第35話「澪と、本当に、二人で、話した、月曜の件」
月曜日の朝、悠真は、いつもより、早く、起きた。
午前六時。
澪が、コーヒーを、淹れに、来てくれる、約束の日。
(緊張している)
(昨日、土曜日、家族の日で、澪さんと、いっぱい、話した)
(でも、二人で、ちゃんと、向き合うのは、29話、以来)
(あの日、傷つけてしまった)
(今日、ちゃんと、向き合う)
悠真は、リビングに、降りた。
澪は、まだ、いなかった。
六時十分、足音が、聞こえた。
澪が、入ってきた。
いつもより、丁寧な、格好を、していた。
髪を、整えていた。
(澪さん、頑張ってきた)
(朝から)
(俺、寝起き、で、向かい合う、ことに、ちょっと、申し訳ない)
「……おはよう」
「澪さん、おはようございます」
澪が、悠真の、向かいに、座った。
悠真の、隣じゃ、なくて、向かい。
(向かい、で、座った)
(いつもと、違う)
(向き合って、話す、ということ)
「……コーヒー、淹れる」
「お願いします」
澪が、立ち上がって、コーヒーを、淹れた。
悠真の、いつもの、マグカップ。
澪の、湯呑み。
二つ。
澪が、悠真の、向かいに、座って、コーヒーを、置いた。
「……どうぞ」
「ありがとうございます」
悠真が、コーヒーを、飲んだ。
(おいしい)
(澪さんの、コーヒー)
(久しぶり)
(一週間以上、ぶり)
(涙、出そう)
(出ない)
(出さない)
---
しばらく、二人で、コーヒーを、飲んだ。
澪が、しばらくして、口を、開いた。
「……悠真」
「はい」
「……今日、外、行く約束」
「はい」
「……行き先、決めた」
「教えてください」
「……鎌倉」
(…………)
(鎌倉)
(東京から、ちょっと、遠い)
「鎌倉、ですか」
「……東京以外、行きたい」
「東京以外?」
「……うん。空気、変えたい」
(澪さんが、空気を、変えたい、と言った)
(29話以降、ずっと、家の中の、空気、重かった)
(澪さん、その、空気から、出たい)
「分かりました。鎌倉、行きましょう」
「……電車、いい?」
「いいですよ」
「……人混み、避ける」
「分かります」
(澪さん、ちゃんと、考えてくれた)
(自分の、苦手なこと、避ける、計画)
---
八時、悠真と、澪は、電車に、乗った。
平日の、朝、通勤ラッシュ、終わった、後の、電車。
空いていた。
澪が、悠真の、隣に、座った。
いつもより、近い、距離。
「……」
澪が、何も、言わなかった。
悠真も、何も、言わなかった。
(沈黙)
(嫌な、沈黙じゃ、ない)
(でも、いつもの、沈黙とも、違う)
(一週間以上、距離が、あった、後の、沈黙)
(少し、ぎこちない)
しばらくして、澪が、口を、開いた。
「……悠真」
「はい」
「……一週間、距離を、置いた」
「はい」
「……ごめん」
「謝らないでください」
「……でも、悠真も、辛かった」
「辛かったですが、必要な、距離でした」
「……」
「澪さんが、整理する、時間が、必要、と言った、こと、正しかったです」
澪が、しばらく、沈黙した。
「……整理、できた」
「整理、というのは」
「……悠真の、選択、受け入れる」
(…………)
(澪さん、受け入れた)
(一週間、考えて、受け入れた)
「……澪さん」
「うん」
「ありがとうございます」
「……お礼、いらない」
「……」
「……でも、条件、ある」
「条件?」
「……うん」
(条件、来た)
(澪さんの、条件、聞こう)
---
電車が、横浜駅を、過ぎた。
澪が、しばらく、考えてから、口を、開いた。
「……条件、聞いて」
「お願いします」
「……月曜は、私の日」
「はい」
「……月曜だけは、特別な日」
「特別?」
「……他の、曜日と、違う」
「具体的には」
澪が、しばらく、考えた。
「……他の、曜日も、悠真は、誰かと、向き合う」
