第100話 正式認可、王冠供給線主になって王都と前線の最速便を全部回す
最速便は、
奪った夜より、
朝の返札が積み上がった時の方が重い。
金も。
薬も。
温食箱も。
ちゃんと家と前線の顔を変えたあとで、
印が落ちるからだ。
王冠通行印と黒金便車を奪い返した翌朝。
王都兵站区の空気は、昨日よりはっきり柔らかかった。
王冠家族便札の列。
離宮残湯札の列。
零号追給札の列。
どれもまだある。
でも顔つきが違う。
待たされる顔じゃない。
今日も届くと知っている顔だ。
悪くない。
かなりではなく、本当に悪くない。
朝一番の返札は、母の字だった。
短い。
だが、それで十分だった。
『今朝は、自分で鍋の蓋を開けました。
咳は出ませんでした。
食べたあとで、少しだけ笑いました』
いい。
かなりいい。
いや、かなりでは足りない。
こういう紙は、本当に腹へ落ちる。
「兵站区主」
「何です」
「良いやつですか」
ノイルが、白毛皮の親衛隊長外套を着たまま覗き込んでくる。
「ええ」
「だいぶ」
「じゃあ、よかったです」
若い親衛隊長のそういう返しは、やっぱり素直でいい。
悪くない。
その時だった。
王都兵站区の中央へ、青黒い長机が四つ運び込まれた。
第一兵站評議席の机だ。
さらに、印箱。
巻物箱。
鍵輪箱。
そして、黒金の小印箱まである。
好きな並びだ。
こういう日は、だいたい権利が増える。
ハルバードが、青黒い外套のまま中央へ立つ。
右にオズヴァルト。
左にケルム。
少し離れてヴァルター。
全員、かなり顔が悪い。
よろしい。
効いている時の顔だ。
「始める」
第一兵站評議官の声は低かった。
だが、王都兵站区の列まできれいに通る。
兵も。
文官も。
遺族も。
商人も。
みんな、湯札机と長机の間で足を止めた。
机の上へ、全部が並ぶ。
王冠通行印。
王冠最優先印。
黒金便車主線帳。
王冠未着箱副帳。
遺族追給封。
前線追送金封。
王家専用札。
離宮限定札。
上級優先札。
好きだ。
こういう机は好きだ。
誰が何を止めていたかが、見た瞬間にわかるからだ。
ハルバードが、最初に王冠通行印へ手を置いた。
「王冠供給総監オズヴァルト・バルディア」
「王冠護衛長ケルム・グライフ」
「零号記録保管官ヴァルター・ゼルム」
「三者は、王冠供給線の私的独占、王家専用札による下位便差止、遺族追給・前線追送の不当繰延、黒金便車持出未遂、王冠通行印隠匿未遂の責を負う」
一拍置く。
「反論は」
オズヴァルトが、最初に口を開いた。
「王冠に先に満ちるから国は回る」
「それは昨日も聞きました」
俺は答えた。
「その結果、何が止まったかも、机の上にあります」
王冠未着箱副帳を開く。
王家専用枠優先につき繰延。
離宮限定便優先につき繰延。
上級家系優先につき後回し。
短い。
だが十分だ。
読むたび、列の顔が変わる。
わかりやすいのが一番強い。
「北二区小児温食」
「遺族追給」
「前線夜番追送」
「全部、王家専用札の後ろへ回されていた」
サラが、遺族金机の列から小さく言う。
「昨日の追給も、それだったの?」
「ええ」
俺は答えた。
「ここへ書いてあります」
いい。
机の上の字が、今ここにいる顔とつながる。
それが強い。
次に、リンネが黒便本帳を開いた。
黒便番の女は、きれいに短く読む。
「王冠塔夜番追送、九」
「王冠塔夜番追給、四」
「昨日、全部受領返札あり」
返札を机へ置く。
『三日ぶりに銀を見たと、塔の若いのが本気で黙った』
王都兵の列が、そこで少しだけざわついた。
前線の夜番が、家と同じ黒金便で動いたとわかるからだ。
かなりいい。
とてもいい。
セレスも、白い診札束を机へ並べた。
王冠医療診札。
その上へ、昨日切った小児一・付添一・朝診三日の札を置く。
「王冠医療診札は上級家系優先とされていた」
