第29話「俺が、答えを、出せなかった件」
翌朝、悠真は、いつもより、早く、起きた。
午前六時。
まだ、誰も、起きていない、時間。
悠真は、コーヒーを、淹れた。
(自分で、淹れる、コーヒー、久しぶりだな)
(澪さんに、毎日、淹れてもらっている、から)
コーヒーを、飲みながら、悠真は、リビングで、考えていた。
(今日、答えを、出す、と、約束した)
(でも)
(昨夜、ベッドで、ずっと、考えていた)
(誰を、選ぶか、決めようとした)
(決めようとして、決められなかった)
(決められなかった、というより——決める、こと自体が、違う気が、してきた)
(俺、何を、間違えていたんだろう)
(半年、考えた、結果、思ったこと)
悠真は、深呼吸した。
(澪さんに、何と、伝える)
(今日、ちゃんと、向き合う)
---
六時半、紅が、降りてきた。
いつもより、早い。
「……あら、悠真くん、早いね」
「紅さんも、早いですね」
「眠れなかった」
「俺もです」
紅が、悠真の、向かいに、座った。
コーヒーを、自分で、淹れた。
「……今日、答え出しの日、ね」
「……はい」
紅が、しばらく、湯気を、見ていた。
「……顔色、悪いね、悠真くん」
「眠れなくて」
「答え、決まった?」
「……決まったような、決まらないような」
紅が、少し、目を、細めた。
「どっち?」
「……決まらなかった、です」
(言ってしまった)
(紅さんに、最初に、言ってしまった)
紅が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……それ、どういう意味」
「文字通り、です。誰かを、選ぶ、ということが、できませんでした」
「……」
「半年、考えました。本当に、考えました」
「……」
「でも、考えれば、考えるほど、誰か、一人を、選ぶ、ということが、違う気が、してきました」
紅が、湯呑みを、置いた。
「……理由、聞いてもいい?」
「いいです」
悠真が、しばらく、考えた。
「……俺、半年前、選ぶ、と、約束しました。それは、誠実な、ことだと、思っていました」
「うん」
「でも、誰かを、選ぶ、ということは、他の人を、選ばない、ということ」
「……当たり前ね」
「俺、それを、当たり前として、受け入れていました」
「……」
「でも、昨夜、考えました。俺、選ばなかった人と、これから、どう、暮らすんだろう、と」
「……」
「ましろさんは、ずっとここに、いる、と言ってくれました。みつきさんも、白音さんも、紅さんも、ここに、残ると言ってくれました」
「うん」
「でも、俺が、誰か、一人を、選んだら——選ばれなかった人と、毎日、顔を合わせる、ことになります」
「……」
「それが、誠実な、ことなんだろうか、と、思いました」
紅が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……あなた、卑怯ね」
「卑怯、ですか」
「うん。"選ばない"、を、誠実、ということに、しようとしてる」
「……」
「自分が、決断、しないだけ、なのに」
(…………)
(紅さんに、刺された)
(紅さん、的確)
「……すみません」
「謝らないで」
「……」
「でも」
紅が、しばらく、考えた。
「……あなたが、そう、感じてしまった、ことも、事実」
「……」
「半年、考えた、あなたが、選ばない、と、決めた、なら、それは、それで、答え」
「……」
「卑怯だけど、答え」
「……」
紅が、ふっと、笑った。
「……私、思ってたの」
「何を」
「あなたが、私を、選ばなかったとき、どう、するか」
「……」
「ずっと、考えていた」
「……」
「でも、選ばれない、と、思っていたから、覚悟は、できていた」
「紅さん」
「うん」
「……俺、全員と、向き合い続けたい、と、思っています」
「全員?」
「澪さん、紅さん、ましろさん、白音さん、みつきさん」
「五人、と?」
「……」
「それ、もっと、卑怯、よ」
「……分かってます」
「分かってて、言うの?」
「……はい」
