※03※
俺は歩くことにした。とりあえず、てくてくと歩いた。管理人事務所はもちろん撤収してある。管理人事務所を出て、撤収したいと思えば消える。出したいと思えば設置できる。便利すぎる。
「のどかだなぁ…」
進路を決めた理由は単純だ。森。小川。丘。けもの道。この中で一番、人が行きたいと思う場所はどこか? と考えてみた。答えは小川だ。
もしかしたら人によっては森かもしれない。森の恵みを求めている人なら森と答えるだろう。
だがしかし、俺が求めているのは水だ。そう、小川を選んだのは人と遭遇する可能性というよりも、本当は行きたい理由があったということだ。
「喉乾いたな。…もう、3キロぐらいは歩いたか?」
小川を目指して歩くことで俺に分かる地図の範囲は広がっていた。そう。現在地周辺10キロに加えて、過去に表示されていた地図のエリアもそのまま表示されていたのだ。つまり、歩けば歩くほどに俺の地図は広がっていくのだ。
「あっ!」
小川まであと1キロぐらいかなと思う場所まで来た時、俺の地図にキリング街道という表示が現れた。
街道だ。街道があった! つまり、ちゃんとした…人が行き来している道があるということだ。
俺は獲物を見つけた狩人のように目つきを鋭くさせ、キリング街道目指して一歩一歩確実に歩を進めた。
目的地まであと5キロ弱。その距離はすでに2時間以上歩き続けている俺には近く感じられた。まだまだ日は高く、山の向こうに日が沈むには早い。
街道にさえ辿り着ければ、SAを設置できる。きっと飲み物の自販機ぐらいあるはずだ。そうとも。自販機のないサービスエリアなんてありえない。
若返っているおかげか、時折走りながら移動してもへばることはない。予想よりかなり早く街道に到着した。
「ゴールっ!」
目の前に道がある。石畳みの道だ。人が管理し、日常的に使っている道に違いない。
嬉しくなった。
【SAが設置できます。設置しますか?】
そんなアナウンスが突然聞こえ、俺はびっくりした。
ふと足を止めた視界に初めて見るものがあった。薄水色に塗られたゾーンが…地面を塗り分けていた。驚きつつ顔の向きを変えると、それは移動した。
「なるほど」
薄水色に塗られたゾーンがSA設置の候補エリアということだ。
「SAを設置する」と心の中でつぶやいただけで…景色は一変した。
「………………!」
啞然とするよりほかないだろう。
何もなかった。さっきまで、確かに何もなかった場所に突如としてサービスエリアが現れた。
【地点登録しますか?】
なんと、ここで地点登録の選択が可能になった。
俺はそれにも「登録する」と心の中で答えた。すると頭の中に地図が開き、その左端に地点登録1と情報が追加された。
ユニークスキル【SA】とレアスキルの【今いる場所】が連動していた。
「…ふぅ…」
深呼吸して気を引き締めた。
「改めて見ると…すごいな」
入口ゲートの上に『ポラリスSA』と書かれた看板が掲げられている。
ゲート近くの案内板には「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」の文字。俺が管理人事務所で設定したあの文字だ。
境界を示すのはレンガ。しかしそれは予想していたものよりもずっといいものだった。
「レンガのアーチか」
高さはそれほどでもなく、子供でも一跨ぎで越えられそうなものだが、見た目の雰囲気はとてもいい。
入口ゲートに脇には『入場料 1人5メレル』という表示。そして『ここにお入れください。お釣りは出ます』と書いてある箱が分かりやすい場所に設置してある。
「ここからお金を入れるのか。そして、おつりが出てくるのはここかな」
俺は無料で利用できるはずだが、と思いつつ入口ゲートを進んでみる。
何事もなく、すっと通り抜けることができた。
「なるほど…」
入口ゲートには奥行きがある。手前の料金を支払う箱にお金を入れなかったら、奥のゲートから通せんぼするような棒が飛び出して、侵入を阻む仕掛けになっている気がする。
ゲートを入ってすぐ。右側に見慣れぬものがあったが、じっと見ているうちにそれが馬などを繋いでおく場所だと分かった。これも【郷に入っては郷に従え】スキルが働いたのだろう。
「と、いうことはこの水場は馬の水飲み場か」
つまりは、この世界の移動の足は馬車だ。もちろん、馬を利用せず徒歩で移動する人も多いだろう。
「西部劇映画でこういうの、見た気がするな」
樽を半分にカットしたようなものが水受けになっていて、どういう仕組みになっているのか分からないが壁面から伸びたパイプから水が湧き出している。
「受けが木の樽じゃなかったら、神社の手水所を連想したかも」
ひしゃくが並んでいたら手水所だろうが、水受けの横には木の桶が2つ置いてあるだけだ。
「よくよく見れば足元、排水設備になってる?」
もしかしたら、ここで馬に水を飲ませるだけでなく身体を洗ってやることもできるようになっているのかも。
「で、あっちにあるのはかまどか…」
レンガを組んだ屋外かまどが2つある。これの利用料金を設定した覚えはないし、料金箱も近くにないことから…無料で利用できる設備ということなのだろう。
そういえば、馬や馬車の料金設定や水飲み場の料金についての取り決めもなかった。
ということは…ここの中に入るだけでもメリットはあるということではないだろうか。
「入場料、タダにしなくてもいいかもな」
どうやってこのかまどを使うんだろうと近づいてみると、マキが近くに用意されていた。
「あ…そうなんだ…」
突然働くスキルさん、グッジョブ!
