第33話「白音が、自分の日を、楽しみにしている件」
金曜日の朝、悠真が、キッチンに、降りると、白音が、すでに、いた。
縁側ではなく、キッチンに。
珍しい、と、思った。
「悠真くん、おはよう」
「白音さん、おはようございます」
白音が、コーヒーを、淹れていた。
悠真の、分も。
「澪が、淹れてない、から、私が、淹れた」
「ありがとうございます」
「お礼、いらない」
(白音さんも、口癖、覚えた)
(百鬼荘、口癖、共有)
悠真が、コーヒーを、受け取った。
白音の、コーヒー。
澪さんと、紅さんと、また、違う、味。
(人によって、コーヒーの味、違う)
(雪女は、温度、ちょうどいい)
(九尾は、香り、強い)
(白蛇は、まろやか)
「白音さん」
「うん」
「今日、白音さんの日です」
「知ってる」
「何を、しましょうか」
白音が、しばらく、考えた。
「……今日、外、行かない」
「外、行かない、ですか」
「うん。家で、ゆっくりしたい」
「縁側、ですか」
「縁側、もいいけど、今日は、もっと、ゆっくり」
「具体的には?」
白音が、ふっと、笑った。
「……あなた、私の、部屋に、来て」
(…………)
(白音さんの、部屋)
(白音さん、初めて、自分の部屋に、招待してきた)
(紅さんの部屋、澪さんの部屋には、入ったことがある)
(白音さんの、部屋、知らない)
「お邪魔して、いいんですか」
「いい」
「……何を、しますか」
「お茶を、飲んで、話す」
「だけ、ですか」
「だけ、よ」
「分かりました」
(白音さんの、提案、シンプル)
(でも、何か、含み、ある気がする)
---
昼過ぎ、悠真は、白音の、部屋を、訪れた。
白音の、部屋は、想像通り、上品だった。
畳の、和室。床の間に、生け花。掛け軸。すべて、整っている。
(白音さん、暮らし方、上品)
(社の、白蛇)
(昔の、暮らし方が、染みついている)
白音が、お茶を、淹れていた。
「悠真くん、座って」
「失礼します」
悠真が、座布団に、座った。
白音が、お茶を、出した。
湯気が、ゆっくり、立っていた。
しばらく、二人で、お茶を、飲んだ。
(沈黙)
(でも、嫌な、沈黙じゃ、ない)
(白音さんの、部屋、不思議と、落ち着く)
(白蛇の、結界、効いている、のかもしれない)
「悠真くん」
「はい」
「今日、私、自分の話、していい?」
「どうぞ」
「あなた、私の、過去、ほとんど、知らない」
「そうですね」
「紅と、百年前、一緒に、いた、ことくらいしか、知らない」
「はい」
「……今日、教える」
(白音さん、自分の、過去を、教えてくれる)
(教育者、ヒントを、出す側だった、白音さん)
(自分の、ことを、語る、立場に、なる)
(金曜日、白音さんの日)
(白音さんが、主役)
---
白音が、お茶を、ゆっくり、飲んだ。
「私、生まれは、京都の、山奥」
「京都」
「ええ。古い、社の、白蛇」
「いつ、生まれたんですか」
「……約三百年前」
(…………)
(三百年)
(紅さんが、九百年。白音さん、三百年)
(妖怪の、年齢、すごい)
「三百年、生きてきた、ですか」
「うん。長い」
「……」
「最初の、二百年、私、社に、いた」
「社で、何を、していたんですか」
「人間に、教えを、説いた」
「教え?」
「うん。白蛇の、社、人間が、お参りに、来る。私、そこで、人間の、悩みを、聞いて、ヒントを、出していた」
(教育者の、原点)
(社の、白蛇として、人間に、ヒントを、出していた)
(俺、白音さんに、ヒントを、もらってきた)
(同じ、立ち位置)
「白音さん、ヒントを、出すの、得意なのは、その、経験、ですね」
「ふふ、そう」
「三百年、ヒント、出してきた、こと、ですか」
「ヒント、というか、自分で、答えを、見つける、手伝い」
「……」
「人は、答えを、自分で、見つけたとき、一番、納得する。だから、私、答え、教えない。ヒント、だけ」
(白音さんの、教育方針)
(百鬼荘でも、同じ、こと、してくれた)
「で、白音さん、社、出たの、なぜですか」
白音が、しばらく、沈黙した。
「……社、壊された」
「壊された?」
「人間の、開発、で。明治、後期」
「……」
「百年、前、私、社、失った」
