第21話「神代玲司が、また来た件」
木曜日の午後、玄関のチャイムが鳴った。
悠真は仕事を中断して、降りていった。
インターフォンの画面に、見知った顔が、映っていた。
神代玲司だった。
(来た)
(連絡なしで、来た)
(前回、澪さんの件で、来てくれて以来)
悠真は、玄関を、開けた。
「神代さん」
「……岬さん」
神代の表情が、いつもより、硬かった。
「アポなしで、すみません」
「事情があるんですよね、たぶん」
「……察しが、いいですね」
「神代さんが、連絡なしで来る、ということが、すでに、異常事態を、示しています」
「……分かりやすい人で、助かります」
(俺、分かりやすいのか?)
(エンジニアの観察力、と言ってほしい)
悠真は、神代を、リビングに通した。
お茶を、出した。
紅と白音が、二階から降りてきた。気配を、察したらしい。
「神代玲司」と紅が言った。
「九条さん」
「今日は、どんな御用?」
「……お話があります」
紅と白音が、リビングに座った。悠真も、座った。
神代が、湯呑みを、両手で持った。
そして、顔を、上げた。
「……陰陽庁内部で、対立が、起きています」
(来た)
(神代さんが、内部の話を、してきた)
---
神代の話は、こうだった。
先日の澪の件、上層部は、神代の対応に、不満を持った。
"危険指定された妖怪に対して、緩い対応をした"
"民間人の交渉に、応じた"
"上層部の指示を、迂回した"
これらが、神代の業務評価を、大きく下げた。
そして、上層部の中で、**強硬派**が、力を強めた。
「強硬派、というのは」
「妖怪管理に対して、より厳格な対応を、求める一派です」
「具体的には」
「百鬼荘の解体を、要求しています」
(…………)
「……解体?」
「住人を、全員、確保。百鬼荘という、特殊な場の機能を、停止させる」
「停止、というのは、つまり——」
「あなたを、退去させる」
(出た)
(また、それか)
紅が、湯呑みを、置いた。
「あなた、それに、反対してるの?」
「……反対しています」
「結果は」
「……負けつつあります」
(神代さんが、負けつつある)
(俺たちの、唯一の、味方の、官僚が、負けつつある)
白音が、ゆっくり、口を開いた。
「神代さん、今日、ここに来たのは」
「……三つ、目的があります」
「教えてください」
神代が、湯呑みを、置いた。
「一つ目。状況の、共有」
「分かりました」
「二つ目。あなたたちに、対応の、選択肢を、提示」
「選択肢?」
「強硬派の動きが、本格化する前に、あなたたちが、自衛のために、できることが、あります」
「具体的には?」
「説明します」
神代が、書類を、出した。
書類の、表題には、こうあった。
*【百鬼荘 妖怪保護指定 申請書】*
「保護指定?」
「陰陽庁の、内部制度です。特定の妖怪コミュニティを、保護対象として、指定する制度。指定されると、強硬派の介入を、防げます」
「条件は?」
「審議会の、過半数の、賛成」
「審議会というのは」
「陰陽庁の、上層部、十二人の、合議体」
「強硬派は、何人?」
「……七人」
「過半数、超えてますね」
「……はい」
「無理ということですか」
「……正攻法では、無理です」
(正攻法では、というのは)
(裏の手が、あるということか)
紅が、神代を、見た。
「神代玲司、あなた、何を、企んでるの?」
「企んでる、というほどでは、ありません。ただ、戦略があります」
「聞かせて」
神代が、息を、吐いた。
「審議会で、過半数を取る、ためには、強硬派の、何人かを、転向させる必要があります」
「転向?」
「説得。または、別の判断材料を、提示する」
「別の判断材料、というのは」
「百鬼荘の、有用性」
「有用性?」
神代が、悠真を、見た。
「岬さん、あなたが、アンカーであること。そして、百鬼荘が、消滅しかけている妖怪の、保護施設として、機能していること。これを、公式に、報告書として、提出します」
「……それで、効果が、あるんですか」
「半分の、強硬派は、感情的に動いている。でも、半分は、合理的に、動いている。後者には、効果があると、思っています」
「半分の、半分、というのは」
「三、四人」
「三、四人を、説得すれば、過半数」
「はい」
(数の、計算が、立つ)
(神代さんは、ちゃんと、戦略を、立てている)
(ただ、俺たちが、ただ、やられているわけじゃ、ない)
---
「三つ目の、目的は?」
「……これが、一番、大事です」
神代が、湯呑みを、置いた。
「あなたたちに、選択を、して頂きたい」
「選択?」
「保護指定を、申請する、ということは、陰陽庁の制度の中に、入る、ということです。完全な自由は、失われます」
「具体的には」
「定期的な状況報告。新しい住人の、事前申請。あなた——岬さんの、定期的な健康管理」
(健康管理?)
