第31話「ましろが、悠真の、ことを、心配している件」

水曜日の朝、悠真は、いつもより、遅く、起きた。


(昨夜、寝つきが、悪かった)


(澪さんが、コーヒーを、置いていってくれた、こと)


(紅さんと、フェルメール展に、行った、こと)


(半年の、約束を、果たせなかった、こと)


(全部、ぐるぐる、考えていた)


(眠れない、夜が、続いている)


悠真が、キッチンに、降りた。


また、コーヒーカップが、空のまま、置かれていた。


昨日と、同じ。


(昨夜、深夜に、コーヒーを、置いてくれた、けど、朝は、また、ない)


(澪さん、距離を、置いている)


(夜、こっそり、置いてくれただけで、朝、戻った、わけじゃ、ない)


(仕方ない)


悠真が、自分で、コーヒーを、淹れた。


そのとき、ましろが、キッチンに、入ってきた。


「おにいさん!」


「ましろさん」


ましろが、いつもの、体当たりで、悠真に、しがみついた。


でも、しばらくして、離れた。


悠真の、顔を、見上げた。


「……おにいさん」


「はい」


「……顔、悪い」


(顔色、悪い)


(ましろさん、見抜く)


(座敷童の、観察力)


「眠れなかったので」


「……」


「でも、今日は、ましろさんの日です」


「……うん」


「何を、しましょうか」


ましろが、しばらく、悠真を、見ていた。


「……おにいさん、今日は、何も、しない」


「え?」


「……何も、しない」


(ましろさん、何も、しない、と、言った)


(ましろの日、なのに)


「ましろさん、それは——」


「おにいさん、休む」


「……」


「ましろが、見る。ましろの日だから」


(…………)


(ましろさん、悠真を、休ませようと、している)


(自分の日を、悠真の、休息に、使おうとしている)


(座敷童の、見守り)


---


「ましろさん、それは、ましろさんの日に、ならないですよ」


「ましろの日、ちゃんと、なってる」


「俺が、休んでるだけです」


「……ましろは、おにいさんが、元気になる、ことが、嬉しい」


「……」


「だから、ましろの日でも、ある」


(ましろさん、深い、こと、言う)


(座敷童の、本能)


(家を、守る、住人を、見守る、それが、座敷童)


「……でも、俺、何か、ましろさんに、して、あげたいです」


「いい。ましろは、ここに、いる、だけで、いい」


「……」


「おにいさん、それ、ましろに、教えてくれた」


(19話)


(ましろさんが、消えかけた、時に、俺が、言った、こと)


(「ましろさんは、ここに、いる、だけで、いい」)


(その言葉を、ましろさんは、覚えていてくれた)


(そして、今、俺に、返してくれている)


「ましろさん」


「うん」


「……ありがとうございます」


「うん」


「俺、休みます」


「うん!」


---


悠真が、リビングの、ソファに、横になった。


ましろが、隣に、座った。


いつもより、静かに、座っていた。


「ましろさん、近くに、いてくれますか」


「うん」


「話、しなくて、いいです」


「うん」


「ただ、隣に、いて、ください」


「うん」


(ましろさん、何も、聞かない)


(理由を、聞かない)


(ただ、隣に、いてくれる)


(座敷童の、優しさ)


悠真が、目を、閉じた。


(疲れている)


(思っている、以上に、疲れている)


(澪さんとの、こと)


(紅さんとの、こと)


(白音さんとの、こと)


(みつきさんとの、こと)


(半年の、約束を、果たせなかった、こと)


(全員に、向き合う、ことを、宣言した、こと)


(重い)


(重い、けど、自分で、選んだ)


(だから、引き受ける)


(でも、今、少しだけ、休みたい)


しばらく、ましろが、隣に、いた。


悠真が、いつのまにか、寝ていた。


---


目が、覚めたとき、外は、明るかった。


昼前、らしい。


悠真が、リビングで、ソファに、寝ていた。


毛布が、かけられていた。


(誰が、かけた、んだろう)