「はい」
「……でも、月曜だけは、私と、二人で、過ごす日、にしてほしい」
「いいですよ」
「……他の、誰かに、邪魔、されない」
「邪魔?」
「……例えば、紅が、神代に、告白された、ということを、月曜に、言ってきても、聞かない」
(…………)
(澪さん、月曜、聖域、にしたい)
(他の、ヒロインの、話、月曜には、入れない)
「……分かります」
「……いい?」
「いいです」
「……月曜、二人だけの、日」
「二人だけの、日」
(決まった)
(澪さんの、条件、受け入れる)
(澪さんが、整理する、ために、必要な、ルール)
(俺の、卑怯な、選択を、続ける、ためにも、必要)
(公平に、五人と、向き合う、ことに、見えるかもしれないが、月曜は、違う)
(月曜、澪さんの、特別な日)
(責任、重い)
(でも、引き受ける)
「澪さん」
「うん」
「月曜、何も、邪魔、しないように、します」
「……うん」
「他の、ヒロインたちにも、月曜は、特別、と、伝えます」
「……」
「いいですか」
「……うん」
(澪さん、安心したらしい)
(雪女の、不安、解消)
---
鎌倉に、着いたのは、十時過ぎだった。
澪が、行きたい場所が、あった、らしい。
「……お寺、行きたい」
「お寺?」
「……鶴岡八幡宮」
「分かりました」
(澪さん、有名な、お寺、選んできた)
(観光地)
(人が、多いけど、平日の、午前中、なら、空いている)
歩いて、向かった。
澪が、悠真の、手を、握った。
いつものように。
でも、いつもより、強く。
(澪さん、手、強く、握っている)
(離さない、と言うように)
(雪女、不安、まだ、ある)
(俺、握り返す)
「……寒くない?」
「寒くないです」
「……」
「むしろ、心地よいです」
(雪女の、手)
(冷たい、けど、心地よい)
(俺、慣れた)
(慣れた、というか、好き)
---
鶴岡八幡宮、人、まあまあ、いた。
でも、混雑は、していなかった。
澪が、本殿の、前で、お参りを、した。
悠真も、隣で、お参りを、した。
(何を、お祈りしているのか、聞かない)
(でも、推測は、できる)
(澪さん、長い時間、目を、閉じていた)
お参りが、終わって、澪が、悠真を、見た。
「……何を、祈った?」
「俺、ですか」
「うん」
「……家族、全員、無事に、過ごせるように」
「家族、全員?」
「澪さん、紅さん、ましろさん、白音さん、みつきさん、管理人さん、悠斗くん、田中さん」
「……」
「八人」
「……」
「俺、家族、と、思っているので、八人」
澪が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……卑怯」
「卑怯?」
「……家族、全員、と、言うのは、卑怯」
「すみません」
「……謝らないで」
「はい」
「……でも、嬉しい」
(澪さん、卑怯と、嬉しい、両方、言う)
(雪女の、本音)
(百鬼荘の、女性陣、共通の、表現)
「澪さん、何を、祈ったんですか」
澪が、しばらく、考えた。
「……同じ」
「同じ?」
「……家族、全員、無事」
「……」
「……あと、悠真と、私の、関係、ちゃんと、続けられるように」
(…………)
(澪さん、私たちの関係、ちゃんと、続けたい)
(神社で、祈った)
「澪さん」
「うん」
「俺も、それ、祈っておけば、よかったです」
「……後付け」
「すみません」
「……でも、本心?」
「本心です」
澪が、ふっと、笑った。
「……ふふ」
(澪さん、笑った)
(神社で、笑った)
(雪女の、笑顔)
(神様、見守ってくれる、と、思いたい)
---
昼、近くの、和食の店に、入った。
また、個室を、予約してあった。
(紅さんに、教わった、配慮)
(人混み、避ける、澪さんへの、配慮)
お膳が、出てきた。
