第11話

 駅前のショーウィンドウに、

 ふと、わたしが映った。


 ぼさぼさの髪。

 汚れた服。

 うつろな目。

 ボロボロのジャケット。


 ……だれ、これ。


 こんなの、わたしじゃない。


 先生が見ても、

 きっと、わたしだってわからない。


 だめだ。


 ちゃんとしなきゃ。


 先生に見つけてもらえるように。

 先生が、わたしを選べるように。


 髪を切った。

 服を替えた。

 何かを食べた。


 少しずつ、

 外側だけ、元に戻していく。


 これでいい。


 これで、先生もわたしを見つけられる。


 *


 また、違った。

 ちがう。

 ちがう。

 なにもかも、ちがう。


 わたしは、ちゃんとわたしに戻ったのに。

 先生だって、もう迷わないはずなのに。


 手のひらを握ってみても、

 爪のかたちをなぞってみても、

 ──何も、感じられなかった。


 そこに手があっても、

 わたしの体は、戻ってこない。


「……ちがう……これも、ちがう……」


 声にならないつぶやきが、夜風に溶けた。

 足元には、またひとつの『違った手』。


 わたしはそれを見下ろしていた。

 しばらく、ただ、じっと。


 そして、ふと。

 何かがつながった。


 ……あれ?


 どうして、いままで気づかなかったんだろう。

 みつからないなら、

 ──つくれば、いい。


 先生も、やったみたいに。


 先生の手が別のモノになったのは、

 手だけだったから。


 それなら。


 温かくて、やわらかくて、ふれてくれる『手』を、

 最初から、わたしがつくる。


 先生の手『みたいなもの』じゃなくて。

 ほんものの先生の手。

 わたしのためだけの手。

 そうすれば……

 わたしだけのものになる。

 いつでも戻ってくる。


 *


 その子を見つけたのは、地方の小さな駅のホームだった。


 人混みの中でも、すぐに目に留まった。

 細くて、指が長くて、すこしだけ先生に似ている。

 そんな手だった。


 わたしは、その子のあとを追った。

 電車に乗って、降りて、また乗って、降りて。


 何度も見失った。

 それでも、次の日にはまた同じ場所へ行って、あとを追った。


 バスを降りて、自転車で帰ることがわかった。


 人気のない、山あいの駐輪場。


 わたしはその子を待って、手を振り上げた。


 壊さないように。

 逃がさないように。


 気づいたときには、その子は小屋の床に転がっていた。


 わたしの手には、あの片刃のナタ。

 ずっと一緒の、重くて、鋭いもの。

 わたしの手には少し大きすぎる。


 でも、ぜったいに必要なもの。


 *


 古びた山小屋。

 ほこりと湿気のにおい。


 ポケットの中には、小さな薬のケース。


 二錠、そのまま残っていた。


 わたしを作った、はじまりの薬。

 わたしと世界を切り離した、あれ。


 ケースを開ける。


 震える指先で、錠剤をひとつつまみ上げた。


「ねえ」


 声をかける。


「ちょっとだけ、お願いがあるの」


 目を覚ましたその子は、怯えた目でわたしを見ていた。


 頭には包帯。

 にじんだ血が、まだ乾いていない。


 ……大丈夫。

 まだ、使える。


「これ、飲んでくれる?」


 掌に錠剤をのせて、見せる。


「すぐ楽になるよ。特別な薬だから」


 にっこりと笑う。


「そしたら、あなたの手は、先生の手になるんだよ──」


 それだけでよかった。


 この手が、わたしにふれてくれたら。


 それだけで、きっと。


 わたしはまた、戻ってこられる。


 だから──ね、お願い。

 せんせいの代わりになって。


 ……せんせいの手になってよ。

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