※04※
どのぐらいの時間が経っただろうか。
することもなく、ソファに横になっていた俺はいつの間にやらうたた寝をしていた…らしい。
「なんだ?」
と思いつつホワイトボードを見て、びっくりした。ホワイトボードの右側に映像が映っている。
「ねーねー見てよ、ここに文字が書いてある」
映像のみならず、女の子の声までが聞こえてきた。
「文字だって?」
「なんだ、なんだ。なんなんだよここは」
「こんなところに…朝まではなかったよな?」
ホワイトボードではない。これはもう監視カメラ映像だ。入口ゲートのどこにカメラがあったのか分からないが…すげぇな。集音マイクの感度もばっちりだ。
初めて遭遇したこの世界の住人は冒険者だった。そうとしか思えない格好をしていた。
革製の部分軽鎧に剣や弓といった武器を全員が携帯している。ロングコートにロングブーツ。背負い袋がパンパンになっているところと全体的に薄汚れている様子から推察するに、仕事帰りのようだ。
「…………」
女の子ふたりがトイレがあるから入ってみようよと言い出し、年上の男ふたりは怪しい場所だから入るなと反論。2対2で揉め始めた。残る少年はどちらとも言わずに迷っているみたいだ。
それなら私たちだけで入ってみるからと女の子が宣言し、男2人は必死に止めている。入って出られなくなったらどうするんだ、とか。これは何かの罠だとか…怪しすぎるとか。もめにもめている。
…ハタっと気が付いた。
俺はどうすりゃいい?
このまま隠れてやり過ごすか? …それとも出ていって彼らに声を掛けるか。
正直なところを言うと…怖い。彼らは武器を持っている。襲い掛かってこられたら、俺には身を守ることができない。
だが、先ほどから見ている感じでは彼らもこの場所を不思議だと思い、警戒している。そう、怖がっている。
「やめようぜ。誰にも聞いたことないぜ」
「何言ってんのよ! 知られていない場所だったら、なおさら確かめてみなきゃ!」
年齢は全体に若く、十代半ばから二十歳そこそこという感じの5人組。そう、5人組だった。
「…そうか!」
俺は閃き、急いで事務所を飛び出した。
彼らを逃がしてはならない、そんな思いで入口ゲートへ駆け寄った。
「こんにちはー」
こんばんはの間違いじゃないかという突っ込みは誰からも来なかった。
ゲートの向こうにいる彼らは突然俺が現れたからか、ぎょっとして固まっている。
「………………」
誰もが何も言わずに俺のことを見ている。
そっと深呼吸して息を整えると、にこっと笑顔を向けた。客商売をするうえでスマイルは重要なファクターだ。どんなに大盤振る舞いしてもスマイルはゼロ円だぜ。
「いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました」
にこやかに微笑みつつ、俺はゲートの外へ出た。
ゆっくりと彼らは後ずさる。
声が届くように。気持ち大きめにした。
「入場をためらっていらっしゃるご様子ですので、一度、無料の見学をしてみてはいかがですか?」
返事を待つように一人一人の顔を見る。そして、またスマイルゼロ円。
「見学?」
「無料?」
「はい。入場料金を無料に変更します」
俺は制服のポケットから携帯端末を取り出し入場料を5から0に変更した。
「どうそ、お入りください。施設のご説明をさせていただきます」
どうする? というように彼らは仲間と顔を見合わせ、目と目で会話をし…しぶしぶリーダー格の男が全員で入ってみようと決めた。
おそらくだが、俺が丸腰で武器の一つも携帯していないことも彼らの判断材料になったのだろう。確かに、見たこともない施設なんて怪しいものな。警戒してもあたりまえだって。
「あのー ここはなんなんですか?」
一番年下の男の子が恐る恐る聞いてきた。
「サービスエリアです」
「「さーびすえりあ?」」
ハモったのは女の子二人組。仲良しさんだねぇ。
二人ともポニテだが、ひとつむすびとふたつむすびという違いがある…が、どっちも可愛い。
「さーびすえりあって何ですか?」
入ってみようと決めたくせに、彼らはまだ立ち止まったままだ。俺もゲート前で立ち止まるしかない。
「道行く人々の休憩所、ですね。まだ規模は小さいのですが、快適に過ごしていただけるよう、サービスを充実させたいと思っています」
