第28話「朱雀政親が、来た件」
攻撃が、来たのは、神代からの、警告から、五日後だった。
日曜日の、午後三時。
悠斗は、神代が、安全な場所に、保護してくれていた。今日のために、用意した、別の場所。
「悠斗くん、しばらく、ここに、いてくださいね」
「……岬おじさん、無事に、戻る?」
「戻ります」
「……約束?」
「約束です」
悠斗が、頷いた。
(八歳児に、約束した)
(破れない)
(必ず、戻る)
悠真が、百鬼荘に、戻ったのは、午後二時半。
全員が、配置に、ついていた。
紅と、白音が、玄関と、裏口に。
澪が、二階の、窓の、近く。
ましろが、リビングの、悠真の、隣。
みつきが、二階の、廊下、首だけで、外を、監視。
管理人が、縁側で、扇子を、持って、座っていた。
悠真は、リビングの、中心に、座っていた。
(前回と、同じ、配置)
(でも、今日は、敵が、違う)
(朱雀政親、と、その、エージェントチーム)
(管理人と、互角の、敵)
午後二時五十五分、みつきが、声を、上げた。
「来た! 五人! 通りの、向こう!」
(時間、ぴったり)
「位置は」
「正面玄関の、五十メートル前。歩いてくる」
「速度は」
「ゆっくり。正面突破、で、間違いない」
(神代さんの、予想通り)
(朱雀政親、自信を、持って、堂々と、来る)
紅が、玄関の、近くで、声を、上げた。
「結界、起動」
紅が、印を、なぞった。
白音も、別の、印を、なぞった。
澪が、家の周りに、薄い、冷気を、流した。
ましろが、目を、閉じて、念じ始めた。
(運コントロール、まだ、発動していない)
(タイミングを、待っている)
(決定的な、瞬間に、発動)
---
玄関の、ドアが、ノックされた。
冷静な、ノック。
威嚇でも、奇襲でもない、まるで、客が、来た、ような、ノック。
紅が、玄関の、向こう側に、声を、かけた。
「……朱雀政親、ね」
「……ええ」
低い、声だった。
落ち着いた、声。
(声から、強さが、伝わる)
(紅さんが、警戒する、わけだ)
「お話を、聞かせてください」と、紅。
「お話、する気は、ありません」
「では、何しに来たの」
「……保護指定の、撤回。住人の、確保。家の、解体」
「正直ね」
「隠す必要が、ない」
紅が、ふっと、笑った。
(紅さん、笑った)
(戦いの、緊張感の中で、笑える、強さ)
「……結界、解除しなさい」
「断ります」
「では、破ります」
「どうぞ」
(紅さん、堂々と、応じている)
(突破される、ことを、覚悟しながら、堂々と)
しばらく、沈黙が、続いた。
そして——
玄関の、ドアの、向こうで、激しい、音が、響いた。
(来た)
(結界に、攻撃を、加えている)
「……破られる、まで、何分?」と、悠真が、紅に、聞いた。
「……三分」
「三分」
「強い。私の、結界、こんなに、早く、破られたこと、ない」
(朱雀政親の、強さが、紅さんの、想像以上)
(戦略を、修正する、必要が、ある)
(でも、まだ、慌てない)
(神代さんの、決定打が、ある)
悠真は、ましろの、顔を、見た。
「ましろさん、まだ、運コントロール、発動しないでください」
「うん」
「敵が、家の中に、入ってきて、最も、危険な、瞬間に、発動します」
「分かった」
(ましろさん、待つ、と、言ってくれた)
(座敷童、判断、できる)
---
三分後、結界が、破れた。
玄関の、ドアが、勢いよく、開いた。
五人が、入ってきた。
先頭に、立っていたのは——
(…………)
(朱雀政親)
五十代後半の、男。
しかし、見た目は、若い。四十代に、見える。整った顔。冷静な目。黒い、装束。
背後に、四人の、エージェント。
紅が、玄関で、立ち塞がっていた。
「……九条紅、か」
「ええ」
「百年前、お前を、追っていた、朱雀家」
「あなたは、当時、若かったわね」
「ええ。若かった」
(朱雀政親、紅さんを、知っている)
(百年前、紅さんを、追っていた)
紅が、結界の、第二段階を、起動した。
「……白音、いま」
白音が、自分の、結界を、起動した。
内側の、結界。
エージェントチームの、進行が、止まった。
朱雀政親が、紅と、白音を、見て、目を、細めた。
「……白蛇か」
「……朱雀政親」
「お前も、ここに、いるのか」
「ええ」
「百鬼荘、面白い、家だ」
(朱雀政親、白音さんも、知っている)
(妖怪のことを、長年、追ってきた、家系)
(こちらの情報、ほぼ、把握されている)
「九条紅、白蛇」
「何?」
「お前たちを、含めて、ここの、住人を、確保する」
「……」
