第6話 綺麗な倉庫は盗みにくい、査察前日に風呂と帳簿を揃える
査察官を殴るのに、槍はいらない。
必要なのは、現物と証人と、
「俺はまだ生きている」と書いた紙だ。
朝一番で、ミレイユの書記が俺を呼びに来た。
「補給主任、これを」
差し出されたのは、昨夜エドガーの鉄箱から出てきた紙束の一番下に挟まっていた、薄い羊皮紙だった。
折り目を開いた瞬間、少しだけ指先に力が入る。
表題は、こうだ。
北辺第八砦 機能停止に伴う損耗整理草案
嫌な紙だと、一行目でわかる。
その下には名前が並んでいた。
副司令セレナ・アルヴェイン 戦死扱い
軍曹ガレス・ボーデン 戦死扱い
老軍医イネス 行方不明につき戦死扱い
――以下、残存兵一括整理可
そして最後に、見慣れた名前があった。
補給官カイル・ルーヴェン
補給失敗後の処分輸送中に失踪 死亡扱い
「……趣味が悪いですね」
俺が言うと、ミレイユは横から紙を覗き込み、珍しく笑わなかった。
「商売として見ても、かなり悪趣味です」
セレナが後ろから紙を受け取り、無言で最後まで目を通した。
それから、ゆっくり息を吐く。
「最初から、全員死んだことにするつもりだったか」
「そのほうが荷も金も綺麗に消えますから」
俺は紙を取り返し、倉庫の樽の上へ広げた。
「全員呼んでください」
「朝飯前にか?」
「朝飯前のほうがいい」
セレナはそれだけで察したのか、すぐに踵を返した。
しばらくして、兵たちが中庭へ集まってくる。
まだ眠そうな顔もある。
夜通し壁を直したやつらは、目の下に隈までできていた。
ガレス軍曹が欠伸を噛み殺しながら言う。
「何だ補給主任。今度は朝から砦を売るのか」
「売る前に、死体を減らします」
「縁起でもねえな」
俺は樽の上の羊皮紙を指で叩いた。
「王都は、昨日の時点で俺たちを死んだことにする準備をしていました」
ざわめきが広がる。
俺は草案を読み上げた。
最初の数名だけで十分だった。
兵たちの顔が変わる。
笑えない顔だ。
怒る前の、冷えた顔だ。
「だから訂正します」
俺はその横に、新しく用意した紙束を並べた。
ミレイユの持ってきた上質紙だ。
無駄に白くて高そうだが、こういう時は見た目も大事だ。
表題は、俺が書いた。
北辺第八砦 生存名簿
「自分の名前の横に、生きている印をつけろ」
中庭が静まり返る。
「字が書けるやつは署名。書けないやつは指印。右手が使えないなら左でもいい。とにかく、今日は全員、自分で自分が生きていることを残せ」
若い兵が一人、ぽつりと言った。
「ひでえ朝礼だな……」
「死体のまま朝飯を食う趣味はないでしょう」
「それはそうですけど」
そこで、負傷兵の一人が笑った。
「俺、昨日まで腕飛びかけてたのに、今朝は生存証明かよ」
「忙しい砦ですね」
「嫌いじゃねえ」
笑いが少し広がる。
それで十分だ。
一人目はガレスだった。
大きい手で、乱暴な字を書く。
ガレス・ボーデン 生存
次にセレナ。
槍ダコのある手で、迷いなく署名する。
セレナ・アルヴェイン 生存確認済
それを見た兵たちが、次々に前へ出た。
字が下手なやつ。
書けないから親指に墨をつけるやつ。
包帯だらけの腕で、震えながら名前をなぞるやつ。
イネスは呆れた顔で言った。
「医者になって長いけどね、自分の患者に“生きてます”って書かせたのは初めてだよ」
「俺も初めてです」
「まあ、嫌いじゃない」
若い兵の一人が、自分の名前の横へ墨のついた親指を押したあと、紙を見つめて呟いた。
「これ、ちゃんと残るんですよね」
「残します」
「戦死扱い、消せますか」
「消します」
俺は即答した。
「そのために、今日来る査察官を使う」
ミレイユがそこで口を挟む。
