第66話 給料日と親衛二次昇進、専用車室と将校寝台が増える
白毛皮は、
奪った直後より、
洗って干した翌朝のほうが高く見える。
鍵と銀貨が一緒についてくると、
なおさらだ。
雪鎖騎兵を折った翌朝、
橋頭堡の空気は昨日より少しだけ温かった。
補給塔一号の灯。
橋の暖橋壺。
士官浴場棟の湯気。
士官寝台室の曇った窓。
その外に、
昨夜奪った冬戦馬が四頭つながれている。
悪くない。
だいぶ悪くない朝だ。
ブラムが、その冬戦馬の肩を順に叩いていた。
馬場頭の目つきは、昨日よりさらにいい。
もう「奪った馬」を見ていない。
「こいつら、使える」
そういう目だ。
「兵站城主」
「何です」
「四頭とも前線向きだ」
「どのくらいです」
「白牙馬より雪を噛む」
「それは強いですね」
「鼻もいい」
「吹雪で道を戻れる」
「助かります」
ブラムはそこで、少しだけ口元を上げた。
「だから頭数が足りねえ」
「どのくらい」
「あと四」
「欲張りですね」
「お前が言うな」
悪くない返しだ。
メイナは、士官浴場棟の前で医療箱を開いていた。
包帯。
凍傷油。
熱冷まし。
止血粉。
雪原貯蔵庫から拾った分が、きれいに並んでいる。
その横に、昨夜の戦いで回収した雪鎖の外套が干してあった。
「兵站城主」
「何です」
「これ、洗うとだいぶ使える」
「前線救護用に回しますか」
「いや」
若い衛生番は、白毛皮を一枚つまんだ。
「親衛だろ」
「いい目ですね」
「湯と寝台を守ったんだ」
「それなら、見た目も変えたほうが早い」
その通りだ。
奪った物は、
積んだままだと半分軽い。
着せて、
鍵をつけて、
役を渡して、
ようやく重くなる。
ミレイユは、もう橋頭堡の真ん中へ机を出していた。
帳簿箱の横に、
今日は小さな鍵箱が三つ。
さらに、
白毛皮外套が四枚。
銀袋が二つ。
冬靴束。
暖房石札束。
露骨だ。
だが、こういう日は露骨な方がいい。
「兵站城主」
「何です」
「今朝の売上です」
彼女が帳簿を開く。
「橋通行札、銀貨八」
「暖橋壺使用、銅貨多数」
「士官浴場札、銀貨六」
「士官寝台札、銀貨九」
「金庫預かり継続、銀貨四」
「白牙と雪鎖の戦利売却見込みは別」
悪くない。
というより、十分だ。
昨日の戦いの直後なのに、
湯と寝台がもう金を生んでいる。
強い。
「今日は払います」
俺が言うと、
ノイルが、少し離れたところから顔を上げた。
白毛皮の親衛外套は、昨日より少し馴染んでいる。
第三寝台車じゃなく、
今朝は士官寝台室の入口へ立っていた。
ちゃんと“前線の親衛”の顔になり始めている。
「兵站城主」
「何です」
「またですか」
「またです」
「昨日ももらいましたよ」
「働いたので」
「……それはそうです」
笑いが起きる。
よし。
今日はご褒美回だ。
しかも、ただの銀貨で終わらせない。
外套と部屋と役目まで落とす。
そこまでやると、人は露骨に前を向く。
「聞け」
俺は橋頭堡の中央へ立った。
冬戦馬。
白毛皮外套。
銀袋。
鍵箱。
全部が見える位置だ。
「今日は三つやる」
一拍置く。
「一つ。雪鎖撃退と橋頭堡運用の手当」
「二つ。親衛二次昇進」
「三つ。専用車室と士官寝台の割当」
空気が、目に見えて熱を持つ。
ノイルの喉が、ごくりと動いた。
ルッツは鼻を鳴らす。
ブラムは、もう自分の話がある顔だ。
メイナも、医療箱の蓋を閉じてこっちを見た。
いい。
こういう顔は強い。
まずは手当だ。
橋頭堡夜番。
浴場番。
暖房石番。
重弩車班。
親衛。
橋番上がりの老人と若い衆。
一人ずつ、銀貨を落としていく。
「橋番仮雇い」
「橋通行再開手当、銀貨一枚」
年寄りの橋番が、本気で眉を上げた。
「……今払うのか」
「昨日から働いてるので」
「悪くない」
「若い方も」
銀貨一枚。
若い橋番は、少しの間それを見てから言った。