この世界では、種火を灯す生活スキルを持っている人が多いらしい。そんな便利なスキルを持っていない俺や、俺と同じでスキルを持っていない人は着火の魔道具を用いるといいらしい。
出たよ。異世界あるあるの魔道具。
ちなみに幾らぐらいするんだ?
スキルさんに問えば使い捨てなら2メレルと分かった。100円ライターのように案外安いらしい。燃料はガスではなく、くず魔石らしい。利用可能な回数はだいたい20回とのこと。どこかで手に入れたいものだ。
次に俺が向かったのはトイレだ。
ここまでの移動途中で大自然にお世話になったから、差し迫って必要というわけではない。
「ここは普通だな」
よくある、公園のトイレ。一般的なイメージをしてもらったらいい。
手前に手洗い場があり、奥に個室がある。出入り口から導線が曲がっていて、建物の外から中を覗き見ることはできないようになっている。
違いがあるとすれば、ここが無料ではないことだ。ちゃんと俺が設定した2メレルの料金箱が入り口に設置されている。お金を入れないと入口ドアが開かないみたいだ。
「で…肝心の自販機だが…」
思わず顔をしかめてしまう。
「たった、これだけか…」
愚痴りたくなってしまうのも仕方がない。
自販機で販売されている商品はわずか3種類だけだった。水、緑茶、麦茶。…以上。
情けなくも腹の虫が泣いて不満をこぼした。
「腹が減った…」
この世界で気が付いてから、ずいぶん時間が経過している。ここへ来るのにもかなり歩いた。
その結果がこれでは…正直、報われない。
自販機に並ぶ500ミリリットルサイズの飲料はすべてが2メレルになっていた。水が飲みたかったら(馬用だが)向こうに水場があるから、ここで水は売れなさそうだが…
「あ、そうか。持ち運べるのか」
ペットボトル入りだから、買った後に好きな時に好きな場所で水が飲める。それは確かに購入理由になるだろう。
「…もうちょっと、こう…いや、それでも…ありがたい」
以前読んだことのあるライトノベルズの主人公たちも苦労していた人が多かったではないか。水を求めて森の中をさまよってみたり、いきなり獣や魔物に襲われて危機一発だったり。
それを思えば、好きなだけ水もお茶も麦茶も飲める俺はまだ恵まれている。ハズだ。
「とりあえず、喉が渇いたからお茶…いや、汗をかいたから麦茶にするか」
ディスプレイされた水のペットボトル。その下にあるボタンを押せばガチャコンと出てくる…のかと思っていたら、すっと小さな扉が開いてそこに水のペットボトルが置いてあった。
それを取り出すとすっと扉が閉まる。
「静かだな」
扉が開くと、はじめからそこにあったかのようにペットボトルが置いてある。
ボーリングのピンを自動で並べる方式…にしてもやや違和感がある。
「うーむ…出てくる仕組みは分からんが…異世界の自販機だしな」
分からないことはすべて『異世界の~』で折り合いをつけることにしよう。考えても分からないものは分からない。無駄なあがきはしない。
その場でキャップを開けて、ごくごくごく。一気に半分ほど飲み干し、落ち着いた。
「とりあえず、全種類もらっていこう」
飲みかけの麦茶を含めると合計4本のペットボトルを抱えて、俺は管理人事務所へ向かった。
そう。SAを設置したことにより、管理人事務所も自動設置されていたのだ。
「…そういや、管理人事務所って見えないモードにできたはずだよな」
思わずつぶやきながらドアノブを握ると『隠しモードにしますか?』というアナウンスが聞こえてきた。
よしよし、と思いつつ「はい」と応えると全体的に薄くなった。ちょうどホログラフィを見ているような印象だ。
俺には見えるが、これで他の人には見えなくなったのだろうか? と思いつつ中に入ると、中は普通だった。何も、どこも変わったところはない。
ま、いっかと靴を脱いでソファへ一直線。
だらけモードで麦茶をぐびぐび飲む。空きっ腹を紛らわそうと思ったのだ。
「…あー、腹減ったなぁ」
麦茶を飲み切って、ペットボトルのキャップをしめ直す。これで少しは空腹を誤魔化せたかなぁと思っていると……
「消えた!」
えええーっ?
