猫獣人の元聖女、辺境で孤児を鍛えます。

べちてん

第1話 リーリャ、教会を追い出される

「リーリャ、突然呼び出してすまんな」


 大聖堂そばのレミスト教本部。そこの2階、司祭室に2人、金と白の羽織物を来た頭ツルツル司祭と、青と白に金色の装飾が施された美しい服を着た猫耳の聖女が長方形のローテーブルを間に、向かい合うようにして革張りの黒いソファーに座っていた。


「いえ、全然大丈夫ですニャ。それで何の用ですかニャ?」


 リーリャと呼ばれたその猫獣人は、耳をピクピクさせながら細身の司祭をじっと見つめていた。


「……それが、本当に申し訳ないんだが、リーリャ、聖女をやめてほしいんだ」

「……え? ど、どうしてニャ……?!」

「それが……、第一王子が猫アレルギーだということが発覚したんだ……」








「ウチ、これからどうしたら……」


 大陸南西部の沿岸から内陸に向かって、大陸全土のおよそ12分の1、東西に幅広く延びるような形をした土地を支配する大国であるカルシュタイン王国。北側と東側は高い山で他国と国境を面し、西側は大洋に、海に突き出す半島状の小国との国境線を挟んで南側は地中海に面している。空気が澄んだ日には地中海を挟んで別の大陸が見えることがあるが、対する国家は国土の大部分を砂漠で覆われる小国で、攻め込んでくることはない。

 南、西を海に囲まれ、北と東を山に囲まれる。この国家は戦争の少ない安定した国家として長年栄えてきた。そんなカルシュタイン王国の王都、フェイスト。王国西側に位置する港から、内陸に少し行ったところに王都は位置している。

 その中央にある白い壁と青い屋根の美しい王城のすぐ側、城壁内にある大聖堂とその横の会館は、カルシュタイン王国の国教であるレミスト教の本拠地であり、連日多くの人が足を運んでは、聖魔法による治療を受け、神に祈りを捧げている。

 そんなレミスト教には10人の聖女がいる。レミスト教は、聖魔法の才能を持つ幼い子供を集め、修道院と呼ばれる施設で5年間の教育を施す。聖女見習いとなった子供は各地を回り、民を癒やし、土地に祈りを捧げ、神に仕える。

 そんな聖女見習いの中で、レミスト教は特に優れた実力を持つ者を聖女とし、国家行事や、遠くの町へ遠征をする際の聖女見習いの統括として、そして教会の顔として活動をさせている。

 猫獣人のリーリャは、獣人でありながら優れた魔法の才能を持ち、性格は少々聖女としてはふさわしくないと言われることがあったが、聖女のお堅いイメージを壊す広告塔として、民に愛されてきた。

 5歳の頃、孤児院にいたリーリャは聖魔法の才能を認められ修道院に入り、そこから5年の教育を歴て聖女見習い。さらにそこから5年で獣人初の聖女へと上り詰めたエリートであり、現在18歳。先日国家行事に出席し、これからが期待される若手の聖女であった。そして、かつて奴隷として蔑まれてきた獣人の未来を担う星であった。

 しかし、そんなリーリャは教会を追放された。


「第一王子がアレルギーだからって、そんな理由で……」


 リーリャは18歳にして、職を失った。







「ひとまず宿に入るニャ。これからどうするか考えニャいと……」


 リーリャはフェイストの町が大好きだった。赤い三角屋根で揃えられ、白い壁とダークブラウンに塗装された木で作られた柱に、国の緑化政策で植えられたかわいらしい花やみずみずしい木々はフェイストを経済の中心地としてだけでなく、観光地として栄えさせる要因となっている。

 そんなフェイストの王城の門から続く大通りは幅が広く、人通りが多い。空けた道にはふんだんに太陽の光が注ぎ、白い石畳に反射して少しまぶしいくらいだ。広場に立ち並ぶ屋台と、商人の馬車の音。1階が店舗、2階より上が居住エリアとなっている一般的な中心部の建物は、朝や昼にはおいしそうな香りを漂わせ、道は麦わら帽子を被った主婦や観光客で賑やか。

 かつて奴隷解放すぐの頃は獣人が町を歩けば差別を受け、石を投げられたと聞いている。今はそういった差別は少なくなり、フードなしでも歩いていられる。それでも総人口に占める割合の少ない獣人はいるだけで自然と民衆の視線を集め、リーリャの栗色の猫耳と、細く長い尻尾は落ち込んだように下を向いていた。

 聖女であった彼女は私服を持ち合わせていない。しかし、聖女でなくなった彼女は聖女服を着る権利を失ってしまった。仕方なく知り合いの事務員から私服を譲り受け、ジーンズに白いTシャツという極めてラフな格好で小さな焦げ茶色のリュックサックを背負って町を歩いていた。

 普段聖女服を着て町を歩くリーリャを見慣れている町の人は、私服のリーリャを不思議そうな目で見ている。

 

「リーリャ様、本日は少し元気がなさそうですね」

「リーリャ様、今度うちのおばあちゃんを見てくれないかい?」

「リーリャちゃん、リンゴ食べるかい?」


 リーリャは民に愛されている。一昨年、国の一大穀倉地である第一王女領で麦が凶作となり、民は飢えの危機におびえ、日々つり上がっていく麦の価格に恐怖を覚えていた。その第一王女領に聖女として派遣されたのが見習い時代から王女と親交のあったリーリャであった。

 リーリャは魔力量が現行の聖女の中で最も多かった。そのためリーリャが現地に着いてからものの一週間で第一王女領の麦は若干の不作といえる程度まで回復し、なんとか人々は飢饉を回避した。

 昨年、王都から南東に馬車で3日ほど行った森で魔物のスタンピードの兆候が見られ、民は王都からの避難の準備を求められることになった。そんな中、聖女としてリーリャは現地に入り、浄化魔法を駆使しながら魔物と戦い、なんとかスタンピードを押さえ込むことに成功した。

 獣人であるリーリャは聖魔法のみならず、持ち前の運動神経や体力を活かした体術、剣術での戦闘が可能であり、加えて耳や鼻が良いため、対魔物戦闘時には非常に頼りになる存在であった。そのため、これ以外にも魔物のスタンピードや強力な魔物の襲来などの際には他の聖女より多くの頻度で現地に赴いていた。

 そんな救国の英雄といっても過言ではないような聖女は、おおらかな性格で、時折聖女宿舎を抜け出しては町で買い物をしたり、住民と会話をしたりと、小さな声にも耳を傾ける民思いの一面があった。

 だからこそ、リーリャは民に好かれている。

 そして、そんな好意は、今のリーリャにとってただ苦しいだけのものであった。民の期待、尊敬の意は今の彼女にとって彼女の精神を圧迫し首を絞める綱でしかない。


 リーリャはもう聖女ではない。しかし、町の民はそのことを知らない。民にとって、リーリャは最も距離の近い、優しくてお茶目なかわいい聖女だった。





====あとがき====

このたびは拙作を読んでくださりありがとうございます。

この作品は百合要素が強めに入っておりますので、苦手な方はご遠慮ください。

また、猫獣人という設定上少し台詞が読みにくい場合がありますので、ご了承ください。

初日3話投稿、以降ストックがある間は隔日投稿を予定しています。ストックがなくなり次第前作同様不定期投稿です。


少しでも面白いと思っていただけましたら、星やブックマークで評価をしてくださると大変励みになります。どうぞよろしくお願いします。


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