第36話「火曜、紅さんと、神代の話を、聞いた件」
火曜日の朝、悠真が、キッチンに、降りると、紅が、新聞を、読んでいた。
「悠真くん、おはよう」
「紅さん、おはようございます」
紅が、新聞を、置いた。
「今日、私の日」
「はい」
「で、何、する?」
「紅さんが、決めてください」
「……あなた、いつも、それ、言うわよね」
「すみません」
「謝らないで」
(紅さんの、口癖)
「悠真くん」
「はい」
「今日は、家で、ゆっくり、しよう」
「家、ですか」
「うん。話、したいことが、ある」
(神代さんの、こと、と、思う)
(土曜日に、告白された、こと)
(紅さん、今日、ちゃんと、答えを、出すかもしれない)
「分かりました」
「お茶、淹れてくれる?」
「俺が、ですか」
「うん。今日、私、淹れてもらう側」
「分かりました」
(紅さん、いつもより、受け身)
(何か、考えている)
---
悠真が、お茶を、淹れた。
紅の、好きな、ほうじ茶。
紅に、出した。
紅が、湯呑みを、両手で、持った。
「……ありがとう」
「お礼、いらない、ですよね」
「いらない、けど」
紅が、湯気を、見ていた。
「……今日、いる?」
「います」
「……長く、話す」
「お願いします」
紅が、ふっと、笑った。
「悠真くん、覚悟、できてる?」
「……たぶん」
「正直、ね」
「すみません」
「謝らないで」
(紅さんの、口癖、二回目)
(今日、なんか、紅さん、口癖、多い)
(緊張している、のかもしれない)
(百年生きた、九尾が、緊張している)
(重要な、話)
---
紅が、しばらく、お茶を、飲んでから、口を、開いた。
「……神代の、こと、聞いてもらう」
「お願いします」
「土曜日、告白された、と、言ったでしょ」
「はい」
「あの後、神代と、何度か、話した」
「電話、ですか」
「電話と、メール」
「……」
「神代、ちゃんとした、人」
「はい」
「告白の、後、すぐに、距離を、置いた」
「距離?」
「うん。私が、混乱しないように、答えを、急がないように、と、言ってくれた」
(神代さん、配慮)
(紅さんに、押し付けない)
「神代、私に、こう、言った」
「何を?」
「"あなたが、岬悠真を、好きで、いる、こと、知っている。それを、否定しない。ただ、私の、気持ちを、伝えただけ。返事、急がない"」
(…………)
(神代さん、誠実)
(紅さんに、プレッシャーを、かけない)
(自分の、気持ちを、伝えるだけ、で、終わらせる)
(さすが、神代さん)
「紅さん、神代さん、本当に、誠実な、人ですね」
「うん」
「で、紅さんは、どう、答えますか」
紅が、しばらく、沈黙した。
「……それを、今日、悠真くんと、考えたい」
(紅さん、悠真と、考えたい、と、言った)
(俺、紅さんを、選ばなかった、立場)
(その、俺と、考える)
(卑怯な、構図)
(でも、紅さん、そう、決めた)
---
紅が、お茶を、また、飲んだ。
「悠真くん」
「はい」
「私、最近、考えてた」
「何を」
「あなたを、好きで、いる、こと、続けるか」
「……」
「あるいは、神代に、移るか」
「……」
「百年、生きてきて、こんなに、迷う、こと、初めて」
(紅さん、本当に、迷っている)
(百年生きた、九尾が、迷う)
「で、結論、出ましたか」
「……まだ」
「……」
「だから、悠真くんに、聞きたい」
「俺に?」
「うん」
(紅さん、俺に、聞きたい、と言った)
(俺、紅さんを、選ばなかった、立場で、何を、答えれば、いい)
「悠真くん、私が、神代を、選ぶと、嫌?」
(…………)
(直球で、聞いてきた)
(紅さん、率直)
悠真が、しばらく、考えた。
(嘘は、つかない)
(澪さんに、嘘を、つけなかったように、紅さんにも、嘘を、つけない)
「……正直に、言うと、嫌、です」
「うん」
「でも、応援します」
「うん」
「両立、しています」
「うん。卑怯、よね」
「卑怯、です」
紅が、ふっと、笑った。
「悠真くん」
「はい」
「あなた、本当に、卑怯と、誠実、両立してる」
「みつきさんにも、言われました」
「みんな、同じこと、思ってる、ということね」
(百鬼荘の、女性陣、共通の、認識)
(俺、百鬼荘の、特別な、卑怯者)
---
紅が、しばらく、考えた。
「悠真くん」
「はい」
「もう一つ、聞いてもいい?」
「どうぞ」
「私が、神代を、選ばない、と、決めたら」
「はい」
「……あなた、答え、変える?」
(…………)
(来た)
(紅さん、聞いてきた)
(俺の、選択、変えるか)
「……答え、変えません」
「即答」
「……すみません」
「謝らないで」
「……」
「私を、含めた、五人と、向き合い続ける、ということ?」
「はい」
「……それが、あなたの、答え?」
「俺の、答え、です」