「人間の、岬悠真を、退去させる」
「させない、と言ったら?」
「では、力ずく」
朱雀政親が、印を、なぞった。
式神が、現れた。
大きな、黒い、鳥。
(式神)
(朱雀政親の、能力)
---
戦闘が、始まった。
紅と、白音が、結界を、維持しながら、エージェントチームの、四人と、戦っていた。
澪が、二階から、降りてきた。
冷気を、撒き散らしながら。
「……私が、囮になる」
「澪、ダメ」と紅。
「……いい」
澪が、エージェントチームの、二人を、引き付けた。
月森、優子と、烏山、健一。
式神操作と、結界術の、専門。
澪の、冷気で、式神が、機能しなくなった。
(澪さん、囮として、機能している)
(式神操作の、エージェント、を、無効化)
紅が、近接戦闘専門の、黒崎、剛と、戦っていた。
白音が、朱雀、明日香と、戦っていた。
(明日香さんは、若いが、強い)
(白音さん、苦戦している)
悠真は、リビングの、中心に、いた。
(俺、何も、できない)
(守られているだけ)
(……でも、これが、戦略)
(家の、中心で、安定を、提供)
(紅さんに、言われた通り)
そして、朱雀政親が——
悠真の、いる、リビングに、向かって、まっすぐ、進んできた。
(来た)
(朱雀政親、俺を、最初に、確保しようとしている)
(住人を、守るアンカーを、無力化する作戦)
管理人が、リビングの、入り口で、立ち塞がった。
「……朱雀政親」
「……ぬらりひょん、か」
(管理人、ぬらりひょん)
(初めて、種族が、明らかになった)
(百鬼夜行の、首領、と、伝承される、妖怪)
「久しぶりだ」と管理人。
「……三十年、ぶりか」
(三十年前、戦ったこと、ある)
(管理人と、朱雀政親、過去に、戦った)
「……どちらも、生き残ったな」
「次も、お前は、生き残るだろう」と管理人。
「……」
「だが、住人は、確保させない」
「……」
朱雀政親が、印を、なぞった。
管理人も、扇子を、開いた。
(管理人、本気)
(最初に、"基本、動かん"と言っていた、人が、本気で、動く)
---
管理人と、朱雀政親が、戦い始めた。
動きが、速い。
悠真の、目で、追えない。
式神と、結界が、入り乱れる。
(互角)
(神代さんの、言った通り)
しばらく、戦闘が、続いた。
徐々に、管理人が、押され始めた。
(押されてる)
(朱雀政親、強い)
(互角、と、言われていたが、実際は、朱雀政親、少し、上、なのかもしれない)
悠真が、ましろを、見た。
ましろが、頷いた。
「ましろの、運コントロール、発動」
ましろが、目を、閉じて、念じた。
(発動した)
(運コントロール、最大)
(五分間、敵の、運が、最悪になる)
朱雀政親の、動きが、突然、鈍くなった。
式神の、軌道が、ずれる。
結界の、形が、不安定になる。
(効いている)
管理人が、その隙を、突いた。
攻撃が、入った。
朱雀政親が、後ろに、下がった。
(一発、入った)
でも、決定打じゃ、ない。
朱雀政親、戦闘続行。
(運コントロール、残り、四分)
(四分の間に、勝負を、つけないと)
---
そのとき、玄関の、外から、声が、聞こえた。
「朱雀政親!」
(神代の、声)
(来た)
神代が、ドアの、外で、立っていた。
「神代! 邪魔をするか!」と、朱雀。
「邪魔ではありません。情報提供です」
「……情報?」
神代が、書類を、出した。
「朱雀政親、あなたの、娘、葵さんの、現在の、住所です」
(来た)
(決定打)
朱雀政親の、動きが、止まった。
完全に、止まった。
「……何だと?」
「五年間、消息不明だった、葵さん。現在、千葉県、市川市の、マンションで、暮らしています」
「……」
「夫は、半妖の男性。三歳の、娘さんが、います」
(…………)
(朱雀政親、目が、見開いている)
(衝撃を、受けている)
「……嘘を」
「事実です」
神代が、写真を、出した。
遠くから、撮られた、写真。
女性が、子どもを、抱いている。
「葵さんと、お孫さんです」
朱雀政親が、写真を、見た。
しばらく、写真を、見続けた。
(…………)
(沈黙が、降りた)
(戦闘が、止まった)
エージェントチームも、何が、起こったのか、分からない、顔をしていた。
紅、白音、澪、ましろも、戦闘を、止めて、見ていた。
朱雀政親が、しばらく、写真を、見続けた。
そして、ゆっくり、口を、開いた。
「……葵」
(…………)
(朱雀政親、娘の名前を、呟いた)
(声が、震えていた)
「……五年、間」
「……」
「探していた」
「……」