「好きです、その言い方。人を道具みたいに使う男は、だいたい話が早い」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「商人の褒め言葉です。かなり上です」
生存名簿が埋まっていく。
最後に、俺も自分の名前を書いた。
カイル・ルーヴェン 生存
ほんの数文字なのに、妙に腹の奥へ落ちた。
死亡扱い、か。
王都の会議室では、そういう紙一枚で人が消える。
家族への給金も、戦傷者の記録も、名誉も、だいたい一緒に消える。
なら、紙で戻す。
それが一番早い。
「ミレイユさん」
「はい」
「これの写しを三通。北方防衛司令部、南街道商人組合、あと、あなたの手元」
「もう準備しています」
「仕事が早い」
「商人ですから」
彼女はさらりと言って、書記へ顎をしゃくった。
「ついでに、昨夜の契約書と、奪還物資の目録も一緒に写して。今日は“死んだ砦”が“金の動く砦”だって証明する日よ」
いい言い方だ。
俺は中庭を見回した。
「全員聞け。今から査察向けに砦を整える」
ガレスが眉をひそめる。
「査察向け?」
「ええ」
俺は指を折った。
「四番車の治癒薬は医務室へ。薬を使っているところが見えるように。六番車の矢尻は鍛冶場前へ。釘は補修班に配って、壁を叩く音を止めるな。一番車と二番車はわざと見える位置に置け。あと鍋を増やせ、塩を使え。匂いは嘘をつかない」
「砦を店先みたいに並べるのか」
「査察官には、見たいものじゃなく、見せたいものを見せます」
セレナが槍を担ぎ直した。
「嫌いじゃない」
「俺もです」
「私は少し嫌いですけど、儲かるなら許します」
ミレイユまで混ざってくる。
空気が軽い。
いい。
今日必要なのは、死地の顔じゃない。
“終わっていない砦”の顔だ。
昼前には、砦の景色がかなり変わっていた。
正門の前には、奪還した五台の荷車を順に並べた。
それぞれの轅には札を吊るす。
第一便 一番車 小麦
第一便 二番車 塩肉
第一便 四番車 包帯・治癒薬
第一便 五番車 冬布
第一便 六番車 矢尻・鉄釘
札の字は俺だ。
下手でも読みやすければいい。
その横では、鍛冶班が鉄釘を小分けにして補修班へ回している。
壁の上では木槌の音が続く。
医務室の前では、イネスが治癒薬を怒鳴りながら配っていた。
「次! 次! 今日は死ぬ暇ないよ!」
厨房からは、塩と肉の匂いがしている。
兵たちはわざとらしいくらい元気に動き回っていた。
演技も混じっているだろう。
だが、ちゃんと腹が満ちて、薬が回って、釘が足りているなら、半分は本物だ。
見張り台から声が飛ぶ。
「南街道! 騎兵二十! 歩兵三十! 白地に監査局の黒印!」
来た。
中庭の空気がぴたりと締まる。
「配置そのまま」
俺は言った。
「剣は抜くな。抜かせるな。今日は槍より先に紙を出す」
セレナが隣へ立つ。
「無茶を言う」
「いつもです」
「まあな」
門前へ出る。
やがて、南街道の土煙の中から、査察官バルト・ヘインズの一行が現れた。
騎兵は揃っている。
歩兵も装備がいい。
中央には屋根付きの書記馬車。
その横に、黒塗りの小さな印箱を抱えた書記がいる。
そして先頭の男――バルトは、まるで泥に足をつけるのが屈辱みたいな顔で馬から降りた。
年は四十前後。
細い口髭。
清潔すぎる革手袋。
鎧より先に、印章と書類が似合う顔だ。
彼は正門の補修跡と、荷車と、動く兵たちを見た。
その瞬間だけ、口元がわずかに引きつる。
期待した景色ではなかったんだろう。
「……北辺第八砦か」
バルトは不快そうに言った。
「話と違うな」
「こちらもそう思っています」
俺は一礼した。
「補給主任、カイル・ルーヴェンです」
