第22話「澪と、初めての、二人での外出の件」
保護指定の申請は、思ったより、早く、通った。
神代から連絡があったのは、月曜日の朝だった。
「審議会で、過半数を、確保しました」
「早かったですね」
「強硬派の中の、合理的な、四人を、説得しました」
「具体的には、何を、見せたんですか」
「あなたが、住人たちを、健全に、安定させていることを示すデータです」
「……俺、データに、なったんですか」
「すみません、職業柄」
(神代さんも、職業柄、を、使うのか)
(似た者同士、らしい)
「澪さんの、外出禁止も、解除ですか」
「はい。本日付で、解除します」
「ありがとうございます」
「ただし、保護指定の条件として、月一回の、状況報告を、お願いします」
「分かりました」
「私が、伺います」
「……神代さんが、来てくれるんですか」
「はい。私が、担当者です」
(よかった)
(神代さんが、担当者なら、安心感が、ある)
(ある程度、信頼できる相手と、付き合える)
電話を、切って、悠真は、キッチンに降りた。
澪が、コーヒーを淹れていた。
「澪さん」
「……うん」
「外出禁止、解除されました」
澪の手が、止まった。
「……解除?」
「保護指定が、通りました。今日から、外出、できます」
澪が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……ほんと?」
「ほんとです」
「……」
「だから——」
悠真が、深呼吸した。
「今日、行きませんか」
澪が、目を、見開いた。
「……今日?」
「今日。久しぶりの、外なので」
「……心の準備が、できてない」
「準備、必要ですか」
「……必要」
(雪女、準備が、必要)
(でも、よく考えると、女性って、準備、必要だよな)
(俺、配慮が、足りなかった)
「……明日でも、いいですか」
「明日、なら、いける」
「では、明日、お願いします」
「……うん」
澪が、コーヒーカップを、悠真に、渡した。
(澪さんの、手が、少し、震えていた)
(緊張、している)
(俺も、緊張、している)
(でも、嬉しい、緊張だ)
---
午後、悠真が、部屋で仕事をしていると、ノックが、あった。
「どうぞ」
紅が、入ってきた。
「明日、澪と、出かけるんでしょ」
「ご存じですか」
「みつきちゃん経由」
(このパターン、もう、何回目だろう)
「相談、いい?」
「どうぞ」
紅が、椅子に、座った。
「澪、緊張してる」
「気づいてました」
「……あの子、人と、二人で、出かけたこと、たぶん、ない」
(…………)
(ない、のか)
(雪女として、生きてきて、人と、二人で、外出した経験が、ない)
(緊張しないわけが、ない)
「だから、悠真くん、リードしてあげて」
「リード、というのは」
「行き先、決めて。澪に、考えさせない。彼女、決めるの、苦手だから」
「……」
「あと、人混みは、避けて。彼女、人混みで、感情が、揺れやすい」
「分かります」
「服装も、彼女に、合わせて。普段着で、行くと、思う」
「分かりました」
紅が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……あなた、なんか、やる気だね」
「やる気、というか」
「うん?」
「澪さんの、初めての、外出を、ちゃんと、楽しいものに、したいだけです」
紅が、少し、目を、伏せた。
「……いい、答え」
「すみません、紅さんに、聞かれて、こう答えるのは——」
「謝らないで」
「……はい」
「私のときも、同じくらい、考えてくれるなら、文句、言わない」
「考えます」
「楽しみ」
紅が、立ち上がった。
「悠真くん」
「はい」
「明日、澪を、ちゃんと、見てあげて」
「はい」
「彼女、表情、変わらないけど、感情、ちゃんと、出てるから。気づいて、あげて」
「気をつけます」
紅が、出ていった。
(紅さん、本当に、いい人だ)
(自分も、選択肢の一人なのに、澪さんのことを、気遣ってくれる)
(百年生きた、九尾の、器の大きさ)
---
夕方、悠真は、行き先を、考えた。
(澪さんの、好きそうなところ)
(人混みじゃないところ)
(澪さんが、緊張しないところ)
(雪女が、楽しめるところ)
(雪女、とつくと、難易度が、急に上がるな)
悠真は、スマートフォンで、検索した。
(東京、静か、自然、午前中、空いている)
