第71話 王都逆上陸、主車と浴場車を止めたら城門前で予約金が落ちる

 王都の城門は、中へ入った後より、外で並んでいる時のほうが金になる。


 湯も。


 寝台も。


 鍵つきの箱も、だ。


 前線本営を発って十日。


 主車の窓から見えた王都は、思っていたより白かった。


 外壁が高い。


 塔が多い。


 煙も多い。


 人の多い街の空だ。


 悪くない。


 だが、まず目に入ったのは城壁じゃない。


 城門前の列だった。


 荷車。


 騎兵。


 使者馬。


 歩荷。


 市民の小荷車。


 門外待機の列が、外城道を丸ごと埋めている。


 強い。


 これは、かなり強い列だ。


 ノイルが、主車の窓から半分身を乗り出して言った。



「兵站城主」


「何です」


「王都、でかいです」


「そうですね」


「あと、めっちゃ並んでます」


「見ればわかります」


「俺、こういう列を見ると、ちょっとだけ嫌な予感します」


「俺は少しだけ嬉しいです」


「なんでですか」


「止まってるので」



 若い親衛隊長は、一瞬だけ考えてから頷いた。



「……ああ」


「そういうことですか」


「そういうことです」



 主車の後ろには、第八湯。


 第八窯。


 第三寝台車。


 第八預り庫。


 白牙馬と冬戦馬を混ぜた牽引列までついている。


 ただの移動じゃない。


 もう、動く宿場そのものだ。


 王都南区の屋根も、遠くに見えた。


 母と妹はあのどこかにいる。


 だが、先に降りるのはそこじゃない。


 仕事が先だ。


 ここまで来たなら、なおさらだ。


 門前に着くと、城門詰めの役人が露骨に嫌そうな顔をした。


 薄い髭。


 青い外套。


 帳簿の端だけ綺麗な手。


 こういう顔は見慣れている。



「止まれ」


「荷車列が長すぎる」


「何者だ」



 俺は前線本営主印つきの出頭命令書を出した。


 王都中央軍務院。


 第一兵站評議席。


 正式出頭命令。


 役人の目つきが、そこで少しだけ変わる。



「……前線本営主」


「ええ」


「これ全部で来たのか」


「生活がかかっているので」



 役人は、主車、浴場車、寝台車、金庫車を順に見てから、ひどく面倒そうに言った。



「検分は順番待ちだ」


「早くて半日」


「長ければ夕刻まで入れん」



 いい。


 最高だ。


 つまり、門前で半日以上止まれる。


 ミレイユが横で小さく笑った。



「兵站城主」


「何です」


「好きな時間ですね」


「かなり」


「開けますか」


「ええ」



 セレナは呆れたように息を吐いた。



「王都の城門前でか」


「列があるので」


「だろうな」



 役人が眉をひそめる。



「何をする気だ」


「待機です」


「待機?」


「湯と寝台と箱預かりを回します」



 役人の顔が、そこで本気で引いた。



「城門前で商売をするな」


「では待機宿へ入れますか」


「外城待機宿はある」


「いくらです」



 役人は面倒そうに答えた。



「一泊銀貨二枚」


「湯は別」


「箱預かりは別」



 高い。


 かなり高い。


 しかも遅い顔だ。


 ミレイユが、もう完全に商売の目をしていた。



「兵站城主」


「何です」


「これは勝てます」


「でしょうね」



 俺はすぐに主車の横へ板机を出させた。


 ノイルと親衛が動く。


 速い。


 白毛皮の親衛外套で動くと、門前でも見栄えがいい。


 そこへ木札を並べる。



 城門待機湯札 一人 銀貨一枚

 城門待機寝台札 一人 銀貨二枚

 熱パン札 一個 銅貨五枚

 熱スープ札 一杯 銅貨五枚

 金庫預かり札 銀貨二枚から

 主車待合卓 一卓 銀貨二枚

 王都発北便先行札 一枠 銀貨二枚

 第三寝台車小室予約 金貨一枚

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 役人が、あからさまに顔をしかめた。



