第15話「狐が、本気で迫ってきた件」

きっかけは、紅の小さなため息だった。


水曜日の朝、キッチンで紅が新聞を広げて、はあ、と一つ、ため息をついた。


悠真は卵焼きを焼いていたが、その音には反応した。紅は普段、感情を声に出さない。確信犯で揶揄うときは別だが、それ以外で「ため息」は珍しい。


「……どうかしましたか」


「ううん、別に」


「それ、別じゃない人の答え方ですよ」


紅が新聞の上から、ちらっとこちらを見た。


「鋭いね、悠真くん」


「エンジニアは、異常検知の訓練を受けています」


「私の感情を異常扱いしないで」


「すみません」


紅が新聞を畳んだ。


「……ちょっと、出かける用事があるの。今日」


「そうですか」


「面倒な用事でね」


「面倒というのは」


紅が少し、間を置いた。


「……陰陽庁絡み」


(来た)


(重い話だ)


「呼び出されたんですか」


「正確には、神代玲司が"少し話したい"って」


「神代さんが」


「そう」


紅が湯呑みを置いた。


「白蛇の件で、私は今、要警戒指定が一段階上がってる。陰陽庁としては、私を直接管理下に置きたい、という話みたい」


「管理下、というのは」


「定期的な接触、行動の報告、必要に応じて任務を引き受ける——みたいな」


「拘束ですね、それは」


「形式的にはね」


(紅さんが、陰陽庁の管理下に置かれる)


(百年生きた九尾が、人間の組織に管理される)


(普通に考えて、屈辱的な話だ)


「……断れますか」


「断れる。ただ、断ると、もっと面倒なことになる」


「面倒というのは」


「百鬼荘そのものに対する圧力が、強くなる」


(百鬼荘)


(俺たちの家)


「……それは、避けたいですね」


「だから、行く。話だけは聞いてくる」


紅が立ち上がった。


悠真は、卵焼きをひっくり返した。それから、聞いた。


「俺も、行きましょうか」


紅が、振り返った。


「……は?」


「俺も、一緒に行きます」


「来なくていいわよ」


「来ます」


「……理由は?」


「神代さんは、俺と一度話している。同席することで、何か変わるかもしれない」


「あなたを巻き込みたくない」


「もう巻き込まれてます」


紅が、しばらく悠真を見た。


そして、ふっと、視線を逸らした。


「……あなた、本当に逃げないね」


「そう何度も言いましたよね」


「言ったね」


紅が湯呑みを片付けた。


「……いい。一緒に来て」


「はい」


「ただし、ひとつだけ条件」


「何ですか」


「私の指示には、絶対に従って」


「従います」


「即答ね」


「俺、紅さんを信頼しているので」


紅が一瞬、変な顔をした。


なんと言うか——いつもの余裕のある顔でも、確信犯の顔でも、本気で照れた顔でもない。


もっと、静かな、何かを抑えるような顔。


「……信頼してる、ね」


「はい」


「……そう」


紅が、キッチンを出ていった。


(あれ)


(紅さん、変な反応だった)


(信頼してるって言葉が、刺さったのか?)


---


午前十時、悠真と紅は新宿のオフィス街に向かった。


指定されたのは、新宿三丁目の古いビルの七階。表向きは「コンサルティング会社」と書いてあるが、玄関口に黒スーツが二人立っているだけで、何の会社かはすぐに察しがついた。


(陰陽庁、本当に存在するんだな)


(フロアごと借りているらしい)


(家賃いくらするんだろう、これ)


エレベーターで七階に上がった。


受付に出てきた女性が、紅の名前を確認して、奥の部屋に案内した。


会議室、というより、応接室だった。


そこに、神代玲司が座っていた。


「来てくれてありがとう、九条さん」


そして、悠真を見た。


「岬さんも、ですか」


「同席させてください」


「あなたが同席する義務はありません」


「義務ではなく、意思です」


神代が一瞬、何かを考えるような顔をした。


「……どうぞ」


悠真と紅が、向かいに座った。


テーブルの上に、書類が一つあった。


紅が書類を見て、少し眉を寄せた。


「これは?」


「九条紅、要警戒指定一段階上昇に伴う、陰陽庁との連携契約書」


「拘束ね」


「形式的にはそうです。ただ、内容は、最低限のものに留めてあります」


紅が書類を読んだ。読みながら、悠真にも見えるように、少しテーブルに広げてくれた。


悠真は内容を斜め読みした。


*月一回の状況報告、陰陽庁の任務への協力義務(必要に応じて)、移動の自由は維持、住居変更時の通達義務*


「……たしかに、最低限ですね」


「九条さんは、要警戒指定の中でも、特殊な扱いです」と神代が言った。「九尾は本来、もっと強い拘束をかけるべき対象。ただ、あなたの過去の行動を考慮して、緩い条件にしてあります」


