第76話 中央兵站区封鎖、それでも家族届け札の列が切れない

 封鎖は、いつも遅い側から来る。


 列の方は、だいたい暖かくて早い方へ寄る。



 母と妹へ鍵つきの部屋を渡して戻った時、主車の扉には青黒い封が三つ貼られていた。


 主車側棚の仮倉庫使用差止。


 即送金取次一時停止。


 軍務院前停車位置再審査。


 どれも、止めたい場所がよく出ている。


 悪くない。


 どこが一番効いていたか、向こうが自分で教えてくれているからだ。



「兵站城主」



 ノイルが白毛皮の親衛外套を着たまま、主車の扉を見て顔をしかめる。



「かなり嫌ですね」


「そうですね」


「送金もですか」


「ええ」


「倉庫も」


「見ればわかります」


「どうします」


「名前を変えます」



 若い親衛隊長は、そこで一瞬だけ止まった。


 それから、少しだけ笑った。


 だいぶわかってきた顔だ。



「またですか」


「だいたい効くので」



 青黒腕章の役人が二人、まだその場にいた。


 軍務院前待機地の石柱脇で、こちらを監視している顔だ。


 その後ろには、王都兵站商同盟の番頭まで立っている。


 腹の出た男で、湯気の立つ列を見る目だけが嫌に細い。



「前線本営主」



 腕章役人が言う。



「通達は読んだな」


「読みました」


「今日から倉庫は使えない」


「送金も止める」


「停車位置も見直しだ」


「わかっています」



 俺がうなずくと、男は少しだけ拍子抜けした顔をした。


 もっと食い下がると思ったのだろう。


 だが、食い下がる必要はない。


 止められた名前を、使わなければいいだけだ。



「ノイル」



「はい」



「盾板を十二」


「縄を二十」


「番号札板を四十」


「見える棚を作ります」



「倉庫じゃなくてですか」



「ええ」



「見える棚なら、倉庫ではないので」



「嫌な言い方ですね」



「仕事です」



 ロドがすぐに動いた。


 車輪工の老人は、待機地の端で休ませていた盾板を見て、すぐに骨組みを読んだらしい。


 荷車の側板と支柱を外し、その場で開放棚を三段組む。


 見える。


 触れない。


 番号札つき。


 親衛が立てば十分だ。


 主車の横へ、露店みたいな開放棚が三つ並んだ。



 いい。


 倉庫じゃない。


 見える棚だ。



 ミレイユも、すでに新しい札を切っていた。



 見える箱札 一箱 銀貨二枚

 番号札つき

 親衛見張りつき

 当日返却可



 さらに、もう一枚。



 家族届け札 一件 銀貨一枚

 商会脚便

 受領控えあり

 王都南北当日着



 好きだ。


 かなり好きな名前だ。


 送金じゃない。


 届けだ。


 止められた名目を、きれいに外している。



「兵站城主」



 ミレイユが、柔らかく笑う。



「好きです」


「どうぞ」


「これは送金ではありません」


「家族への届け物です」


「中身が銀貨でも」


「封があって、控えがあって、商会脚便が運ぶなら、うちの荷です」


「助かります」


「その代わり、脚便賃は昨日より銅貨一枚上がります」



「商人ですね」


「今さらです」



 役人の顔が、そこで本気で嫌そうになった。



「待て」


「それは送金停止命令の潜脱だ」



 ミレイユが、すぐに笑顔を引っ込めた。


 商人の顔だ。


 涼しいが、冷たい。



「違います」


「これはロスタ商会の脚便取次です」


「軍の送金所を名乗っていません」


「兵站市は、封書と荷の預り先を案内しているだけです」



 番頭が口を挟む。



「詭弁だ」


「では、今日ここで待っている兵と文官と商人の家族宛ての届け物を、どこが今すぐ引き取るんですか」



 ミレイユは、向かいの待機宿を指した。



「明朝一番の高くて遅い送金所ですか?」


「それとも、ここで止めた役人さんが名前を書いて引き受けますか?」



 役人は黙った。


 番頭も黙る。