「橋閉めてるより、よっぽど早い」
「そうでしょうね」
「こうなるなら、もっと早くこっちへ来りゃよかった」
悪くない。
そういう後悔が出るなら、もう半分はこっち側だ。
「ブラム」
「おう」
「冬戦馬回収と橋頭堡馬場立上げ」
「銀貨二枚」
「さらに」
俺は鍵箱から一つ、長い鍵を出した。
真鍮札がついている。
前線厩舎主鍵。
ブラムの目がはっきり変わった。
「……主鍵か」
「今日から、橋頭堡北側の厩舎はあなた持ちです」
「白牙馬と冬戦馬、全部か」
「全部です」
「悪くない」
男は鍵を掌へ受け取り、
それから冬戦馬の方を見た。
「じゃあ、ここから先は俺の馬だな」
「今のところは」
「好きだ」
「どうぞ」
次。
「メイナ」
「はい」
「前線救護長」
若い衛生番は、一歩前へ出た。
痩せている。
だが、昨日より目に色がある。
「医療箱主鍵」
「凍傷箱副鍵」
「士官浴場優先札」
「銀貨二枚」
まとめて渡す。
メイナは、鍵の重みを確かめるみたいに指で鳴らした。
「救護長って、だいぶ偉くない?」
「責任も増えます」
「医療箱と湯と寝台を回せるなら、悪くない」
「助かります」
「その代わり、薬の補充は切らさないで」
「知っています」
「じゃあ働く」
強い。
こういう返しは強い。
次。
「ルッツ」
「おう」
「前線受入副官」
すでに受入副長だった男だが、
今日はもう一段上げる。
「橋頭堡と本営側から流れてくる避難民、残兵、降り兵、全部の受入を任せる」
「面倒な役だな」
「その分、寝台と鍵がつきます」
士官寝台室二号鍵。
それから、小さな帳面箱鍵。
「前線受入帳簿」
「仮雇い札」
「寝台割当札」
「全部、あなた持ちです」
「悪くない」
「銀貨二枚追加」
「それも悪くない」
白毛皮外套も渡す。
ルッツは肩へかけて、小さく息を吐いた。
「……向こうより暖かいな」
「でしょうね」
「腹も減ってないし」
「今のところは」
「嫌な補給官だ」
「兵站城主です」
「どっちでもいい」
いい。
だいぶいい。
最後に。
「ノイル・フェス」
「はい!」
若い親衛は、声がよく通った。
それだけで、昨日より一段上だ。
「兵站城親衛小隊長から」
一拍置く。
「兵站城親衛隊長へ昇進」
橋頭堡の空気が、一瞬だけ止まった。
ノイル本人の顔も止まった。
「……はい?」
「聞こえませんでしたか」
「聞こえました!」
「では前へ」
「はい!」
白毛皮外套を、昨日のものからもう一段厚いものに替える。
肩の銀鎖留めも新しくした。
胸へ、新しい真鍮札を留める。
兵站城親衛隊長。
それから鍵箱から、少し重い鍵を一つ。
「士官寝台室一号鍵」
「……一号」
「前線親衛長室です」
「長室」
「寝台」
「箱棚」
「暖房石箱」
「朝湯優先」
「主車同乗優先」
一つずつ置くたび、
ノイルの顔が目に見えて変わる。
銀貨一枚どころじゃない。
部屋と役と優先が、一度に来た顔だ。
「俺のですか」
「今のところは」
「ほんとに」
「見ればわかります」
その時、
橋を渡ってきた若い行商娘の一人が、思わずみたいに言った。
「……似合う」
ノイルの耳が、一気に赤くなる。
だが、今日は手も止まらない。
いい。
そのくらいがちょうどいい。
ガレスが肩を揺らした。
「お前、出世しすぎだろ」
「俺も今ちょっとそう思ってます!」
「いい顔だな」
「ありがとうございます!」
笑いが広がる。
いい。
暖かい寝台と役職は、やっぱり強い。
だが、ここで終わらせない。
次は“部屋”を見せる。
「ついてこい」
士官寝台室の奥へ向かう。
昨日より、少しだけ中身が変わっていた。
ベリクとロドが、
雪鎖の白毛皮と鎖鉤を使って、
小室を二つ増やしていたのだ。
一号室。
二号室。
三号室。
四号室。
床は厚い。
毛布は二枚。
箱棚。
暖房石箱。
