引き金の順番
夜は、異様なほど静かだった。
車の音も、人の声も、遠い。
まるでこの一帯だけが、切り離されたみたいに。
地下カジノの入口は、表向きには存在しない。
古いバーの裏口。
そのさらに奥。
扉は二重。
鍵は電子式。
カズマが先に立つ。
「時間通りだ」
短く言う。
腕時計の秒針が、ぴたりと合う。
リョウは周囲を一瞥する。
誰もいない。
――“見えてる範囲では”
シュンは笑っている。
いつも通り。
だが、その視線は、すでに監視カメラの位置をなぞっている。
タケルは最後尾。
何も言わない。
ただ、三人の背中を見ている。
「行くぞ」
カズマが入力する。
電子音。
ロック解除。
一枚目の扉が開く。
中は暗い。
細い通路。
湿った空気。
そして、もう一つの扉。
「ここから先は、音立てるな」
カズマが言う。
全員、頷く。
その頷きに、信頼はない。
ただの“合図”だ。
二枚目の扉。
シュンが端末を取り出す。
配線に繋ぐ。
指が滑るように動く。
数秒。
カチリ。
「開くよ」
その声。
少しだけ弾んでいる。
成功の高揚か。
それとも――別の理由か。
扉が開く。
光が漏れる。
地下。
そこには、別の世界があった。
カジノ。
音。
光。
金。
笑い声と、怒号と、チップのぶつかる音。
全てが混ざっている。
違法だが、洗練されている。
だからこそ――価値がある。
四人は自然に散る。
最初から決めていた動き。
カズマは奥へ。
リョウは側面。
シュンは監視。
タケルは後方。
だが、
その“決められた動き”の中に、
それぞれの“別の意図”が混ざっている。
リョウは歩きながら、ポケットの中の発信機に触れる。
まだ押さない。
タイミングは、ここじゃない。
だが。
――誰か、もう動いてるな。
理由はない。
感覚。
空気のズレ。
人の流れ。
ほんの少しだけ、“噛み合っていない”。
それを感じ取る。
リョウは歩く速度を、ほんのわずかに落とした。
予定より、二秒遅く。
それだけで、全体の流れはズレる。
意図的に。
シュンはモニタールームに入る。
スタッフを一人、軽く眠らせる。
音は立てない。
慣れている。
椅子に座り、画面を操作する。
複数のカメラ。
それぞれの位置。
そして。
――三人の動き。
「……やっぱりね」
小さく笑う。
リョウが遅れている。
カズマが、わずかにルートを変えた。
タケルが、予定より近い位置にいる。
全部、見える。
全部、想定内。
「いいよいいよ」
呟く。
その手が、別のスイッチに伸びる。
警報系統。
一部だけ、遅延させる。
全部じゃない。
一部だけ。
――“混乱を長引かせる”ため。
カチ、と音がする。
仕込み完了。
カズマは奥へ進む。
金庫へ続く通路。
警備の位置は、把握している。
一人。
二人。
タイミング。
呼吸。
すべて計算通り。
だが。
――いや、違うな。
一人、位置がズレている。
ほんの一歩。
ほんの半歩。
だが、そのズレは無視できない。
「……」
足を止めない。
そのまま進む。
だが、頭の中では別ルートを再構築する。
――誰かが動かした。
確信に近い。
だが、それでも構わない。
「その程度か」
小さく呟く。
むしろ都合がいい。
混乱は、“利用できる”。
タケルは、全てを見ていた。
距離を保ちながら。
音を消しながら。
リョウの遅れ。
シュンの操作。
カズマのルート変更。
全部、見える。
そして。
――全員、“まだ本気じゃない”。
それも分かる。
まだ探っている。
まだ、様子見。
「……遅いな」
呟く。
苛立ちではない。
ただの事実。
ポケットから、あの修正された見取り図を取り出す。
一瞬だけ見る。
そして、しまう。
必要ない。
もう全部、頭に入っている。
その時。
無線が入る。
シュンの声。
『あと三十秒で、カメラ一部落とすよ』
軽い声。
だが、その裏にある意図は明確。
――“動け”という合図。
リョウも、カズマも、それを理解する。
そしてタケルも。
だが。
理解した上で、選択は分かれる。
三十秒。
長いようで、短い。
その間に、全員が決める。
“いつ撃つか”。
リョウは、発信機を握る。
押せば、外が動く。
警察か、別の連中か。
どちらにせよ、“場は壊れる”
「……まだだ」
呟く。
もう一呼吸。
もう一瞬。
ギリギリまで引きつける。
シュンは、モニター越しに三人を見る。
そして、笑う。
「来るな」
誰が、とは言わない。
だが、確信している。
その手が、最後のスイッチに触れる。
カズマは、金庫の前に立つ。
手をかける。
開ける準備はできている。
だが。
――背後。
気配。
一人じゃない。
「……そうか」
小さく笑う。
ようやく、理解した。
これは計画じゃない。
――“狩り合い”だ。
タケルは、影から出る。
足音を、あえて消さない。
存在を、知らせる。
もう隠す必要はない。
その目は、三人を捉えている。
「そろそろだな」
誰にともなく言う。
その瞬間。
シュンがスイッチを押す。
カメラが落ちる。
視界が切れる。
そして。
リョウが発信機を押す。
外が動く。
サイレンの気配。
遠くから、近づいてくる。
カズマが金庫に手をかける。
ロック解除。
タケルが、一歩前に出る。
すべてが、同時だった。
静寂が、一瞬だけ訪れる。
その“無音”の中で。
四人は、互いを見た。
次の瞬間。
誰かが、引き金に指をかける。
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