※06※

「えっ」

「えええええ!」

「……!!」


 彼らと一緒に町へ行くということに決まって、ゲートを出たところでSAを撤収したら驚かれた。

 彼らはこの場所にSAを残したまま、俺だけが町へ行くと思っていたらしい。

 ま、普通に考えればそれが正解だ。


「き、消えた…」

「夢を見ているの?」

「嘘…だろ?」

 少し遅れて、SAが完全に消えた…どこにもなくなったことを彼らも理解した。

「………………(怖)」

 得体のしれない者を見るような視線がやってきた。

 やはり怖がらせたか。


 化物に出会ってしまったかのように、彼らは俺から離れていった。

 が、離れた距離は1メートルほどで、走って逃げない程度には俺のことを信じてくれているらしい。


「すみません、怖がらせてしまって」

 バカ丁寧に謝るより、肩をすくめて軽い感じにした方がいい気がした。

「俺にもよく分かってなくて…説明できないことがあるんです」


 彼らは仲間たちで顔を見合わせたが、これについてはもう突っ込まないことに決めたのか小さく頷いてくれた。


「分かった。…ケンゴさん、いこうぜ」

「うん、約束したものね。一緒に行きましょ」

「ありがとうございます」


「あーそれなんだけど、さ」

「はい、なんでしょうか」


「むずむずすんのよね」

 むずむずする?

「だから、かゆくなるの」

 チャチャムさん、レアニさんや。俺にも分かるように話してもらえませんかね?


「ケンゴさんの話し方だよ。貴族相手ならいいのかもしれないけど、俺達にはぞわぞわする」

「つまり、バカ丁寧すぎるってことだ」

 ワウン君までもがうんうん頷いている。


「……………そ、うなんだ」

 むずむずしたり、かゆくなったり、ぞわぞわするんだね。


「あーっと…」


 もっと早く言ってくれよー! こっちだって一生懸命だったんだぞっ。


「それじゃあ、もっと気軽な感じで……よろしく?」

「うんうん。友達感覚でいこうぜ」

「それならむずむずしない」

「ぞわぞわもしないな」


 街に向かって一緒に歩きだして数分後。俺の年齢を聞かれたので25と応えたら、さらに彼らとの心の距離が縮まった。

「なんだ、意外と若いんだ」

「俺らとそんな変わらないのか」

「そーだね。30は超えていると思ってた」

「見た目は俺らと変わんないか? と思ってたけど、声がな」

「そう、声がねー」


 おっさん声と言いたいんだな。少し渋いいい声じゃないか。俺自身は気に入っている。スゲー落ち着いた渋い声だって。

 もといた世界でもこの声だったなら、声優を目指していたかも。主人公のパパ役とか。上司役とか、どっかの戦艦の艦長とか…声だけならいけそうな気がするんだけど…演技力がな。

 ハハハハハ…ま、夢も見るだけならタダだ。



  *



 どこまでも続く石畳の道。すり減り、所々でこぼこになった古い街道を冒険者たちと歩く。周囲の景観は、広大な国定公園に紛れ込んだかのようにのどかなまま。どこを見ても自然。自然。自然。自然しかない。


 4時間ほど歩いた頃。俺はトイレに行きたくなった。

「俺、トイレ休憩したくなったんだけど…みんなも飲み物補給しない? 全部無料にするよ?」

「いいのかっ?」

「トイレ休憩っ! 私も!」

「俺らも助かるけど…いいのか?」

「大丈夫」

 遠慮しなくても、明日の6時を過ぎたら再配置するだけで補充されることになっている。ここで彼らからわずかな売り上げを稼ぐより、いい人アピールしておいた方が親切にしてもらえる。つまりは打算有りなのだ。


「あの…僕、3メレルだけですけど残っているのでどうぞ」

 ワウン君、俺にお金を差し出してくれた。

「あーでも…」

 断ろうとしたところで「俺は1メレルしかないけど…」とリーダーのコルサもウエストポーチをごそごそ。

「あー悪い、俺、使い切っちまったよ」

「「私も」」

「でもこれで、ちょうど町には入れるな」

 はいい?


「町の入場料、4メレル必要なの」

 なんですと? 俺のSAより安いのか。

 うちも下げるべきか? うーむ、悩むが…保留しとこう。


 俺は感謝しつつワウンから3メレル、コルサから1メレルもらった。

 メレル硬貨を初めて手にしたぜ。ちょうど1円玉くらいの大きさで、色は10円硬貨に似ている。表にも裏にも1とだけ書いてある。


 俺は制服の右側ポケットにもらったばかりの硬貨を入れた。町に行ったら小銭入れぐらい買いたいところだが…いや、その前にカバンを買った方がいいか。


「冒険者登録してあればギルド証を見せればいいけど…ケンゴさん、もってないよね?」

「…もちろん、持ってない」


 もしや、この流れは…ライトノベルズ定番の『君も冒険者になろう』の前振りか?