「これで小さいのか…」
「こんな立派な野営地見たことないよ」
言葉を交わしたことで彼らも安心してくれたのか、ようやくゲートをくぐって中へ入ってくれた。
「おぉーっ」
中に入ると彼らは驚いたような声を上げた。
「なかは外よりもっと明るい!」
「どうなっているんだ! ランプの明かりがここまで届くなんて!」
俺もひそかに驚いていた。なぜなら、手にした携帯端末に入場者5とカウント表示がされていたからだ。…よしよし。
「嘘じゃない! 本物の水汲み場がある!」
まやかしか幻かと疑っていたのか、彼らは我先に水場に駆け寄り、手をつっこんたり水を掬ったりしていた。
「どうして、こんなにたくさんの水が!」
「川でもないのに、途切れないなんて!」
ひとしきり騒ぎ、手で水を汲んで…さらには飲んだりしていた。
「そろそろ、次の場所もご案内してよろしいでしょうか」
俺が声をかけると、はしゃいでいた彼らは恥ずかしそうに居住まいを正してくれた。
「すみません。こんな場所があるなんて思わなかったので…」
「ホント。ビックリした」
「ありがとうございます。それでは、次はかまどの方へどうぞ」
「ここではマキ代が無料ってほんとですか?」
「はい。ここにご用意しているマキがなくなりましたら本日分は終了になってしまいますが…現在は他のお客様はいらっしゃらないので、ご遠慮なく」
マキ代がとられないということは嬉しいサービスなんだな、と彼らの嬉しそうな顔を見ていて思った。
「あのー。ここにはトイレがあるって…」
「はい。あちらの建物になります」
「あれって、アレ?」
全員がびっくりした顔をしたぞ。
「あれって家じゃないんですか?」
「違いますよ、トイレです」
トイレの利用料金も無料に変更してから、彼らを引率した。
「男性用も女性用も同じですので、男性用トイレでご説明しますね」
建物の外からの光は届かない。中に足を踏み入れると洗面台周辺に明かりが灯った。
「うわっ、光った!」
「こちらは洗面台になります。トイレご利用後の手洗いはこちらでお願いします」
「おい、見てみろ! 鏡があるぞ!」
「ホントだー!」
「どうなっているの? この鏡、すごくきれい!」
「しかも見て、この大きさ。こんなに大きい鏡を見たの初めて!」
「手洗いできるってことはここで顔を洗ってもいいんだよな」
「歯磨きもできるわ。…わ、ここに触れたら水が出た!」
「えぇーっ!どういうこと?」
「なにこれ、ナニコレ!」
タッチ水洗が珍しかったのか、全員がかわるがわる水を出して遊んでいる。
そして、トイレの個室内の使い方を説明したらもっと騒ぎが大きくなった。トイレットペーパーに驚き、自動水洗に驚き、ウォシュレットに驚き、便座の温かさにも感動していた。
「私、使いたい!」
ワンポニテの女の子が女子用トイレを使いたいと言い出した。
「では一度、全員外へ移動お願いします」
俺は携帯端末でトイレの利用料を2メレルに戻した。
使うのは女の子だけかと思ったら、男性陣も交代で…つまりは全員がトイレを利用した。終わった後の彼らの顔には、何とも言えない不思議体験をしたと書いてあった。
「さて、最後に自動販売機の使い方をご説明します」
トイレの場所からも自販機がある場所は見えている。
「気になってた」
「俺も…」
「…初めて見る」
わいわい。ガヤガヤ…
「こちらに並んでいる商品はそれぞれ2メレルになります。銅貨をこちらの投入口に入れて、お好みの飲み物を選んで、この下にあるボタンを押せば…商品を取り出すことができます」
俺はタダで取り出せるのでお金は入れたフリをした。
「なんだこれ!」
またしても大騒ぎだ。それもそのはず、この世界には自販機はないのだろうから。
「不思議な入れ物…」
「うん、見たことないね」
サンプルとして購入したお茶のペットボトルを、彼らはじーっと見ている。
そう、か…ペットボトルを知らないなら……。
「飲むときには、こうやります」
キャップの開け方を教えてみると、おぉーというリアクションが返ってきた。
「一度に呑みきることなく残った場合はキャップをしっかり閉めることで…このようにひっくり返しても中身は漏れません」
「…ホントだ」
