LOGS:抜け殻のおっさん2
─LOGS_DATA─
Time:西暦2209年9月3日
Recorder:キリアン・グラムス
Place:小惑星帯/ストーンマイナー駐屯地
─LOGS─
俺は自室を出たあと廊下でニコラ中尉とばったり会った。
「キリアン中尉……今朝のあれはどういうことです?なんでいきなり装備点検の話なんか……」
「それは……いやいい。忘れてくれ」
俺は言葉を濁す……自分自身なんで突然そんなことを口走ったか理解できていなかったし、理解していても「納得できる説明」はおそらくできないからだ。
「えええええ……?それ一番気になるやつですよ!」
「だったら整備班に言って一度確認してもらえ……じゃあな」
俺はニコラを軽く振り払い廊下を歩き始めた。
その日俺は哨戒任務の当直じゃなかったから、たまったデスクワークを片付けるためいつものように席に着いた。パイロットも士官である以上部隊運営とは切っても切れないのが世知辛い。そうじゃなきゃ今頃自室で優雅にコーヒーをもう一杯あおっていたところなのだが。
「……おいおい、見たかよあれ」
「十歳下の後輩とタメ口で話して恥ずかしくないのかよ?」
「恥ずかしくないに決まってるだろ?自分の部下が大尉に昇進したときなんて言ったか知ってるか?何食わぬ顔で“昇進おめでとうございます、大尉”って言ってのけた男だぞ」
「恥って概念がないのさ」
俺は周囲にも聞こえる大きさでため息をつき、回転椅子を回して遠慮ってものを知らない馬鹿どもの方に向き直る。
「曹長?もう定期巡回の時間では?」
「ハッ……!?申し訳ありません、失礼します!」
銃を持った警備兵たちが急ぎ足に去っていくと、俺は再び机に向き直り、頭を突っ伏して考える。
全く失礼な連中だ。
悔しくないわけないだろうが。
俺は怠慢な動きで顔に手を当て両目を隠し、指の隙間から漏れ出るライトの光に身を任せた。
──
「……まさか、こんなことになるとはな……」
格納庫に鎮座する一機の航宙戦闘機。
こいつが俺の「今の乗機」だ。
俺はただ黙って戦闘機を眺めているだけだった。周囲を漂いながら作業を進める整備員は何一つ咎めることなく作業を続けている……その時、突然どこからか通信がかかってきた。
『こんにちはキリアン中尉。何か御用でしょうか?』
「いつも通りだよ……なんとなく眺めたくなっただけだ」
十年前、俺はビートルのパイロットをしていた。
だがその頃すでにあらゆる兵器はAIによる半自動操縦方式を採用していて、人間の操縦体系は共通化されていた。
簡潔に言えば、戦車から戦闘機、その気になれば戦艦まであらゆる兵器が操縦桿とフットペダルで動かせるようになった。
そんな時代になってもなお人間パイロットの存在が否定されることはなかったわけだが……とにかく、おかげで俺はわずか半年足らずで航宙戦闘機への機種転換を果たし、今では戦闘機をはじめとする「空間機動ユニット」のパイロットとして働いていた。
「……中尉!キリアン中尉!」
「どうした?」
俺は格納庫の何処かから自分の名前を呼ぶ声がして立ち止まる。どうやら俺はまたしてもニコラ中尉とばったり出会ってしまったようだった。
「それが……整備班に点検してもらったら本当に異常があって……戦闘機に搭載している備品に期限切れの物があったんです」
「期限切れ……」
俺はそこで思い出す。
そういえば……こいつが昇進した噂を聞いたのは、装備点検のすぐあとだった。
そして自分の航宙戦闘機に積み込んでいた備品の一つが使用期限を過ぎていて、廃棄処分にしたことが頭の中に浮かんできた。
備品は適当なタイミングで一律に交換されているから、俺が期限切れになっているときは他の奴らも期限切れになっている可能性は確かに高かった……もっとも常に期限が同じというわけでもなかったし、普通はパイロット個人や整備班が徹底的に管理するものなので話題にも上がらないのだが。
「……あの時俺は、お前の昇進をヘンリー少尉から聞いた。お前はヘンリー少尉にいつ昇進の件を話した?」
「えっと……確か装備点検の時で……点検の途中でヘンリーのやつから話しかけられて、それで……ああああああ!!?あの時!あの時見逃したのか!!」
ニコラ中尉は俺の肩をガッツリと掴みガクガクと俺の全身を揺さぶり始める。
「すごいじゃないですか先輩!まるで名探偵みたいですよ!」
《否》
「……たまたま運が良かっただけだ」
《否》
この日の出来事はニコラ中尉が周囲に言いふらして回ったようだが……結局誰も相手にしなかった。みんな俺と同じ意見だった。単なる運の問題だと。
《否。キリアン・グラムスは異常である》
—NOTE—
……その「能力」を最初に自覚したのは、だいたいノンジアデモから1年くらい経った頃だった。
いつからか俺は取るに足りない些細な出来事の裏側にある重大なトラブルを発見するのが異常にうまくなった。それは突然の不安感や、フラッシュバックという形で現れた。
理屈は説明できない。常に分かるわけでもない。百発百中というわけでもない……だがたいていの場合俺が違和感を感じた部分を調べると、あとから何かしらの不手際が発見されるということがあった。
そしてそのことを周囲に対してバカ正直に話すのは、今から考えれば失敗だった。
「何いってんだ、お前?」
理解されなかった。誰一人として。
当然だ。俺の能力はなんとなくやばいということがわかるだけ。その直感には理屈もなければ根拠もない。後から説明付けることはできてもたいていの場合もう遅い。
必然的に俺はその能力を周囲に隠すようになった。
《追加情報を要請》
《該当するメタデータをロードします》
—META_DATA—
Id:Cassandra
Name:カサンドラ
Data:カサンドラはギリシア神話に登場するトロイアの王女であり、悲劇の預言者として知られる。トロイアに木馬が持ち込まれたときこれが破滅をもたらすことを預言し抗議したが、誰も信じなかった。
—NOTE—
俺はロボットが、ジョイントワーカーが好きだった。
だが今ではもう、何のために軍人を続けているのかもよく分からなかった。
俺は万年中尉の、ろくな趣味もない暇を持て余したおっさんパイロットとして怠惰に日々を過ごしていた。
あの日が来るまでは。
—LOGS—
「おい!申請はもう下りてるのか!」
「とっくの昔に下りてます!早く準備してください」
ニコラ中尉と別れた俺は整備班のある一言に凍りつく。
「ええと……機体名はイカロスか……種別は……バトルメック?」
─META_DATA─
Logs:Mech Battler Crisis
Title:抜け殻のおっさん2
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