第24話「強硬派の駒が、誰なのか、判明した件」
違和感に、最初に気づいたのは、白音だった。
月曜日の朝、悠真がキッチンに降りると、白音が、新聞を、見ていた。
いつもより、表情が、硬かった。
「白音さん、どうかしましたか」
「……ちょっと、気になる、記事があって」
白音が、新聞を、悠真に、見せた。
地域欄の、小さな、記事。
*【中野】民家で、女性が、行方不明。家族からの、捜索願い受理*
「……行方不明?」
「ええ。三日前から、行方不明らしい」
「これが、何か?」
「写真、見て」
写真は、不鮮明だった。三十代くらいの、女性。少し、目が、特徴的だった。
「……白音さん、知っている人ですか」
「いえ、知らない」
「では、なぜ気にしてるんですか」
白音が、しばらく、新聞を、見ていた。
「……この目、人間じゃ、ないかも」
(…………)
「妖怪、ということですか」
「可能性が、ある。私の勘」
(白音さんの、勘は、たぶん、正しい)
(白蛇は、観察力が、鋭い)
「行方不明で、妖怪、ということは——」
「分からない。ただ、この時期に、こういう記事が出るのは、偶然じゃ、ないかも」
(神代さんの、警告)
(強硬派の、駒)
(妖怪か、人間)
(……)
「神代さんに、連絡します」
「お願い」
---
神代に、電話した。
私用の、連絡先。先日、教えてもらった。
「神代です」
「岬です。確認したいことが」
「どうぞ」
「中野で、女性が、行方不明、という記事があります。妖怪の、可能性、確認できますか」
「……少々、お待ちください」
しばらく、保留音が、続いた。
「岬さん」
「はい」
「該当者、確認しました」
「……何か、分かりましたか」
「氏名、田中智子。三十二歳。表向きは、近所の、住人」
「裏は」
「猫又です」
(猫又)
(猫の、妖怪)
「……強硬派、関係ありますか」
「……あります」
(来た)
「彼女、過去に、人間に、害を、加えたことがあります。十年前、新宿で、軽傷者を、出した」
「危険指定、されているんですか」
「指定、されています。でも、それ以来、目立った行動が、なかったため、監視のみでした」
「それが、行方不明」
「強硬派が、彼女を、駒として、利用しようとしている、可能性が、高いです」
「具体的には?」
「彼女に、百鬼荘の、誰かを、襲わせる。それを、口実に、保護指定の、撤回を、要求する」
(…………)
(やっぱり、罠)
(しかも、具体的な、罠)
「神代さん、彼女の、現在の、居場所は」
「……追跡、しています。が、まだ、特定できていません」
「分かったら、教えてください」
「もちろんです」
(神代さん、ちゃんと、動いてくれている)
(公式の動きと、別に、独自に、追跡)
(陰陽庁の中で、孤立しながらも、動いてくれている)
---
昼前、緊急会議が、開かれた。
全員が、リビングに、集まった。
悠真が、状況を、共有した。
紅が、最初に、口を開いた。
「猫又ね」
「ご存じですか?」
「九尾は、猫又の、上位互換みたいなものだから、知ってる」
(また、設定が、増えた)
「猫又、危険ですか」
「単体では、それほどでも。でも、人間の、身体能力を、大きく上回る。スピードと、機動力が、ある」
「具体的に、どう、来ますか」
「夜、屋根伝いに、来る、可能性が、高い。猫又の、得意分野」
「対策は」
「結界、張る」
「結界?」
「九尾の、結界。屋根に、張れば、猫又は、入れない」
「強さは?」
「同等以上の、妖怪が、複数で、来たら、破られる。でも、猫又、単体なら、十分」
(紅さん、戦闘の、戦力としての、計算が、できる)
(百年生きた、九尾の、実戦経験)
白音も、口を開いた。
「私も、結界、張れる」
「白音さんも?」
「白蛇は、防御の、結界、得意」
「では、二人で、二重に、張りましょうか」
「ええ」
澪が、口を開いた。
「……私も、何か、できる」
「澪さんは」
「……家の、周囲に、薄い、冷気の、結界。妖怪が、近づくと、感知できる」
「警報装置みたいですね」
「……うん」
(みんな、それぞれ、戦闘力を、持っている)
(俺だけが、戦闘力、ない)
(フリーランスのエンジニアは、戦えない)
ましろが、手を、挙げた。
「ましろも、できる」
「何が、できますか」
「ましろの、運のコントロール。家に、悪い人が、入りにくくする」
「すごいですね」
「えへへ」
(座敷童の、運コントロール)
(地味だが、強力)