「ルーヴェン?」
彼の目が細くなる。
「補給失敗の責任者として処分された男か。死亡扱いのはずだが」
「訂正が必要ですね」
「生意気だな」
「仕事です」
短く返すと、バルトの口元がさらに歪んだ。
「王都第三遠征団会計監査局所属、査察官バルト・ヘインズだ。私は本日、機能停止した第八砦の残余資産整理および回収に来た。責任者を出せ」
「副司令ならこちらです」
セレナが一歩出る。
「北辺第八砦副司令、セレナ・アルヴェイン。見ての通り、この砦は機能停止していない」
「それを判断するのは君ではない」
バルトはぴしゃりと言い、こちらを見た。
「まず門を開けろ。査察を行う」
「どうぞ」
俺は答えた。
「その前に、入門記録へ署名を」
用意していた板机の上へ、一枚の紙を置く。
時刻、人数、目的、指揮官名。
ただの入門記録だ。
だが、こういう紙は大事だ。
バルトが眉をひそめた。
「必要か?」
「必要です。昨夜、敵襲があったので」
「査察官相手に門番ごっこか」
「生きている砦なので」
わざと、少しだけ強く言った。
後ろにいたミレイユが、さらりと口を添える。
「査察官殿。商人の立場からも、入門記録は助かります。今日ここで何が見られたか、後から揉めませんから」
「君は?」
「ロスタ商会、買付人ミレイユ・ロスタです。昨日、第八砦と正式契約を結びました」
その名を聞いた瞬間、バルトの視線が鋭くなる。
契約。
商人。
第三者。
全部、嫌いな単語だろう。
だが嫌っても消えない。
バルトは舌打ちを飲み込み、ペンを取った。
乱暴な字で署名する。
正午前、査察官バルト・ヘインズ、騎兵二十、歩兵三十、書記二名。
いい。
これで「来ていない」「見ていない」は消えた。
「案内しろ」
彼は紙を放るように置いて言った。
「喜んで」
俺はまず、正門脇の荷車へ連れていった。
「昨夜と今朝、敵から奪還した軍用物資です。第一便の一番車から六番車まで。三番車は敵の破城槌に転用されていたので、現在は門材として使用中」
「……使用中?」
「見ますか。門です」
「いや、いい」
見たくない顔をした。
わかる。
次は医務室。
イネスがちょうど、傷兵の腕へ包帯を巻き直しているところだった。
治癒薬の小瓶が机に並び、薬草の鍋が煮えている。
「医務室は稼働中です」
俺が言う。
「重傷二は処置済み。軽傷七は勤務可能。老軍医イネス、本人に聞いてもらって構いません」
「聞くまでもないよ」
イネスが顔も上げずに言った。
「死んだ砦じゃ、こんなに薬を無駄遣いしないからね」
バルトの頬がぴくりと動く。
そのまま壁沿いへ移る。
補修班が釘を打ち、兵が石材を運び、弓兵は新しい矢束を数えていた。
ガレスがわざと大声で怒鳴る。
「そっちの釘束、二十本単位で分けろ! 査察官殿に見えにくい仕事をするな!」
「軍曹、それはさすがにどうかと」
「聞こえるように言ってるんだよ!」
兵たちの間に、少しだけ笑いが起きる。
バルトのこめかみに血管が浮いた。
いい傾向だ。
最後に、俺は中庭の樽机へ戻った。
その上には、三枚の紙を並べてある。
一枚目。生存名簿。
二枚目。奪還物資目録。
三枚目。緊急補給請求および未払い給金請求。
バルトの目が、その三枚の上で止まる。
「何のつもりだ」
「査察です」
俺は一枚目を指で叩いた。
「まず、生存名簿。昨夜時点で、あなた方は俺たちを死亡扱いにする草案を作っていた」
そう言って、例の損耗整理草案を横へ置く。
バルトは一瞬だけ黙った。
紙の端に押された、監査局の事前印。
その印は消せない。
「草案だ」
「でしょうね」
俺はうなずいた。
「だから訂正してもらいます。草案なら、まだ間に合う」
ガレスが前へ出た。