「過去の行動?」


「これまで、人間に害を加えていない」


「当たり前のことよ」


「妖怪としては、当たり前ではありません」


紅が少し黙った。


悠真は、書類をもう一度読んだ。


(一見、悪くない条件に見える)


(でも、エンジニアの目で見ると、違和感がある)


「神代さん」


「はい」


「ここに"必要に応じて"とあります。任務協力の発動条件が書かれていない」


神代が、悠真を見た。


「……鋭いですね」


「具体的には、何ですか」


「陰陽庁が判断した妖怪関連の案件で、九条さんの能力が必要な場合に、協力を依頼します」


「依頼を断ることはできますか」


「……できますが、断った場合は要警戒指定が、また一段階上がります」


(つまり)


(任務を断れない構造)


("自由"に見せかけて、自由じゃない)


「事実上、九尾を陰陽庁の戦力に組み込む契約ですね」


「……解釈次第です」


「神代さんはどう解釈していますか」


神代が、しばらく沈黙した。


「……あなたの解釈で、合っています」


(正直な人だ)


(前回も思ったが、神代さんは嘘をつかない)


紅が書類を閉じた。


「……サインしないと、どうなる?」


「指定が、もう一段階上がります。具体的には、行動の自由が制限される」


「百鬼荘は」


「百鬼荘に対する監視も、強化されます」


(圧力か)


(紅さんを通して、百鬼荘全体に圧力をかける構造)


紅が、しばらく書類を見ていた。


そして、ペンに手を伸ばした。


「待ってください」と悠真が言った。


紅が、悠真を見た。


「悠真くん?」


「サインしないでください」


「でも、断ると——」


「他に手があるかもしれない」


「他?」


悠真は神代を見た。


「神代さん、一つ聞いていいですか」


「どうぞ」


「この契約の本当の目的は、何ですか」


「……目的、というのは」


「九尾を戦力にしたい、というだけなら、もっと強い拘束をかけたほうが効率的です。でも、最低限の条件にしてある。なぜですか」


神代が、しばらく悠真を見ていた。


「……これは、陰陽庁の上層部が決めたことではありません」


「では、誰が」


「私です」


(神代さんが、自分で)


「上層部は、もっと強い拘束を望んでいます。私が、上に提出する書類を作る際に、できる限り条件を緩くしました」


「なぜですか」


神代が、視線を落とした。


「九条さんは、これまで人間に害を加えていない。それなのに、九尾だから、という理由だけで強い拘束をかけるのは、私の信念に反します」


「……信念」


「私は、妖怪を管理する仕事をしています。でも、無闇に縛るためではない。共存できる妖怪は、共存させたい」


(思っていたより、ずっと、まともな人だった)


(陰陽庁の中にも、こういう人がいる)


「ただし」と神代が続けた。「上層部からの圧力もあります。何らかの拘束をかけないと、私の判断が問題視されます」


「だから、最低限の契約を提示している」


「……はい」


紅が、神代を見た。


「神代玲司」


「はい」


「あなた、職場で苦労してそうね」


「……コメントしません」


紅がふっと笑った。


悠真も少し、口元を緩めた。


(神代さん、思っていたより、人間味がある)


(仕事だから、やる、という人だが、その奥に、信念がある)


