第11話 姿

ディエゴは溜まった疲労を息と共に吐きながら、ヴァレリアを見る。傷が複数、体に奔っており満身創痍と言える状態なのに手に持つ剣には命を斬る冴えがあった。


 技術に目覚めたか。

 どんな技術だ。一瞬だったから、はっきりと捉える事は出来なかったが……

 力を溜めて、一点=一撃に全部詰めて放出するような技術。

 たった一撃で、勝敗を決めかねない。

 だが、まだ。

 まだ、俺の方が勝っている。

 耳を失って、今も聞こえ方が明らかにおかしいが、だからなんだと言える程度の怪我だ。

 聞こえなくても剣は振えるし、手が無くなっても、口で咥えて剣を振るえば良い。


「これで、どっちも技術持ちで手負い…ハンデ無しだな」


 ヴァレリアは俺の言葉に笑みを持って、答える。


「ハンデなんて最初から無かったでしょ? 斬り合いに、試合やゲームみたいな物を持ち込まない人だと思っていましたけど」


「そうだな。すまない」


 互いの刃が、互いの急所を確実に捉える。

 構えて、向き合う。


 風が吹き、草が流される。

 と同時に、二つの影が素早く、駆け出す。

 彼女は地面を踏み抜きながら、力を溜める。

 脱力と、同時に硬直。

 

 エストックの剣先が、風を切り裂き、貫く。

 前から迫る刃に、対し、俺は更に前へ一歩、前傾姿勢で踏み込む。

 刃が、外れる。

 間合いの内側に入り込み、刃を横に振るう。

 だが、刃が襲うよりも前に、ヴァレリアは地面を強く蹴り、上体を宙に浮かべる。

 秘術による身体強化あって、為せる技。

 そこから、間合いの内側に居る俺に向けて、蹴りを放つ。

 蹴りを受け、身体が後ろへ流れる。

 地面を踏み締め、勢いを殺す。

 距離が開く。


「……はは」


 思わず、笑みが零れてしまう。

 強い。

 間違いなく。

 さっきまでとは別人だ。

 瞬間、視界に映るヴァレリアの姿と”ヴァレリー”の姿が重なる。


「ヴァレリー……なるほどな」


 構え、視線を外さない。

 あの動き、あの突き、そして今の踏み込み。

 全部が全部、重なる。

 クソ、幽霊でも見てる気分だ。

 違いがあるとすれば、技術の有無だけだな。


 技術を使って、踏み込む。

 一歩で、ヴァレリアの間合いの内側に入り込む。

 ヴァレリアが反応する、速いが間に合わない。

 刃が走る。

 彼女は体をのけぞるようにして刃を回避し、そのまま踏み込む。

 と同時に、返される。


 俺の、”間合いを一瞬で潰す技術”は他者から見れば、瞬間移動だが本質は爆発的な踏み込みと重心射出による、幅跳びのような物で連発出来るが、連発するほどに筋肉断裂の危険性がある。

 ここまでの戦いで、俺は何歩、踏み込んだ? もう、足は限界を超えている。

 だが、足を止める理由にはならねぇよな……ヴァレリア。

 お前も技術に目覚めたばかりで、元々傷だらけで技術を万全に扱える体じゃない。とうに限界と技術使用の負荷で、剣さえ持てないはずなのに……まだ振るうなら、俺もそれに応えるだけだ。


 二歩目。

 ヴァレリアの横へ位置を変える。

 俺の技術なら、向かい合った近接戦闘中でも死角に回ることは容易。

 だが、すでに俺の動きを読んでいたかのように、突きが襲ってきた。

 移動コースまっしぐらの鋭く、無駄のない一撃。

 剣で弾く。

 重い……技術を使っていたか。

 

 三歩目は……まだだ。

 距離を取り、様子を見る。

 整えながら、確認するように視線で射貫く。

 呼吸、足運び、視線……全部を。

 ああ?