紅が、しばらく、悠真を、見ていた。
そして、ふっと、笑った。
「……あなた、本当に、面倒な人」
「みんなにそう言われます」
「悪い意味じゃない、と、付け加えるところ」
「……ありがとうございます」
紅が、コーヒーを、飲んだ。
「……悠真くん」
「はい」
「私、その、選択、受け入れる、わけじゃ、ない」
「……」
「でも、否定も、しない」
「……」
「あなたが、半年、考えて、出した、答え、なら、それは、あなたの、答え」
「……ありがとうございます」
「ただし」
「はい」
「これから、私たち、どうしたら、いいか、ちゃんと、考えて」
「……はい」
「全員と、向き合う、というのは、簡単じゃ、ない」
「分かってます」
「分かってない、と思う」
「……」
「でも、それは、これから、知るしかない」
(紅さん、優しいような、厳しいような)
(百年生きた、九尾の、見方)
紅が、立ち上がった。
「悠真くん」
「はい」
「澪に、ちゃんと、伝えて」
「……はい」
「彼女、覚悟して、答えを、待ってる」
「分かってます」
「期待を、裏切る、ことになる、よ」
「……はい」
「それでも、伝えて」
「……はい」
紅が、出ていった。
(紅さん、最初に、伝えて、よかった)
(紅さん、受け入れてくれた)
(でも、これからが、本番)
(澪さんに、伝えるのが、一番、辛い)
---
七時、白音が、リビングに、降りてきた。
悠真の、表情を、見て、すぐに、察したらしい。
「……悠真くん、答え、出てない、のね」
「白音さん、分かりますか」
「顔に、書いてある」
「……」
白音が、悠真の、隣に、座った。
「私、何を、聞いてあげる?」
「白音さんに、聞いてもらいたい、ことが、あります」
「どうぞ」
悠真が、紅に、話した、ことを、白音にも、話した。
白音が、しばらく、聞いていた。
「……悠真くん」
「はい」
「あなた、覚悟、決めなかったのね」
「……決めなかった、というより、別の、覚悟を、決めた、つもりです」
「別の、覚悟?」
「全員と、向き合い続ける、覚悟」
「……」
「それも、別の、形の、覚悟だと、思っています」
白音が、しばらく、考えた。
「……それ、いばらの道、よ」
「分かってます」
「分かってない」
「……」
白音が、ふっと、笑った。
「私、20話で、あなたに、言ったでしょ。"傷つけることを、引き受ける覚悟"を、決めなさい、って」
「言いました」
「あれ、選ぶ、ことが、前提だった」
「……」
「あなたが、選んだ、誰かを、選ばなかった人を、傷つける、その、傷を、引き受ける、覚悟」
「……」
「でも、あなたは、別の、選択を、した」
「……はい」
「全員を、選んだ、と、誰かが、言うかもしれない」
「俺は、そう、考えていません。誰も、選ばなかった、と、思っています」
「……」
「全員と、向き合う、というのは、誰一人にも、特別な、地位を、与えない、ということです」
白音が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……あなた、考えたわね」
「考えました」
「結論として、これしか、なかった?」
「……はい」
白音が、ふっと、笑った。
「私、傍観者だから、何でも、言える」
「お願いします」
「あなた、みんなを、傷つける、ことに、なるかもしれない」
「……」
「選ばれた人がいない、ということは、選ばれた人がいる場合より、複雑」
「……」
「みんな、ある意味では、選ばれているし、ある意味では、選ばれていない」
「……」
「希望と、絶望が、同居する状態」
(…………)
(白音さん、的確に、突いてくる)
(俺、その、難しさ、本当に、理解しているか)
「……白音さん」
「うん」
「俺、それでも、これしか、ないと、思っています」
「うん」
「だから、これから、向き合っていきます」
「うん」
「白音さんに、これからも、相談、してもいいですか」
「もちろん」
白音が、立ち上がった。
「悠真くん」
「はい」
「私、傍観者として、楽しく、見守る」