「……一つ、提案させてください」と悠真が言った。


神代が顔を上げた。


「どうぞ」


「契約は結びます。ただし、任務協力の発動条件を、明文化してください」


「明文化、というのは」


「"必要に応じて"を、具体的な条件に落とし込む。例えば"人命に関わる緊急案件のみ"とか、"九条さんが事前に同意した範囲のみ"とか」


神代が少し、考えた。


「……それは、可能です」


「上層部の許可は」


「私の裁量で、ある程度は調整できます」


「では、お願いします」


神代が頷いた。


「条件案を、後日提示します。それでよろしければ、改めて契約を」


「ありがとうございます」


紅が、悠真を見た。


「……あなた、契約交渉まで、できるの?」


「フリーランスは、契約交渉も自分でやるので」


「……便利ね」


「便利と言ってください」


紅がふっと笑った。


でもその笑い方は、いつもの紅さんじゃなかった。


どこか、ほっとしたような、安心したような笑いだった。


---


帰り道、新宿の駅まで歩いた。


紅は、しばらく無言だった。


信号待ちで、やっと、口を開いた。


「……悠真くん」


「はい」


「ありがとう」


「いえ」


「正直、今日、サインするしかないと思ってた」


「俺もそう思ってました、書類を読むまでは」


「読んで、変えたの?」


「条件次第では、変えられると思っただけです」


「……それを、その場で、思いつくのが、すごい」


「合理的な判断です」


紅が、少し悠真の顔を覗き込んだ。


「……悠真くん、自分のこと、低く見すぎてない?」


「そうですかね」


「そうよ」


紅が信号を渡り始めた。悠真もついていった。


「あなたがいなかったら、私、今日、もっとキツい契約に巻き込まれてた」


「神代さんが、もう緩くしてくれていましたよ」


「それでも、緩い拘束、というのは、拘束よ」


「……」


「あなたが、私を、自由にしてくれた」


(紅さんが、こんな素直な感謝をしている)


(今日の紅さん、変だ)


(変というか、いつもの仮面を、被ってない)


---


駅前のカフェに、紅が悠真を誘った。


「お礼に、コーヒーくらい奢らせて」


「いいですよ」


「奢らせて」


「……はい」


(また交渉の余地がない)


席に着いて、紅がコーヒーを二つ注文した。


しばらく、世間話をした。今日の天気のこと、白音が最近よく縁側に座っていること、ましろが新しく覚えた歌のこと。


そういう話題を、ぽつぽつと、続けた。


コーヒーが、半分くらいになったとき。


紅が、突然、言った。


「……ねえ、悠真くん」


「はい」


「澪のこと、好き?」


(来た)


(直球が来た)


悠真は少し、考えた。


「……好きだと思います」


「思います、ね」


「まだ、確信は持てていないですが」


「正直ね」


「すみません」


「謝らないで」紅が湯気を見ていた。「正直なのが、いいの」


しばらく、間があった。


「……悠真くん」


「はい」


「私のことは」


「……」


「私のことは、どう思ってる?」


(来た)


(紅さんから、直球の質問)


(前は"私のことは後でいい"と言っていたのに)


(今日は、聞いてきた)


(今日の紅さんは、確信犯じゃない。本気で聞いている)


悠真は、コーヒーを一口飲んだ。


時間を稼ぐためじゃない。考えるために、必要だった。


「……紅さんも、好きです」


紅の手が、止まった。


「……澪と、同じ?」


「種類が違うかもしれません」


「種類?」


「澪さんは、一緒にいて、落ち着く感じです。紅さんは、一緒にいて、面白い感じです」


「面白い、ね」


「悪い意味じゃないですよ」


「わかってる」紅が少し笑った。「悪い意味じゃないのは、伝わった」


紅が、コーヒーを見ていた。


「……あなた、卑怯ね」


「え?」


「両方、好き、って言うのは、卑怯」


「……すみません」


「謝らないで、って言ったでしょ」


「言いました」


「……でも」


紅が、悠真を見た。


いつもの余裕のある目じゃない。


試すような目でも、確信犯の目でもない。


ただ、まっすぐな、目だった。


「私、ちゃんと、迫ってもいい?」


(え)


(え?)


("迫ってもいい?")