検索結果を、いくつか、見た。
(小石川植物園、いい感じ。広い、緑多い、午前中は人少ない)
(庭園、よさそう。古都の雰囲気、雪女、合いそう)
(あと、近くの、和食の店)
(昼、ここで、食べる)
行程を、決めた。
(午前、植物園)
(昼、和食)
(午後、軽く散歩して、帰宅)
(無理しない、シンプルなコース)
(澪さん、楽しめると、いいな)
---
夜、澪が、部屋に、来た。
珍しく、自分から、来た。
「……明日、何を、着ればいい?」
(来た)
(女性が、デート前夜に、聞く質問だ)
(俺、これに、答えられるのか)
「……普段着で、いいです」
「……普段着?」
「飾らない、いつもの、澪さんで」
「……ほんとに?」
「ほんとに」
澪が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……でも」
「でも?」
「……少し、いつもと、違う、自分も、見せたい」
(…………)
(澪さんが、少し、いつもと違う、自分を、見せたい、と言った)
(おしゃれを、したい、ということだ)
「……それ、悠真に、見せたい?」
「……うん」
(直球で、聞いてくる)
(雪女の、勇気)
「楽しみに、しています」
「……うん」
「行き先、決めました」
「どこ?」
「小石川植物園」
澪が、少し、目を、丸くした。
「……植物園?」
「広い、緑、多い、人、少ない」
「……いい」
「ですよね」
「……ありがとう」
「いえ」
澪が、しばらく、考えた。
「……悠真」
「はい」
「……明日、楽しみ」
「俺も、楽しみです」
「……それと」
「はい」
「……感情、揺れたら、深呼吸する」
「分かりました。俺も、見てます」
「……お願い」
澪が、部屋を、出ていった。
(澪さん、自分の弱点を、ちゃんと、認識して、対策を、共有してくれた)
(成長、している)
(感情ログの、効果が、出ている)
(明日、楽しみだ)
---
翌日、土曜日の朝。
悠真は、九時に、玄関に降りた。
澪が、すでに、玄関に、立っていた。
「…………」
(言葉が、出てこなかった)
澪は、いつもの普段着では、なかった。
白い、ニットのセーター。淡い、グレーのスカート。黒い、ストッキング。髪を、いつもより、丁寧に、整えていた。耳元に、小さな、銀のピアス。
(普段着の、延長、と言えば、延長だが)
(明らかに、いつもより、頑張っている)
(澪さん、頑張ってくれた)
「……どう」
澪の声が、いつもより、小さかった。
「……いつもより、きれいです」
「……いつもより?」
「いつもも、きれいですが、今日は、特に」
澪が、視線を、逸らした。耳が、赤い。
「……電気代」
「冷気、出てますか」
「……少し」
「深呼吸、してください」
「……してる」
(朝から、体が、正直)
(雪女の、感情、本当に、隠せない)
紅が、二階から、降りてきた。
澪を、見て、にやっと、笑った。
「あら、澪、決まってるじゃない」
「……うるさい」
「悠真くん、ちゃんと、エスコートするのよ」
「します」
白音も、降りてきた。
「澪、可愛いわね」
「……白音、までやめて」
白音が、ふっと、笑った。
「悠真くん、楽しんでらっしゃい」
「行ってきます」
(住人全員に、見送られて、デート、出る)
(普通じゃ、ない)
(でも、嬉しい)
---
植物園は、思った通り、人が、少なかった。
入口で、チケットを、買った。
澪が、券売機を、しばらく、見ていた。
「……押すの、こんなに、種類あるの」
「初めてですか、券売機」
「……山に、住んでた」
「……ですよね」
悠真が、代わりに、押した。
「俺、出します」
「……それは、ダメ」
「ダメ?」
「……自分の分は、自分で、出す」
(澪さん、そういうところ、しっかりしてる)
(割り勘、派の雪女)
(嫌いじゃない)
「分かりました」
「……ありがとう」
園内に、入った。
大きな、樹木が、たくさん、あった。
澪が、しばらく、立ち止まって、空を、見上げた。
「……広い」
「ですね」
「……山に、似てる」
「澪さんの、故郷ですか」
「……うん。山奥の、集落」
「久しぶりですか、こういう場所」
「……東京来てから、初めて」
(東京に来てから、初めての、自然)
(よかった)
(喜んでくれている)
しばらく、二人で、歩いた。
澪は、何も言わなかった。