「お願いします」
「ふふ」
白音が、出ていった。
(白音さん、傍観者を、続ける)
(よかった)
(一人、また、一人、伝えていく)
---
八時、ましろが、リビングに、入ってきた。
いつもの体当たりで、悠真に、しがみついた。
「おにいさん!」
「ましろさん」
「ましろの、ターン?」
「はい」
ましろが、悠真の、隣に、座った。
「ましろ、ドキドキしてる」
「俺もです」
「……答え、聞いていい?」
悠真が、深呼吸した。
「……ましろさん、俺、答えを、出せませんでした」
「……」
「誰か、一人を、選ぶ、ということが、できませんでした」
「……」
ましろが、しばらく、悠真を、見ていた。
「……ましろも、選ばれない?」
「選ばれない、というより、誰も、選ばない、ということです」
「……みんな?」
「みんな」
「……」
「ましろさん、悲しい?」
ましろが、しばらく、考えた。
「……分からない」
「分からない?」
「悲しい、と、ほっとした、と、両方、ある」
「ほっとした?」
「うん。ましろが、選ばれなかった、わけじゃ、ないから」
「……」
「みんなが、選ばれなかった、なら、ましろだけ、特別、傷つく、わけじゃ、ない」
(…………)
(ましろさん、年齢、感じさせる、洞察)
(座敷童、長く、生きてる)
「ましろさん」
「うん」
「俺、ましろさんのこと、好きですよ」
「うん」
「でも、選ぶ、ということは、しません」
「うん」
「これからも、ここに、住んで、向き合っていきます」
「うん」
「ましろさんは、それで、いいですか」
ましろが、しばらく、考えた。
「……ましろは、いつも、同じ」
「同じ?」
「ましろは、ここで、おにいさんと、ずっと、いる、それだけ」
「……」
「選ばれても、選ばれなくても、ましろは、ここに、いる」
(ましろさん、座敷童の、本能で、答えている)
(家を、守る、住人を、見守る、それが、座敷童)
(人間の、恋愛感情、とは、少し、違う、軸)
「ありがとうございます」
「えへへ」
ましろが、抱きついた。
「ましろ、おにいさん、好き。ずっと、好き」
「俺も、ましろさん、ずっと、好きです」
「うん!」
(ましろさん、明るい)
(座敷童の、強さ)
---
九時、みつきが、リビングに、入ってきた。
首は、首、についている。
「悠真くん、来た」
「みつきさん」
みつきが、悠真の、向かいに、座った。
「答え?」
「……答え、出ませんでした」
「え?」
「誰も、選びません。でも、向き合い続けます」
みつきが、しばらく、悠真を、見ていた。
「……あなた、頭、おかしくなった?」
「……すみません」
「謝らないで」
「はい」
「もう一度、説明して」
悠真が、紅と白音に、話した、内容を、みつきにも、話した。
みつきが、しばらく、聞いていた。
「……悠真くん」
「はい」
「あなた、ずるい」
「ずるい、ですか」
「ずるい。でも、ある意味、誠実」
「……」
「ずるくて、誠実、って、矛盾、してるけど、あなたの場合、両立してる」
(みつきさん、深い、こと、言う)
「みつきさん、悲しい?」
「うーん」みつきが、首を、傾けた。「悲しい、というより、戸惑い」
「戸惑い?」
「答えを、待ってた、つもりが、答えが、こない」
「……」
「でも、待つこと、慣れてる、から、続けるのは、できる」
「……」
「ただ、これ、ちゃんと、続くの?」
「続けます」
「みんな、納得するかな」
「……分からない、です」
「正直ね」
「すみません」
「謝らないで」
(みつきさんの、口癖、感染してる)
「悠真くん」
「はい」
「あたし、覗き、復活させていい?」
「え?」
「あなたが、ちゃんと、やっていけてるか、観察する必要がある」
「……」
「あたし、相談役だから」
「お願いします」
「ふふ」
みつきが、ふっと、笑った。
「あたし、こういう、変な状況、嫌いじゃ、ない」
「みつきさん、変な状況、好きですよね」
「ふふ、ばれた」
(みつきさん、こういうとき、便利)
(観察役、相談役、復活)
---
