第3話 リーリャ、依頼を受ける

「先ほどは取り乱してしまってごめんなさい」


 涙を流していたフィリーを落ち着かせ、先ほどまでフィリーが座っていた小さなソファーに向き合うように座ると、いつの間にか部屋に入っていたメイドが紅茶を用意して、ローテーブルにお茶菓子とともに静かに乗せる。


「全然いいニャ。それで、どうしてウチを呼び出したニャ?」

「ええ、単刀直入に言うわ。リーリャ、私の領地で子供を3人育ててほしいの」


 そして、ここから先は秘密の情報よ。とフィリーは静かに紅茶を一口飲むと、国王陛下があと5年で引退するつもりであるということを話し出した。

 現在の国王の年齢は55歳。まだまだ現役で行けるはずではあるものの、早めに第一王子に王位を継がせて権力争いの回避と、譲位後の政治の安定のサポートをしたいらしい。

 現在第一王子、つまり王太子は25歳。すでに王太子妃との間に男の子が生まれ、現在2人目がお腹の中にいる。女の子であるという医師の診断を得ている。早いうちから引き継ぎを始め、5年後、王子が30歳、現国王が60歳の時に譲位する。

 フィリーはまだ16歳。現国王と現王妃の間には男の子は多く生まれたものの、なかなか女の子に恵まれなかった。王妹室を設置するために王家の血を引く女の子を産む必要がある。その結果、現在王子は5人。それに対して王女はフェリシアただ1人。戦の火種になりかねないのだ。

 もしフィリーが暗殺され王妹室が設置できなくなれば、王子のいずれかが王妹室の代わりに施政の監視を行い、国王の娘が15歳で成人を迎えたタイミングで新国王へと譲位しなくてはいけなくなる。まもなく女の子が生まれるということなので、譲位から10年、あと15年で再び国王が替わるということになりかねない。

 王妹室の代理を行う王子が誰になるのか。代理が決まった後、その王子に近しい貴族は譲位に反対するだろう。結果として最低2回は争いが起きる。


 だからこそ、早めに譲位を行い、政権を安定させる。そしてそれまでフィリーをなんとしてでも守る必要がある。そこで出た案がフェリシアを領地経営の勉強として第一王女領の領都、オストリアへと送り、近衛兵の一部をつれて保護するという話だ。近衛兵は基本的に現在の王姉担当の一部を連れて行くことになっている。

 第一王女領は王国南東部に広がる広大な草原の一部を有する農業地帯で、ステップ気候でイネ科の雑草が枯れて作られた栄養満点の黒い土は、質の良い穀物を大規模に栽培するのに適している。国内消費分のみならず、近隣諸国への輸出まで。多くの小麦を始めとする穀物が第一王女領と、近隣の領地で生産されている。

 第一王女領の東側には高い山脈がそびえ、他国との国境があるもののその山脈により侵攻されることはなく、そして山脈を越えたヘンテルク王国はカルシュタイン王国も属する諸国連合の加盟国であり、友好国だ。

 策謀にまみれる王都から王女を脱出させ、農業以外に何もない第一王女領に送る。そしてそれを国を挙げて本気で守護する。


「そこで付いてきてくれる聖女を探していたんだけれど、なかなか教会の司祭が頷いてくれなくて……。そこで一芝居打ったのよ」

「まさか……」

「そう、第一王子は別に猫アレルギーなんかじゃないのよ。でも猫アレルギーだからと嘘をついてレミスト教の本部に、リーリャが王都にいる状態だと第一王子は教会とレミスト教本部には行けない。って言う書簡を出したのよ。そうしたらリーリャを私に付けて辺境に派遣してくれると思ったから。相談しなくてごめんなさい。でも機密事項だったのよ」

「えっと、でもウチ聖女やめさせられちゃったニャ……」

「そうなの。本当にごめんなさい。私たちもまさか教会を追い出すとは……。お父様はだろうなと仰っていたけれど……」


 教会は第一王子派で、だからこそリーリャを追い出してしまった。下を向きながらそうつぶやいたフィリーは顔を上げて私の目を見ると、座ったまま頭を下げた。先ほどの涙は追い出されてしまった私に対する同情の涙ではなく、王家の都合で職を失わせてしまったことに対する罪悪感から来る涙だったようだ。


「にゃはは~、べつにいいニャ。元々一部のレミスト教幹部から嫌われてたニャ。昔に獣人風情がどうして神聖なるレミスト教の聖女見習いなんてやっているんだ~って。もうその司祭はやめちゃったニャ。それで、ウチが領地で子育てっていうのはどういうことニャ?」

「その差別的発言は聞き逃せないわね。まあ今はいいわ。元々聖女を連れて行くのは私の領地経営が上手くいっているとアピールするために、定期的に領地に聖魔法を掛けてもらうためだったのよ。後は少ないとは言え魔物も出るには出るわ。こうした仕事がない間はオストリアを中心に聖女として諸領を回ってもらおうと思ったのだけれど……」

「もう聖女じゃニャいから」

「そう。そこで仕事がなくなったリーリャには私の将来の側近を育ててほしいのよ」


 オストリアに逃げるといっても、安全上の観点からフィリーが住むのはオストリアではなく、そこから馬車で1時間ほどのところにある小さな村だ。領都に比較的近いとは言え、本当に何もない辺境である。

 その村からさらに少しいったところ、湖畔にすでにフィリーが住む用の屋敷が建てられており、第一王女領の経営を行いながら王妹室に入れる人員の計画や、政治経済や地政学をはじめとした学習、早馬を使って王都とやりとりをしながら譲位関連の調整を行う。ということらしい。

 リーリャはその村で孤児を3人引き取り、5年間でフィリーの側近として教育する。


「どうかしら。引き受けてくれるかしら……。引き受けなくても、王家の都合で職を失わせてしまったのですから、王都で住むでも、別の町へいくでも資金の援助はいたします」

「もちろん引き受けるニャ。でもウチ子育てなんかしたことないけど、大丈夫ニャ?」


 そう言うと、フィリーは少し馬鹿にするような笑顔を浮かべた。


「元々リーリャに子育てなんて期待してないわよ」


 どうやら現在高齢のおばあさんに3人とも育てられているらしいのだが、そのおばあさんがリーリャをサポートしてくれるため、躾なんかはおばあさんに任せておけばいいとのことだ。だからリーリャがすることは子供の教育。つまり3人の師匠になる。


「わかったニャ。ちなみに出発はいつニャ?」

「明後日よ」

「急すぎニャ!!」

「元々リーリャは後からオストリアに派遣されるという前提だったのよ……。リーリャ相当嫌われてたのかしら……? 脱走するし、言葉遣いは直らないし、王女様と密会するしね」


 そう言ってフィリーは楽しそうに笑った。


「後のことは行きの馬車で話しましょう」

「一緒の馬車ニャ?」

「もちろん。2週間くらいの長旅よ」

「ウチ、あのぼよんぼよんする椅子嫌いニャ……」

「あら、私は好きよ。お尻が痛くなくていいじゃない」

「んぎゃ~っ」




====あとがき====

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