(俺の、健康?)
「アンカーは、貴重な存在です。陰陽庁としても、保護したい。だから、岬さんが、健康に、長く生きてくれることが、必要」
「……俺、管理対象に、なるんですか」
「管理、というより、保護」
「言葉、変えただけで、内容は同じでは」
神代が、少し、苦笑した。
「……否定しません」
「……」
「保護指定を、受け入れるかどうか。受け入れれば、強硬派の、介入を、防げる。でも、自由は、失われる」
「受け入れない場合は」
「強硬派の、要求が、通る可能性が、高い」
「ジレンマ、ですね」
「はい」
(保護指定を、受ければ、自由を、失う)
(受けなければ、家を、失うかもしれない)
(どっちを、選ぶか)
紅が、しばらく、考えた。
「……一旦、考えさせて」
「もちろんです」
「いつまでに、決めればいい?」
「……一週間」
「短いね」
「強硬派の、動きが、加速しています」
「……」
白音が、口を開いた。
「神代さん、一つ、聞いていいですか」
「どうぞ」
「あなたが、なぜ、ここまで、私たちのために、動いてくれるのですか」
(……)
(白音さん、いい質問だ)
(俺も、聞きたかったが、聞きにくかった)
神代が、しばらく、湯呑みを、見ていた。
「……理由は、二つ、あります」
「教えてください」
「一つは、私の信念です。妖怪は、管理されるべき存在ですが、不当に、排除されるべきではない」
「もう一つは?」
神代が、悠真を、見た。
「……岬さんから、学んだ、からです」
(え?)
「私は、長年、妖怪を、管理する仕事をしてきました。そして、人間と妖怪は、共存できない、と思っていました」
「……」
「でも、岬さんが、住人と、共存できている。しかも、健全に、共存できている」
「……」
「だから、私の、長年の、思い込みが、揺らぎました」
(神代さん、本当に、変わったんだな)
(最初に会ったときの、感情のない目とは、違う目をしている)
(信念を、持って、動いている)
「神代さんも、揺らいでいたんですね」
「……はい」
「ありがとうございます」
「お礼を、言われる立場では、ないですが」
(神代さん、誠実だ)
(陰陽庁の中にも、こういう人が、いる)
(敵じゃ、ない)
(味方、と言っていい)
---
神代が、帰った後、リビングで、緊急会議が、開かれた。
全員が、集まった。澪、紅、ましろ、みつき、白音、管理人、悠真。
悠真が、神代の話を、共有した。
全員が、しんとした。
紅が、最初に、口を開いた。
「保護指定、受けるべき、と思う」
「理由は」
「強硬派の介入を、防げる。失う自由より、得るものが、大きい」
白音も、頷いた。
「私も、賛成。今のままでは、危険すぎる」
「私も」と澪。
「ましろも」とましろ。
みつきが、首を傾けた。
「あたしも、賛成だけど、一個、気になることがある」
「何?」と紅。
「神代玲司、信頼できるの?」
(直球で、来た)
「神代さんは、味方だと思います」と悠真。
「思います、ね。確信は?」
「ない、です。確信は、ない」
「……」
「でも、今のところ、神代さんは、嘘を、ついていない。利用されている可能性は、ある。でも、それも、含めて、信頼するしかない、状況です」
みつきが、しばらく、考えた。
「……分かった。あたしも、賛成」
全員が、賛成。
最後に、管理人が、口を開いた。
「……保護指定、受ける」
「いいんですか?」と悠真。
「俺は、もともと、ここを、守るのが、役目だ。陰陽庁の制度に、入ろうが、入るまいが、変わらん」
「健康管理、というのは——」
「お前のことか」
「……はい」
管理人が、扇子を、開いた。
「お前、健康管理が、嫌か」
「自由を、失うのが、少し、嫌です」
「自由?」
「定期検査、とか、行動の、報告とか」
管理人が、しばらく、悠真を見た。
「……お前、ここに来て、自由になったか」
(……)
(……答えに、困る、質問だ)
「自由になった、というか、責任が、増えました」
「責任は、自由の、対価だ」
「……」
「お前は、すでに、誰かのために、生きている。住人のためだ。だったら、健康管理くらい、受け入れろ」
(管理人さん、説教モードに、入った)
(でも、言っていることは、正しい)
(俺は、もう、自分一人の、人生じゃ、ない)
「……分かりました」
「うむ」
(決まった)
(保護指定を、受ける)
(全員一致)
---
夜、悠真は、部屋で、考えていた。