みつきが、首を、伸ばしながら、言った。
「あたしは、首伸ばして、外を、監視する」
「みつきさん、覗き、自粛中じゃ——」
「これは、覗きじゃ、ない! 警備!」
「分かりました」
(みつきさん、警備、と、覗きを、別物として、扱った)
(情報屋の、誇り)
最後に、管理人が、扇子を、開いた。
「……俺は、表に、出る」
「管理人さんが?」
「家の中の、結界が、破られた場合、俺が、対応する」
「……」
「俺が、動く必要がある場合、本気で、動く」
(管理人さんが、本気で、動く)
(最初に「俺は、基本、動かん」と言っていた、人が)
(百鬼荘の、危機に、本気で、動く)
(嬉しいような、申し訳ないような)
悠真が、深呼吸した。
「俺、何が、できますか」
全員が、悠真を、見た。
紅が、答えた。
「あなたは、家の、中心に、いて」
「中心?」
「アンカーとして、安定の、要に、なって」
「……」
「あなたが、安定して、家の中心に、いることで、私たちの、結界が、強くなる」
(俺が、いることで、結界が、強くなる)
(直接的に、戦えない、けど、間接的に、貢献できる)
(フリーランスの、エンジニアの、立ち位置)
(裏方で、システムを、支える、感じ)
「分かりました」
「動かないで、ね」
「動きません」
---
午後、結界の、設置が、始まった。
紅が、家の周りを、歩いて、印を、つけた。
白音が、その、内側に、別の印を、つけた。
澪が、家の、周囲に、薄い、冷気を、流した。
ましろが、家の中で、目を、閉じて、何かを、念じていた。
みつきが、二階の、廊下から、首を、伸ばして、外を、監視していた。
管理人が、縁側に、座って、扇子を、持っていた。
悠真は、リビングの、真ん中に、座っていた。
(……俺、何も、してない感じ)
(でも、紅さんに、言われた通り、ここに、いる)
(中心に、いる、ことが、貢献)
夕方、神代から、電話が、あった。
「岬さん、田中智子の、行方、特定しました」
「どこですか」
「百鬼荘から、徒歩、十分の、廃屋。彼女は、そこに、潜んでいます」
(……)
(近い)
(思っていたより、ずっと、近い)
「動きが、あるのは、いつ?」
「今夜、と、推測します。彼女の、過去の、行動パターン」
「分かりました」
「私も、待機します。何かあれば、すぐに、駆けつけます」
「ありがとうございます」
(神代さんが、待機)
(陰陽庁の、エージェントが、百鬼荘の、警備を、している)
(変な、構図)
(でも、心強い)
---
夜、十時。
全員が、配置に、ついた。
紅と、白音が、玄関と、裏口、それぞれの、近くに。
澪が、二階の、窓の、近く。
ましろが、リビングの、悠真の、隣。
みつきが、二階の、廊下、首だけ。
管理人が、縁側。
悠真が、リビングの、中心。
全員が、じっと、待っていた。
(緊張する)
(妖怪が、何人もいる、家で、フリーランスのエンジニアが、緊張している)
(人生で、初めて、こういう状況に、置かれている)
ましろが、悠真の、袖を、握った。
「ましろも、ここに、いるから」
「ありがとうございます」
「……怖くない?」
「少しは、怖いです」
「……」
「でも、ましろさんが、隣にいるので、大丈夫です」
ましろが、ぱっと、笑った。
「えへへ」
(座敷童、安心担当)
(こういうとき、ましろさんの存在、本当に、ありがたい)
---
夜、十一時三十分。
澪の、声が、響いた。
「……来た」
全員が、緊張した。
「方向は」
「……北。屋根の、上」
(屋根の上)
(紅さんの、予想通り)
紅が、すっと、立ち上がった。
「結界、起動」
紅が、印を、指で、なぞった。
白音も、同じように、なぞった。
見えない、何かが、家の周りに、張り巡らされる、感じ。
(結界、っていうのは、こういう、感じなのか)
(目に、見えないが、確かに、何かが、変わった)
澪が、また、声を、出した。
「……来てる。屋根の、上、止まった」
(結界に、引っかかった)
(猫又が、屋根の上で、止まった)
しばらく、沈黙が、続いた。
そして、外から、女の、声が、聞こえた。
「……開けて」
(来た)
「開けて、ください」
(女の声、優しい)
(猫又、人間に、化けている)
(うちに、入ろうとしている)
紅が、外に向かって、声を、上げた。
「田中智子、ね」
「……どなた、ですか」
「九条紅。九尾の」
(紅さん、名乗った)
(圧、で、止めようとしている)
しばらく、沈黙。