「百年前」
「うん。紅と、出会った、時期」
(百年前)
(社が、壊されて、白音さん、失意の、底に、いた)
(その時、紅さんが、助けに、来た)
(11話で、聞いた、話)
「紅さんが、白音さんを、助けた、ですよね」
「うん」
「白音さんは、社と、一緒に、消えようとしていた」
「うん。私、社が、私の、すべて、だった」
「……」
「でも、紅が、来て、私を、連れ出した」
「……」
「紅、私を、生きさせた」
(紅さんと、白音さん、深い、絆)
(百年、前から、続いている、絆)
「白音さん」
「うん」
「紅さん、白音さんに、とって、特別、ですよね」
「特別」
「特別、というのは」
白音が、しばらく、考えた。
「家族、より、近い」
「家族、より?」
「うん。家族は、選べない。でも、紅、私が、選んで、いる、家族」
(…………)
(白音さんと、紅さん、選んだ、家族)
(百年、共に、生きてきた)
(俺、知らなかった、深さ)
---
白音が、お茶を、また、飲んだ。
「悠真くん」
「はい」
「今日、なぜ、これを、教えたか、分かる?」
「……分かりません」
「ふふ、正直」
「すみません」
「謝らないで」
「はい」
白音が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……あなた、私の、答え、聞かないでしょ」
「答え?」
「私が、なぜ、傍観者で、いるのか」
「……」
「私、教える、立場、好き。でも、私自身、誰かに、選ばれる、立場には、いたくない」
「……」
「だから、傍観者」
(白音さんの、本音)
(教育者、の、立場が、楽)
(自分が、選ばれる、立場、避けてきた)
「白音さん、なぜ、選ばれる、立場、避けるんですか」
白音が、しばらく、悠真を、見ていた。
そして、ふっと、笑った。
「……あなた、初めて、私に、聞いてきた」
「初めて、ですか」
「うん。あなた、私の、ヒントを、受け取る、ばかりで、私のことを、聞いてこなかった」
(…………)
(俺、白音さんのことを、聞いてこなかった)
(白音さんが、ヒントを、出してくれる、ことに、依存していた)
(白音さん、自分の、ことを、聞いてもらいたい、と、思っていたのかもしれない)
(みつきさんの、言葉)
("白音さん、自分の日を、楽しみにしてる")
(こういう、こと、だった)
「白音さん、すみません」
「謝らないで」
「はい」
「でも、今日、聞いてくれる、嬉しい」
「お願いします」
白音が、しばらく、考えた。
「……私、男性、苦手」
「12話で、聞きました」
「うん。白蛇の、一族、男性不信」
「はい」
「でも、それだけじゃ、ない」
「と、いうと?」
「私、社の、白蛇として、人間の、悩みを、聞いてきた」
「うん」
「人間の、女性が、男性に、騙されて、傷ついた、悩み、たくさん、聞いた」
(白音さん、社で、人間の、女性の、傷を、たくさん、見てきた)
(だから、男性不信、二重に、深まった)
「……」
「私、男性に、騙された、こと、ない。でも、見てきた、たくさん」
「……」
「だから、私自身、選ばれる、立場、避けて、きた」
(白音さんの、男性不信、深い)
(自分の、経験、というより、見てきた、こと)
(社の、白蛇として、人間の、傷を、引き受けてきた)
「白音さん、悠真も、男性ですよ」
「あなた、特別」
「特別?」
「うん。あなた、人間の、男性、なのに、誰も、騙さない」
「……」
「あなた、卑怯、と、紅さんに、言われた、けど、嘘は、つかなかった」
「はい」
「私、それが、新鮮」
(白音さん、新鮮、と、感じてくれた)
(俺の、誠実さ、白音さんに、響いた)
---
悠真は、しばらく、考えた。
「白音さん」
「うん」
「以前、19話で、自分も、選択肢に、入る、と、聞きましたよね」
「うん」
「あれ、冗談半分、本気半分、と、言いました」
「うん」
「本気の、半分、というのは、何ですか」
白音が、しばらく、沈黙した。
「……あなた、聞いてきた」
「初めて、聞きました」
「ふふ」
白音が、お茶を、飲んだ。
「……本気の、半分、というのは」
「はい」
「あなたが、私を、選んでも、いい、と、思った、こと」