(紅さんが、許可を求めてきた)


(紅さんが)


(許可を、求めてきた)


(普段、有無を言わせず手首を掴んでくる紅さんが)


「……それは」


「澪のこと、考えるのは、いい。考えて、答えを出して。でも、その間、私は、私で、迫る。それは、いい?」


「……」


「ずるい? それ」


「……ずるくないです」


「本当に?」


「……本当に」


紅が、ふっと、息を吐いた。


「……ありがとう」


「いえ」


「私、待つの、慣れてるって言ったけど」


「言いましたね」


「……嘘」


「え?」


「待つの、得意じゃない。九尾だから、長い時間生きてきたけど、それは、待つことに慣れてるってことじゃなくて、ただ、生きてただけ」


「……」


「あなたを待つのは、初めてだから、慣れてない」


(紅さんが、本気で本音を言っている)


(こんな紅さん、初めて見た)


「……だから、迫る。あなたが、答えを出すまで」


紅が、テーブル越しに、悠真の手に、自分の手を重ねた。


いつもの紅さんなら、ここで何か、確信犯的な台詞を言う。


でも、今日は、何も言わなかった。


ただ、手を重ねて、悠真の目を、見ていた。


(これは、本気だ)


(紅さんの、本気だ)


(俺、どうすればいい)


(白音さんは「あなたから手を差し出して」と言った。それは澪さんに対しての話だ)


(紅さんは、自分から手を差し出してきた)


(受け止めるか、断るか、しかない)


悠真は、手を、引かなかった。


引けなかった、というのが正確かもしれない。


「……はい」と、悠真は言った。


「迫ってください。受けて、立ちます」


紅が、少し、目を見開いた。


「……受けて、立つ?」


「逃げたら、ずるいので」


「……」


紅が、声を出して、笑った。


いつもの確信犯の笑いじゃない。


心からの、笑い声だった。


「……あなた、本当に、面白い」


「ありがとうございます」


「ありがとう、じゃないわよ」


紅が、悠真の手を、ぎゅっと握った。


そして、すっと、離した。


「行こう。コーヒー、冷めるわ」


「もう冷めてますよ」


「じゃあ、もう一杯」


(また交渉の余地がない)


(でも、今日は、嫌じゃなかった)


---


百鬼荘に帰ると、玄関で澪が待っていた。


悠真と紅を見た。


紅と悠真の距離を見た。


「……」


(やばい)


(澪さん、絶対に何か気づいた)


でも、澪は何も言わなかった。


ただ、すっと、悠真の前に来て、コーヒーカップを差し出した。


「……コーヒー、淹れた」


「……ありがとうございます」


「……今朝、淹れる、って約束した」


「覚えてます」


「……夕方も、淹れる、ことにした」


「夕方も?」


「……朝だけじゃ、足りない」


(澪さんも、本気だ)


(みんな、本気だ)


(俺、本気の人たちに囲まれている)


「……ありがとうございます」


澪がコーヒーを渡して、紅をちらっと見た。


紅が、にやっと笑った。


「やるじゃない、澪」


「……何が」


「夕方コーヒー、いい手よ」


「……手じゃない」


「手よ」


(バチバチが始まる気配がする)


(玄関で)


(俺、コーヒーを持ったまま、立ち尽くしている)


白音が、廊下の奥から顔を出した。


「……あら、にぎやかね」


「白音さん、助けてください」と悠真が小声で言った。


「ふふ、自分で何とかして」


(助けてくれない)


白音は楽しそうに、奥に戻っていった。


(白音さん、人が悪い)


(いや、楽しんでるな)


澪と紅が、玄関で、無言で見合っていた。


空気が、冷えてきた。


(電気代)


(電気代の節約マニュアルを思い出してくれ、澪さん)


澪が、深呼吸した。


「……深呼吸」


「深呼吸」と紅が真似した。


「……うるさい」


「ふふ」


(紅さん、全然、退かない)


(むしろ、楽しんでる)


(今日の紅さん、リミッターが外れてる)


悠真は、コーヒーを一口飲んだ。


澪が淹れたコーヒーは、おいしかった。


(おいしい)


(コーヒーが、おいしい)


(それだけは、確かだ)


---


夜、悠真は部屋で、今日のことを思い返していた。


紅さんと、契約交渉に行った。神代と話した。コーヒーを奢ってもらった。「迫ってもいい?」と聞かれた。「受けて、立つ」と答えた。


(受けて、立つ、と言ったのは)


(本当に、よかったのか)


(澪さんのことは、好きだ。たぶん、好きだ)


(でも、紅さんの今日の本気を、断る理由が、なかった)


(俺は、たぶん、二人とも、好きなんだろう)


(それは、不誠実なのか?)