「だが、昨日、咳の子に切った」
「結果は」
一拍置いて、俺を見る。
「返札を」
母からの紙を出す。
机へ置く。
『今朝は、自分で鍋の蓋を開けました。
咳は出ませんでした』
静まり返る。
今度は本当に。
湯札机の後ろの鍋の音まで遠く聞こえた。
いい。
理屈じゃなく、結果の紙だ。
こういうのは、本当に強い。
ハルバードが、そこで短く言う。
「十分だな」
オズヴァルトは何も返せなかった。
ケルムも。
ヴァルターもだ。
返す言葉がない顔をしている。
よろしい。
「王冠供給総監オズヴァルト・バルディア」
第一兵站評議官が、冷たく言う。
「王冠供給総監章を机へ置け」
空気が一拍だけ止まる。
強い言葉だった。
好きな種類の強さだ。
「……何だと」
「聞こえなかったか」
ハルバードの声は、さらに低い。
「今この時点で、お前の権限は止まる」
「章を置け」
オズヴァルトの喉が動く。
かなり嫌そうだった。
だが、逃げられない。
列が見ている。
兵も。
遺族も。
商人も。
みんな見ている。
ついに、男は黒金の章を胸元から外した。
王冠供給総監章。
机へ置く。
かちり、と小さく鳴った。
良い音だ。
かなり好きな音だ。
次。
「ケルム・グライフ」
「王冠護衛長章を置け」
護衛長も、歯を食いしばりながら章を外す。
こちらも机へ落ちる。
良い。
かなり良い。
最後に。
「ヴァルター・ゼルム」
「不存在印箱から手を離せ」
零号記録保管官は、昨日までのような言い訳をもうしなかった。
ただ、赤い印箱をそっと机へ置く。
それで十分だ。
気持ちいい。
ハルバードは、次の巻物を開いた。
白い。
厚い。
印も多い。
好きな紙だ。
「第一」
王都兵站区が、少しだけざわつく。
「王冠供給線、王都側運用権を、現時点より王都兵站区下へ移す」
一拍置く。
「第二」
「離宮地下庫、温食庫、王冠医療棟、離宮貴賓浴場、王冠黒金便の運用権を、カイル・ルーヴェンへ委任」
ざわめきが熱へ変わる。
よし。
ここがいちばん気持ちいいところだ。
「第三」
「王冠通行印、王冠最優先印、黒金便車一号の発車権を、カイル・ルーヴェンへ付与」
「第四」
「王冠医療診札の発行権も、条件付きで同人へ」
セレスが、そこでほんの少しだけ口元を動かした。
笑ったかもしれない。
かなり良い変化だ。
「第五」
「離宮貴賓浴場の一般開放枠を常設化」
「王冠家族便、王冠医療便、王冠遺族追給便の常設を認める」
いい。
かなりではなく、本当にいい。
これで、今日の便が明日の便になる。
そこが強い。
「最後だ」
ハルバードが、一番厚い巻物を開いた。
その時点で、もう少しだけ笑いが起きる。
長い官名の空気だ。
「王都離宮王冠直通供給線運用統括主幹」
一拍置く。
「現場では、王冠供給線主でいい」
王都兵站区が、どっと沸いた。
兵。
文官。
商人。
遺族。
侍女。
みんな一度に声を上げる。
「おおっ!」
「また上がった!」
「王冠供給線主!」
「最速便の主だ!」
ノイルが一番大きかった。
「王冠供給線主!」
「どうも」
俺が答えると、若い親衛隊長は本気でうれしそうだった。
良い顔だ。
ハルバードが、黒金の小箱を開いた。
中には、新しい印が入っている。
黒金の線。
車輪。
鍋。
湯気。
その上に、小さな王冠。
王冠供給線主印。
「受け取れ」
「はい」
掌へ落ちる。
重い。
ちゃんと重い。
湯も。
薬も。
温食も。
遺族追給も。
前線夜番便も。
全部がこの印ひとつで走る重さだ。
さらに、鍵箱が開く。
離宮地下庫主鍵。
王冠温食庫主鍵。
王冠医療棟主鍵。
離宮貴賓浴場主鍵。
王冠黒金便車主鍵。
王冠通行印輪。
かなりいい。
いや、かなりでは足りない。
好きな物の名前しかない。
「兵站区主」
ノイルが、思わずみたいに息を呑んだ。
「何です」
