第41話 リーリャ、勉強する
「うーん、うーん……」
「リーリャさんは王都で教育を受けていたのではないですか?」
「受けていたニャ。でも、高度な教育を受けたからといってそれが身につくとは限らないんだニャ」
「苦手なんですね」
翌日執務室へとやってくると、リーリャの机の上にはいくつか教材が積まれていた。いずれも学問に関することで、それを見たリーリャは長時間煮だした渋い紅茶を飲んだような苦い表情をした。
対するティニーは、頑張って集めました、といわんばかりに誇らしげ。どうやら昨晩屋敷の図書室を漁り、同行している薬師や研究者にもアドバイスをもらいながら資料を集めたらしい。
「足りないものは今オストリアの図書館で探してもらっています」
「別に探さなくていいニャ。ウチは子供達用の教材を作るんだニャ」
「それはしばらく私がやりましょう。昨日の打ち合わせでどのような教育方針なのかはわかりましたから」
「いや、ティニーさんは何もわかってないニャ。ウチの方が適任ニャね」
「大丈夫です。さあ、お掛けください」
そう微笑みを浮かべながら椅子を引くティニーの眼圧に押し負けたリーリャは、仕方なく椅子に座って目の前の本を見つめる。
「えぇ……、本当にやるニャか?」
そう上体を反らせ背もたれに寄りかかりながらティニーを見上げると、さぁ、といわんばかりの彼女と目が合ってしまった。
「ちぇっ、わかったニャ……」
やむを得ず、本日一日勉強をしなくてはいけなくなった。
「――さて、復習テストです。大陸暦315年、フェンタルク帝国の軍人ベルコーレがお忍びで諸国を巡っていたヘンテルク王国の第二王女、アディーナに求婚し、断られたことに腹を立て監禁した事件はなんといいますか?」
「愛のワイン事件ニャ……」
「正解! すごいです!」
「いやいや、すごいですじゃないニャ。こんなよくわからない歴史覚えさせられてなにになるんだニャ!」
「何になるかと聞かれましても、それはリーリャさんが昨日、世界の歴史を知ることも、視野を広げるためには必要だと……」
「んぐっ……」
時刻はそろそろお昼を回ろうかというところ。朝食後から続くこのお勉強会は、いつの間にか仕事を片付けていたティニーが教師役となり、続けられていた。
昨日子供達への教育をウキウキで語っていたせいもあり、リーリャはこのお勉強会から脱出する言い訳を未だ見つけられていない。
リーリャは勉強が嫌いだ。勉強するのであれば体を動かしていたいし、旅行をしたいし、部屋でゴロゴロとしていたい。毎週決まった時間になると大量の教材を持って現れる眼鏡のおばさん。リーリャの教育担当のシスターのことは、未だ彼女のトラウマである。
それでも他者にそれを強いるときは楽しいものだ。どんなことをどういうふうに教えようか。そこに多少のストレス発散はあれど、その意識の中心は何を覚えさせれば彼女たちが立派に育ってくれるか。
それがわかっているし、実際に昨日その意識を持ってカリキュラムの作成をしていたということから、余計リーリャはこの勉強会が断りにくい。
「んげぇ……、休憩、休憩しようニャ……」
「う~ん、もう少しやってみませんか?」
「アンタは悪魔ニャッ! 夜中ウチの足下に立って命を狙っているんだニャッ!」
「なんですかそれ……、さあやりますよ」
「ふぇぇぇ……」
そういいながらテキストのページをぺらりとめくるティニーの耳に、扉がカチャリと開く音がする。
実質的にこの屋敷のトップ2であるリーリャの執務室に、ノックもなしに入ってこられる、彼女より格が上で、それでいて彼女が今何をしているのか、そのスケジュールを完璧に把握している者。
「フィリー、助けてニャ……」
「あらあら、やってるわね」
「フェリシア殿下、リーリャさんはかなり音を上げていらっしゃいます。そろそろよろしいのでは?」
「そうねぇ、よく頑張ったんじゃない?」
「はい」
そう親しげに話す2人を見るリーリャの口元は、わなわなと落ち着かない様子である。
「ぐ、グルだったんニャね」
「うん。私がティターニャにお願いしてたの」
「ぐはぁ……」
フィリーはティニーにありがとうと礼を言うと、てくてくとリーリャの元まで歩いてきて、机の上に投げ出されていた手をつかみ、引っ張る。
「さあ、お昼にしましょうか」
その瞬間、リーリャは目を輝かせながら勢いよく立ち上がると、座っていた椅子を後ろへ吹き飛ばした。
「ご飯っ!」
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