第22話 リーリャ、パドウで宿泊する

「リーリャ、海が見えたわ」

「んニャ……?」


 瘴気だまりの一件からしばらく、その後馬車は何事もなく順調に進み、地中海を眺められる景色のいいところまでやってきていた。ゴロゴロと惰眠を貪っていたリーリャは、フィリーにたたき起こされると眠い目をこすりながら窓の外を見た。


「おぉ、ついにここまで来たんニャね」


 地中海が望めるようになればもうまもなくパドウに到着する。パドウは王国が位置する大陸と、その南側対面に位置する大陸とで挟まれた内海である地中海の物流拠点の1つである。

 とはいってもパドウで荷下ろしをすることはあまりなく、王都西部のトリバーニ港や、他国も含めた重要な港までの中間地点として、食糧の補給や船員の休息のために使われることが多い。

 荷下ろしをすることはあまりないとはいうものの、多少の物資のやりとりはあるわけで、地中海沿岸各国の伝統工芸品や文化が融合し、そして船員の息抜きのための娯楽施設が多く建ち並んでいる。

 そのせいか夜になると治安が悪化するのが問題点ではあるが、夜間に外出する予定はないため、今回の旅路では問題にならない。


 沿岸の道路から見える崖は風化した石灰質の赤い崖で、遠くに見えるパドウの町並みは王都周辺の白を基調としたものとは異なり赤や黄色のような色も混ざっている。王都とは異なり三角屋根ではなく四角い建築物の多いパドウの町並みは、美しい水色の海と調和し、思わず息を呑んでしまうほどである。

 水はけの良い斜面にはオリーブやオレンジが植えられ、それらの深い緑の葉は、光に当たり、海を背景とするとより鮮やかに見える。

 ゴロゴロとした岩の多い沿岸部の街道は馬車の乗り心地を悪化させるが、景色を見ているとそれも旅の醍醐味へと変容させられるものである。





 パドウの中心部から少し離れた丘の上にある洋館はホテルになっている。パドウで一番の高級ホテルで、今回はこのホテルを丸々貸し切って一晩宿泊することになった。大きな玄関の扉をくぐると、高い天井と大きなシャンデリア、逆U字になって上層階へとつながる階段の間には、裸の男性の像が置かれている。ただの芸術だ。


「一番眺めの良い部屋を用意させていただきました」

「ありがとう」


 支配人とおぼしき初老の男性に案内され2階へと上がる。階段を上がり右方向へと曲がり長い廊下をしばらく進むと、突き当たりにひときわ大きな扉を見つけた。廊下にあった他の部屋と比べて明らかに作りが厳かなその部屋は、いわゆるVIPルームと呼ばれるものであろうということが容易に推測できる。

 扉を開けてもらい中へ入ると、大きなソファーが4辺に向かい合うように配置された大きなリビングルームがフィリーとリーリャを出迎えた。天井にはシャンデリアがぶら下がり、天使が手をつないでいるような絵が描かれている。

 壁に付けられたガラスの両横には黒い壺が置かれ、2つの窓に挟まれるようにしてパドウの町並みが鮮明に描かれた油絵が飾られていた。


「では、失礼いたします。何かございましたら何なりとお申し付けください」


 そう深く一礼をすると、支配人は部屋から去って行き、室内にはリーリャ、フィリー、メイド数人となった。2人はメイドに荷物を任せてソファーに腰を掛けると、すぐさま紅茶とジャムがたっぷり添えられたスコーンが出された。

 2人が部屋に入るより先にメイドはこの部屋に入っていて、お茶のセットを用意していたらしい。リーリャは申し訳ないような気持ちになるが、フィリーは手と目配せで軽く礼をすると、そのままほんのり柑橘の香る紅茶を口にした。


「ここまで来たらあと少しでオストリアよ。軽く着いてからの行程を説明するわ」


 ジャムをたっぷり付けたスコーンに小さくかじりつくと、フィリーは一度カップを置いて対面に座るリーリャを見つめた。そしてリーリャが紅茶を一口飲んだ後に机に置いたのを確認すると、小さく頷いた。


「前にも少し話したけれど、リーリャは私と同じ屋敷に住んでもらうことになるわ。そこから通いで子供達に訓練を付けてほしいの。鍛えてもらう子供達は3人。名前はレネット、エルビア、フィルマよ」


 その3人は現在ミレアという元々王宮で侍女として働いていた人が育てているらしいのだが、すでに相当高齢ということもあり、そのサポートもしてほしいとのことだった。ただ、衣食住に関してはミレアが面倒を見ているため、リーリャは基本的には稽古を付けるだけ、とのことだ。


「まだどの子をどの職業に就かせるかは決めていないわ。お父様にも言われたと思うけれど、王宮や王城で働ける職業なら何でもいいわ。子供達のやりたい職業に就けるよう、鍛えてあげて」

「わかったニャ」


 子供達に教えるために必要な道具があればこちらで手配するから教えてほしい、もし人手が必要であればメイドや執事を貸し出すわ。とのことであった。リーリャは聖魔法が使えるけれど、他の属性の魔法は使えない。教えることはできるかもしれないが、もし子供が魔術師を目指すようなら、現役の魔術師にアドバイスをもらった方がいいだろう。

 リーリャは剣技は教えられるけれど、弓は使えない。弓を使いたいなら弓が使える騎士に教えを請うた方がいい。

 リーリャは侍女やメイドになる術を知らない。そのため、もし侍女やメイドを目指すなら、現役の侍女やメイドに教えを請うた方がいい。すべてリーリャ一人でやる必要はない。


「顔合わせは到着した次の日になる。いつから稽古を始めるかはリーリャに任せるわ。いつをお休みにするか、お休みはなしでもいいけれど、子供達を労ってあげるのよ」

「わかったニャ」

「それから、リーリャには土地の浄化や、豊穣祭の取り仕切りとか、聖女としての仕事を任せることがあるかもしれないわ。他にもやってもらうことはたくさんあるから、それはまたそのときにね」

「うん」


 リーリャは元聖女、かなりの聖魔法の腕を持つ。フィリーはリーリャに負担を掛けたくないという思いを持ってはいるものの、それでも領地のため、国のためにも彼女を使わない手はない。


「子供達はいい子達かニャあ……」

「わからないわ。ただ、ミレアさんが躾けてるはずだから。リーリャも怒られちゃうかも……?」

「うにゃ~、それは嫌ニャ……」

「今のうちからマナー勉強しておいた方がいいんじゃない?」

「うぎゃぁ……」

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