「……」
「私、選ばれる、立場、避けてきた、けど、あなたなら、選ばれても、いい、と、思った」
(…………)
(白音さん、本音、語ってきた)
「でも、私、傍観者、を、選んだ」
「はい」
「なぜか、分かる?」
「……分かりません」
「私、紅と、澪を、応援したかった」
「……」
「あの二人、長い間、私を、家族として、見てきた」
「うん」
「私が、あなたを、選ぶ、ことは、二人を、裏切ることになる」
(白音さん、紅さんと、澪さんへの、配慮で、傍観者、選んだ)
(自分の、感情を、後回しに、した)
(白音さん、優しい)
(百年、生きた、白蛇の、優しさ)
「白音さん」
「うん」
「俺、選ばない、選択を、しました」
「うん」
「だったら、白音さんも、選ばれない、わけじゃ、ない、ですよね」
白音が、目を、見開いた。
「……」
「俺、白音さんも、ちゃんと、見ます」
「……」
「曜日制、続けます」
白音が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……あなた」
「はい」
「あなた、本当に、卑怯」
「すみません」
「……でも、嬉しい」
(白音さん、卑怯と、嬉しい、を、両方、言った)
(百鬼荘の、女性陣、共通の、表現)
「……悠真くん」
「はい」
「私、三百年、生きてきた」
「はい」
「教える、立場、ばかり、選んできた」
「はい」
「でも、今日」
白音が、しばらく、沈黙した。
「私、聞いてもらえる、立場、初めて、嬉しい、と、感じてる」
「……」
「ありがとう」
(白音さん、ありがとう、と、言ってきた)
(口癖、"お礼いらない"の、白音さんが)
「白音さん」
「うん」
「これからも、白音さんの、話、聞かせてください」
「うん」
「金曜は、白音さんの日です」
「うん」
「俺が、聞きます」
「ふふ、立場、逆転」
「ですね」
(白音さん、笑顔)
(穏やかな、笑顔)
(百年生きた、白蛇の、安らぎ)
---
夕方、悠真と、白音は、縁側に、座った。
夕日が、当たっていた。
「悠真くん」
「はい」
「あなた、紅と、神代の、こと、聞いた?」
「みつきさん経由で」
「ふふ」
白音が、笑った。
「みつきちゃん、覗き、復活したのね」
「はい」
「で、紅、神代に、興味、あるみたい」
「ご存じ、でしたか」
「紅、私に、相談してきた」
「白音さんに?」
「うん」
(紅さんが、白音さんに、神代さんのこと、相談している)
(百年、来の、友達)
(深い、信頼)
「紅、迷ってる」
「迷ってる?」
「うん。あなたを、好きで、いる、こと、続けたい。でも、神代に、興味も、ある」
「……」
「九尾、長い、時間、生きてきた、けど、こんなに、感情、揺れる、こと、初めて、と、言ってた」
(紅さん、感情、揺れている)
(百年生きた、九尾が、感情、揺れる)
(俺の、せい、もある)
「悠真くん、紅、応援する、と、言ったって?」
「言いました」
「いい判断」
「半分、無理してます」
「ふふ、知ってる」
「白音さん、紅さんに、何を、伝えていますか」
白音が、しばらく、考えた。
「……自分の、感情、優先しなさい、と」
「優先?」
「うん。あなたが、選ばなかった、なら、紅、自分の、感情を、優先する、自由がある」
「……」
「神代を、好きになる、ことが、自然なら、それを、否定しないで、と」
「……」
「紅、迷っている。でも、いずれ、決める」
(白音さん、紅さんに、自分の、感情を、優先するよう、アドバイス)
(百年、来の、友達として)
(紅さんの、幸せを、考えている)
「白音さん」
「うん」
「紅さんが、神代さんを、選ぶ、可能性、ありますか」
「ある」
「……」
「悠真くん、寂しい?」
「……寂しい、です」
「正直ね」
「はい」
「でも、応援する」
「応援、します」
「ふふ、立派」
(白音さん、立派、と、言ってくれた)
(教育者の、白音さんに、立派と、言われると、嬉しい)
(卒業した、はずなのに、まだ、教育、してくれている)
---
夜、悠真は、自分の部屋に、戻った。
ノートPCを、開いて、ログを、書いた。
*【自分のログ:三十三日目】*
*感情:感謝、新鮮、複雑、安心*