「鍵、やばいですね」
「そうですね」
「全部、すごい名前です」
「偉くなったので」
「そういう問題か……」
若い親衛隊長のそういう顔は、本当に悪くない。
そこで終わらせない。
好きなものは、その場で生活へ落とす。
「メイナ」
「はい」
「王冠医療棟主鍵です」
「今日から、小児枠と咳枠はあなたが先に切る」
若い救護長へ渡す。
「さらに」
「南三区石段裏九、母子用の常設診札」
「黒便医療枠、毎夜一本」
「王冠温食、朝食三日をそのまま七日に伸ばす」
メイナの顔が、少しだけ緩んだ。
「かなりいいです」
「どのくらいです」
「家が、やっと普通の朝になる」
好きな言葉だ。
かなり好きだ。
「リンネ」
「はい」
「王冠黒金便車主鍵」
黒便番の女が、一歩前へ出る。
「家族便」
「医療便」
「遺族追給便」
「前線追送便」
「全部、今日からあなたの帳面で回してください」
「好きです」
リンネは本当にそう言った。
「こういうの、大好きです」
「知っています」
悪くない。
かなり悪くない。
最後に。
「ノイル・フェス」
「はい!」
「王冠前室一号鍵」
若い親衛隊長の顔が、きれいに止まる。
「……前室」
「王冠便車前室です」
「王冠黒金便車の発車前後、あなたが立つ部屋です」
「寝台」
「箱棚」
「温食箱保温棚」
「朝湯優先つき」
一つずつ置くたびに、ノイルの顔がわかりやすく変わる。
「俺のですか」
「今のところは」
「……すごいな」
「見ればわかります」
若い親衛隊長のその声は、かなり本気だった。
良い反応だ。
その時、黒金の鈴が鳴った。
王冠家族便の返札だ。
リンネがすぐに開ける。
母の紙だった。
『朝、あの子が自分で鍋へ寄りました。
少し笑って、今日は外の空気を吸いたいと言いました』
そこで、少しだけ息を吐いた。
かなり長かった夜が、ようやく朝になった感じがした。
「兵站区主」
ノイルが、小さく言う。
「良かったですね」
「ええ」
「だいぶ」
「かなり」
若い親衛隊長のその返しは、ちょうどよかった。
短くて。
でも、ちゃんと重い。
その時、ハルバードが黒金の最後の封筒を机へ置いた。
薄い。
だが、嫌な軽さだ。
表題を見る。
北方本戦線王冠塔行
第一正式発車
好きだ。
かなり好きな封だ。
「王冠供給線主」
第一兵站評議官が言う。
「今日から、王冠塔への線もお前のものだ」
一拍置く。
「机の上で回すだけでは、もう足りん」
「でしょうね」
「次は、実際に北へ行け」
そう来ると思っていた。
ここまで取ったなら、次は線の先だ。
主室へ戻る。
王冠供給線主室。
机。
寝台。
黒金の小投函口。
薬棚。
それから、離宮側へ続く細い暖かい通路。
かなりいい。
いや、かなりでは足りない。
王都兵站区主室より、さらに上等だ。
机へ並べる。
王都兵站区主印。
零号中央庫主印。
王冠供給線主印。
離宮地下庫主鍵。
王冠温食庫主鍵。
王冠医療棟主鍵。
離宮貴賓浴場主鍵。
王冠黒金便車主鍵。
王冠通行印輪。
全部、ちゃんと重い。
「王冠供給線主」
ノイルが、前室の扉から顔を出して聞いてくる。
「何です」
「俺ら、次は王冠塔ですか」
「そうでしょうね」
「黒金便車で?」
「たぶん」
「……すごいな」
若い親衛隊長のその声は、感動と少しの不安が半分ずつだった。
良い。
今の俺たちには、それでちょうどいい。
王都兵站区は取った。
零号中央庫も取った。
離宮地下庫も取った。
王冠家族便も。
王冠医療便も。
遺族追給便も。
全部、もうこっちの印で走る。
母と妹の朝も、ちゃんと少し良くなった。
だったら次は、
この最速便そのものに乗って、
北方本戦線王冠塔へ行けばいい。
――第十章・王冠供給線編 了
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