 

 ヴァレリアの体から少しだけ血が流れていた。ここまでの攻防で、ヴァレリアも俺も血が出るような傷は負っていない。ってことは、開いたか。

 そりゃそうか。あんな動きしてれば、秘術で回復しても血圧で破れる。

 長くは持たないな。

 それなら、騎士の慈悲を持って、戦いの中で終わらせてやる。


 再び踏み込む。

 圧を掛けながら、攻める。

 ヴァレリアも動き、退かずに前へ出る。

 剣が交差し、火花が互いの眼前で咲き、金属音が染み渡る。

 息遣いが絡まり、血が猛る。

 剣が縦横無尽に舞い、激しく……激しい。

 だが、その中にある”揺れ”を俺は見抜ていた。


 ほんの僅か、ほんの一瞬。

 来た!

 踏み込む。

 この一歩に全てを乗せる、速度は重さにして鋭さ。

 最速一撃、切り伏せる。


「終わりだ」


 刃を振り下ろす。

 確実に息の根を止め、今度こそ勝つための。

 瞬間。

 脳内で何かが弾ける。

 違和感。

 その三文字が浮かび上がり、全身から汗がどっと出る。

 早まった……

 視界の中で、ヴァレリアの動きが、力が”抜ける”。

 罠__

 寸前の理解が、明確な遅さを露見させる。

 脱力から__反転。

 針の穴を通すような、カウンターの原型のような__

 最短距離で、

 避ける暇も、世界に一切時間を与えない。

 無慈悲の突き。


 刃が鎖帷子を貫き、皮膚に刺さり、入る。

 と同時に肉を通して、内臓に衝撃が走る。

 深く、深く刃は水のように浸透し、そして抉る。

 遅れて来た痛みにうめき声が出るが、口以外は動かない。

 後ろに、倒れていく。

 空が、青々とした空が見える。

 息のしにくさを感じると同時に、血の匂い、土の匂いを風が音と共に攫う。

 視界の端に、ヴァレリアが立っていた。

 血に濡れながらも、剣を構えていた。


「……か、完敗だ」


 耳が聞こえづらく声が出たかは、分からなかった。

 だが、その言葉に嘘偽りなどなく本心だった。

 あの揺れも、傷の開きも、全部がフェイントだった。

 最後の一撃のための。


「ヴァレリア……昔話をしていいか?」


 彼女は静かに頷いた。


「ハインリヒから聞いたと思うが、俺はリブラン王国で傭兵として第三回十字軍に参加した。勿論、その場にはリブラン王国の国軍も居てな。俺はそんな国軍に所属する女性騎士ヴァレリーと親交を深めたんだ」


 俺は過去を思い出す。

 第三回十字軍、砂地の為に海水と雨の影響で泥のように沈み、俺たちも敵側をあまり上手く動けない戦いだった。そして、技術持ちが闊歩し、英雄のように一騎当千の働きを成し遂げていた。

 技術を持っていた俺は、仲間から信頼される存在でそれは傭兵だけでなく国軍からもだったが、一人の女性騎士ヴァレリーだけは俺の事を頑なに認めようとはしなかった。


「ディエゴ、何故あなたのような実力者が騎士でないのですか?」

 

 ヴァレリーは言うなれば、騎士狂いだった。

 実力者は騎士になって、人々を守るべきだという一本の筋に沿った言動をしていた。

 俺のように騎士になれなかった傭兵も居たため、そんな傭兵は最初、女性騎士だったヴァレリーを襲おうとしていたが、彼女の実力に恐れをなした。

 シスターと同等の秘術代行者であり、俺よりも剣の扱いが上手いという正に教会騎士の鏡のような存在で、技術を持っていなかった為に俺は何とか彼女と並びたてていただけだった。