(ましろさんは、いない)


(でも、誰かが、見ていてくれた)


悠真が、起きた。


「あ、おにいさん、起きた」


ましろが、キッチンから、来た。


「ましろさん、ずっと、いてくれたんですか」


「うん」


「ありがとうございます」


「お礼、いらない」


(ましろさんも、口癖、覚えた)


「お腹、空いた?」


「……空きました」


「ましろ、ご飯、用意した」


「ましろさんが?」


「うん。紅さんに、教わった」


(紅さんに、料理を、教わった)


(みつきさんも、紅さんに、料理を、習っている)


(紅さん、料理教室みたいに、なってる)


悠真が、キッチンに、行った。


テーブルに、お皿が、並んでいた。


卵焼き、お味噌汁、ごはん、お漬物。


「……すごい」


「えへへ」


「ましろさんが、全部?」


「全部!」


(ましろさん、自慢気)


(八歳児の姿で、料理を、する、座敷童)


(不思議な、絵)


「いただきます」


悠真が、卵焼きを、口に、入れた。


甘かった。


澪さんの、卵焼きと、似ている、けど、違う。


(ましろさんの、味)


「……おいしい」


「ほんと?」


「ほんとです」


「やった!」


(ましろさん、満面の、笑み)


(座敷童の、子どもらしさ)


悠真が、ご飯を、食べながら、ましろを、見ていた。


「……ましろさん」


「うん」


「俺、ましろさんに、感謝しています」


「うん」


「お礼じゃ、ないです。本当に、感謝」


「うん」


「ましろさんが、ここに、いてくれて、本当に、よかった」


ましろが、しばらく、悠真を、見ていた。


そして、ぱっと、笑った。


「……えへへ」


「ましろさん、嬉しそう、ですね」


「うん」


「何が、嬉しいですか」


「……ましろが、必要、と、言われたこと」


(…………)


(ましろさん、必要、と言われた、こと、嬉しい)


(19話で、消えかけた、ましろさん)


(自分の、存在を、認められる、こと、ましろさんに、とって、何より、大事)


(俺、ましろさんを、ちゃんと、見ているか)


(白音さんに言われた、"ちゃんと、見ててあげて")


(みつきさんにも、言われた)


(俺、ましろさんに、感謝、ちゃんと、伝えているか)


「ましろさん、もう一つ、伝えてもいいですか」


「うん」


「ましろさんが、悠真の家族に、いてくれて、毎日、楽しいです」


「……」


「ましろさんが、いない、百鬼荘、想像できない」


ましろが、目に、涙を、浮かべた。


「……おにいさん」


「はい」


「……ましろも、おにいさんが、いない、百鬼荘、想像できない」


「ですよね」


「うん」


(二人で、頷きあった)


(座敷童と、人間の、固い、絆)


(不思議だが、強い)


---


午後、悠真は、庭で、ましろと、遊んでいた。


「おにいさん、ましろ、強い?」


「強いです」


「ましろ、運コントロール、できる」


「すごいです」


「ましろ、家を、守る」


「頼りになります」


(ましろさん、自慢している)


(座敷童として、自分の、能力を、誇っている)


(19話の、後、自己肯定感、上がった)


「ねえ、おにいさん」


「はい」


「澪さんのこと、心配?」


(…………)


(来た)


(ましろさん、聞いてきた)


「……心配です」


「うん」


「澪さん、戻ってきますか」


ましろが、しばらく、考えた。


「……戻ってくる」


「ましろさんも、保証しますか」


「保証する。ましろ、座敷童だから、分かる」


「……分かる、というのは」


「澪さんの、家にいる、感情、まだ、ある」


(…………)


(ましろさん、座敷童の、能力で、澪さんの、感情を、感じ取っている)


(家の、住人の、感情を、感じる、というのは、座敷童の、本能)