「半妖と、結婚した、と、知ったら——」
(朱雀政親、知らなかった)
(半妖と、結婚した、ことを、知らなかった)
(家出の、理由を、ずっと、考えていた)
(だから、半妖を、許せない、というのは、推測だが、本当の感情は、もっと、複雑)
悠真が、立ち上がって、玄関に、向かった。
(俺、出る)
(紅さんに、家の中で、待ってて、と言われたが、ここは、出る)
(情報を、提示しただけでは、足りない)
(俺自身が、対話しないと、決まらない)
紅が、悠真を、見た。
「悠真くん、危ない」
「分かってます」
「……」
「でも、これが、俺の、戦い方です」
紅が、頷いた。
「……気をつけて」
「はい」
悠真が、玄関に、出た。
朱雀政親と、向き合った。
---
悠真が、朱雀政親に、近づいた。
「岬、悠真です」
「……」
「百鬼荘の、住人」
「……」
「あなたが、退去させようとしている、人間」
朱雀政親が、悠真を、見た。
目が、揺れていた。
写真を、見たまま。
悠真が、続けた。
「朱雀さん、葵さんは、お元気です」
「……」
「お孫さんも、元気です」
「……」
「あなたが、長年、探していた、家族は、無事です」
朱雀政親が、しばらく、沈黙した。
「……何故、半妖と」
「半妖が、悪い、と思いますか」
「……人間と、妖怪は、共存、できない」
「では、あなたが、長年、戦ってきたのは、その信念のため」
「……」
「でも、あなたの、娘さんは、半妖と、結婚することを、選んだ」
「……」
「あなたが、許せなくて、家出した」
(推測だが、たぶん、当たっている)
朱雀政親が、しばらく、沈黙した。
「……葵は、私に、相手を、紹介しようとした」
「……」
「私は、半妖、と、聞いた瞬間、激高した」
「……」
「葵は、家を、出た」
「……」
「あの日から、五年」
(…………)
(朱雀政親、自分の、感情を、認め始めた)
(戦士の顔が、父親の顔に、変わってきている)
「朱雀さん」
「……」
「もし、葵さんと、お孫さんに、会えるなら、何を、伝えたいですか」
「……」
「謝る、と言うことは、できますか」
朱雀政親が、悠真を、見た。
しばらく、見ていた。
「……何故、お前が、そんなことを、聞く」
「俺は、フリーランスの、エンジニアです。問題を、解決するのが、仕事です」
「……問題?」
「あなたの、家族の、問題」
「……」
「あなたが、こうして、攻撃に、来ているのは、結局、家族の、問題が、根本にあるから」
「……」
「葵さんは、半妖と、結婚した。それを、あなたが、許せなかった。でも、心の底では、許したい、と思っているはず」
「……」
「でなければ、五年間も、葵さんを、探し続けない」
(朱雀政親、目を、伏せた)
(俺の、推測、当たっている)
(彼は、ずっと、苦しんでいる)
「神代さん」と悠真。
「はい」
「葵さんに、連絡、できますか」
「……可能です」
「朱雀さんが、会いたい、と、伝えてくれますか」
「……」
朱雀政親が、しばらく、沈黙した。
「……それは」
「会いたいですか? 朱雀さん」
「……」
「会いたくないですか?」
朱雀政親が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……会いたい」
(…………)
(朱雀政親、認めた)
(娘に、会いたい、と)
「神代さん、お願いします」
「分かりました」
(戦いが、止まった)
(戦闘が、対話に、変わった)
---
エージェントチームの、四人が、戸惑っていた。
「朱雀さん、攻撃を、続けますか」と、副官の、黒崎が、聞いた。
朱雀政親が、しばらく、沈黙した。
「……撤退する」
「は?」
「撤退、する」
「……強硬派の、責任は」
「俺が、取る」
(朱雀政親、撤退を、決めた)
(強硬派の、責任を、自分で、取る、と、宣言した)
「分かりました」と、黒崎。
エージェントチームが、撤退、準備を、始めた。
朱雀政親が、悠真を、見た。
「……岬悠真」
「はい」
「お前は、戦闘力、ないな」
「ないです」
「だが、戦った」
「……」
「俺の、家族の、問題を、解決した」
「まだ、解決はしていません」
「……?」
「葵さんと、再会できるかは、葵さん次第です。あなたが、彼女を、受け入れる、覚悟が、必要です」
「……」
「半妖の、娘さんも、含めて」
朱雀政親が、しばらく、沈黙した。
「……分かっている」
「では、頑張ってください」
「……」
朱雀政親が、ふっと、息を、吐いた。
「……お前、不思議な、男だ」