「本当にやる気か」


「見ればわかります」



 第八湯の湯気が、そこでちょうど城門前へ流れた。


 列の前の方にいた騎兵の一人が、まず振り向く。


 次に歩荷。


 その後ろの商人。


 さらに、使者馬を引いた若い兵まで、きれいに目が動いた。


 湯気は強い。


 王都の門前でも、やっぱり強い。



「……湯か?」



 最初に近づいてきたのは、北巡回帰りらしい騎兵組だった。


 泥だらけ。


 外套は白く粉をかぶっている。


 顔色も良くない。



「湯です」


 俺が答えると、先頭の隊長格が第八湯と主車、それから寝台車を順に見た。



「中へ入れるのか」


「今は待機中なので」


「並んでる間だけでも?」


「払うなら」



 男は迷わなかった。


 銀貨を三枚、机へ置く。



「湯三」


「パン三」


「箱は馬具一つ」



 早い。


 助かる。


 ノイルが、もう嬉しそうに札を切る。



「城門待機湯札、三!」


「熱パン札、三!」


「馬具箱預かり、銀貨二枚です!」



 列がざわつく。


 最初の客が落ちると、やはり早い。


 歩荷の二人組が銅貨を握って寄ってくる。



「スープだけでもいいか」


「いいです」


「湯は高いな」


「寒いので」


「……それはそうだ」



 城門詰めの兵まで、目を逸らせなくなっていた。


 強い。


 列の上で、これだけわかりやすく暖かい物が動いている。


 効かないわけがない。


 そこへ、灰色の外套が近づいてきた。


 エルザだ。


 毛皮商の番頭は、王都の門前でも相変わらず歩くのが速い。



「やっぱり開けたのね」


「列があったので」


「好きだわ、その返し」



 彼女は主車の待合卓を一目見て、それから第三寝台車の扉を見た。



「王都へ着いた瞬間に、帰りの席を押さえる」



 金貨が一枚、机へ落ちる。


 重い音。


 王都の門前でも、やっぱりいい音だった。



「何です」


「第三寝台車小室一」


「王都発北便先行札を四」


「金庫預かりも二箱」



「早いですね」


「王都の待機宿に銀貨二枚払うくらいなら、帰りの暖かい席へ金貨一枚払うわ」



 その理屈はかなり良かった。


 しかも周りに聞こえる。


 列の商人たちの顔が変わった。


 いい。


 こういうのは他人に言わせるのが一番早い。



 フリッツも続いた。



「俺もだ」


「北便先行札三」


「上段二つ」


「湯は今買う」



「上段は銀貨五枚です」


「王都宿より安いな」


「揺れますけど」


「止まって待つよりましだ」



 銀貨が積まれる。


 もう、予約金の音だ。


 城門前でこれが落ちるのは本当に強い。


 ミレイユが、楽しそうに帳簿へ書き込んだ。



「兵站城主」


「何です」


「好きです」


「どうぞ」


「主車待合卓、もう一卓増やしましょう」


「早いですね」


「列の顔が変わりました」



 見る。


 王都の使者風の男。


 毛皮の上等な商人。


 北へ向かう貴族家の小執事までいる。


 ただの湯札じゃない。


 “待ちたくない顔”が、主車の卓を見ている。


 わかりやすい。



「増やします」



 主車の側板へ、折り畳み卓をもう一つ出す。


 《野戦工房》を少しだけ流す。


 板が滑り出て、椅子二脚分の卓になる。


 そこへ、新しい札を足した。



 主車待合卓 二人用 銀貨三枚

 温湯付き



 黒紺の外套を着た若い執事が、すぐに寄ってきた。



「その卓、今空いているか」



「空いてます」


「北評議院へ出る主人がいる」


「外で待たせたくない」


「静かで、湯があり、書き物ができるなら取る」



 強い。


 だいぶ強い客だ。


 ミレイユが、横から柔らかく補足する。



「主車卓は、暖かくて鍵つき箱も使えますよ」


「いくらだ」


「銀貨三枚です」


「安いな」



 執事は即答して銀貨を置いた。


 周囲がまたざわつく。