十時、悠真は、リビングに、戻った。
四人、終わった。
紅、白音、ましろ、みつき。
全員、複雑な、顔を、しながらも、受け入れてくれた。
(みんな、強い)
(俺の、卑怯な、選択を、受け入れてくれている)
(感謝しかない)
(ただ)
(澪さんが、残っている)
(澪さん、半年、ずっと、待っていた)
("必ず答える"と、約束していた)
(澪さんに、伝えるのが、一番、辛い)
(でも、伝える)
(嘘は、つかない)
(誠実、というのは、楽な、ことじゃ、ない)
悠真が、椅子に、座って、深呼吸した。
そのとき、澪が、リビングに、入ってきた。
「……悠真」
「澪さん」
「……みんな、終わった?」
「終わりました」
「……」
「澪さんの、ターンです」
「……うん」
澪が、悠真の、向かいに、座った。
いつもより、緊張していた。
(澪さん、緊張している)
(俺も、緊張している)
(俺、これから、澪さんを、傷つけることに、なる)
(覚悟しろ)
(白音さんに、教わった、覚悟を、別の形で、ここで、発動する)
---
「……澪さん」
「……うん」
「俺、答え、出せませんでした」
(言った)
(澪さんに、最初に、結論を、伝えた)
(紅さんと、同じ、伝え方)
澪が、しばらく、固まっていた。
完全に、固まった。
(澪さん、固まりすぎ)
(雪女、雪のように、固まる)
「……澪さん?」
「……」
「……澪さん、聞こえてますか」
「……うん」
「答え、出せなかった、と、伝えました」
「……うん」
澪の、頬が、見る間に、青白くなった。
(青白い)
(赤くなる、のとは、違う)
(雪女が、青白くなる、というのは、悲しみ、の、サイン)
「……澪さん」
「……うん」
「ごめんなさい」
「……」
「半年、待たせて、ごめんなさい」
「……」
「俺、約束を、果たせなかった」
澪が、しばらく、沈黙した。
そして、ぽろっと、涙が、落ちた。
(澪さん、泣いた)
(俺、澪さんを、泣かせた)
「……澪さん、本当に、ごめんなさい」
「……」
「半年、待ってくれた、ことを、無駄にしてしまった」
「……無駄じゃ、ない」
「え?」
「……無駄じゃ、ない」
澪が、涙を、流しながら、言った。
「……半年、待った、こと、無駄じゃ、ない」
「……」
「悠真と、過ごした、時間、毎日のコーヒー、外出、ログ、全部、私の、宝物」
「……」
「……でも」
「でも?」
「……期待してた」
「……」
「……今日、答えが、来る、と、期待してた」
「……ごめんなさい」
「……」
澪が、しばらく、泣いていた。
悠真は、何も、言えなかった。
(俺、何が、できる)
(澪さんを、ここまで、悲しませてしまった)
(誠実な、選択、と、思っていた、こと、本当に、誠実、だったのか)
(自信が、なくなる)
(でも、嘘は、つかない)
しばらくして、澪が、口を、開いた。
「……理由」
「はい」
「……何故、選ばなかったの」
悠真が、深呼吸した。
「……澪さんを、選ぼうとしました」
「……」
「実は、昨日まで、澪さんを、選ぶ、つもりでした」
「……」
「俺の、気持ちは、澪さんに、一番、向いていました」
(言ってしまった)
(でも、本当のことだ)
(澪さんに、嘘を、つけない)
澪が、目を、見開いた。
「……でも、選ばなかった」
「はい」
「……何故」
「……昨夜、考えました」
「……」
「澪さんを、選ぶ、ということは、紅さんを、選ばない、ということ。ましろさんを、選ばない、ということ。白音さんを、選ばない、ということ。みつきさんを、選ばない、ということ」
「……」
「選ばれなかった、四人と、毎日、顔を合わせる、ことになる」
「……」
「俺、その、複雑さに、耐えられない、と思った」
「……」
「いや、自分が、耐えられない、というより——」
(言葉を、選ぶ)
「澪さんが、四人に、囲まれて、暮らす、状況、辛いんじゃ、ないか、と、思った」
「……」
「俺だけの、問題じゃ、ない、と、思った」
澪が、しばらく、沈黙した。
「……それ、私のため」
「半分は」
「もう半分は」