「俺、昨日の時点で戦死扱いらしいんでな。悪いけど、今日は少し生きてる」
「……」
「こっちは薬飲んでるし、壁も叩いてる。見ればわかるだろ」
セレナも槍の石突きを鳴らす。
「この砦は機能停止していない。副司令として証言する」
「老軍医としてもね」
「契約相手としても証言します」
ミレイユが笑顔で続けた。
「しかも生存名簿の写しは、今朝のうちに三通、外へ出しました」
バルトが、そこで初めて彼女を真正面から見た。
「商人風情が、軍の内情へ口を出すな」
「軍の内情が、商人の荷へ手を出したのが先です」
ミレイユは一歩も引かなかった。
「私、損をするのは嫌いなんです」
好きだな、この商人。
バルトは視線を俺へ戻した。
「それで? この紙に私が何をしろと」
「簡単です」
俺は生存名簿を差し出した。
「確認印を。今日正午時点で、第八砦の名簿上の人員が生存し、砦が機能停止していないことの確認として」
「断る」
即答だった。
まあ、そう来る。
「理由は」
「君に命令される筋合いはない」
「命令ではなく、査察の結果確認です」
俺は平然と答えた。
「あなたが本当に査察官なら、“見た”ことを残せるはずだ」
「生意気な――」
「それとも、見ていないことにしますか?」
少しだけ、声を低くした。
「入門記録には署名済み。商人二名、砦副司令、老軍医、兵全員の生存署名あり。あなたの前には、昨夜まで死んだことにされる予定だった人間が立っている。ここで確認印を拒否するなら、その理由も一緒に残ります」
バルトの後ろにいた書記が、小さく息を呑んだ。
自分でもわかっているんだろう。
ここで無視すれば、無理が出る。
俺はさらに、二枚目の物資目録を指した。
「奪還物資目録も同じです。これらは放棄資産ではなく、現地奪還済みの軍用物資。査察官殿の確認印があれば、王都で勝手に“行方不明”にはできなくなる」
「……君は」
バルトの目が冷たく細まる。
「ただの補給官ではないな」
「ただの補給官ですよ」
「だから厄介だと言っている」
その瞬間だった。
柱に縛られていたエドガーが、耐えきれず叫んだ。
「バルト殿! こいつを黙らせろ! そういう話だっただろう! 砦は落ちる、名簿はまとめて――」
「黙れ!」
バルトが怒鳴る。
遅い。
十分すぎた。
ミレイユの書記は、もうちゃっかりその場面まで書きつけていた。
「……査察官殿」
ミレイユが柔らかく言う。
「今のは、かなり高くつきますよ」
「君も黙れ」
「無理です。今日は取引日なので」
最高だ。
バルトは数秒だけ黙ったまま、紙を見下ろした。
表情の奥で、必死に計算している顔だ。
ここで印を押せば、死んだことにする段取りは崩れる。
押さなければ、目の前の証人と紙に負ける。
どちらも嫌だろう。
だから、押させる。
俺は印箱の横へ、余計な紙を一枚滑り込ませた。
未払い給金請求書だ。
「ついでに、これも受領印を」
「何だと?」
「生存確認をした以上、給金と危険手当の請求は生きた名簿で処理してください。死体扱いの穴埋めに回されると困る」
「貴様……!」
バルトの顔が赤くなる。
いい顔だ。
俺は続けた。
「兵の名誉も、家族へ行く金も、紙一枚で消されるのは知っています。だから、今日は紙で戻してもらう」
後ろで、一人の若い兵が小さく呟いた。
「……母ちゃんに、死んだって紙が行くの、嫌だな」
「行かせません」
俺は視線を外さずに言った。
「そのための印です」
静かになった。
兵たちの視線が、全部バルトへ刺さる。
セレナは槍に手をかけたまま、一歩も引かない。
ガレスは腕を組んでニヤついている。
ミレイユはいつでも笑える顔で、でも目だけが冷たい。
バルトは、ゆっくりと手袋を外した。