「みんなにそう言われます」
「悪い意味ではない」
「ありがとうございます」
(紅さんと、神代さんと、口癖が、揃った)
(みんなに、変な人と、言われる、人生)
---
朱雀政親と、エージェントチームが、撤退した。
玄関で、悠真は、神代を、迎えた。
「神代さん、ありがとうございました」
「いえ、岬さんの、戦略が、当たりました」
「神代さんが、情報を、得てくれたから、です」
「お互い様です」
(神代さんと、お互い様を、言い合う関係に、なった)
(仲間、というより、戦友)
紅が、玄関に、来た。
「悠真くん、無事?」
「無事です」
「あなた、本当に、すごい」
「……」
「戦闘力、ない、なんて、嘘」
「ないですよ」
「ある」
(紅さん、認定してきた)
(戦闘力、ないけど、戦った)
白音、澪、ましろ、みつき、管理人も、リビングに、戻ってきた。
全員、無事だった。
「……勝った」と、悠真が、呟いた。
紅が、ふっと、笑った。
「ええ。勝ったわ」
---
夜、悠斗が、戻ってきた。
「みんな、無事!?」
「無事です」
「岬おじさん、約束、守った!」
「守りました」
悠斗が、悠真に、抱きついた。
「……」
「悠斗くん、心配してくれて、ありがとうございます」
「……岬おじさん、すごい」
「すごくない、です」
「すごい」
(悠斗くん、すごい、と認定)
(八歳児の、評価)
(嬉しい)
---
夜、住人全員が、リビングに、集まった。
祝勝会、というほどでは、なかった。
でも、生き残った、ことを、確認する、夕食。
紅が、お酒を、淹れた。
「悠真くん、お疲れ様」
「お疲れ様です」
「あなた、戦略、最高だった」
「……みんなが、いたから、です」
「謙遜しないで」
「……」
紅が、悠真の、隣に、座った。
「……悠真くん」
「はい」
「私、約束、守ったわよ」
「何の、約束」
「死なない、って、約束」
「……ありがとうございます」
「あなたも、守った」
「はい」
「ふふ」
紅が、笑った。
(紅さん、いつもより、嬉しそう)
澪も、悠真の、近くに、座った。
「……悠真」
「はい」
「……戦いが、終わった」
「終わりました」
「……」
澪が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……答え、まだ?」
(…………)
(澪さん、答えを、求めてきた)
(戦いが、終わったら、答えを、聞きたい、と言っていた)
悠真が、深呼吸した。
(答え、出さないと、いけない)
(白音さんに、教わった、覚悟を、決める)
(傷つけることを、引き受ける、覚悟)
「……澪さん」
「……うん」
「……明日、二人で、話せますか」
「……二人で?」
「ええ。明日、答えを、出します」
澪が、目を、見開いた。
「……ほんとに?」
「ほんとに」
「……」
澪が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……分かった」
「明日、お願いします」
「……うん」
紅が、隣で、ふっと、笑った。
「悠真くん、覚悟、決めたのね」
「はい」
「……いい男」
「……」
(紅さん、揶揄ってる、ような、嬉しそうな、ような)
(紅さん、自分も、答えを、待っている、立場なのに)
(覚悟、決めた、ことを、評価してくれる)
(百年生きた、九尾の、器の大きさ)
---
深夜、悠真は、部屋で、考えていた。
(明日、答えを、出す)
(誰を、選ぶ)
(澪さん、紅さん、ましろさん、白音さん、みつきさん)
(五人)
(半年、考えてきた)
(戦いを、経て、見えた、こと)
(俺が、誰を、一番、必要としているか)
(俺が、誰の、ことを、一番、考えていたか)
(戦いの最中、誰のことを、思い浮かべていたか)
(答えは、出ている)
(あとは、それを、口に、出す、覚悟)
悠真は、深呼吸した。
(明日、伝える)
---
岬悠真、百鬼荘生活、二十八日目。
朱雀政親が、来た。戦闘になった。決定打の、情報を、提示した。朱雀政親が、撤退した。家族との、再会の、可能性が、生まれた。住人全員が、無事だった。澪が、答えを、求めてきた。明日、答えを、出す、と、約束した。
それ以外は——
衝突編、第一の、山場、越えた。
そして、答え出しの、日が、来る。
(明日、誰を、選ぶか)
(覚悟、決まった)
---
*【第29話「俺が、選んだ、人の件」に続く】*
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