ケンゴさん!」

「みんな、まだ待っていてくれたのか!」

 俺は感動した。取り調べが終わるまで待っていてくれた彼らに駆け寄った。

 一足早く町に戻っていたコルサも迎えに来てくれたらしく、『白星の矢』の全員が揃っていた。


「大丈夫でしたか?」

「ああ、大丈夫だ」

「ここから早く離れましょう」

「そうだな」

 少し離れてから彼らは口々に衛兵の悪口を言い始めた。


「だが、悪いことばかりではなかったよ。犯罪歴がないことがはっきりしたし、スキルがないことも分かった」

「ケンゴさん、スキルが…ないんですか?」

「生活スキルもないの?」

「それがいいこと?」

「いや、いいことではないが…すっきりしたというか…これから頑張ろうというか……」


「いろいろ話も尽きないけど、チャチャムとレアニはそろそろ帰った方がいい。ワウンもだ」

「えーもうちょっとだけ、いいでしょ?」

「そう言えばケンゴさん、今夜はどこ泊るの?」

「バカ、お前。泊まれるほどの金がないのにどーすんだよ」

「あ…」


 みんなの協力のおかげで無一文ではない。けれど宿代には足りない。急いで現金を手に入れる必要はないし、レベルアップを優先したくて代行販売は少ししただけでやめていた。


「僕のところにどうですか? 狭くてキレイとはいえないところですけど…」

「ワウンのところは小さい子がいるだろ。騒がしくて眠れやしないって」

「ワウンは孤児院に部屋を借りて住んでいるんです。ホントは16までしかいられないんだけど、ワウンは家賃を入れてるからって18まで大丈夫ってことになってて…」


 ワウン君、孤児院暮らしなのか。

「ほら、もう話はその辺で…みんな帰った。帰った。親たちとの約束だろ」

「そうだけど…」

「町にいる間の門限は7時。親と一緒にご飯を食べる約束だろ」

「ハーイ」

「分かったわよ」

「僕、二人を送っていきます」

「おう、ワウンありがとうな。頼んだ」

「ケンゴさんまた明日」

「明日。絶対にまた会おうね」

「ああ、また会おう。おやすみ、ありがとう」

 若い3人とはここでいったんお別れ。


「さて、俺らは飯でも食いながら話そうぜ」

「チャウチ。おまえ金持ってんのか?」

「リーダーの奢りじゃないの?」

「なわけあるか。奢るとしてもケンゴだけだ」

「なんだよそれー。ケチ」

「ケチじゃねえ」

 思わず笑ってしまう仲の良さだ。


「ケンゴさん、俺んちに来てくださいよ。狭いとこですけど」

「マレサ、いいのか?」

「仕事の報告の後、許可とってきた」

「そか…。コルサの彼女はギルドの受付嬢なんだ。そしてひと月ほど前から美人の彼女とアツアツ同棲中」

 チャウチがコルサの個人情報を教えてくれた。ってか、本人が招待してくれているわけだからそのうちバレることか?


「へぇいいのかな」

 彼女に許可は取ったらしいけど…大丈夫か?

「いいんじゃない? 俺もマレサの飯食べてみたいし。いっつものろけやがるんで」

「いつもじゃないだろ。…時々だ」

「あー確か、時々毎日だったな」


 そんな会話で笑いながら男3人並んで歩く。周囲は薄暗い外灯にほんのり照らされているだけだが、それでも異国情緒たっぷりでわくわくした。よくあるヨーロッパ風、ってやつだな。レンガ造りや石造りの家もちらほらあるが、木造住宅の方が多い。


「ここです」と案内された家はアパートの一室だった。

 これは…気軽に押しかけられる感じはしないな。アツアツの彼女と一緒に暮らすのにはちょうどいい狭さという感じだ。


「ただいまー」

「お邪魔しますー」のチャウチに続いて、俺も「お邪魔します」とあいさつをする。


「いらっしゃいー」

 出迎えてくれたのは、なるほど…の美人さんだった。少しクールな感じの年上美女。いい趣味しているじゃないか、コルサ。羨ましいぞ。


「あなたがケンゴさん? コルサがとてもおいしいパンとジュースをお土産に持ってきてくれたわ」

 やるな。全部飲み食いせず彼女へのお土産にしたのか。


「お口に合ったようで光栄です」

「まぁ…」

「な。言葉遣いはバカ丁寧だが、悪い奴じゃないだろ?」

 それ、本人の前で言うことかね?