「漏れてない」
クリアなボトルそれぞれに『おいしい水』とか『すっきり緑茶』とか『香ばしい麦茶』とか、紙製のラベルが巻いてある。
メーカー名の記載はないが消費期限はちゃんと記されている。異世界でも品質管理はばっちりされているようだ。
「よし。俺、麦茶を買うぞ」
「私は緑茶!」
「俺は全部買おうかな」
「僕も全部欲しいけど…荷物になりそうだし…どうしよう…」
一通り、彼らの買い物が終わったところで俺は声を掛けた。
「それでは、ご案内は以上となります。何かご質問はございますか?」
興奮していた彼らはその興奮度合をすっと鎮め、仲間と顔を見合わせた。
「あの…その…一度相談してもいいですか?」
俺は何を相談するのかとは聞かず、にこやかに微笑み返した。
彼らは俺から少し離れたところで円陣体形になるとひそひそと話しを始めた。
管理人事務所にいた時と違って、離れた場所にいる彼らの声は聞こえない。だが表情から、彼らがかなり迷っている様子がうかがえた。
しばらく待っていると相談が終わったらしい。
代表してリーダーが一人でやってきた。
「案内してくれてありがとう。俺たちは一度ここから出ます」
「分かりました。見学していただきありがとうございました」
俺は彼らを入口ゲートまで見送り、入場料金の設定を元に戻した。
周囲はすっかり暗くなっている。冒険者たちの姿はすぐに闇の中に消えていった。
「さて、と…」
誰もいなくなったエリア内に、水場の流水音だけが響いていた。彼らが騒がしく賑やだった反動なのか、すごく静けさが重い。
事務所に戻る前に俺もトイレを使用した。そしてここでトイレットペーパーがホルダーから取り外せない仕様になっていることに気が付いた。
「盗難防止まで考えられているのか」
確かに必要な処置なのだろう。騒いでいた彼らの様子から、この世界にトイレットペーパーがないことは気が付いていた。
管理人事務所に戻り、ペットボトルの緑茶でリフレッシュすることにした。
「しかし…ケトルだけここにあってもなぁ。コンロがないと温めることもできないだろ」
冷えるほど気温が下がっているわけではないが、暖かいものが飲みたくなる。
「…ん?」
コンセントが室内のどこにもないことに気が付いた俺は閃いた。
「もしかして、これって…」
そうだよ! 電気ケトルの魔道具版だ。コンセントも電気コードも必要ない。ここに水を入れたら、ここの出っ張りを押して……やっぱり、思った通りだ!
カチッと音がした後、しばらく待っているとケトルの中の水が湧いてくる音が聞こえてきた。
自動でスイッチが切れたケトルの中にはアツアツのお湯。
「これは…身体を拭くのにちょうどいいかも」
俺は事務所から出ると自販機で水のペットボトル2本を追加購入し、水汲み場から木の桶半分ほどの水を入れて運んできた。沸かしたアツアツのお湯を桶に入れてペットボトルの水を足して温度調節をして…脱ぎ脱ぎ。
管理人事務所内には俺しかいない。遠慮なく裸になってタオルで身体をごしごし。ごしごし……。
「ふーっ。さっぱりした」
用意されていた新しい下着にもかえた。風呂はなくても、これなら我慢できる。
パジャマはないがTシャツ一枚に下パンツ一丁でくつろいでいても、誰にも見られないし文句も飛んでこない。
「髪の毛を洗うのは…今夜はやめておくか」
明日、SA内に誰もいなかったら日中に洗って、太陽の下で乾かせばすぐに乾くだろう。
下着も明日、誰もいない隙を見て手洗いだな。
「さて、と…」
狭い室内にはテレビもなければパソコンもない。本もないし、暇つぶしができるゲーム類もない。
前世ではスマホを良くいじっていた気がする。ゲームをしたりライトノベルズもよく読んでいた気がする。
形自体は似ているが、携帯端末で出来ることはSAの設定や説明文を読むことだけだ。それでも、隅から隅まで目を通していると眠気が来た。
「そろそろ10時か…」
すきっ腹で眠れるかどうかわからなかったから、この眠気を逃してはまずいと…寝ることにした。
室内灯を消し、ソファに横になる。
長い一日だったなぁ…そんなふうに思いながら、俺は瞼を閉じた。
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