「……いいだろう」
吐き捨てるみたいに言う。
「確認印だ。承認ではない」
「十分です」
書記が慌てて印箱を開く。
黒い金属印が出る。
その印が、生存名簿へ押された。
鈍い、重い音。
一つ目。
次に、奪還物資目録。
二つ目。
最後に、未払い給金請求書と緊急補給請求書の受領欄。
三つ目。
音が、妙に気持ちよかった。
釘を打つ音に似ている。
壁が一枚、増える時の音だ。
ガレスが喉の奥で笑う。
「いい音だな」
「ええ」
俺は押印された紙を手に取った。
「死体が生き返る音としては、かなり上出来です」
兵たちの間に、低い笑いが広がる。
バルトはその笑いを聞きながら、俺を睨んだ。
「覚えておけ、カイル・ルーヴェン。紙で勝ったつもりでも、北辺では最後に槍がものを言う」
「知っています」
「なら、調子に乗るな」
「乗ってません」
俺は受領印の欄を指でなぞった。
「在庫を確認しただけです」
バルトは歯を食いしばり、それ以上は言わなかった。
負けを認めたわけじゃない。
ただ、今日はこれ以上やると自分のほうが崩れるとわかっただけだ。
それで十分だ。
撤収の号令が出る。
騎兵が向きを変え、歩兵がざわつきながら後ろへ下がる。
書記馬車も動き出す。
だがバルトは、去り際に一枚だけ紙を机へ叩きつけた。
「受領した以上、最短便はこれだ」
投げられたのは、緊急補給請求の控えだった。
下段に、監査局書記の走り書きがある。
最短処理便
三日後夜半
灰爪渓谷経由
その横に小さく、こうもあった。
給金箱同送予定
俺の目が、そこに止まる。
給金箱。
兵の未払い分と危険手当。
金だけじゃない。
正式な支払い記録そのものだ。
バルトは俺の顔を見て、薄く笑った。
「届けばいいな」
「脅しか?」
セレナが低く言う。
「助言だ」
そう言い残し、彼は馬へ乗った。
列が南街道へ消えていく。
しばらく誰も喋らなかった。
最初に口を開いたのは、若い兵だった。
「補給主任」
「何です」
「俺、生存名簿に印ついたんですけど」
「見ればわかります」
「じゃあ、本当に給金、戻りますか」
「戻します」
俺は灰爪渓谷の文字から目を離さずに答えた。
「死んだことにされた分も、未払いの分も、まとめて」
ガレスが俺の肩を叩く。
「次は金箱か」
「給金箱です」
「中身は同じだろ」
「兵に渡るなら違います」
セレナが紙を覗き込む。
「灰爪渓谷。最悪の道だな」
「ええ」
「赤牙族の本隊も出る」
「でしょうね」
「それでも行く気か」
「行きます」
俺は控えを折りたたんだ。
三日後夜半。
灰爪渓谷。
給金箱同送予定。
具体的で、かなりいい。
「ミレイユさん」
「はい」
「灰爪渓谷の地図は」
「あります」
「さすが」
「商人ですから」
彼女はにやりと笑った。
「ついでに言うと、その便には鉄塊と乾燥豆も乗るはずです。北へ向かう定期便なら、だいたいそうなる」
「最高ですね」
「でしょう?」
いい。
次の当たりが見えた。
死んだことにされた砦は、今日、帳簿で生き返った。
なら次は、その生き返った砦へ来るはずの補給便を、自分たちの手で迎えに行けばいい。
未払いの金も。
正式な記録も。
鉄も。
豆も。
まとめてだ。
「全員聞け!」
俺は中庭へ向かって言った。
「今日の仕事は終わってません! 三日後、灰爪渓谷へ出ます! 今度は俺たち宛ての補給便を、俺たちの手で拾いに行く!」
兵たちの顔が、一斉に上がる。
さっき印をもらったばかりの名簿が、風に鳴った。
いい音だ。
次は、
その紙に見合うだけの金と物資を、
本当にこの砦へ連れて帰る番だった。
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