「まだ作っている途中なの。良かったら椅子に座って待ってて」

 少し広めだが、それでもキッチンの様子が見えるDK。隣に寝室がひとつとトイレがあるのだろうから1DKか。夢のような空間だな。


「何か言った?」

「あ…夢のような空間だと思って」

「夢のような空間?」

「美人の彼女と同棲中なんて、夢のような空間じゃないか」

 コルサと彼女の頬が赤くなる。揶揄ったわけじゃなく、まじめに言ったんだけど…あ、だから余計に恥ずかしくなったのか。ごめんごめん。


 付き合いの長いだろうチャウチもコルサとマレサのアツアツ加減にあてられたのか、饒舌になって場を盛り上げてくれた。マレサがギルドでも人気が高いギルド嬢であることや、2人が出会ってからくっつくまでの話まで聞かせてくれた。


 楽しい夕食会だった。料理の腕前は普通、というか…多分香辛料を使わない料理の限界なのだろう。まずくはないが、ヘルシーで健康的な食事だった。

 一方で、俺のところで買ったフルーツジュースとパンは絶賛だった。明日もまた買いたいと言われ、俺はプレゼントすると答えた。しかし、それでは町での買い物ができないだろうと…先払いまでしてくれた。

「ありがとう。とても助かる」

「リーダー、明日は休みだろ?」

「だな。ケンゴの買い物に付き合って…それから外へ出ればいい」

「そうしよう。チャチャムも絶対に買い物をするって言い張るぜ。俺もおふくろ用にジュースとかパンを買いたいしな」

「私も行ってみたいけど…急にお休みにできないの。残念だわ」

「けど、明後日は休みだろ? ケンゴ、明後日も…買い物できるよな?」

「もちろん、いい場所を見つけてオープンさせるから…いろいろ楽しんでもらいたいよ」

「俺もマレサにはぜひ、いろいろ楽しんでもらいたいと思っている」

 はっきりと言わなかったが特にトイレを…ということだろう。


「俺はそろそろ帰るよ」

 チャウチが席を立ったので俺も一緒に帰ることにする。

「俺もお暇するよ」

「ケンゴは泊っていかないのか?」

「そうだよ、狭いとこだけど、ここに泊っていけよ」


 コルサに先払いしてもらったお金で宿をとると思われているのかな。

「あまり言えないことだけど…今夜の宿泊先は本当に大丈夫なんだ」

「大丈夫って?」

「だから、大丈夫だということも…みんな以外には秘密にしてもらえるとありがたい」

 サービスエリアが出たり消えたりする不思議を知っているコルサとチャウチはなんとなく…これ以上は聞かないほうがいいんだと察してくれた。


「分かった。じゃあ、気を付けて…」

「ってことだけど、どこで待ち合わせる? ケンゴはまだ土地勘ないだろ? 中央の時計塔とか?」

「そうだな。時計塔なら遠くからでも見える。ケンゴもそれでいいか?」

「大丈夫だ」

【今いるところ】で地図を開いて確認する。うん、しっかり時計塔の位置は地図に載ってる。ここもすでに記録済み。スキルさんいい仕事をする。


 おや…チャチャムの家とレアニの家、そしてワウンのいる孤児院まで記録されているぞ。もしかして、知り合いの家も自動検索と地点記録してくれるのか。簡易地図と説明書きしてあったが、簡易どころかかなり優秀じゃないか。さすがはレアスキルというところか。


「時間はどうする?」

「そうだな…ケンゴは何時ぐらいがいい?」

「少しゆっくりしたいから、8時でもいいか?」

「俺らも休日はゆっくりしてるし…というか、9時でもいいか? チャチャムが起きるのが8時くらいになりそうだ。身支度に1時間…足りるかな」


「町に帰るとやっぱ安心するものな」

 テントで野営をしていたら、それは確かにぐっすり眠れはしないだろう。安心して眠れる街に帰ってきたら、寝坊してしまうのも当然か。


「では9時で。…明日もよろしく」

「こちらこそ、よろしくなケンゴ」

「おやすみなさい、ケンゴさん」

 同棲カップルに見送られ、アパートを出る。


「ホントに寝るとこ大丈夫?」

「ありがとう、チャウチ。大丈夫だ」

「じゃ、信じるから…。また明日」

「おやすみ」

 チャウチとはアパートから少し離れたところで分かれる。


 さて…どこに管理人事務所を配置するかな。

「お…」

 管理人事務所を設置したいと思ったところで、薄い水色のゾーンが現れた。


 あれ? もしかして、これ…壁の向こうになってないか?

 近くの建物の壁までがゾーンに含まれている。

 もしかして、すべてが空間である必要はない。のか?