でも、表情が、いつもより、柔らかかった。
(紅さんに、言われた通り)
(澪さんは、表情、変わらないけど、感情、ちゃんと、出てる)
(今、楽しんでくれている)
---
花が、咲いている、エリアに、入った。
桜は、まだ、咲く時期じゃ、なかった。でも、梅が、満開だった。
白い梅、紅い梅、ピンクの梅。
澪が、立ち止まった。
「……きれい」
「ですね」
「……」
澪が、しばらく、梅を、見ていた。
「悠真」
「はい」
「……写真、撮って、いい?」
「いいですよ」
澪が、スマートフォンを、出した。
梅を、撮った。
いつもの澪らしくなく、何枚も、何枚も、撮っていた。
(楽しそうだ)
(こういう、澪さん、初めて、見た)
「……悠真も、写って」
「俺、ですか」
「……うん」
「いいですよ」
澪が、悠真を、撮った。
「澪さんも、撮りましょう」
「……私?」
「ええ」
澪が、少し、躊躇した。
「……変じゃ、ない?」
「変じゃ、ないです」
「……分かった」
澪が、梅の前に、立った。
悠真が、撮った。
「……どう?」
「きれい、です」
澪が、また、耳を、赤くした。
「……電気代」
「分かってます」
「……深呼吸」
「してください」
(澪さん、外でも、ちゃんと、深呼吸できている)
(家の中で、訓練した、成果が、出ている)
---
しばらく歩いて、ベンチに、座った。
澪が、ペットボトルの水を、飲んだ。
「……疲れた?」
「いえ、あなたが、疲れてないですか」
「……平気」
「では、もう少し、歩きましょうか」
「……うん」
そのとき、澪が、何かに、気づいたように、悠真を、見た。
「……悠真」
「はい」
「……手」
「手?」
「……繋いで、いい?」
(来た)
(澪さん、自分から、手を、繋ごう、と言ってきた)
(11話の、新宿の帰り道、以来、二回目)
「いいですよ」
澪が、悠真の手を、握った。
冷たかった。
でも、心地よい、冷たさだった。
「……寒くない?」
「寒くないです」
「……よかった」
しばらく、二人で、ベンチに、座っていた。
梅の香りが、漂っていた。
(こういう、時間が、ずっと、続けば、いいのに)
(口には、出さないが)
---
昼、悠真が、予約していた、和食の店に、入った。
古い、町家を、改装した、店だった。個室、予約済み。他の客と、顔を合わせない。
澪が、入って、少し、目を、丸くした。
「……静か」
「人混みは、避けたかったので」
「……ありがとう」
(紅さんに、言われたこと、ちゃんと、実行できた)
お膳が、出てきた。
懐石風の、ランチ。
澪が、食べながら、しばらく、何も言わなかった。
「……どうですか」
「……おいしい」
「よかった」
「……」
澪が、箸を、置いた。
「悠真」
「はい」
「……今日、嬉しい」
「俺も、嬉しいです」
「……感情、いっぱい、ある」
「具体的には?」
「……楽しい、嬉しい、緊張、ドキドキ、安心、それと——」
「それと?」
「……好き」
(さらっと、言った)
(雪女、感情ログを通して、好き、を、軽く、口にできるようになった)
(最初は、百年待つ、と言われていたのに)
(今は、ランチ中に、さらっと、言える)
(成長、というか、変化が、すごい)
「俺も、好きです」
澪が、少し、目を、見開いた。
「……ありがとう」
「お礼、ですか」
「……うん。"好き"を、返してくれたから、ありがとう」
(雪女、丁寧)
「澪さん」
「……うん」
「俺、まだ、半年で答えを出す、と言いました」
「……うん」
「でも、今日は、澪さんと、二人で、楽しい時間を、過ごしました」
「……うん」
「これが、一つの、答えに、近いものだと、思いました」
「……答えに、近い?」
「答えそのもの、じゃ、ないですが、俺が、澪さんと、こうやって、過ごす時間を、好きだと、感じている、ということは、確かです」
澪が、しばらく、悠真を、見ていた。
「……卑怯」
「卑怯?」
「……答えに近い、と言いつつ、答えを、言わない」
「……すみません」
「……でも、嬉しい」
(澪さん、卑怯、と言いながら、嬉しい、と言う)
(雪女の、本音、が、すごく、温かい)
「澪さん」
「……うん」
「これからも、二人で、出かけませんか」
「……今日だけじゃ、ないの?」
「今日だけじゃないです。月一とか、月二とか」
「……月二、いい」
即答だった。
「決まりですね」
「……うん」