澪が、食べながら、しばらく、何も、言わなかった。
「……悠真」
「はい」
「……一週間、私が、距離を、置いていた、間」
「はい」
「……何を、考えてた?」
(…………)
(澪さん、聞いてきた)
(一週間、何を、考えていたか)
(正直に、答える)
「……澪さんを、傷つけた、罪悪感」
「うん」
「……澪さんが、戻ってきてくれるか、不安」
「うん」
「……五人と、向き合う、覚悟、本当に、できているか、自問自答」
「……」
「全部、考えていました」
「……結論は?」
悠真が、しばらく、考えた。
「……結論は、出ていません」
「出てない?」
「全部、答えが、出る、ようなものじゃ、ないので」
「……」
「ただ、続ける、と、決めました」
「……」
「澪さんとの、関係、紅さんとの、関係、ましろさんとの、関係、白音さんとの、関係、みつきさんとの、関係。続ける」
「……」
「答えを、出す、より、続ける、方が、難しい」
「……難しい?」
「答えを、出す、なら、一回、頑張れば、終わる。続ける、なら、毎日、頑張る、必要がある」
澪が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……うん」
「澪さん、納得、しますか」
「……納得、というか」
「というか?」
「……あなたが、続ける、覚悟、見えた」
「……」
「だから、私も、続ける」
「続ける?」
「……あなたを、好きで、いる、ことを、続ける」
(…………)
(澪さん、続ける、と言ってきた)
(紅さんの、覚悟と、似ている)
("覚悟は続けるもの"を、澪さんも、実践する)
「澪さん」
「うん」
「……ありがとうございます」
「……お礼、いらない」
「言いたいんです」
「……ふふ」
(澪さん、二度目の、ふふ)
(雪女、ふふ、増えた)
(俺、嬉しい)
---
午後、海まで、歩いた。
由比ヶ浜。
平日の、海岸、静かだった。
澪が、海を、見ていた。
「……海、初めて」
(…………)
(澪さん、海、初めて)
(雪女、山奥、生まれ)
(東京、来たけど、海まで、来なかった)
「澪さん、海、どう、ですか」
「……広い」
「広いですね」
「……塩、匂いする」
「海の、匂いです」
「……」
澪が、しばらく、海を、見ていた。
そして、足元の、砂を、つついた。
「……砂、冷たくない」
「砂、暖かい、ですか」
「……うん」
「春先、ですからね」
「……」
澪が、しゃがんで、砂を、握った。
(澪さん、子どもみたい)
(雪女、海で、遊んでいる)
(不思議な、光景)
「悠真」
「はい」
「……写真、撮って」
「砂を、握っている、ところ、ですか」
「……うん」
悠真が、写真を、撮った。
澪が、立ち上がって、自分の、写真を、見た。
「……変な顔」
「変じゃ、ないです」
「……」
「澪さんの、写真、宝物、ですよ」
「……それ、卑怯」
「卑怯ですか」
「……」
澪が、また、頬を、赤くした。
(澪さん、頬、赤い)
(雪女の、感情、隠せない)
(外でも、変わらない)
---
夕方、海岸を、歩いた。
澪が、悠真の、手を、握っていた。
「悠真」
「はい」
「……今日、楽しかった」
「俺もです」
「……来週も、月曜、来る?」
「来ます」
「……毎週?」
「毎週」
「……約束?」
「約束します」
澪が、ふっと、笑った。
「……約束、ばっかり」
「澪さんと、俺の、関係、約束で、できている、ような気がします」
「……ふふ」
(澪さん、ふふ、三度目)
(雪女、ふふ、増殖)
(俺、慣れない)
(毎回、嬉しい)
「悠真」
「うん」
「……手」
澪が、悠真の、手を、自分の、頬に、当てた。
(…………)
(澪さん、自分から、頬に、悠真の手を、当てた)
(雪女が)
(積極的)
(一週間の、距離が、あった、とは、思えない)
「……澪さん」
「……」