「だとしたら…」

 倉庫っぽい壁に近づき、壁に手で触れる。その状態でもゾーンは奥へ広がっていた。


 ここに管理人事務所を隠しモードで設置して欲しいと願うと、本当にドアが現れた。周囲を見回し、人気がないことを確認してから遠ざかる。見えていたドアは2メートルも離れると見えなくなった。戻るとちゃんとそこにあり、ドアノブにも触れられる。


「…………」

 再び周囲を確認し、誰もいないことにホッとしつつドアを開ける。ドアの向こうには見慣れてきた管理人室がある。

 ただいま、と心の中で呟き。ドアを閉める。靴を脱いでスリッパに履き替えると、自然とため息が出た。

「はー。安心する」

 これで誰にも見られず、俺だけの空間でくつろげる。


「ってか…また変わってる!」

 レベルアップの恩恵なのか、洗面台の横に一口コンロが置いてあるコンロ台が出現していた。


「並んでいると、こっちは洗面台というよりシンクっぽいな」

 歯ブラシやコップが増えているのも地味にありがたい。歯ブラシは消耗品だから、予備があると安心する。コップはこれで片方を飲み物専用に回せる。


「コンロ台の下の扉を開けると……おっ。両手鍋がある」

 ぽつんと両手鍋が置いてあった。

 フライパンはないが、この鍋一つがあればいろんなことに使えるはずだ。


「といっても、食材は何もないんだけどな」

 まあ、今後に期待ということか。

 お金に余裕があれば街で買い物もできるのだろうが…料理をする気は今のところない。


「ところで、ドアがまた一つ増えているんだけど…」

 ドキドキしつつ開けてみた。


「ベッド!」

 ベッドだベッド! 俺はベッドを手に入れたぞー!

 しかもふかふかの布団と枕がセットになったベッドだ。藁の布団とかマットレスもなく毛布だけのベットだとか、そんなわびしいベッドではない。


「やったー!」

 ダイビングしてみれば、ぼふんと柔らかく清潔な布団が俺をやさしく抱きしめる。

「なにこれ、最高じゃん」

 ベッドは宮付きで手元ライトもついていて、読書灯代わりにもなる。読むような本はないけれど…。


 ベッドサイドのテーブルには扉が付いていて、開けてみると救急箱が置かれていた。蓋を開けてみると胃腸薬が入っている。

「これも、見覚えのあるやつだ」

 前世で時々お世話になっていた気がする。傷薬の箱もあとでここに入れておこう。


「…いや、もしかしたら…制服のポケットに入れておけば、明日か…あるいは次のレベルアップの時に増えているかも…?」

 後で試してみる価値はある。


 隣の事務所に戻り、さて着替えようと制服を脱ぎ、ロッカーのハンガーに掛けようと思ったところで…驚いた。

「新しい制服がある」

 もしかして、レベルが上がることで新しい制服ももらえるのか? まさか、毎日もらえるわけでもないだろうし…。

「だが、これはありがたい」

 制服の上下に加えてフェイスタオルも追加されている。


 タオルは何枚あっても助かるし、制服はマジックポッケがついたやつだからかなり貴重なものだ。万が一、ダメになった時の予備があるのは心強い。それに…制服をリメイクして鞄の内側にでも取り付けられたら、マジックバックのような使い方ができないだろうか。夢が広がる。


 俺は制服やフェイスタオルを寝室の方に運び入れた。ロッカーの中を空にして、明日の6時以降どうなるかを確認するのだ。


「夕飯は済んだけど、ジュース…いや、麦茶にしておくか。甘いものばかり飲んでいたら、病気が怖い」

 こちらの医療水準は分からないが……


 あ、そうなんだ。へー。


レアスキル【郷に入っては郷に従え】のツリースキル、【当たり前のこと】 (現地の文化、常識などが分かる)がいい仕事をしてくれる。ホント、心強いよ。


 この世界でもケガに効くポーションはあるみたいだ。だがそれは治癒能力を高めることができる程度で、一瞬でケガが治ったり欠損した腕が生えたりするチート能力はないらしい。