「ケンゴは町でパンを売るんだろ? だったらパン組合の方じゃないか?」

「移動販売なら誰でもできるんじゃないの?」

「どーなんだろ」

「こういうのは誰に聞いたらいいんだろうな」


 あのーもしもし?

「まずはトイレ休憩しませんか?」


 ってな感じで話を途中でぶった切って、SAを設置する。どぉーん! いや、別に音は出ませんよ。いきなりデカいものが現れるから圧倒されますけどね。


「…!」

「……! …!」

 驚いている驚いている。

 数回見た程度ではこの衝撃には慣れないよな。ハハハハハ俺もだ。


 制服のポケットから取り出した携帯端末で、入場料やトイレの使用料を0に変更する。

「俺は管理人室に専用トイレがあるので、そっち行くよ。…自販機前で集合な」

「わかったー」

「またねー」


 彼らと分かれて俺は一人で管理人事務所へ向かった。

 隠しモードになっている事務所前で振り返ると、誰もこっちを見ていない。この隙に、とササっと中に入る。トイレを済ませて洗面所で手洗いしていて気が付いた。


「木の桶がある…」

 なんで?


 昨夜、水汲み場からここへ持ってきたのは俺だ。そのまま元に戻さなかったのも、俺だ。

 つまり何がおかしいのかというと…先ほど俺は水汲み場の前を通って管理人事務所まで来ている。その時に木の桶が2つ、元通りの位置に並んでいたのを見ていたのだ。


「もしかして…1日経つと桶の数が1つ増える? それとも、管理人事務所に置いてあるのは別カウント?」

 なんとなくだが、別カウントのような気がする。これは後で実験すればわかるだろう。


「昼にはもう少し早いか…」

 俺は少し迷ってから、おにぎりふたつとお茶のペットボトルを昼食用に持ち出すことにした。

 早めの昼飯にするならこの場にSAを設置したままにすればいいけど、彼らは俺とは違って仕事帰りだ。町に少しでも早く戻りたいと考えるのが自然だ。


「こういう時、カバンがあればなと思うんだよな」

 お茶のペットボトルを制服の左側のポケットに入れて…頭が飛び出して不格好になっても…仕方が……ないっ?


 俺はずぶずぶとペットボトルがポケットに入っていく感覚に驚愕した。


「……そもそもだ。そもそも…入口からおかしかったよな」

 500ミリリットルのペットボトルがすっと入っていくような大きさのポケットではなかった、ハズなのに…入っていったのだ。


「…………」

 もしや、と期待しつつペットボトルをそのまま最後まで入れてみる。ポケットのふくらみはない。おにぎりをさらに入れてみる。何でもないことのように入っていった。さらにパンも入れてみる。やっぱり入っていく。しかし、ポケットは全く膨らんでいない。