「次は、どこに、行きたいですか」
「……考えとく」
「お願いします」
(澪さん、次の予定が、できた)
(俺たちの関係に、続きが、決まった)
(小さな、進歩だが、確実な、進歩)
---
午後、植物園を、もう一周、歩いた。
澪が、ずっと、悠真の手を、握っていた。
紅さんに、言われた通り、澪さんは、人混みを、避けたがった。
でも、植物園は、人が、少ない。
だから、澪さんは、ずっと、リラックスしていた。
帰り道、駅まで、歩いた。
澪が、ふと、立ち止まった。
「悠真」
「はい」
「……今日、ありがとう」
「いえ」
「……忘れない」
「俺も、忘れません」
「……約束?」
「約束です」
澪が、少し、悠真の方を、向いた。
「……あの」
「はい」
「……感謝の、印に」
「印?」
澪が、何かを、しようとした。
躊躇した。
(澪さん、何か、しようとしてる)
(直感的に、分かる)
(でも、勇気が、足りないらしい)
「……」
「澪さん、ゆっくり、で、大丈夫です」
「……」
澪が、少し、悠真に、近づいた。
とても、近い。
(近い)
(雪女が、自分から、距離を、詰めてきた)
澪が、手を、伸ばした。
悠真の、手を、両手で、握った。
そして、しばらく、握り続けた。
「……これ」
「これ?」
「……感謝」
(…………)
(澪さんの、感謝の印は、両手で、手を、握る、こと)
(雪女、不器用、でも、可愛い)
「ありがとうございます」
「……うん」
澪が、しばらく、悠真の手を、握り続けた。
そして、ゆっくり、離した。
「……帰ろう」
「はい」
(澪さんが、自分なりの、最大限の、感謝表現を、してくれた)
(俺、感動している)
(もっと、何か、できないか?)
---
駅まで、歩きながら、悠真は、考えていた。
(澪さんが、ここまで、勇気を、出してくれた)
(俺も、何か、応えるべきだ)
(でも、何を?)
(手を、握り返す、では、足りない)
(もっと、何か——)
駅に、着いた。
電車に、乗る、前。
悠真が、立ち止まった。
「澪さん」
「……うん」
「俺も、感謝の印を、していいですか」
澪が、目を、丸くした。
「……感謝の印?」
「ええ」
「……どんな?」
悠真が、深呼吸した。
(やる)
(やるしか、ない)
悠真が、澪の頭に、そっと、手を、置いた。
そして、軽く、撫でた。
(…………)
(やった)
(雪女の頭を、撫でた)
(俺、勇気を、出した)
澪が、固まった。
完全に、固まった。
しばらく、動かなかった。
「……澪さん?」
「……」
「……澪さん」
「……」
(澪さん、固まってる)
(焦った)
(焦ったが、もう、戻せない)
「……」
澪が、ゆっくり、悠真を、見上げた。
耳まで、赤くなっていた。
「……」
「すみません、勝手に——」
「……いい」
「いい?」
「……いい」
澪が、視線を、逸らした。
「……電気代、すごい」
「冷気、出てますか」
「……出てる」
「深呼吸、してください」
「……してる」
(澪さん、深呼吸を、しているらしい)
(でも、冷気が、止まっていない)
(つまり、感情が、相当、揺れている)
「澪さん、大丈夫ですか」
「……大丈夫」
「無理してませんか」
「……してない」
「ほんとに?」
「……ほんとに」
澪が、もう一度、悠真を、見上げた。
「……悠真」
「はい」
「……今日のこと、忘れない、絶対」
「俺も、忘れません」
「……ありがとう」
「こちらこそ」
澪が、少し、笑った。
珍しく、目も、笑っていた。
(澪さんが、心から、笑った)
(今日、撫でて、よかった)
(勇気を、出して、よかった)
---
百鬼荘に、戻ったのは、夕方だった。
玄関で、紅と、白音が、待っていた。
「お帰り」と紅。
「楽しかった?」と白音。
「……うん」と澪。
「澪、すごく、機嫌、いいわね」と紅。
「……うるさい」
「悠真くん、何か、した?」と白音。
「……」と悠真。
「言いなさい」と紅。
「……ない、です」と悠真。
「嘘ね」と紅。
「……みつきさん、聞いてないですか」と悠真。
「みつきちゃん、今日は、首伸ばしてない」と紅。「自粛中だから」
(みつきさん、本当に、変わった)
(覗き、止めてる)
「……何も、ないです」
「私たちが、聞いて、答えなくて、いいわよ」と白音。「澪が、後で、教えてくれるから」
(白音さん、見抜いてる)
(澪さん、教えるか?)