いきなり。消えたのだ。
空のペットボトルが。
確かに、ソファ横の台の上に置いたはずなのに。
「消えた!」
目をぱちぱちさせても状況は変わらない。変わらなかった。
俺は無言で茶のペットボトルを手にし、それを飲み干した。頑張って飲み干して、まったく同じように空のペットボトルに蓋をして台の上に置く。
「……!」
一瞬だった。瞬き厳禁でじっと見つめていたのに、気が付いたら空きペットボトルは消えていた。
「………そういえば、自販機の近くにゴミ箱がなかったな」
どうやら、ゴミが出ない親切設計になっているらしい。この現象が管理人事務所内に限っているのか、サービスエリア内に限っているのか、はたまたこの世界の仕様になっているのかはまだ分からない。後ほど比較実験をして検証する必要があった。
「なんか…疲れたなあ」
疲れたといっても身体的なものというより、精神的なものだ。次から次へと不思議なことが起きる。異世界にいきなり転生なんて経験したことないし、するとも思っていなかった。
「これから、どうなるんかなぁ…」
とりあえず無一文だが、道路の近くにいればスキルSAが使える。トイレと飲み物には困らない。あと、寝る場所があるというのは助かる。野宿なんてとんでもない。屋根のない場所に寝るのは怖い。
事務所内にベッドはないが、ソファで眠れなくはないだろう。少々足がはみ出しており快適な寝床とはいえないが…ダメでも床に寝ればいい。外の地面で寝るよりよっぽどマシだ。
「そういや、ここの防犯対策は強制退去だけか?」
ハタっと気が付いて、設定について/詳しい説明を読む 設定するの項目を後回しにしたことを思い出した。
「ステータスオープン!」
ユニークスキルSAの設定について改めて説明を読んでみることにした。
設定について/詳しい説明を読む 設定する
「あれ?」
詳しい説明を読む が選べなくなっていた。
もしかして、一度目に選ばなかったのがまずかったのか? それとも、すでにいろいろな設定をしたせいか? 入場料金とかトイレ使用料とか…設定した影響か?
「…………」
やっちまった感がひしひしと…ひたひたと…
詳しい説明を読むことはあきらめ、設定画面を開いて確認した。その結果、照明の点灯時間を設定できることに気が付いた。
「つけっぽなしにするのも無駄だよな」
0時から6時まで点灯個所を減らし、照度も最低限まで落とす設定にした。
トイレも夜間は自動点灯ができることを知り、利用者が中に入ったら点くように設定した。
「あ…」
入場ゲートの設定詳細を発見。なになに…
「ふむふむ。これを使えば、夜間の入場をできなくすることもできるのか」
SAとしてはこれはどうなんだろと思わなくもないが…俺が寝ている間に何があるか分からないのは、怖い。もしどこかが壊れても自動修繕できるらしいから、夜間も来客を迎え入れる設定にしておくのもひとつの考え方だ。んー……迷う。
管理人事務所を見えないモードにできるわけだから、これは思い切って…夜間営業も続けることにしよう。
「お…団体受付なんてこともできるのか」
すげぇ細かいな。こんなに細かく設定できるなんて…出来ることが多すぎて見落とすはずだよ。
「そーだな。とりあえず10人まとめての入場は50メレルのところを一人分引いた45メレルにしておくか。10人いっぺんにってのはなかなかないだろうしな」
次のレベルアップまで10人来てくれればいい訳だから、今ならタダにしてもいいぐらいだけど…。
「ほぅ、ここで馬や馬車の利用料金設定が出てきたぞ。んーどうするかな」
ここもタダにしてもよさそうだが、馬や馬車を利用している人というのは、歩いて移動している人たちよりお金に余裕がある人と推測できる。となれば、ここで料金を発生させない手はない。
「馬1頭につき2メレルにしておくか」
サービスエリア内で出来ることや料金を入り口で確認できるようにすると、中に入るかどうかで迷っている人に親切だよな。
「ということで、案内板の表示を増やすか」
ようこそ!
入場料一人5メレル 団体10人45メレル
広場でのテント宿泊無料。(テントは各自の持ち込み)
屋外かまどの使用料無料。マキのサービスがあります
馬1頭2メレル(水飲み・洗い場あり)
トイレ使用料1回2メレル
ごゆっくりどうぞ (朝6時~清掃のため一度退去願います)
「よし、こんなところでどうだ」
俺はいったん管理事務所から出ると、入口ゲート横の案内板を見に行くことにした。
そして管理人事務所から少し離れたところで何気なく後ろを振り返ると…
「……消えた?」
慌てて駆け戻ってみると管理人事務所が現れた。
「良かったぁ」
ってか、隠しモードになっていると離れたところからは俺自身にも見えなくなるのな。初めて知ったよ。
ホッとして、入口ゲートへ向かう。
「おぉ…ちゃんと表示されてる。いいんじゃないか」
周囲は少しずつ暗くなりかけてる。事務所にいる間に日没を迎えていたらしい。
左右どっちの道を見ても、人っ子一人歩いてない。野生の馬もいない。
「…ま、これで様子見だな」
俺は管理人事務所に戻ることにした。
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