 恐る恐る手を入れてみる。手には何も触れないが空っぽだという気はしない。


「おにぎりの鮭」

 言葉にするとすっとそれが手に触れた。


 ポケットから取り出して、今度は反対の右ポケットに入れてみる。これもするっと入っていった。

 左ポケットに手を入れ、またおにぎりの鮭を頭の中に思い浮かべる。すると手の中におにぎりがもどってきた。取り出してみると、間違いなく鮭のおにぎりだった。


「…俺、手品師になれるな」


 左のポケットに入れたものを右のポケットから取り出せる。ポケットに入らないほどの大きさのものを入れられる。


「すげぇな、この制服」

 まさかこの制服のポケットがマジック…なんだろ? いや、ポケットだけど…憧れのマジックボックスになっていたなんて。

 ド定番のマジックボックス、翻訳、地図の3点セットが揃ってしまった。


「あ、いけね。ゆっくりしていられないんだった」

 慌ててポケットにおにぎりやパン、ドリンクなどを突っ込んで事務所を出た。


「遅ーい!」

「ケンゴ、遅いぜ!」

 友達みたいな気やすさに、こっちも「ごめんごめん」と軽く返す。


「遅くなったお詫びに好きなものを選んでくれ。俺が取り出すから、タダだ」

「いいのっ?」

「いや、それは悪いだろ」

「いいって、いいって。2つでも3つでも構わないぞ」

「マジかよ!」

「マジマジ」

 という感じで、それぞれのリクエストを聞きつつ自販機の商品をポンポン買っていく。


「いやぁ、悪いなぁ…」

「そのかわり、町に帰ったらいろいろ案内するから」

「それは助かる」


 最後に自分の分のおにぎりとパンをそれぞれ2つずつ、お茶のペットボトルとリンゴジュースも買った。いや、貰った。

「これは俺の昼用だ」

「あ、そういや、もうこんな時間だよな」

「荷物になるし、ここで食べていく?」

「そうだな」


 ベンチがないため立ち食いになる。


「あ、消えた…」

「これ、びっくりしたよね」

「ねー。このキレイな容器も持ち帰りたかったのに消えてしまうんだもん。ショックだった」

 彼らももう、パンの袋や飲み終わった後のペットボトルが消えていく現象を経験していた。


 食い終わって、サービスエリアを出ようとしている時だった。


「あ…」

 入場ゲートを挟んだ向こうとこちらでお見合いになった。


「あ、『白星の矢』の奴らだー」

「ミンミト…。『黒の俊足』のみんなか。これから出掛けるところ?」

 新たな冒険者たちの姿を見た俺は急いで携帯端末を操作して、入場料金とトイレ使用料を元に戻した。


「ここなんなの?」

「こんなのあった?」


 チャチャムたちはなぜかにんまりとした笑顔になった。

「ケンゴ、私たちに任せて」

「任せて」

 女の子2人はすっごい笑顔になると相手チームの女の子たちを手招きした。


「みんな入っておいでよ。ここ、すごいよー」

「甘いパンやすっごい美味しいジュースがいっぱいあるよ!」

「甘いパンっ?」

「そうそう。甘くてふわふわなの」

「びっくりするほど柔らかくて美味しいパンがあるよ」


「飲んだことがないほど美味いジュースもあるぜ」

 どうやらチャウチたちも臨時のセールスマンのように新規顧客獲得に協力してくれるみたいだ。

「ここのトイレ使ってみ。快適すぎてびっくりするぜ」

 コルサの笑顔は…うん。いたずらごころ満載ってた感じだな。ウォシュレットで驚かせたいのだろう。


 新たに現れた冒険者たちは6人グループだった。内訳は女の子が4人。男が2人だった。チャチャムとチャウチたちみたいに、兄妹かなと思う3人も含まれている。

 顔見知りに誘われたからか、彼らは案外スムーズに中に入ってきた。


「なんだ、ここ!」

 水汲み場に驚き、屋外かまどに驚き、自販機の前では女の子2人がかりのセールストークに、彼らはガンガン商品を買っていった。俺経由で。もちろん、受け取ったお金は自販機に入れるふりをして…実際にはポケットにナイナイした。


「おいしぃーー」

「うめぇー!」

「こんなの食べたことない!」

 いゃあもう、蜂の巣をつついたようなものすごい騒ぎだった。


 これは長丁場になるなと感じた。後から来た冒険者たちはこれから出かけるところだったのか身軽だったが、『白星の矢』のみんなは違う。仕事帰りでリュックはパンパンだし…これ以上遅くなるのはどうなんだろうと心配になった。