 ヒールなどの回復魔法がある世界ならよかったのにな。


 病気は薬師が作る飲み薬で治すのが一般的。どうやらこの辺は魔法のように解決…というわけじゃなく、前世と変わらないみたい。

 ただ、輸血治療や切開手術などはないらしい。義手や義足はある。だが、生活を補助する程度で添木と変わらないレベルだとか。

 やっぱ、ケガも病気もしないように気を付けるのが一番だな。


「鍋とコンロが手に入ったから、身体拭きが楽に出来るな」

 制服を脱ぎ、くつろぎスタイルで湯沸かしをする。


「そういや、木桶が増えるかの実験もしたかったんだ」

 が、街中でSAは出せないので明日以降にチャレンジだ。


 身体を拭いて、髪も思い切って洗ってしまう。

「石鹸が手に入ったのも嬉しいよな」

 欲を言えばボディソープとシャンプーリンスも欲しいが、贅沢は言えない。


「事務所から出る前に石鹸もポケットに入れておこう」

 どれか増えるのか、増えないのか。当分手探りで試していくしかない。


「増えるといいなー」

 タオルでゴシゴシして、髪があらかた乾いたところでベッドへ。


「はぁあ…ふかふか」

 あったかい、柔らかい。幸せ。そうか、幸せはベッドにあったんだ。


「やべっ、歯磨きすんの忘れてた」

 洗面台へ戻って、歯磨き。櫛で髪をきれいに梳かしてその櫛も制服のポケットにイン。いや、事務所を出る前でいいか。明日の朝も使うし。


「寝る前に変わったところがないかチェックしておくか」

 ベッドでごろごろ。テレビもパソコンもない生活だ。寝る前にできることもたかが知れている。


 えーと…次のレベルアップの条件は利用者のべ200人以上で売上6000メレル以上、か。単純に倍だな。


 お…境界線のデザインが変更可能になってる。木の柵が選べるのか。木の素材とデザインを選べて高さも変更可能と…。外周だけでなく、パーキングエリア内も柵で囲えるのか。

 パーキングエリアというか、こっちの世界じゃテント滞在エリアなんだけどな。


 そーだなぁ、目隠し代わりにもなるし…エリア分けにもなるしレイアウトしてみるか。

 コルサたち5人チームでもテントは2張りつかっていた。男女で分けるから最小単位はこのくらいか? ソロ活動の人もいるだろうし、3つぐらいシングル用を作って、その2倍のダブルも3つ用意してみるか。後はフリースペース、ご自由に…ということで。


 他には…携帯端末でできることはもうないか。


 俺は【今いるところ】で周辺地図を呼び出した。


「これ、何気に時間つぶしになるな」

 町のどこに何があるのか、ざっくりでも分かる。分かってしまう。ベッドにごろ寝している状態で街歩きしている気分だ。


「これもホントありがたいスキルだよなあ」

 初めて訪れた街でも迷わず歩くことができるし、目的地へ行くのに最短経路が分かる。


「明日、どこへ行こう。朝市広場とか露天通りとか名前だけでわくわくするな。…ってか、買いたいものの優先順位を決めておかないとな」

 何が欲しいかを決め、さらに購入順位もあらかじめ決めておかないと…。

 俺が持っている現金は少ない。いや、コルサから少ししかもらえなかったという意味じゃない。そもそも、俺が現金を得ることに苦労するという話だ。


「地点登録ってさ、SAを設置した時だけだよな?」

 あれ? どうだっけ?

 確認してみたが説明はなかった。出来るのか出来ないのか、どっちだ?


 念のためマップを確認してみた上に現在地を示すマークはついていても、地点登録地にこの場所はない。一番初めにSAを配置したところと町に近い分岐路近くの場所のふたつのみだ。


「そりゃそうだよな。地点登録してないからな」


 それともう一つ気になるのが…管理人事務所内にいる状態で地点登録した場所まで転移出来るかどうかだ。転移したいなんて…


【地点登録した場所に転移しますか?】


 えっ、ちょっと待て。もしかして出来るのか? 管理人事務所内にいた状態で?


【地点登録した場所に転移可能です】


「………いや、いやいや待て。冷静になれ、俺」


 落ち着いて考えろよ。地点登録した場所に転移可能と言っているだけだ。気をつけなきゃいけないのは、いま俺がいる町の中のこの場所は地点登録がないということだ。うっかりしてはいけない。


「そういうことだな」

 行くことはできる。しかし、この町中に戻りたくても、地点登録できていないから戻ってこれない。

 そう。一度出てしまったら、また町まで歩いて戻って来なきゃならなくなるということだ。


「アブねー。危うくしでかすところだった」


 レベルアップ後にSAがどんなふうに変わったのか。補充された新たなパンやおにぎりも欲しいところだが…もうちょっと我慢だ。せっかく町中に入れたのだから、ここでしか手に入れられないものを手に入れてからでないと。


「何がいる? 考えよう。明日からの生活のために。俺に必要なもの…」


 あれやこれやを考えているうちに眠気が来て………眠りについた。寝つきがいいのは身体が若い恩恵の一つだろうか。

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