(教えそうだ)
澪が、少し、頬を、赤くしていた。
「……あとで、教える」と澪。
(教えるんかい)
紅と白音が、ニコニコしていた。
(俺、明日から、ましろさんと、白音さんと、紅さんに、何か言われそうだ)
(覚悟しておこう)
---
夜、悠真の部屋で、ましろが、不機嫌だった。
「おにいさん、澪さんと、どこ行ったの?」
「植物園です」
「ましろ、行きたかった」
「次、ましろさんとも、行きましょう」
「……ほんと?」
「ほんと」
「えへへ」
(即、機嫌、回復)
(座敷童、単純)
(でも、可愛い)
「ねえ、おにいさん」
「はい」
「澪さんと、何したの?」
「梅を、見ました。お昼を、食べました。手を、繋ぎました」
「……それだけ?」
「……それだけ、です」
(ましろさん、目が、鋭い)
(嘘を、見抜く目を、している)
「……他に?」
「……頭を、撫でました」
「!?」
ましろが、目を、見開いた。
「澪さんを、撫でた!?」
「はい」
「……ましろも、撫でて」
「いいですよ」
悠真が、ましろの頭を、撫でた。
ましろが、ぱっと、嬉しそうな顔を、した。
「えへへ」
「ましろさん、こちらは、いつも、撫でてますよね」
「うん!」
「……ですよね」
(ましろさん、よくわからない理屈で、納得した)
(座敷童の、満足度、低くない)
(よかった)
---
深夜、紅が、部屋に、来た。
「澪、教えてくれた」
「……何を、ですか」
「頭、撫でられた、って」
(澪さん、教えた)
(即、教えた)
「……すみません」
「謝らないで」紅が、椅子に、座った。「私のときも、撫でてね」
「……」
「冗談、よ」
「……どこまで、冗談ですか」
「ふふ、いつもの、半分くらい」
(紅さん、撫でてもいい、と思っている)
(半分くらいは)
「紅さんと、出かけるとき、考えます」
「楽しみ」
紅が、立ち上がった。
「悠真くん」
「はい」
「澪、今日、すごく、嬉しそうだった」
「……はい」
「あなたが、澪を、ちゃんと、見てる、ってこと、よく分かった」
「……」
「だから、私も、いつか、ちゃんと、見て」
「見ます」
「約束?」
「約束します」
紅が、出ていった。
(紅さんも、外出を、楽しみにしてる)
(次は、紅さん)
(紅さんとの外出、どうしよう)
(澪さんと、同じ場所では、ダメだよな)
(紅さんは、もっと、賑やかな場所が、好きそう)
(考えよう)
---
深夜、廊下に、冷気が、来た。
澪だ。
「……澪さん」
「……うん」
「今日のログ、いきますか」
「……楽しい、嬉しい、好き、ありがとう、それと——」
「それと?」
「……ドキドキ、まだ、続いてる」
「ドキドキ?」
「……手を、撫でられた、ことを、思い出すと、止まらない」
(………………)
(澪さん、まだ、ドキドキしている)
(半日経った、今も)
(雪女の、心の、影響、長い)
「……俺も、まだ、ドキドキしてます」
「……ほんと?」
「ほんとです」
「……」
「澪さん、また、出かけましょう」
「……うん。月二、約束した」
「次は、どこに、行きたいですか」
「……考えてる」
「お願いします」
「……おやすみ」
「おやすみなさい」
(澪さんとの、初めての、二人での外出)
(成功した)
(俺たちの関係が、また、一歩、前に、進んだ)
(半年で、答えを、出すと、約束した)
(その答えに、少しずつ、近づいている)
---
岬悠真、百鬼荘生活、二十二日目。
澪と、二人で、初めての、外出。植物園。梅。手を繋いだ。和食。お互いに、好きと、伝えた。月二回の、外出を、約束した。澪を、撫でた。澪が、笑った。ましろにも、撫でた。紅から、次の予告を、受けた。
それ以外は——
人生で、一番、楽しい、一日だった。
たぶん。
---
*【第23話「神代玲司が、休日に、訪ねてきた件」に続く】*
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