紅が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……分かった」
「……」
「あなたの、答え、変わらない、なら、私も、ちゃんと、考える」
「考える?」
「神代を、選ぶか、選ばないか」
「……」
「あなたが、私を、選ばない、ことが、確定的なら、私の、選択は、私の、人生」
(紅さん、自分の、人生、考えている)
(俺の、選択を、待つ、立場、超えている)
(紅さん、強い)
(百年生きた、九尾の、自立)
---
悠真が、しばらく、考えた。
「紅さん」
「うん」
「俺、紅さんに、確認したいこと、あります」
「何?」
「紅さんが、神代さんを、選んだ、として」
「うん」
「……俺たちの、関係、どうなりますか」
紅が、しばらく、悠真を、見ていた。
「家族として、続ける」
「家族、ですか」
「うん。あなたが、選んだ、選択、私を、家族として、ここに、置く、こと」
「はい」
「だから、私が、神代を、選んだ、としても、家族として、ここに、いる」
「……」
「ただし」
「ただし?」
「あなたへの、好き、は、終わらせる」
(…………)
(紅さん、好き、終わらせる、と、言った)
(俺、選ばなかった、立場)
(紅さんが、別の人を、選ぶ、なら、好き、終わらせる、当然)
(でも、紅さんから、聞くと、辛い)
(俺、卑怯)
「……分かりました」
「悠真くん、辛そう」
「辛いです」
「正直」
「すみません」
「謝らないで」
(また、紅さんの、口癖)
「でも」
「はい」
「私、まだ、決めてない」
「……」
「神代を、選ぶか、選ばないか、まだ、決めてない」
(紅さん、まだ、決めていない)
(迷っている)
「紅さん、決め方、教えてください」
「決め方?」
「紅さん、何を、考えて、決めるんですか」
紅が、しばらく、考えた。
「……自分の、感情」
「自分の、感情」
「神代に、会うと、嬉しいか」
「うん」
「神代と、未来を、想像できるか」
「うん」
「神代と、いて、私、自分らしく、いられるか」
「……」
「これら、全部、確認する」
(紅さんの、選び方)
(百年生きた、九尾の、選び方)
(自分の、感情を、確認する、というのは、当たり前のように、見えて、難しい)
(紅さん、ちゃんと、考えている)
「紅さん」
「うん」
「今、神代さん、何回、会いましたか」
「告白の、前は、何度も。後は、二回」
「二回、で、答えを、出せますか」
「……出せない」
「では、もっと、会いますか」
「……うん」
「神代さんに、待ってもらう、必要がある、ということです」
「うん」
「俺、それ、提案した、よね」
「提案、しました」
紅が、ふっと、笑った。
「あなた、卑怯だけど、いい、提案、する」
「ありがとうございます」
「お礼、いらない」
(紅さんの、口癖)
---
昼、紅と、悠真は、リビングで、お茶を、飲み続けた。
(火曜日、家で、紅さんと、ゆっくり、話す)
(紅さんとの、時間)
(密度、濃い)
「悠真くん」
「はい」
「あなた、火曜、毎週、私と、いる、こと、覚悟、できてる?」
「できてます」
「澪は、月曜、私は、火曜」
「はい」
「ましろは、水曜、みつきは、木曜、白音は、金曜」
「はい」
「あなた、平日、毎日、誰かの日」
「はい」
「土日も、家族の日」
「はい」
「……あなた、自分の日、ない」
(…………)
(紅さん、気づいた)
(俺、自分の日、ない)
(毎日、誰かの日、で、忙しい)
(仕事も、ある)
(疲れる)
「はい、ないです」
「それ、いい?」
「いいです」
「無理してない?」
「……無理、半分、しています」
「正直」
「すみません」
「謝らないで」
(紅さんの、口癖、何度目)
「悠真くん、自分の日、作って」
「自分の、日?」
「うん。週に、一日、自分の、ためだけの、日」
「でも、毎日、誰かの日です」
「だから、自分の日、を、加える」
「いつ?」
「土日のうち、一日、自分の日に」
「……」
「家族の日、土曜だけにして、日曜は、自分の日」
(紅さん、提案)
(自分の、休息日)
(曜日制、調整)
「紅さん、いいんですか、それで」
「いい。あなたが、続ける、ためには、休む、必要がある」
「……」
「ましろちゃんが、教えてくれた、こと、覚えてる?」
「31話、ですか」
「うん。ましろちゃんが、あなたを、休ませた、日」
「覚えています」
「あれ、定期的に、必要」
(紅さん、深い)
(俺の、続ける、ためには、休む、必要、と、言ってくれる)
(百年生きた、九尾の、配慮)
「分かりました」
「日曜、自分の日、にします」
「うん」
「ありがとうございます」
「お礼、いらない」
(紅さんの、口癖、定着)
---
夕方、紅が、立ち上がった。
「悠真くん、私、神代に、連絡する」
「はい」