「……すごい、こと、します、ね」
「……卑怯」
「卑怯?」
「……あなたが、卑怯だから、私も、卑怯、する」
(…………)
(澪さん、報復)
(俺が、卑怯だから、澪さんも、卑怯)
(公平、と言えば、公平)
澪が、しばらく、悠真の手を、頬に、当てて、いた。
冷たくは、なかった。
澪の、頬が、暖かかった。
(澪さん、感情、揺れている)
(でも、暖かい、頬)
(雪女の、感情、暖かさを、生んだ)
「悠真」
「はい」
「……今日、忘れない」
「俺も、忘れません」
「……月曜、続ける」
「続けます」
(澪さんが、月曜、続ける、と決めた)
(俺も、続ける)
(毎週、月曜、澪さんと、二人)
---
百鬼荘に、戻ったのは、夕方、八時だった。
紅が、玄関で、待っていた。
澪と、悠真を、見た。
「お帰り、二人」
「ただいま、紅さん」と、悠真。
「……ただいま」と、澪。
紅が、にやっと、笑った。
「澪、機嫌、いいわね」
「……うるさい」
「ふふ」
(紅さん、いつも通り)
(紅さん、健在)
紅が、悠真を、見た。
「悠真くん、私の日、いつ?」
「火曜日です」
「明日?」
「明日、です」
「楽しみ」
(紅さん、月曜は、澪さんの日、だから、何も、聞いてこない)
(明日、火曜、紅さんの日、で、いろいろ、聞いてくる)
(曜日制、効いている)
---
夜、悠真は、自分の部屋で、ログを、書いた。
*【自分のログ:三十五日目】*
*感情:感謝、嬉しい、覚悟、安心*
*感謝:澪さんが、戻ってきてくれた*
*嬉しい:鎌倉、楽しかった。海、初めて、と、教えてくれた*
*覚悟:月曜、毎週、澪さんと、二人で、過ごす*
*安心:澪さんが、続ける、と、決めてくれた*
(ログ、書き終わった)
(月曜、よかった)
(澪さんと、本当に、二人で、話せた)
(曜日制、効いている)
(白音さんに、本当に、感謝)
そのとき、ドアを、ノックする音が、した。
「どうぞ」
澪が、入ってきた。
「……澪さん」
「……まだ、起きてた」
「はい」
「……ログ、書いた?」
「書きました」
「……私のも、書く?」
「書きますか?」
「……今日のだけ」
「お願いします」
(澪さん、ログ、再開した)
(一週間以上、休んでいた、ログ)
(戻ってきた)
澪が、悠真の、隣に、座った。
「……感情」
「はい」
「……不安、嬉しい、感謝、それと——」
「それと?」
「……愛情」
(…………)
(澪さん、また、愛情、と言った)
(24話以来)
「澪さん」
「うん」
「……俺の、ログにも、書いていいですか」
「いいよ」
「……愛情、感じています」
「……うん」
「澪さんへの、愛情」
「……」
澪が、しばらく、悠真を、見ていた。
そして、ふっと、笑った。
「……卑怯」
「卑怯」
「……でも、嬉しい」
(澪さん、卑怯と、嬉しい、四度目)
(雪女の、本音、定着)
「……おやすみ」
「おやすみなさい」
澪が、出ていった。
(澪さん、月曜、終わった、後も、来てくれた)
(夜、また、来てくれる、こと、増えるかも)
(戻ってきた)
(俺、嬉しい)
(口には、出さないが)
(出した)
(ログに、出した)
---
岬悠真、百鬼荘生活、三十五日目。
月曜、澪さんと、鎌倉に、行った。鶴岡八幡宮で、お参りした。海まで、行った。澪さんが、海、初めて、と、教えてくれた。月曜、特別な日、と、約束した。澪さんが、続ける、と、決めてくれた。
それ以外は——
最高の、月曜。
俺たちの、関係、新しい、形に、なった。
(曜日制、本当に、効いている)
(白音さんに、感謝)
(澪さん、戻ってきてくれた)
---
*【第36話「火曜、紅さんと、神代の話を、聞いた件」に続く】*
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