 いい。


 そこが喉だ。



「見える箱札も同じです」



 俺は続けた。



「倉庫は使いません」


「預り庫も使いません」


「ここにあるのは、客の目の前で番号札をつけて置く見える棚です」


「欲しいなら、自分で見て確認してください」


「親衛が立っているだけなので」



 ノイルが、ちょうど白毛皮外套で棚の前に立った。


 悪くない。


 むしろ、かなり見栄えがいい。


 白毛皮の親衛が立つ見える棚は、王都の待機宿の暗い預り蔵よりずっと高く見える。



「兵站城主」



 ノイルが小さく言う。



「俺、ここに立ってればいいんですか」


「ええ」


「箱の番だけで?」


「箱と客の顔を見てください」


「それ、だいぶ大事ですね」


「かなり」



 若い親衛隊長は、そこで少しだけ胸を張った。


 いい。


 役がある顔だ。



 最初に動いたのは、昨日も家族送金札を切った北巡回帰りの騎兵だった。


 隊長格の男が、青黒封と新しい札を見比べてから聞いてくる。



「つまり」


「家へ今日届けるのは、まだできるのか」



「できます」



 俺は答えた。



「名目が変わっただけです」


「受領札も返ります」



 男はすぐに銀貨を置いた。



「じゃあ取る」


「妻と娘と母だ」


「それぞれ一件ずつ」



 早い。


 好きな早さだ。


 列が見ている。


 最初の客が動いたら、次はもっと速い。



 若い文官が続く。


 その後ろに、使者馬を引いた兵。


 外城待機宿に並んでいた商人まで顔を出す。


 机の前が、また一気に混み始めた。



「本当に切れるのか」


「控えがあるなら」


「見える箱もあるのか」


「寝台と一緒に取れるか」



 ミレイユが、もう楽しそうな顔を隠していない。



「切れます」


「見えます」


「取れます」


「家族届け札、こっち!」


「見える箱札、親衛つきは先に埋まりますよ!」



 王都兵の顔が、目に見えてこっちへ寄る。


 向かいの待機宿ではなく。


 高くて遅い送金所でもなく。


 主車と見える棚の方へだ。



 悪くない。


 本当に悪くない。



 そこへ、ロスタ商会の脚夫が三人、走って戻ってきた。


 早い。


 まだ日も高い。



「受領札です!」



 若い脚夫が、まず一枚目を差し出す。


 王都南三区、石段裏七。


 銀貨二枚受領。


 短い添え書き。



『薬屋へ走りました。今日は炭も買えます』



 あの騎兵隊長の顔が、そこで本当に緩んだ。



「……早いな」


「日暮れ前と言ったので」


「向こうなら明朝だ」


「でしょうね」



 次に、二枚目。


 北二区受領。


 三枚目。


 外城東受領。


 どれも今日の日付だ。


 今日、届いている。


 そこが強い。



 列の空気が変わる。


 疑いが、露骨に薄くなる。


 その代わり、財布の方が軽くなる。


 いい。


 とてもいい。



 その時、別の脚夫が俺へ小さな紙を差し出した。


 母からだった。


 荒いが、前より少しだけ落ち着いた字だ。



『鍵がちゃんと閉まりました。妹は昨夜、一度も咳で起きませんでした。炭を入れたら部屋が静かで、ちょっとびっくりしました』



 短い。


 だが十分だった。


 この紙一枚で、王都まで来た価値の半分くらいは返ってくる。



「兵站城主」



 ノイルが、不思議そうな顔で聞く。



「良いやつですか」


「かなり」


「じゃあよかったです」



 若い親衛隊長のそういう返しは、ほんとうに素直でいい。



 その頃には、見える棚の方も埋まり始めていた。


 文官の帳面箱。


 商人の封箱。


 騎兵の馬具箱。


 貴族家の小執事が持ち込んだ細長い書類箱まである。


 番号札をつけ、見える位置へ置き、親衛が立つ。


 客はそれを見る。


 それだけで安心する顔がある。


 やっぱり、見えるのは強い。



「兵站城主」



 ミレイユが帳簿を見ながら言う。