(紅さんは「それは、いい?」と聞いてくれた。澪さんも、まだ答えを求めていない)


(だったら、俺は、考え続けるしかない)


廊下に、冷気が来た。


「……澪さん」


「……うん」


「……コーヒー、ありがとうございました」


「……うん」


しばらく、沈黙が続いた。


「……悠真」


「はい」


「……紅と、何かあった?」


(来た)


(直球で来た)


悠真は少し、考えた。


(嘘は、つかない)


(澪さんに嘘をつくのは、絶対に、しない)


「……話をしました」


「……どんな話?」


「紅さんの、陰陽庁との契約の話と——」


「それ以外?」


「……澪さんと、紅さんのこと」


澪が、しばらく沈黙した。


「……何を、話したの」


「……二人とも、好きだ、と言いました」


また、沈黙。


「……二人とも?」


「はい」


「……」


「ごめんなさい」


「……謝らないで」


「……」


「……正直に言ってくれた、ことが、嬉しい」


(澪さん、嫌な顔を、しない)


(怒っても、いいのに)


(でも、嫌な顔を、しない)


「……でも」


「はい」


「……負けない」


(え)


「……紅には、負けない」


「澪さん——」


「……負けない」


澪が、それだけ言って、ドアの向こうから、悠真を見た(ような気がした、影で)。


「……おやすみ」


「おやすみなさい」


澪が、廊下を歩いていった。


冷気が、残った。


でも、不思議と、寒くは、なかった。


(澪さんも、本気だ)


(紅さんも、本気だ)


(俺、どうすれば、いいんだろう)


(考え続けるしかない、というのが、答えだ)


(卑怯かもしれないが、でも、嘘よりは、ましだ)


---


その日の夜、ましろが部屋に来た。


いつもの体当たりじゃなかった。


そっと入ってきて、悠真の隣に座った。


「……おにいさん」


「はい」


「今日、紅さんと出かけてた」


「はい」


「澪さんが、玄関で、待ってた」


「はい」


「ましろは、待ってなかった」


「……すみません」


「謝らなくていい」


ましろが、少し、悠真を見た。


「……ましろは、待つ、上手じゃないから」


「……」


「澪さんも、紅さんも、大人だから、待てる。でも、ましろは、待てない」


(ましろさんが、自分のことを言っている)


(座敷童として、子どもとして、自分を分析している)


「……ましろさん」


「なに」


「ましろさんは、待たなくていいです」


「え?」


「待たなくていい。ただ、ましろさんは、ここにいてくれれば、それでいい」


「……」


「俺がここにいる限り、ましろさんはここにいる。それは、変わらない」


ましろが、しばらく、悠真を見ていた。


そして、ぱっと、笑った。


「……うん」


「うん」


「ましろは、ここにいる」


「いてください」


「えへへ」


ましろが、悠真に頭を寄せた。


肩に、頭を乗せた。


「おにいさん、きょうも、いい子だった?」


「悪い子じゃないと思います」


「えへへ」


(ましろさん、今日の温度は、子どもの温度だ)


(よかった)


(俺、ましろさんのこと、ちゃんと、見てる)


(みつきさんに言われた約束、ちゃんと守れてる)


しばらくして、ましろが眠くなって、自分の部屋に帰っていった。


悠真は、布団に入って、目を閉じた。


(紅さんと、澪さんと、ましろさん)


(みんな、違う形で、俺を見てくれている)


(俺は、それに、ちゃんと、応えていきたい)


(卑怯にならないように)


(嘘をつかないように)


(誠実に)


(それが、できるかどうかは、わからないが、目指す)


---


岬悠真、百鬼荘生活十五日目。


紅と陰陽庁に行った。契約交渉をした。神代と話した。紅にコーヒーを奢られた。「迫ってもいい?」と聞かれた。「受けて、立つ」と答えた。澪に「負けない」と宣言された。ましろに「待たなくていい」と伝えた。


それ以外は——


大変な一日だった。


でも、後悔は、ないと思う。


たぶん。


---


*【第16話「陰陽庁の上層部が、動き始めた件」に続く】*

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