「澪さん、まだ、悠真のこと、好き?」


「……うん」


「変わってない?」


「変わってない」


「ありがとうございます」


「お礼、いらない」


(ましろさんも、口癖、感染している)


---


夕方、悠真と、ましろが、リビングで、紅と、白音と、お茶を、飲んでいた。


紅が、悠真を、見て、ふっと、笑った。


「悠真くん、顔色、戻ってきたわね」


「はい」


「ましろちゃんが、ちゃんと、休ませてくれた、ね」


「はい」


白音も、頷いた。


「ましろちゃん、座敷童として、ちゃんと、悠真くんを、見てる」


「うん!」


(ましろさん、褒められて、嬉しそう)


紅が、お茶を、飲んだ。


「悠真くん」


「はい」


「あなた、休む、こと、覚えた、方が、いい」


「休む?」


「五人と、向き合う、と、決めた、なら、自分も、ちゃんと、休まないと、続かない」


「……」


「ましろちゃんが、教えてくれた、こと、しっかり、覚えて」


「分かりました」


白音も、頷いた。


「悠真くん、私、もう、ヒントを、出さない」


「え?」


「……あなた、私の、教育を、もう、卒業した」


「卒業?」


「うん。今日、ましろちゃんが、あなたに、教えてくれた、こと、私が、教えようと、していた、最後の、ヒント」


「……」


「あなた、自分を、休ませる、ということを、ましろちゃんから、教わった。これで、十分」


(白音さん、卒業宣言)


(俺、白音さんから、卒業した)


(嬉しい、ような、寂しい、ような)


「白音さん」


「うん」


「これからも、相談、してもいいですか」


「もちろん。でも、ヒント、出さない」


「では、何を、してくれますか」


「ただ、聞く」


(白音さん、聞き役、徹底)


(教育者から、聞き役、へ)


(白音さんも、悠真と、共に、変化している)


---


夕食は、ましろが、メインだった。


紅も、白音も、ましろの、料理を、絶賛した。


「ましろちゃん、料理、上手」と、紅。


「うん!」


「白音さんも、お料理、教えてくれない?」と、悠真。


「私?」


「ましろさんに」


「私、料理、得意じゃ、ない」


「えー!」と、ましろ。


「白音さん、社で、暮らしていたから、料理は、人間に、任せていた」


(白音さん、上品な、暮らし、してた)


(社の、白蛇)


(料理、不要)


「白音さん、もし、興味あれば、ましろが、教える!」と、ましろ。


「ふふ、座敷童が、白蛇に、料理を、教える、面白いわね」


「うん!」


(百鬼荘、面白い、家)


(妖怪同士で、料理を、教え合う)


(普通じゃ、ない)


(でも、いい)


---


夜、悠真は、自分の部屋に、戻った。


ましろが、ついてきた。


「おにいさん」


「はい」


「ましろの日、もう、終わり?」


「もうすぐ、終わりですね。明日は、みつきさんの日」


「……」


「ましろさん、今日、ありがとうございました」


「お礼、いらない」


「言いたいんです」


「ふふ」


ましろが、部屋に、入って、悠真の、隣に、座った。


「ねえ、おにいさん」


「はい」


「ましろ、おにいさんに、お願いが、ある」


「何ですか」


「……来週の、水曜、また、ましろの日?」


「もちろんです」


「……毎週、水曜?」


「毎週、水曜です」


「やった!」


「来週、何を、しましょうか」


「……公園、行きたい」


「公園、いいですね」


「悠斗くんも、連れていく?」


「いいですね」


「えへへ」


(ましろさん、悠斗くんと、仲良し)


(座敷童と、半妖の少年、相性、いい)


「ましろさん」


「うん」


「来週、楽しみにしています」


「うん!」


ましろが、立ち上がった。


「おにいさん、おやすみ」


「おやすみなさい」


ましろが、出ていった。


(ましろさんの日、終わった)


(よかった)


(ましろさんに、ちゃんと、向き合えた)


(白音さんが、考えた、曜日制、効いている)


