第2話 リーリャ、王女様と会う
聖女のお給金はそこまで高くない。衣食住すべて用意されているためだ。そのため、あまり貯金の無いリーリャは町の隅の小さな宿屋に泊まっていた。今日で3日目である。
南の門近くの家族経営で合計20部屋にも満たないような3階建ての小さな宿屋。その2階の、ベッドとクローゼットと、小さな机があるだけの小さな部屋が彼女の部屋だ。これからどうするかまだ答えは出ていない。
「少なくとも町は無理ニャ。教会を追放された聖女を雇ってくれるところなんてどこにもないニャ……」
カーテンを閉めた小さな部屋の、古びたベッドに座ってリーリャはうつむくだけだった。
「やっぱりもう国を出るしか……」
お金がないリーリャにとって、仕事がない状態で物価の高い王都に居続けることはあまり得策とは言えなかった。このまま仕事もなく王都にだらだらと居続ければ、いずれお金がつきて田舎に行くこともできなくなる。できるだけ早く結論を下さないといけない。外れとは言え、王都は王都。こんな小さな安宿でも、宿代は馬鹿にならない。
ひとまず現状の手持ち金を確認するためベッドから立ち上がりクローゼットの引き出しを開ける。小さな麻袋の中には大銀貨5枚に小銀貨7枚、大石貨5枚と小石化4枚。合計5,754ギルである。この宿屋が一泊300ギルのため、そう長いこといられない。
早いうちに郊外へと出ようと出立の荷物をまとめていると、コンコンコンと部屋の扉が優しくノックされた。その後に続くのは看板娘のおしとやかでかわいらしい声であった。
「リーリャさん、お客さんがいらしていますよ」
「誰ニャ? いまいくニャ」
ひとまず鞄に入れようと手に取りかけていたお金をクローゼットの奥の方にしまい、部屋の扉を開けると、そこには正装をした騎士が2人、扉の前で私が出てくるのを待っていた。
「リーリャ様ですね」
「はい、そうニャ」
「フェリシア王女殿下がお待ちです。王城まで私ども一緒にお越しください」
「……フィリーが?」
「はい。お話があるとのことです」
「わかったニャ。あ、ウチもう聖女じゃニャいから、正装がなくて……」
「大丈夫です。服装は気にしなくて良いとのことでしたので、とにかく私どもと一緒に王城までお願いいたします。本日仕事をキャンセルしてお待ちしているとのことです」
「ニャんでっ?!」
「迷惑を掛けたから。だそうです」
急いでクローゼットにしまってあった数少ない荷物を鞄に詰め込んで宿屋の階段を下りる。ロビーで主人と話していた騎士の一人に声を掛けると、エスコートされるようにして宿屋の外へと案内された。
外には王家と第一王女殿下の紋様が刻まれたピンクと白の馬車が止まっており、少し離れた位置で民衆がこちらを見ていた。
聖女であったリーリャはこうしたエスコートと馬車への乗り込み、そして多くの視線には慣れており、平静を保ったまま静かに馬車に乗り込む。サスペンションの入った赤色の椅子は、先ほどまで座っていたベッドよりふかふかであった。
どんよりとした曇り空が見える小さな窓に反射するリーリャの顔は、少しやつれ、耳の毛並みは数日前の艶を失っているように見えた。
カタカタと石畳の継ぎ目に合わせて揺れる馬車の振動はサスペンションが吸収してくれるため揺れは小さいが、リーリャは最近の高級馬車のバネのような椅子があまり得意ではなかった。リーリャはこうしたバウンドするような椅子の馬車に乗ると酔ってしまうため、普段から好んで旧式の木製椅子に薄いシートが貼ってある馬車に乗っていた。
王都の外れの宿屋から王宮の入り口までは、途中城門での審査時間も含め、馬車で30分程度の道のりである。整備された道は振動こそするものの、王都から出ていく街道に比べれば揺れは少なく、少しの酔いはあるものの吐くほどでもなく、無事に王宮に到着することができた。
カーテンを閉め切っていたことに加え、ここまでの疲労で外の様子を確認する余裕もなかったリーリャは、城門を通過したことも、4日前まで住んでいた聖女宿舎の横を通ったことも、そして王宮前に到着したことも扉が開くまで気がつかなかった。
どんよりとした雲の元、複数の使用人に出迎えられたリーリャは、見習い時代から体に染みついている姿勢と所作で、案内役の第一王女秘書の一人の後ろをてくてくとついて行く。
王宮といっても、今いる場所は第一王女殿下用の離宮で、サイズは一回り小さい。市街地から見える白い壁と青い屋根の天井の王城と王宮は全く別のもので、あくまで王宮は王族の自宅、王城は貴族の仕事場だ。白い壁と青い天井というセットは変わらないものの、洋館のような見た目をした3階建ての建物は、茶会用兼王女殿下の趣味のガーデニング及び薬草栽培用地となっている裏庭を通る屋根付きの廊下によって王宮につながっている。
いずれ第一王女は父である国王が退位した後、次期国王の行う施政に問題がないか見守るための監視機関として王姉室または王妹室を組織し、王宮に残留する。独自で民から話を聞いて公共事業を興したり、緊急時に王がいない場合、または王が危篤状態に陥った場合に王に代わって国を運営していくこともある。その立場が王妃ではない理由は、王族が主導で政治を行っていく。という建国当時、王権、王の血筋の意味を強めるために定められたもので、それが今でも受け継がれているからだ。
その際他者の干渉を避けるため第一王女は結婚をせず、女性社交界のトップとして、そして王に次ぐ権力者として兄弟の施政をサポートする。
だからこそ次の王妹室が置かれるこの王女殿下用離宮はとにかく大きく、庭で、地下で、そして隠し通路で王城とつながっている。
その離宮の2階、第一王女殿下、フェリシア・オード・カルシュタイン殿下の私室は中庭が最も美しい角度で見下ろせる位置にある。質素倹約を好む王女殿下の住まう離宮は絵画や芸術品の少ないシンプルなものであるが、庶民的で穏やかな内装と彼女の性格を、リーリャは好ましく思っていた。
そして、リーリャと王女殿下は頻繁に茶会を催し、それぞれ定期的に自室に赴き、たわいもない話をする友達であった。そして、王女殿下はリーリャに自身のことを愛称のフィリーと呼ばせ、王女領への聖女の派遣は毎回リーリャを指名していた。
部屋の前で待機していた執事によって開けられた扉をゆっくりとくぐると、そこには見知った彼女の姿があった。
「リーリャ……」
王女殿下は窓際、丸いローテーブルを挟んで向き合うようにして配置された一人用のソファーに腰を掛けながら、心配そうに目尻を下げて、入り口に立つリーリャを見ていた。
「フィリー、きっとこれが最後ニャね」
その姿を見たリーリャはそう言って王女殿下の愛称であるフィリーと呼び微笑みかけると、フィリーは勢いよく立ち上がり、作法を無視して入り口まで駆け足で近寄った。そしてそのままリーリャを強く抱きしめた。
「そんな悲しいこと言わないで。私は最後の別れを言うためにリーリャをここに呼び出したんじゃないわ」
耳元で放たれるその声は少し震えていて、首を回って肩に添えられた彼女の手は少し汗ばんでいた。秘書はいつの間にか退室し、雲の隙間から注ぐわずかな光を取り込む大きな窓から裏庭のガゼボの屋根を眺め、リーリャはフィリーの長く美しいゴールドの髪の毛をかき分けながら、背中にそっと手を当てた。
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