ズレの正体

計画実行まで、残り三日。


時間はあるようで、ない。


人は余裕があるときほど、余計なことをする。

そして、その“余計”が、命取りになる。



リョウは、人気のない倉庫街にいた。


昼間だというのに、人影はほとんどない。

シャッターの閉まった建物が並び、風の音だけが通り抜ける。


ポケットから、あの金属を取り出す。


小さな装置。


親指ほどの大きさ。


スイッチが一つ。


――発信機。


「はは……」


思わず笑う。


「どこまで信用されてねぇんだよ」


いや、違う。


これは信用の問題じゃない。


――“利用されてるだけ”だ。


装置を見つめる。


使うか、使わないか。


その選択は、まだ先でいい。


だが――


「……使うだろうな」


迷いは、もうほとんどない。


その時。


背後で、砂利を踏む音。


反射的に振り向く。


誰もいない。


だが。


――視線。


確実に、“見られていた”感覚だけが残る。


リョウはゆっくりと装置をポケットに戻す。


そして、何もなかったように歩き出す。


だが内心では、完全に理解していた。


――俺だけじゃねぇな。




その少し前。


同じ倉庫街の、別の通路。


タケルは、壁にもたれていた。


遠くからリョウの動きを見ている。


距離にして三十メートルほど。


気配を消すことに関しては、慣れている。


リョウが装置を取り出した瞬間、目を細めた。


――発信機か。


予想通り。


いや、それ以上でも以下でもない。


「素直だな」


小さく呟く。


人は追い詰められると、分かりやすくなる。


リョウは“使う側”ではなく、“使われる側”。


だが、本人はそれを理解しきれていない。


――いや、理解してて、目を逸らしてる。


タケルは視線を外す。


それ以上見る必要はない。


必要なのは、“事実”だけ。


ポケットからスマホを取り出す。


画面を開く。


何も表示されていない。


だが、指は迷いなく動く。


一つのアプリを起動する。


地図。


その上に、小さな点が三つ。


動いている。


ゆっくりと。


――全員、位置は把握してる。


タケルはスマホを閉じる。


その表情に、感情はほとんどない。


あるのは、ただの確認。


「これでいい」


そう言って、その場を離れた。




シュンは、カフェにいた。


場違いなくらい明るい場所。


周りには、普通の客。

笑い声。

雑談。


その中で、シュンだけが“別の空気”をまとっている。


コーヒーをかき混ぜながら、スマホをいじる。


画面には、監視カメラの映像。


地下カジノの入り口付近。


「ふーん……」


軽く呟く。


指で画面をスライドさせる。


別のカメラ。


さらに別のカメラ。


すべて、繋がっている。


――カズマが用意した情報より、多いな。


それが意味することは一つ。


――“あいつ、全部出してない”。


シュンは笑う。


「だよねぇ」


当然だ。


自分だって、全部は出していない。


むしろ、出している情報のほうが少ない。


カップを持ち上げる。


一口飲む。


「……で、どうするかな」


呟く。


視線はスマホ。


だが、頭の中では別のことを考えている。


リョウ。


タケル。


カズマ。


それぞれの動き。


それぞれの癖。


そして――裏切るタイミング。


「早い者勝ちじゃないんだよなぁ」


独り言。


そう。


このゲームは、早く動いたやつが勝つわけじゃない。


“最後まで残ったやつ”が勝つ。


つまり。


「一回、負ける必要があるか」


その結論に至る。


わざと隙を見せる。

わざと遅れる。

わざと信用させる。


そのための“演技”。


シュンはスマホを閉じる。


その目は、さっきまでよりも少しだけ冷たくなっていた。




夜。


カズマは、一人で資料を見ていた。


机の上に広げられた見取り図。


何度も確認したはずのもの。


だが、違和感がある。


ほんのわずか。


数ミリのズレ。


数秒の誤差。


「……おかしい」


ペンを持つ。


線をなぞる。


計算する。


頭の中で、ルートを再構築する。


そして、気づく。


――“変わっている”。


自分が用意したものと、違う。


誰かが触った。


誰かが書き換えた。


カズマの手が止まる。


「……誰だ」


答えは出ない。


だが、候補は三人しかいない。


リョウ。

シュン。

タケル。


その中で。


一番可能性が高いのは――


「……タケル」


口に出す。


理由は単純。


あいつは、“何もしていないように見える”。


だからこそ、一番やりやすい。


カズマはゆっくりと息を吐く。


そして、ペンを置いた。


「いいだろ」


小さく言う。


「なら、こっちも変える」


紙を裏返す。


新しいルートを書く。


さらに複雑に。

さらに読めないように。


「読み合いか」


その言葉に、わずかに笑みが混じる。


恐怖ではない。


これはもう――楽しんでいる顔だった。



そして、当日。


集合場所。


あの部屋。


再び、四人が揃う。


空気は、前よりも軽い。


だがそれは、“慣れ”ではない。


“覚悟”の軽さだ。


リョウが言う。


「準備は?」


シュンが笑う。


「完璧」


カズマは頷く。


「問題ない」


タケルは、何も言わない。


その沈黙が、一番重い。


誰もが分かっている。


――全員、何か隠している。


だが、誰もそれを暴かない。


暴いた瞬間、始まるからだ。


まだ早い。


まだ、“引き金”じゃない。


カズマが立ち上がる。


「行くぞ」


その一言。


全員が動く。


扉に向かう。


そして――


一瞬だけ。


本当に一瞬だけ。


四人の視線が交差する。


言葉はない。


だが、その中に全てがある。


疑い。

計算。

殺意。


そして、


――期待。


次に顔を合わせるとき。


それは、もう“仲間”ではない。


最初からそうだったが、

その事実が、形になる。


扉が開く。


夜が待っている。


そして、


ゲームが始まる。

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