---


深夜、悠真は、自分のログを、書いた。


*【自分のログ:三十一日目】*


*感情:感謝、安心、休息、希望*


*感謝:ましろさんが、休ませてくれた*


*安心:ましろさんが、座敷童の能力で、澪さんが、まだ俺を好きだ、と、教えてくれた*


*休息:ソファで、寝た。久しぶりに、ちゃんと、寝た*


*希望:来週、また、ましろさんと、過ごす*


(ログ、書き終わった)


(ましろさんの日、収穫、多かった)


(座敷童に、休ませてもらう、という、貴重な、経験)


そのとき、ドアを、ノックする音が、した。


「どうぞ」


悠真が、答えた。


ドアが、少しだけ、開いた。


澪が、立っていた。


(…………)


(澪さん)


「……澪さん」


澪は、入ってこなかった。


ドアの、隙間から、悠真を、見ているだけ。


「……ちょっと、いい?」


「どうぞ」


悠真が、立ち上がろうとした。


「……いい。そのままで」


「はい」


澪が、ドアを、少しだけ、開けたまま、立っていた。


「……今日、ましろと、いた?」


「いました」


「……顔色、戻った」


「ましろさんに、休ませてもらいました」


「……うん」


澪が、しばらく、沈黙した。


「……悠真」


「はい」


「……月曜の、こと、考えた」


(来た)


(澪さん、月曜の、約束を、考えてくれた)


「……どうですか」


「……OK」


「OK?」


「……月曜、何か、する」


「ありがとうございます」


「……ただし」


「はい」


「……まだ、距離は、ある」


「……はい」


「……元の、距離じゃ、ない」


「分かりました」


「……でも、月曜は、向き合う」


「ありがとうございます」


(澪さん、戻ってきてくれた)


(完全に、じゃ、ないけど、月曜、向き合う)


(前進)


「……何、する?」


悠真が、しばらく、考えた。


「……澪さんが、決めてください」


「……私が」


「はい」


「……」


澪が、しばらく、考えた。


「……コーヒー、淹れる」


「コーヒー、ですか」


「……朝、淹れる。話、する。それだけ」


(朝、コーヒーを、淹れて、話、する)


(最小限の、復帰)


(でも、それで、十分)


「ありがとうございます」


「……だから、月曜、起きてて」


「起きてます」


「……コーヒー、待ってる」


「待ってます」


澪が、しばらく、悠真を、見ていた。


「……おやすみ」


「おやすみなさい」


ドアが、閉まった。


(澪さん、戻ってきた)


(小さな、一歩)


(でも、確実な、一歩)


(月曜、コーヒーを、また、淹れてくれる)


(俺、ちゃんと、待つ)


(焦らずに、続ける)


---


悠真は、ログに、追記した。


*【追記】*


*感情:希望、嬉しい、感謝*


*澪さんが、月曜、コーヒーを、淹れに来てくれる、と、約束してくれた*


*まだ、距離はある、けど、戻ってきてくれた*


*ましろさんの日が、なかったら、こんなに、早く、戻って、来なかったかもしれない*


*ましろさんが、座敷童として、家に、安定を、もたらしている*


*俺、感謝しか、ない*


(ログ、書き終わった)


(今日、いい一日)


(休めて、ましろさんと、過ごせて、澪さんが、戻ってきてくれた)


(曜日制、効いている)


(白音さんに、感謝)


---


岬悠真、百鬼荘生活、三十一日目。


ましろの日。ましろが、悠真を、休ませた。ましろが、座敷童として、澪さんの感情を、感じ取って、教えてくれた。澪が、月曜、戻ってきてくれる、と、約束してくれた。白音から、卒業した。


それ以外は——


ましろさんの、優しさで、立ち直った、一日。


座敷童、すごい。


(ましろさんが、家を、守っている、というのは、本当だ)


(俺、家族、として、大切にする)


---


*【第32話「みつきが、復活した、覗きで、面白い情報を、持ってきた件」に続く】*

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