第23話 リーリャ、屋敷まであと少し

「馬車の通りが気持ち多く感じるニャね」

「そうね。東側諸領はパドウで輸入品を買ったりするからね」


 パドウを出発してから数時間。パドウに来るまでの道よりパドウをすぎてからの道の方が馬車が多く感じる。輸入品を購入する場合、最も多くの領地では大規模に輸入を行っている王都西部のトリバーニ港を経由して購入するのが安価で量がまとまっている。

 しかし、東側の領地で他国からの輸入品を購入する場合は、パドウで購入する方が安上がりなのだ。輸入量が少量であるが故に価格は高くなることが多いが、トリバーニからパドウまでの輸送費を考えるとパドウで少量購入した方が結果として安上がりになる。

 そのため、東側を活動の中心としている商人は、パドウで輸入品を購入していることが多いのだ。パドウから東側諸領へつながる道は、そういった理由もありヴェライセン-パドウ間より馬車の通りが多い時期がある。

 もっとも、オリーブやオレンジ、ワインの出荷時期にはパドウから王都に向かう馬車の量は多くなる。そして、パドウからトリバーニへ向かう舟の量も増加する。時期による、状況による、としか言い様がない。

 フィリー一行の馬車とのすれ違いは、それだけで検査が必要になるから商人からしたら大変だろう。少し申し訳ないと思うが、すれ違う度に商人からの贈り物だ、といくつか品物を頂いていることから、商人からしても珍しい体験なのだろう。

 盗賊や魔物の心配が減るのだから、それほど迷惑だと思っていない商人もいるかもしれない。


「それにしても、パドウの海鮮はおいしいニャね」

「本当ね。さすがは港町」


 馬車を休ませることのできる広間に馬車を止め、一行は昼食を取っている。今日のメインはパドウで積み込んだ新鮮な海鮮で、特にリーリャはボイルされた蟹がお気に入りらしく、先ほどから細い棒を使ってホジホジと身をほじくり返している。

 フィリーはマナーが……、と呟きながらもうれしそうにその様子を眺め、切れ味が……、とため息を吐きながら木製のカトラリーでレモンののった魚のソテーを食べている。

 切れ味の悪いナイフで魚を切ろうとすると、身が筋膜に沿ってぐしゃっとなってしまう。フィリーはそれが少しムカつくそうで、リーリャはその姿をニヤニヤと眺めていた。


「何よ」

「いやぁ、かわいいニャあと思って」

「……そんなこと言うなら、くらえっ」

「んぎゃッ、んにゃぁあ! すっぱぁ……!」


 フィリーは魚の上に乗っていたレモンを折りたたんでフォークを刺すと、そのままリーリャの口の中に突っ込んで、んぐんぐしているリーリャを見て笑う。


「んにゃぁ、あぁ、蟹味噌おいしいニャ……」


 蟹味噌の濃厚な味とレモンが合うらしい。リーリャはすぐに回復し、コロコロと変わるリーリャの顔色は、さらにフィリーの腹筋を刺激したとかなんとか。







「見えたわ、オストリアよ」


 メインの街道から外れ、王女領へ向かう細道に入る頃には道は荒れていて、後半はかなり揺れの大きい旅となった。そんな旅もまもなく終わりを迎える。オストリア周辺は所々に木が生えているものの、基本的には畑になっている。

 豊富な栄養分を含む土壌は穀物を育てるのにうってつけで、国内消費分のほぼすべてを東側諸領で賄っているし、他国の輸入分も含めて世界の生産の相当な割合は付近の農場が担っている。

 麦ではなく雑草が茂る畑も立派な農業の最中で放置されているわけではない。そうした雑草が枯れることにより養分が補給され、肥料なしでも安定した生産が可能になるというわけだ。


 馬車から見えるオストリアの町並みは、まるで領都には見えないほどの小さな都市である。途中に寄った町であるヴェライセンの4分の1程度の規模しかない小さな町。村ほど小さくはないけれど、都市と聞いて思い浮かべるような町ではない。

 というのも、王女領で生計を立てる多くの人が農民であり、それぞれ村に散らばっていて町には集まらないのだ。第三次産業はあまり発展していない。ここは第一次産業の割合がほとんどを占める領地だ。


「いつ来ても田舎ニャね」

「そうね。王都に比べれば何もない辺鄙な土地よ。でも私はここが好きだから」


 彼女が生まれて数年後、直轄領だったこの領地を譲り受けてからしばらくの間、彼女は名ばかりの領主で、今まで通りの領地経営がなされていた。彼女に発言権はない。しかし10歳を超え教育を受け始めると、この土地は周りの有識者からアドバイスを受けて彼女が統治していく土地へと徐々に変わっていった。

 そして成人を迎えた今、彼女は立派な領主を目指し自らの頭で考え、政策を行っている。

 彼女が王都で生活しておきながら、国は農民により支えられているという意識を持ち続けているのは、彼女の領地が農業で成り立っている領地だから。陛下が彼女に辺境で財政状況の厳しい農業に頼り切りの経済、それでいて少子化の進む厳しい土地を任せたのは、彼女が将来王妹として国のトップに立つ時を見据えたためだろう。


「オストリアには寄るの?」

「寄らないよ。今日はもうそのまま屋敷に向かうから」


 オストリアの少し横にある道を通って屋敷へと向かう。屋敷はオストリアから馬車で1時間ほど進んだところにある村の、その中心から少し離れたところにある湖畔に立っている。

 村の中心から屋敷までは歩いて容易に行ける距離で、リーリャはそこから毎日歩きか馬を使って子供達の住む家まで通ってほしいとのことだった。


「ウチは子供達と一緒に住まなくていいのかニャ?」

「ええ。リーリャにはいろいろやってほしいこともあるし、……何より離れたら寂しいでしょ?」

「それもそうニャね。あ~、夢みたいだニャ。まさかフィリーとこんなに早く一緒に住めるニャんて」

「ええ、私もよ」


 そうベッドの縁に座って手をつなぐ2人を乗せた馬車は、ゆっくりと屋敷に近づきつつあった。

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