「……話を、聞いていただけ、ますか」
「話?」
「……強硬派から、依頼を、受けて、来ました」
(依頼)
(自首)
紅が、しばらく、考えた。
「……入ってきても、いいわ。でも、武器は、置いて」
「武器は、ありません」
「……結界、解く。ゆっくり、降りてきて」
紅が、結界を、調整した。
白音も。
しばらくして、玄関の、ドアが、ノックされた。
(来た)
---
紅が、玄関を、開けた。
女が、立っていた。
新聞の写真と、同じ顔。三十代の、女。
でも、目が、人間じゃ、なかった。瞳孔が、縦に、細い。猫の、目だ。
「田中智子、です」
「九条紅。中に、入って」
田中が、入ってきた。
リビングに、座らされた。
全員が、囲んだ。
田中が、緊張していた。
「……すみません、突然」
「事情、説明して」
田中が、しばらく、湯呑みを、見ていた。
「……強硬派から、依頼が、来ました」
「内容は」
「百鬼荘の、誰かを、襲って、軽傷を、負わせろ、と」
「報酬は」
「……家族の、保護」
(家族)
「家族?」
「私には、息子が、います。半分、人間で、半分、猫又」
(半妖の、息子)
「強硬派は、私の息子を、押さえ、ています。私が、依頼を、こなさないと、息子に、害を、加える、と」
(人質)
(陰陽庁の、強硬派が、人質を、取って、襲撃を、強要している)
(汚い、手だ)
紅が、しばらく、沈黙した。
「……何故、襲わなかったの」
「……できなかった」
「できなかった?」
「百鬼荘に、近づいた瞬間、感じました。ここは、私の、息子のような、半妖が、安心して、暮らせる、場所」
「……」
「私は、人間に、害を、加えたことがある。十年前。だから、強硬派が、私を、選んだ。でも、もう、二度と、誰かを、傷つけたくない」
「……」
「だから、自首、したい」
(自首)
(強硬派の、計画を、根本から、覆す、手段)
「……陰陽庁の、強硬派ではなく、穏健派の、神代玲司に、自首するのが、いいわ」
「神代さん」
「彼が、ちゃんと、保護してくれる」
田中が、頷いた。
「お願い、します」
悠真が、神代に、電話した。
神代が、すぐに、出た。
「岬さん」
「神代さん、田中智子が、自首、したいそうです」
「……自首?」
「強硬派から、命令されていたが、できなかった、と」
しばらく、沈黙。
「……すぐに、行きます」
---
神代が、来るまでの間、田中は、リビングで、静かに、座っていた。
澪が、お茶を、出した。
田中が、両手で、湯呑みを、持った。
「……ありがとうございます」
「……いえ」
田中が、しばらく、湯呑みを、見ていた。
そして、悠真に、視線を、向けた。
「……あなたが、岬さん、ですか」
「はい」
「……噂で、聞いていました」
「噂?」
「百鬼荘に、人間が、住んでいる。その人間は、妖怪と、共存している」
「……」
「最初は、信じられなかった。人間と、妖怪が、共存できる、なんて」
「……」
「でも、今、ここに、来て、分かりました。本当に、共存している」
(田中さん、現場を、見て、納得した)
(強硬派の言う、危険な家、では、なく)
(共存の、場)
悠真が、口を、開いた。
「田中さん」
「はい」
「あなたの、息子も、半妖、ですよね」
「はい」
「もし、息子さんが、行き場を、なくしたら、ここに、来てください」
(言ってしまった)
(管理人と、相談、なしに、言ってしまった)
田中が、目を、見開いた。
「……いいんですか」
「……」
(管理人を、見た)
(管理人が、扇子を、開きながら、頷いた)
(許可、出た)
「いいです」
「……ありがとうございます」
田中が、頭を、下げた。
しばらく、頭を、上げなかった。
(……)
(半妖の、息子が、行き場を、なくしている、というのは)
(半人半妖の、子どもが、世間で、生きにくいのは、当然だ)
(百鬼荘が、彼の、居場所に、なれる、なら、そうしたい)
---
神代が、来た。
田中の、自首を、受理した。
「田中さん、息子さんの、保護を、最優先します」
「お願い、します」
「強硬派の、人質工作の、証拠を、提供してもらえますか」
「……はい」
「これで、強硬派の、上層部、複数人を、訴追できます」
「……」
「あなたの、息子さんは、必ず、保護します」
田中が、また、頭を、下げた。
神代が、悠真を、見た。
「岬さん」
「はい」
「ありがとうございます」
「神代さんも、です」
「……これで、強硬派の、攻撃が、一段落、します」