「俺自身が、決断できなかった」
「……」
「卑怯です」
澪が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……うん」
「卑怯、認めます」
「……」
「だから、澪さんが、怒っても、俺、受け入れます」
澪が、しばらく、沈黙した。
そして、ぽつぽつと、口を、開いた。
「……怒ってない」
「怒ってない?」
「怒ってない。でも、悲しい」
「……」
「期待を、裏切られた、悲しさ」
「……ごめんなさい」
「……」
「悠真」
「はい」
「……一つ、聞いていい?」
「どうぞ」
澪が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……これから、私たち、どうなるの?」
(…………)
(一番、難しい、質問)
(俺、まだ、答えを、持っていない)
「……正直に、言うと、分かりません」
「……」
「でも、これからも、毎日のコーヒー、外出、ログ、続けたいです」
「……」
「澪さんの、特別な、地位は、与えない、けど、俺の、気持ちは、澪さんに、一番、向いている、ことは、変わらない」
「……それ、卑怯」
「卑怯です」
「……」
「でも、本当のことです」
澪が、しばらく、沈黙した。
「……悠真」
「はい」
「……今日、辛かった」
「……はい」
「……でも」
「でも?」
「……正直に、言ってくれて、ありがとう」
(…………)
(澪さん、ありがとう、と、言ってくれた)
(俺、傷つけたのに)
「……澪さん」
「……うん」
「ありがとうございます」
「お礼、いらない」
(澪さんも、口癖)
(百鬼荘の、女性陣、共通)
澪が、悠真を、見た。
「……悠真」
「はい」
「……一つ、お願い」
「どうぞ」
「……時間、ほしい」
「時間?」
「……今日のこと、整理する時間」
「分かりました」
「……数日、距離を、置いていい?」
「……はい」
「……毎日のコーヒーも、しばらく、休む」
「分かりました」
「……ログも、休む」
「分かりました」
「……整理できたら、また、続ける」
「待ちます」
澪が、頷いた。
そして、立ち上がった。
「……今日は、もう、無理。部屋に、戻る」
「はい」
「……おやすみ」
「おやすみなさい」
澪が、リビングを、出ていった。
悠真は、しばらく、椅子に、座っていた。
(やってしまった)
(澪さんを、傷つけた)
(半年、待ってくれた人を、傷つけた)
(俺、本当に、これで、よかったのか)
(自信が、ない)
(でも、嘘は、つかない、と、決めた)
(誠実、というのは、楽じゃ、ない)
(白音さんが、言った通り)
---
昼、悠真は、一人、リビングに、いた。
紅が、入ってきた。
「澪、部屋に、こもってる、わよ」
「ですよね」
「あなた、責任、感じてる?」
「……感じてます」
紅が、悠真の、隣に、座った。
「悠真くん、私、一つ、伝えたい」
「何ですか」
「あなた、選ばない、を、選んだ。それは、結果として、私を、含めて、五人、全員を、選び続ける、ということ」
「……」
「もし、あなたが、誰か、一人を、選んでいたら、私は、選ばれなかった、として、今後、ずっと、距離を、置いて、生きていた」
「……」
「でも、あなたが、選ばなかった、ことで、私たちは、全員、対等に、向き合える」
「……」
「これは、卑怯、でも、ある」
「はい」
「でも、別の、形の、誠実さ、でも、ある」
「……」
「私は、その、誠実さを、信じる、ことにする」
「……ありがとうございます」
「お礼、いらない」
紅が、ふっと、笑った。
「ただし、悠真くん」
「はい」
「これから、難しい、ことに、なる、と、覚悟して」
「はい」
「澪も、傷ついた。私たち、四人も、複雑な気持ち。あなたが、ちゃんと、向き合い続けないと、家族として、崩壊する」
「……分かってます」
「分かってない」
「……」
「でも、これから、知るしかない」
「はい」
紅が、立ち上がった。
「悠真くん」
「はい」
「私、覚悟、決めた」
「覚悟?」