「もう少し、会いたい、と、伝える」
「お願いします」
「答えは、もう少し、後」
「はい」
紅が、しばらく、悠真を、見ていた。
「悠真くん」
「はい」
「ありがとう」
「お礼、いらない、ですよね」
「ふふ、口癖、移った」
(俺、紅さんに、口癖、移した)
(百鬼荘の、女性陣、共通の、口癖)
紅が、出ていった。
(紅さん、神代さんに、連絡する)
(もう少し、待ってもらう)
(紅さんの、選択、これから)
(俺、見守る)
---
夜、澪が、リビングに、降りてきた。
悠真と、目が、合った。
「……今日、紅と、長く、話してた?」
「みつきさん経由?」
「ううん。気配、感じた」
(澪さん、雪女の、感覚で、家の中の、気配を、感じる)
(みつきさん経由、じゃ、なくても、分かる)
「火曜、紅さんの日、なので」
「……分かってる」
「はい」
「……月曜、私の日、特別、と、決めた、約束、覚えてる?」
「覚えています」
「……だから、火曜、紅と、何を、話したか、聞かない」
(…………)
(澪さん、自分から、聞かない、と決めた)
(月曜は、自分の日、で、聖域)
(火曜は、紅さんの日、で、関与しない)
(澪さん、ちゃんと、ルールを、守っている)
(雪女、頑固で、誠実)
「澪さん」
「うん」
「ありがとうございます」
「……お礼、いらない」
「言いたいです」
「……ふふ」
(澪さん、ふふ、五度目)
(雪女の、ふふ、もう、定着している)
(俺、嬉しい)
---
深夜、悠真は、自分の部屋で、ログを、書いた。
*【自分のログ:三十六日目】*
*感情:複雑、応援、安心、決意*
*複雑:紅さんが、神代さんを、選ぶ、可能性、まだ、ある*
*応援:紅さんの、選択、見守る*
*安心:紅さんが、ちゃんと、自分の、感情を、考えている*
*決意:日曜、自分の日、にする。続けるために、休む*
(ログ、書き終わった)
(火曜日、紅さんと、深い、話、できた)
(紅さんが、神代さんを、選ぶ、こと、覚悟、できてる)
(半分、できてる)
(半分、できてない)
(でも、紅さんを、応援する)
(紅さんが、幸せに、なる、こと、一番、大事)
そのとき、ドアを、ノックする音が、した。
「どうぞ」
紅が、入ってきた。
「悠真くん、まだ、起きてた?」
「はい」
「報告、ある」
「神代さんと、連絡した、こと?」
「うん」
紅が、悠真の、隣に、座った。
「神代、待ってくれる、と」
「ですか」
「うん。神代、優しい」
「……」
「あなたが、私を、待った、ように、神代も、私を、待つ」
(…………)
(神代さん、紅さんを、待つ)
(俺と、同じ、立場)
(俺、紅さんを、半年、待たせた、立場、だが)
(神代さんが、紅さんを、待つ、立場)
(俺、申し訳ない、ような、嬉しい、ような)
「悠真くん」
「はい」
「私、もう少し、考える」
「お願いします」
「答え、出たら、伝える」
「はい」
「……それまで、家族として、ここに、いる」
「ありがとうございます」
「お礼、いらない」
「……」
紅が、しばらく、悠真を、見ていた。
「悠真くん」
「はい」
「あなた、ちゃんと、休んで、ね」
「日曜、自分の日、にします」
「うん」
「紅さんも、休んでください」
「私?」
「ええ。神代さんとの、ことで、紅さん、疲れている、と、思います」
紅が、目を、見開いた。
「……あなた、見てたの」
「みつきさん経由、でも、あります」
「ふふ」
紅が、笑った。
「悠真くん」
「はい」
「あなた、優しい」
「ありがとうございます」
「お礼、いらない」
「言いたいんです」
紅が、ふっと、笑った。
「ふふ、私の、口癖、感染してる」
「みんな、お互いに、感染してます」
「百鬼荘、面白い、家」
「ですね」
紅が、立ち上がった。
「悠真くん」
「はい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
紅が、出ていった。
(紅さん、ちゃんと、休んでくれる、と、思う)
(俺、紅さんを、見守る)
(紅さんの、選択、これから)
---
岬悠真、百鬼荘生活、三十六日目。
火曜日、紅さんの日。神代さんに、告白された、後の、話を、聞いた。紅さん、まだ、答え、出てない。神代さんが、待ってくれる、と。日曜、自分の日、にする、ことを、決めた。澪さん、ルールを、ちゃんと、守ってくれている。
それ以外は——
紅さんとの、深い、話。
紅さんの、選択、これから。
(俺、紅さんを、応援する)
(紅さんが、幸せに、なる、こと)
(俺、卑怯な、立場、引き受ける)
---
*【第37話「水曜、ましろが、悠斗くんと、悠真の取り合いをした件」に続く】*
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