 トイレの前で別チームの男たちと大はしゃぎしているコルサを捕まえて聞いてみることにした。

「コルサ、ちょっと…」

「ん?」

 少し離れたところまで移動し、声を潜めた。


「案内役してくれるのは助かるけど…町へ帰るのが遅くなってもいいのか?」

「あー」

 そうだったという顔をした。


「なんだったら、みんなは先に帰ってもらってもいいぞ。町の入場料はあるし、俺一人でも迷わず行けるだろ」

「まあな。道はもう少し先で分岐しているが、ちゃんと標識はあるから町まで迷うことはないだろう」


 どうするかなという顔をして、コルサはワウンを呼び寄せた。

「悪いけど、外を見てきてくれ。他にもここに気が付いて入るのを躊躇っている奴がいるようなら声を掛けて、すぐに戻ってきてくれないか」

「分かった」


「コルサーお前の言ってたこと、分かった! なんなんだよ、あれー」

 トイレの中に入っていた男が戻ってきて、コルサに絡み始めた。

「だろだろ? 俺も飛び上がってびっくりしたぜ」

 仲がいい知り合いだったらしい。かなり気安い感じだ。


 斥候をしているというだけあって、ワウンが走って戻ってきたのはすぐだった。

「ケンゴさん、他にも新規客きてます」

「中に入るのを躊躇ってなかった?」

「多分、僕たちの姿が見えたから大丈夫だと思ったんじゃないかな」

「そうか。それはありがたい」

「ここ、町から1時間ほどの距離だし、次々来るかも」

 俺にとっては嬉しい悲鳴だが、彼らは適当なところで…帰るべきだ。


「分かった。ありがとう。俺はここに残るよ。少なくとも客がいなくなるまでは」

「……また、会えますよね?」

「大丈夫だろ。みんなに連絡して、ここを出発してくれ」

 ワウン君はじっと俺の顔を見た後頷いて、リーダーの方へ駆け寄った。


 俺は自販機前であれこれ商品セールスをしてくれているチャチャムとレアニのそばに移動した。

「ありがとな。後は俺が変わるから…」

「ケンゴさん…」

「私、残ってもいいから」

「チャチャム…」

「みんなも見知った顔があると安心すると思うんだ」

「それはそうだろうが…」

「チャチャムが残るなら私も残る」

 レアニまでがそう言いだして…コルサ達5人で話し合った結果、コルサだけが代表してギルドに行って仕事の報告だけ先に済ませることになってしまった。


「素材の売却は明日以降になってもいい」

「うん、問題ない」


「コルサ、大丈夫だ。4時までには客に退出を促してここを出るから」

「約束だぞ」

「俺が責任もって、みんなとケンゴを町に連れていく」

 副リーダーのチャウチが4人プラス俺の案内を請け負ったところで、コルサひとりが先に出発した。


「さ、働くぞ!」

「僕は入口の近くにいます。中にいる誰かに声を掛けられた方がみんな入りやすいと思うから」

「私たちは自販機の前にいるわ」

「全部美味しいってことを教えてあげなきゃ」

「俺はトイレの説明をするかな。あれは誰も見たことがないものだし、みんなびっくりするからな」


 なんていい子たちなんだ。

 知り合ってまだ1日ほどしか経っていないのに、こんなにも親身になってくれている。

 パンやおにぎり、ジュースをおごるだけじゃ悪い気がしてくる。


「あれ? ボタンが押せないよ?」

 客のそんな声が上がったのは、コルサと別れてから1時間以上が経過した頃だった。


「あー。赤いランプがついているから、売り切れだ」

 そうか。売り切れることもあるのか。さすがに無限とはいかなかったらしい。


「えぇー売り切れなの?」

 とはいえ、目の前のスリムな自販機のどこにあれだけ多くの商品が入っていたんだよと突っ込みを入れたくなるのは俺だけだろうか。


「あ、これも赤く光ってる。なんでー!」

 運の悪い子がいるらしい。

 白パンもリンゴジュースもみかんジュースも売り切れた。

 そして最終的におにぎり以外が完売した。売れ行きが悪かったおにぎりは俺が試食をさせたことで追い上げを見せたが、客の流れがピタリと止まった。


「たぶん、夕方までには町に到着する予定で移動してる人が多いからだと思う」

「日没まであと1時間ちょっとくらいだしね」

「なるほど…」

「ケンゴさん、僕たち以外誰も残っていないことを確認してきました」

 ワウン君、君はいい子だね。言われなくても自分の役目を考えて、そして行動してくれる。


「じゃ、俺たちも町に戻るか」

「「だね」」


 入場ゲートに向かいながら俺は携帯端末を取り出して、いったい何人の客が来たのだろうと確認してみた。


「……………」

 すごい!


 いつの間にか、利用者のべ50人以上で売上500メレ以上という条件をクリアしていた。自販機の商品もバカバカ売れていたが、入場料の5メレルというのが意外といい金額になっている。

 今回は『白星の矢』のみんなのおかげで入れ食い状態だったが、いつもこんなにスムーズにはいかないだろう。知らない場所に入ってみるというのは案外ハードルが高い。様子を見ながらになるが、もう少し下げてみてもいいかもしれない。


 しかし…今回は助かった。まさか今日中にレベルアップするとは思ってなかった。

 俺のSAスキルもとうとうレベル3か…。嬉しすぎて、心の中で思わずガッツポーズをしてしまう。


【地点登録しますか?】

 出た瞬間にアナウンスが来た。俺にしか聞こえていない声だ。

「登録する」と心の中で答えた。すると頭の中に地図が開き、その左端に地点登録2と情報が追加された。


 お、これで登録できた場所は2つになった。転移とやらはいつできるようになるんだろうな。


【地点登録した場所を選んでください】

 お、もう転移できるようになっていたのか。


【転移しますか?】

 しません。

 あぶねー。デフォルトで1番を選択するなよ。いま転移したら、6時間かけてここまで歩いてきたというのに戻ってしまうではないか。


【撤収!】

 更地に戻すと、やっぱりみんなは驚いた。

「相変わらず…すごいよな」

「心臓が…びっくりする」

「驚きですよね」


 ふっふっふ…。驚くのはまだ早いぜ。次にSAを設置するのが楽しみだ。

 しかし俺のウキウキ気分は次の、レベル4にアップする条件を確認した瞬間に下降した。


 利用者のべ100人で売上2000メレル以上。

 マジか! 次も両方クリアしないと上がらないのか。


 ちょっと条件厳しすぎませんか? 女神様

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