「ヴァレリー、俺も騎士になりたいが……なりたいでなれるほど騎士は甘くないだろ」


「当然です。騎士とは自分だけでなく他人を守る大事な仕事ですからね」


「そうかよ」


 何を言っても埒が明かないのは分かっていたが、ここまでとはな。と俺は頭を抱えたまま、剣の手入れを終えて自分の野営地に置かれたテントに戻ろうとした。


「待ちなさい」


「何だ? 何かしたか」


「私はこれから、海を見に行くんだけど、あなたも来なさい。命令よ」


「へいへい」


 俺は雇われている立場なので、ヴァレリーと共に真夜中の海に向かう。

 ランタンを持っていたが、真夜中ゆえに何も見えず、さざ波の音だけは響いていた。

 ヴァレリーに命じられ、俺たち二人は並んで、月と海を眺めていた。


「ディエゴ、本国に戻ったらあなたは何をするの?」


「傭兵だから。また依頼を探すさ」


「そう、それなら良い話があるわ。あなた、騎士になりなさい」


「は? 話の流れが見えないんだが」


「私が推してあげるから、騎士になりなさいって言ったのよ」


 俺が、騎士になれる?

 嬉しさが込み上げるが、心配も出てくる。


「ヴァレリーは一介の傭兵を騎士に推しても大丈夫なのか?」


「さぁ? でも、優秀な者はちゃんとした職に就くべきよ、そして家庭を築くべきよ」


 家庭って……そんな先の話をされても。


「あなたが騎士になって、もし……私に勝ったら、私の婿になっても良いわよ」


 俺はヴァレリーの方を向くが、足元にランタンの光があってもその顔をはっきりと見る事は出来なかった。多分、赤くなっているのだろうという想像が出来、気恥ずかしくなってきた。

 沈黙していると、ヴァレリーの口が開いた。


「時間だし、野営地に戻るわよ」


 ヴァレリーに返答する事は出来なかった。

 その後、あった大きな戦いでヴァレリーが命を落としたためだ。

 俺は、ヴァレリーに似たヴァレリアを見る。


「俺はその時から疲れてしまったのかもな。念願の騎士になっても、この疲労感は拭えなかったし、ヴァレリーの事を夢に見て、まともに眠れなくっていた。こんな苦しいなら、戦いで死にたいと思った」


 ヴァレリーの表情がだんだんと物悲しさを孕んだものになっていく。


「それなら、強い奴と戦いたいと思ってな。裏切ったたんだ、ラスム教の連中よりも同じ武術を習った者に殺されたかったしな。ふふ、それがまさか、お前だったとわな」


 俺は吐血する。

 自分の残り時間が分かり、最後に伝えるべき言葉を残す。


「お前は、後悔するなよ。騎士道に則って、騎士らしく……死ね」


「分かりました」


 その言葉を最後に、俺の意識は途切れる。


****


 私は息を引き取ったディエゴの死体を数分ほど眺めた後に、仲間の下に向かった。

 仲間の下、馬車の側に戻ると無数の死体が横たわっていた。

 その中で騎士と巡礼者たちは居た。


「大丈夫そうですか?」


「へとへとだ…だが大丈夫だ」


 ハインリヒは槍を肩に乗せ、馬車に背中を預けていた。

 その隣で、エディエンストにイネスが疲労回復の秘術を施していた。


「無事って事は……」


「ええ、ディエゴ隊長を殺した」


 三人は表情を変えなかった。

 エディエンスは黙り、イネスはどこかを見ていた。

 ハインリヒの口が重く開く。


「最後に隊長は何か言っていたか?」


「騎士道に則って、騎士らしく死ねって言ってたわ」


「隊長らしい……」


 私たちはその後、アランたちと合流したロンスヴォ―に戻り、アランたちと別れた。

 そしてウルセラに戻り、団長に起こった事を包み隠さず話した。


「そうか。数日、休息してくれ」


 私はその言葉を聞き流しながら、稽古に励みだした。

 あの勝利は、まぐれだ。

 ディエゴが焦っていなかったら、負けていたのは私だ。

 だから、強くなる。

 ディエゴ隊長に勝ったと言えるほどに。

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護衛騎士の巡礼道中 11時11分 @juu-ichi-ji_pun

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