「次は、ありますか」
「……あります。でも、今回の件で、強硬派の、立場は、大きく、弱まる。しばらくは、動けない」
「……」
「保護指定の、撤回も、不可能になりました」
(強硬派の、攻撃を、跳ね返した)
(しばらく、平和が、戻る)
(ただし、永遠じゃ、ない)
(また、いつか、来る)
神代と田中が、出ていった。
---
深夜、悠真は、リビングに、残っていた。
紅が、隣に、座った。
「……お疲れ」
「お疲れ様です」
「あなた、判断、早かったね」
「判断?」
「田中の、息子を、ここに、迎え入れる、という判断」
「……」
「管理人に、確認しないで、決めた」
「管理人さんを、見たら、頷いてくれたので」
「……それでも、リスクは、あった」
「リスク?」
「あなたが、勝手に、判断したと、管理人に、思われる、リスク」
(……)
(紅さん、そういう視点も、持ってる)
「でも、管理人は、頷いた」
「ええ」
「あなたを、信頼してる、ってこと」
「……」
「あなたが、ここを、自分の、家、として、判断した、ことを、認めた」
(……)
(管理人さんが、俺を、認めた)
(俺が、ここの、住人として、判断する、ことを)
(嬉しい)
「悠真くん」
「はい」
「あなた、もう、フリーランスのエンジニアだけじゃ、ないわよ」
「……」
「百鬼荘の、家主みたいなもの」
「家主は、管理人ですよ」
「形式的には、ね。でも、実質的には、あなた」
(紅さん、また、深い、こと、言ってる)
(百年生きた、九尾の、観察)
紅が、立ち上がった。
「悠真くん、今日、よく、やったわね」
「俺、何も、してないですよ」
「家の、中心に、いて、安定させた。それは、立派な仕事」
「……ありがとうございます」
「お礼、ばっか」
「言いたいんです」
紅が、ふっと、笑って、出ていった。
---
深夜、廊下に、冷気が、来た。
「……澪さん」
「……うん」
「今日のログ、いきますか」
「……緊張、安心、安堵、感謝」
「感謝?」
「……悠真が、田中さんと、息子さんを、受け入れた、ことに、感謝」
「……澪さん、知らない人なのに、なぜ、感謝?」
「……同じ、悩みを、抱えている、妖怪」
「同じ、悩み?」
「……雪女も、半妖の、子どもが、生まれることが、ある。世間で、生きにくい」
(……)
(澪さんも、同じような、悩みを、抱えている)
(雪女として)
「澪さんも、もし、子どもが、生まれたら——」
「……」
澪が、しばらく、沈黙した。
「……それは、まだ、考えない」
「……」
「でも、悠真が、半妖を、受け入れる、人だ、と、知れて、安心、した」
(……)
(澪さんが、意味深なことを、言った)
(聞いた、ふりは、しない方が、いい気がする)
(でも、覚えておく)
「澪さん、おやすみなさい」
「……おやすみ」
足音が、遠ざかった。
(澪さん、半妖の、子どもの、話を、出した)
(雪女として、考えていた、こと、なんだろう)
(俺、半妖を、受け入れる、と、暗に、伝えた)
(澪さん、安心、した)
(俺たちの関係、また、一歩、進んだ)
---
翌朝、神代から、連絡が、あった。
田中の、息子は、無事、保護された。
強硬派の、上層部、三人が、訴追された。
しばらく、強硬派は、動けない。
保護指定は、安定、する。
(よかった)
(一段落)
田中の息子は、現在、児童相談所で、保護されているが、半妖であるため、特殊な対応が、必要になる、と神代は言った。
「岬さん、息子さんを、百鬼荘で、預かれますか」
「……いつから?」
「来週から、可能です」
「分かりました。受け入れます」
「ありがとうございます」
(半妖の、子どもが、来る)
(百鬼荘の、住人が、また、増える)
(俺、家賃二万円で、入居したのに、いつのまにか、家族が、増えていく)
(不思議な、家)
---
岬悠真、百鬼荘生活、二十四日目。
田中智子、自首した。猫又だった。強硬派の人質工作が、判明した。神代に引き渡した。半妖の息子を、百鬼荘で、受け入れることに、なった。澪が、半妖の子どもの話を、出した。
それ以外は——
また、家族が、増えそう。
でも、今は、それで、いい。
(百鬼荘、染み込んで、くる、家)
(住んでいると、家族が、増える、家)
---
*【第25話「半妖の少年が、百鬼荘に、来た件」に続く】*
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