「見える箱札、向こうの倉庫より出ますね」


「理由は」



「自分の箱が、自分の目の前にあるからです」


「人は見えない箱より、見える箱の方が好きなんですよ」



 その通りだ。


 王都でも同じらしい。



 番頭が、そこでついに声を荒げた。



「こんな真似、長く続くと思うな!」


「思っています」



 俺は答えた。



「待たせる方が変わらないなら」



「王都兵站商同盟を舐めるな」



「舐めてません」


「数字を見ているだけです」



 机へ、軍務院前兵站市の午前帳を置く。


 湯札。


 寝台札。


 家族届け札。


 見える箱札。


 主車卓。


 どれも枚数が出ている。



「昨日より増えてます」



 俺は言った。



「封を貼った朝なのに」



 番頭の顔が、一気に歪む。


 好きな顔だ。


 かなり好きだ。



 その時、大石壇の側から別の視線を感じた。


 第一兵站評議官ハルバードだ。


 青黒い外套の男は、朝から兵站市の列を見ていたらしい。


 湯気。


 見える棚。


 家族届け札。


 受領札を握る兵の顔。


 そこまで見てから、短く言う。



「……名称を変えただけか」



 俺は答えた。



「必要の形に合わせただけです」


「制度の抜け道だぞ」


「今日の寒さと家族の薬代に抜け道はありません」



 ハルバードは少しだけ沈黙した。


 嫌そうな顔ではある。


 だが、昨日までより現物を見る顔になっている。


 悪くない。



「ベルナール」



 評議官が呼ぶ。



「向こうの宿と送金は、今日中に何件回せる」


「……全部は無理です」



 兵站商同盟頭が、低く答える。


 その一言で十分だった。


 大石壇の下の兵たちが、ちゃんと聞いたからだ。



「なら、今ここで封だけ増やしても無駄だ」



 ハルバードは、そう言って引いた。


 嫌そうだが、止めには来ない。


 止められない顔だ。



 いい。


 それで十分だ。



 午後。


 兵站市の列は切れなかった。


 むしろ、少しずつ客の色が変わり始めた。


 軍の兵や文官だけじゃない。


 上等な外套の従者。


 紋入りの小箱を持つ執事。


 王都の上の方の空気を着た人間が、遠巻きに見ている。



「兵站城主」



 ミレイユが、かなり愉快そうに言う。



「来ましたね」


「何がです」


「高い席を好きな顔です」


「そうですね」



 ちょうどその時、濃紺の馬車が二台、待機地の端へ止まった。


 家紋入り。


 王都兵や歩荷の荷車とは明らかに違う。


 そこから降りた執事たちは、まず向かいの待機宿を見た。


 次に、こっちの主車卓と寝台車と見える棚を見た。


 最後に、白毛皮の親衛を見た。



 視線の順番が良い。


 かなり良い。



 一人目の執事が、まっすぐこちらへ来る。



「前線本営主カイル・ルーヴェンか」


「そうですが」


「今夜、北館まで護衛つきで人を運びたい」


「二名」


「湯、食、寝台、箱預り込み」


「できるか」



 もう一人の執事も続いた。



「こちらもだ」


「主車の小室があるなら、金貨でも構わん」



 ノイルが、完全に目を丸くした。


 白毛皮の親衛隊長外套が、少しだけぴんと張る。


 わかりやすい。



「兵站城主」


「何です」


「なんか急に、すごい顔の客が来ました」


「そうですね」


「金貨って言いましたよ」


「言いましたね」


「……王都ってすごいな」



 悪くない。


 その感想は悪くない。



 俺は主車と寝台車、それから親衛列を順に見た。


 止めに来た封は、もう半分意味を失っている。


 それでも列は寄ってくる。


 しかも、今度はもっと高い顔で。



 だったら次は、


 王都の夜でいちばん高い席を、


 親衛護衛つきで売ればいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る