 王都の門前で、暖かい卓が売れている。


 しかも、兵站城側の卓の方が上等に見える。


 いい。


 かなりいい。



 城門詰めの役人が、もう完全に嫌そうな顔になっていた。



「……ここは宿場じゃない」


「並ばせているのはそちらです」


「だからといって」


「待機が長いので」



 俺がそう返した時、列の後ろから本当に声が飛んだ。



「そうだ!」


「半日待ちなんだぞ!」


「湯ぐらい売らせろ!」



 悪くない。


 いや、かなり悪くない。


 門番側の言い分じゃなく、列の方が先に動く。


 これが強い。



 その時だった。


 王都軍務院の青い腕章をつけた若い書記が、馬を飛ばしてやってきた。


 主車の前で止まり、俺と印を見比べる。



「前線本営主カイル・ルーヴェンか」


「そうですが」



 書記は、少しだけ湯気の方を見てから本題へ入った。



「王都中央軍務院第一兵站評議席より通達」


「本日夕刻、外城兵站検分」


「明朝一番、第一兵站評議席へ出頭」


「停車位置は軍務院前の外城兵站待機地」



 ミレイユの目が、すぐに細くなった。



「兵站待機地」


「かなり好きな響きですね」


「ええ」



 軍務院前。


 待機地。


 つまり、列がある。


 しかも、兵站を必要とする人間しか来ない場所だ。


 最高だ。


 かなり、というより露骨に最高だ。



 ノイルが、少し遅れて理解した顔をする。



「兵站城主」


「何です」


「それって」


「ええ」


「明日は、軍務院前です」


「……もっと売れますね」


「そうでしょうね」



 若い親衛隊長の顔が、そこで本気で明るくなった。


 いい反応だ。


 そういう場所だと理解できるやつは強い。



 俺はすぐに、もう一枚だけ札を足した。



 軍務院前先行札 一枠 銀貨二枚

 第一評議朝湯札 一人 銀貨一枚



 エルザが、待ってましたとばかりに指を鳴らす。



「それ、三」



「早いですね」


「王都の役人は、朝ほど湯が必要になる顔をしてるもの」



 フリッツも笑った。



「違いねえ」


「俺も二だ」


「あと、朝焼きパンも足せ」



 いい。


 城門前の時点で、もう明日の予約金が落ちる。


 これが強い。



 書記は、その様子を見て少しだけ引いていた。



「……王都へ呼ばれたのに、門前で商売を始めるのか」


「待機中なので」


「補給監殿の話、少しだけ聞いていたが」


「何をです」


「前線で変なものを回している、と」


「変なのは否定しません」



 若い書記は、湯札の列と主車待合卓、それに第三寝台車の予約板を見て、最後にぽつりと言った。



「でも、王都でも効くのか」


「見ればわかります」



 そう言ったところで、城門がようやく少しだけ開いた。


 役人が、不承不承こちらへ顎をしゃくる。



「前線本営主一行、入れ」


「軍務院前待機地へ直行だ」



 悪くない。


 いや、ここからが本番だ。


 主車へ戻る前に、俺は最後に城門前の机を見た。


 湯札はもう半分切れている。


 寝台札もかなり埋まった。


 金庫預かり箱まで増えた。


 その上で、明日の軍務院前予約金まで落ちている。


 十分だ。


 王都の門前でも、こっちの方が暖かくて早い。


 それがもう、数字で見えている。



「兵站城主」



 ノイルが、主車の扉前で小さく言った。



「王都、思ってたより好きかもしれません」


「早いですね」


「だって、来た瞬間に銀貨増えました」


「そういう街です」


「最高です」



 主車が動く。


 第八湯。


 第八窯。


 第三寝台車。


 第八預り庫。


 そのまま王都の城門をくぐる。


 壁の中へ入っても、湯気はまだ立っていた。


 だったら次は、


 軍務院の目の前で、

 王都兵も役人も商人もまとめて列にしてやればいい。

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