壁際には白毛皮の裏打ち。
しかも、扉にはちゃんと鍵穴。
強い。
露骨に強い。
「兵站城主」
ミレイユが、指で扉を軽く叩いた。
「この四室、後で金貨が飛びますね」
「まずは親衛と前線役職に回します」
「その方がもっと高く見えます」
「そのつもりです」
ノイルが、一号室の扉を開ける。
入る。
寝台へ触る。
箱棚を見る。
暖房石箱を開けて、また閉める。
それから、扉を閉めて鍵を回した。
中から一拍だけ静かになり、
やがて、ゆっくり出てくる。
「……すごいです」
それだけだった。
だが、その一言で十分だ。
前室とは違う。
揺れない。
閉まる。
暖かい。
前線で専用の部屋がある。
それは、兵にとってかなり強い。
ルッツも二号室の鍵を受け取る。
メイナには主車の小医務室鍵。
ブラムには前線厩舎の鍵と、冬戦馬用の白帯札。
それぞれ、ちゃんと“自分の場所”ができる。
こういうのは効く。
その時だった。
ミレイユが、小さな封を一つ差し出した。
「兵站城主」
「何です」
「手紙です」
「どこから」
「王都南区」
母だ。
指が、少しだけ止まる。
主車の机へ戻って封を切る。
字は前より落ち着いていた。
『薬が切れずに済んでいます。妹は夜の咳が減りました。炭と毛布も買えました。近所の人は、まだあなたが本当に生きているのか半信半疑です。妹は、兄さんが白い外套を着ているなら見てみたいと言っています。』
短い。
だが十分だ。
今の冬戦馬と白毛皮と将校寝台の話が、
ちゃんとあの家の毛布と薬に繋がっている。
そこまで落ちると、やっぱり強い。
「悪くない手紙ですね」
ミレイユが静かに言う。
「ええ」
「返しますか」
「銀貨三枚」
「母へ二、妹へ一」
「名目は」
「炭と薬と、少し良い靴で」
「届きます」
「お願いします」
ノイルが、手紙の話だと察したらしく、小さく聞いてくる。
「よかったですか」
「かなり」
「じゃあよかったです」
若い親衛隊長のそういう返しは、素直でいい。
その時、
橋頭堡の南側がざわついた。
北から来た歩荷。
南から来た布車。
さらに、補給塔一号の灯を見て止まった小商人が、橋の手前で列になり始めている。
橋が通る。
湯がある。
寝台がある。
前線の真ん中で、それは強い。
「兵站城主」
ミレイユが、また楽しそうな顔で帳簿を開いた。
「何です」
「見てください」
「見てます」
「橋の北と南、両方から列です」
見る。
湯札が欲しい顔。
薬が欲しい顔。
橋を渡りたい顔。
護衛つきの暖かい席に乗りたい顔。
全部わかりやすい。
「悪くないですね」
「悪くありませんね、の段階は越えました」
「どのくらいです」
「ここに市を立てると、かなり強いです」
その言葉に、
セレナとガレスも顔を上げた。
「橋頭堡でか」
「橋と補給塔の間です」
俺は答えた。
「湯札」
「薬札」
「橋通行札」
「金庫預かり札」
「主車席札」
「親衛護衛相談」
「まとめて売れます」
ガレスが笑う。
「また始まったな」
「だが、だいぶわかる」
セレナも短く言う。
「橋を開けた以上、人はここで止まる」
「ええ」
「止まるなら、市になる」
「その通りです」
ノイルは、まだ一号室の鍵を握ったまま目を輝かせていた。
「兵站城主」
「何です」
「ここでも市、やるんですか」
「やります」
「雪原の真ん中で?」
「橋と湯と寝台があるので」
「……すごいな」
「見ればわかります」
主車の窓の外では、
橋の灯が昼の曇り空にも細く見えていた。
橋頭堡。
補給塔。
士官浴場棟。
士官寝台室。
冬戦馬。
白毛皮。
銀貨。
鍵。
全部がもう揃っている。
だったら次は、
この前線の真ん中に、湯札と薬札と護衛席が飛ぶ本市を立てればいい。
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