神代に、明日、連絡する。保護指定を、受ける、と。
(陰陽庁の制度に、入る)
(自由は、失われる)
(でも、住人を、守れる)
(それで、いい)
廊下に、冷気が、来た。
澪だ。
「……澪さん」
「……うん」
「今日のログ、いきますか」
「……不安、と、覚悟、と、安心」
「不安?」
「……保護指定を、受けても、本当に、安全か、不安」
「分かります。俺も、同じです」
「……覚悟?」
「自分が、陰陽庁の制度に、入る、覚悟」
「……うん」
「安心?」
「……悠真と、紅と、ましろと、白音と、みつきと、管理人と、一緒に、決められたこと」
「……」
「ひとりで、決めるんじゃ、ない、こと」
(澪さんが、安心、と感じてくれた)
(みんなで、決められた、こと)
(それは、俺も、安心した)
「ログ、ちゃんと、取りました」
「……うん」
「澪さん」
「……何」
「来週、保護指定の、申請が、通ったら、外出禁止が、解除されます」
「……うん」
「久しぶりに、外、出ませんか」
「……二人で?」
「二人で」
澪が、しばらく、沈黙した。
「……いいの?」
「いいです」
「……他のヒロイン、たちは?」
「みんな、待ってくれます」
「……」
「俺、誰を選ぶ、というよりも、まず、それぞれと、ちゃんと、向き合いたい、と思っています」
「……」
「澪さんと、二人で、外を、歩きたい、と思いました」
澪が、しばらく、沈黙した。
「……うん。行く」
「ありがとうございます」
「……どこ、行くの?」
「澪さんが、行きたいところで」
「……考えとく」
「お願いします」
「……おやすみ」
「おやすみなさい」
(澪さんと、初めての、二人で外出)
(白音さんに言われた"覚悟"の、一つの実践)
(誰かを、選ぶ前に、ちゃんと、向き合う)
---
深夜、悠真がコードを書いていると、部屋のドアが、ノックされた。
「どうぞ」
紅が、入ってきた。
「悠真くん、ちょっと、いい?」
「はい」
紅が、椅子に、座った。
「澪と、出かけるんでしょ」
「ご存じですか」
「みつきちゃん経由」
(情報網、本当に、健在だ)
「すみません、紅さん」
「謝らないで」紅が、少し、笑った。「私の番も、来るんでしょ?」
「来ます」
「楽しみ」
「……」
「でも、その前に、聞いておきたいこと、ある」
「何ですか」
紅が、しばらく、悠真を、見た。
「……あなた、覚悟、できた?」
「覚悟?」
「白音に、言われたんでしょ。覚悟を、決めなさい、って」
「ご存じでしたか」
「白音、私にも、共有してくれる」
(白音さん、共有が、広い)
「……まだ、完全には、できてません」
「正直ね」
「すみません」
「謝らないで、って、私も、口癖になってる」
紅が、ふっと、笑った。
「悠真くん」
「はい」
「覚悟って、結果じゃ、ないわよ」
「結果じゃない?」
「うん。覚悟って、する、ものじゃ、なくて、続ける、もの」
「続ける?」
「うん。誰かを選んで、選ばれなかった人と、向き合い続ける、その、行為自体が、覚悟」
(…………)
(紅さん、深い)
(百年生きた、九尾の言葉)
「……ありがとうございます」
「お礼、いらない」
「言いたいんです」
「ふふ、もう、いいわよ」
紅が、立ち上がった。
「澪との、外出、楽しんできて」
「はい」
「私のときは、もっと、ドキドキさせて」
「……どきどき?」
「うん。澪と、私、違う、デートになるから」
「……」
「比較される、覚悟、決めて」
(紅さん、最後の最後で、ちゃんと、確信犯になった)
(紅さんは、紅さん、だ)
紅が、部屋を、出ていった。
(覚悟、を、続ける、か)
(白音さんと、紅さんの、言葉が、重なる)
(俺、半年後に、答えを出した後も、覚悟を、続けないと、いけない)
(重い)
(でも、それしか、ない)
---
岬悠真、百鬼荘生活、二十一日目。
神代が来た。陰陽庁内部の対立が、明らかになった。保護指定の話を、提示された。住人全員で、保護指定を受けることを、決めた。澪を、初めての、二人での外出に、誘った。紅に「覚悟は続けるもの」と、教わった。
それ以外は——
また、世界が、動いた。
でも、ひとりじゃ、ない。
それが、何より、大きい。
---
*【第22話「澪と、初めての、二人での外出の件」に続く】*
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