*感謝:白音さんが、自分の、過去を、教えてくれた*
*新鮮:白音さんが、聞いてもらえる、立場で、嬉しい、と感じた*
*複雑:紅さんが、神代さんを、選ぶ、可能性、ある、と、知った*
*安心:白音さんが、紅さんの、ことを、ちゃんと、見てくれている*
(ログ、書き終わった)
(白音さんの日、収穫、多かった)
(白音さんが、自分の、本音を、教えてくれた、こと、大きい)
(白音さんも、好意は、ある、けど、傍観者、選んだ)
(俺、ちゃんと、聞かなかった、責任、感じる)
(これから、もっと、白音さんを、見ていく)
そのとき、ドアを、ノックする音が、した。
「どうぞ」
澪が、入ってきた。
(…………)
(澪さん)
(また、夜中の、澪さん)
(コーヒーを、置きにきた、夜以来)
「……澪さん」
「……今日、白音と、長く、話してた?」
「はい」
「……」
「ご存じ、でしたか」
「……みつき経由」
(みつきさん、情報屋、フル稼働)
(澪さんにも、情報、流している)
「……何を、話してた?」
「白音さんの、過去」
「……」
「白音さんが、初めて、自分の、過去を、教えてくれました」
澪が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……白音、あなたを、特別、思ってる」
「特別?」
「……うん」
「澪さん、知っていましたか」
「……ずっと、感じてた」
(…………)
(澪さん、白音さんの、気持ちを、感じていた)
(雪女の、観察)
(女性同士の、感覚)
「澪さん」
「……うん」
「俺、白音さんも、選ばないです」
「……」
「五人、全員と、向き合う、決めたので」
「……うん」
澪が、しばらく、沈黙した。
「……悠真」
「はい」
「……月曜、近い」
「来週の、月曜ですね」
「……うん」
「澪さん、楽しみに、しています」
「……私も」
(澪さん、楽しみに、している、と、言ってくれた)
(小さな、進歩)
(曜日制、効いている)
「澪さん」
「……うん」
「夜中、廊下、歩いている、こと、知っています」
澪が、固まった。
「……みつき?」
「みつきさん」
「……」
「みつきさんに、聞きました」
「……覗き、止めて、ほしい」
「言っておきます」
(澪さん、覗かれている、こと、知って、ぶすっとしている)
(雪女、プライバシー、大事)
「澪さん、夜中、廊下、歩いている、理由、教えてくれますか」
澪が、しばらく、沈黙した。
「……悠真の、ドアの前を、通ると、安心する」
(…………)
(澪さん、俺の、ドアの前を、通ると、安心する、と、言った)
(雪女の、不器用な、本音)
「……ありがとうございます」
「……ありがとう、じゃ、ない」
「ありがとうです」
「……」
澪が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……月曜、待ってる」
「待ってます」
「……おやすみ」
「おやすみなさい」
澪が、出ていった。
(澪さん、戻ってきている)
(少しずつ)
(月曜、楽しみだ)
---
深夜、悠真は、ログに、追記した。
*【追記】*
*感情:希望、嬉しい、感謝*
*澪さんが、夜中、廊下を、歩いている、理由を、教えてくれた*
*"悠真の、ドアの前を、通ると、安心する"*
*雪女、不器用、だが、本音、伝えてくれている*
*月曜、楽しみ*
---
岬悠真、百鬼荘生活、三十三日目。
白音の日。白音が、自分の、過去を、教えてくれた。三百年、前、生まれた、社の白蛇。男性不信の、深さ。本当は、悠真を、選んでも、いい、と、思っていた、こと。紅と、澪のために、傍観者を、選んだ、こと。澪が、夜中、悠真のドアの前を、通っている、理由を、教えてくれた。
それ以外は——
白音さんと、深く、話せた、一日。
白音さんも、家族として、ちゃんと、見続ける。
(曜日制、本当に、効いている)
(一人、ずつ、向き合う、というのは、こういう、こと)
(俺、ちゃんと、続ける)
---
*【第34話「土曜日、家族全員で、何かをする件」に続く】*
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