「あなたを、好きで、いる、覚悟」
「……」
「選ばれなくても、好きで、いる」
「……」
「これ、私の、覚悟」
紅が、出ていった。
(紅さん、強い)
("覚悟は続けるもの"を、別の形で、実践している)
(俺も、ちゃんと、応えないと、いけない)
---
夕方、白音が、悠真の、部屋に、来た。
「悠真くん、お疲れ」
「お疲れ様です」
「澪、心配?」
「心配です」
「あの子、立ち直る、わよ」
「……」
「雪女は、不器用だけど、頑固。あなたを、好きな、気持ちは、変わらない」
「……」
「ただ、今は、整理する時間が、必要」
「分かってます」
白音が、悠真の、隣に、座った。
「悠真くん」
「はい」
「あなた、これから、大変よ」
「分かってます」
「分かってない」
「……」
「これから、毎日、五人と、向き合う。一人、選んでいたら、一人と、向き合うだけだった」
「……」
「五倍、大変」
「分かってます」
「分かってない」
「……」
白音が、ふっと、笑った。
「でも、あなた、できる、と、私、信じてる」
「……ありがとうございます」
「ヒント、ある?」
「お願いします」
白音が、しばらく、考えた。
「……一人ずつ、毎日、ちゃんと、見る」
「一人ずつ?」
「一日に、五人、全員と、ちゃんと、関係を、続けようと、すると、誰一人にも、ちゃんと、向き合えない」
「……」
「だから、毎日、一人ずつ、その人と、ちゃんと、向き合う、時間を、作る」
「……」
「曜日で、決めても、いい」
「曜日?」
「月曜は、澪。火曜は、紅。水曜は、ましろ。木曜は、みつき。金曜は、私。土日は、家族全員で」
(…………)
(白音さん、すごい、こと、考える)
(システマティックに、五人と、向き合う)
「……それ、いいですね」
「ふふ、ヒントよ、ヒント」
「教えてもらった、ということで」
「教えてないって、何度言えばいいの」
「ヒント、ありがとうございます」
白音が、ふっと、笑った。
「悠真くん」
「はい」
「あなた、卑怯、と、言われた」
「言われました」
「でも、誠実な、卑怯さ、というのも、ある」
「……」
「ちゃんと、続けて」
「はい」
白音が、出ていった。
(白音さん、本当に、頼りになる)
(曜日制の、向き合い方、考えてみよう)
---
深夜、悠真は、部屋で、考えていた。
(俺、選ばないことを、選んだ)
(卑怯、と、紅さんと、みつきさんに、言われた)
(澪さんを、傷つけた)
(紅さんと、白音さんに、覚悟を、教わった)
(これから、毎日、五人と、向き合う)
(簡単じゃ、ない)
(でも、俺の、選択)
廊下に、冷気は、来なかった。
澪は、今日、来ない。
(当然だ)
(傷つけた、ばかり)
(しばらく、距離を、置く)
(俺、待つ、しか、ない)
悠真は、ノートPCを、開いた。
(ログ、続けよう)
(今日のログ、自分のだけ、書く)
*【自分のログ:二十九日目】*
*感情:罪悪感、不安、決意、後悔、それと——*
*それと?*
*覚悟*
*覚悟、というのは、選ぶ、覚悟じゃ、ない*
*続ける、覚悟*
*紅さんに、教わった通り*
*俺、続ける*
(ログ、書き終わった)
(明日から、続ける)
(毎日、続ける)
(一年でも、十年でも、続ける)
(それが、俺の、答え)
---
岬悠真、百鬼荘生活、二十九日目。
半年の、約束の日が、来た。誰も、選ばなかった。紅、白音、ましろ、みつきに、伝えた。みんな、複雑だが、受け入れてくれた。澪に、伝えた。澪が、傷ついた。澪が、距離を、置きたい、と、言った。俺、待つことに、した。
それ以外は——
人生で、一番、辛い、一日だった。
でも、嘘を、つかなかった。
それだけは、貫いた。
(誠実、というのは、楽じゃ、ない)
(白音さんに、教わった通り)
(俺、これから、続ける)
(毎日、五人と、向き合い続ける)
(俺の、新しい、戦い方)
---
*【第30話「澪が、距離を、置いている件」に続く】*
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