第24話

   瑠姫


「機嫌がいいね、愛花ちゃん」


 シャーペンの走りを見てなんとなく思ったことを伝えると、満面の笑みが返ってきた。


「うん、昨日誕生日だったから」

「そうなんだ」


 知らなかった。


「いい子の日って覚えてね!」

「11月15日だよね? いが一個多いけど」


 そう伝えると「別に変わらないからいいの」って彼女は笑った。


 たしかに所詮は語呂だしどうでもいい。

 にしても良い子の日……だからこんなに素敵な子になのか。


「前の授業の時に言ってくれれば良かったのに」

「えー、気を遣わせちゃうし」

「んー、チョコレートくらいしかないな」


 ポケットに入れておいた糖分補給用の50円チョコを取り出してみたけど……。


 流石にお嬢様にこれは不健全だった……かな?


 もう少し身になるというか、ふさわしいものを渡すべきじゃないだろうか。

 ただ、そんな私の考えとは裏腹に愛花さんは興味を示した。


「なにそれ! 可愛い!」

「知らない? チコルチョコ」


「知らない。どこで売ってるの?」


 普通にコンビニだけど……と伝えようとしたけど、そもそもこの子はコンビニすら行ったことなさそうだ。


 彼女の家庭教師の時給だって、相場の何倍も貰っている。


 そんなお嬢様がコンビニで何を買うというのだろうか、それこそもうコンビニそのものを買ってもおかしくないだろう。


 だからこそなのか、見たことのない個包装の四角いチョコに愛花さんは眼を煌めかせていた。


「欲しい? 50円の安いチョコだけど、それで良いならあげる」


「50円なの!? 1000個買っても全然お金余るじゃん!」


「お金持ち側がそれ言うのって珍しいね」


 普通は大金手に入れた時の想像とかだけど、お嬢様はそんな感じの金銭感覚なのか。

 いつにも増して面白可愛い。


「じゃあハイ。誕生日おめでとう」

「ありがとう瑠姫先生!」


 そうしてチョコを手渡すと、ヒョイと口に運んだ。


 すると口の中のチョコが溶けていくのが分かるくらい、彼女の表情筋は緩々と力が抜けていく。


「美味しい! こんなに甘いチョコあまり食べないかも」

「そっか」


 安いチョコなりの甘さにも、彼女は舌鼓を打ってるみたいだった。


 高級チョコを普段から食べているであろうから少しだけ心配したけど、喜んでくれたならなにより。


「これで勉強頑張れる!」

「うん。問題集の正答率もかなり上がってるし、やっぱりやれば出来る子なんだね」


「本当に! 少しは出来る子なれたよね! 私!」


 自信が欲しいと言っていた彼女は、胸元で手を握りしめながらこちらを上目遣いで見つめた。


 こちらを見るグッと力強い視線に、胸の奥まで熱くさせられる。

 

「私はね、芽衣がいないと何も出来ないけど、芽衣に自慢のご主人様とも思われたいから」


 またか……とため息が出そうになる。

 芽衣のために、芽衣がいるから、何度と聞き続けたその名前。


 彼女の中に杭のように深く突き刺さってることを実感させられる。


「そんな好きなの? あのメイドの幼馴染のこと」

「うん、好きだよ。ずーっと私を守ってくれるの」


 そして、そんな彼女を想っている姿を見せられるたびに口の中が苦くなる。


 それを噛み潰して、私は笑いながら愛花さんを見つめる。


「あっ、わかった。だから機嫌良かったんだ。なんかお祝いしてもらったんでしょ」

「えっ、えーっ?」


 すると愛花さんはなぜか耳まで赤らめる。


「んーっとね、誕生日に実はね……」


 そして愛花さんは誕生日に芽衣さんとの思い出を語った。


 彼女の誕生日プレゼントが芽衣自身だったという話。


 そしてその後の話も「内緒だよ?」と秘密を共有するように。


「えへへ、恋人みたいだよね」

「……」


 恋する乙女のような嬉しさが混ざった声で恥ずかしがる愛花さんを見て、私は言葉を失った。


 どこから言葉にしたら良いか分からない。

 女同士……? いつから?

 そんなことしてるの?


 聞きたいことが山ほど生まれた。

 けれどそれを直接聞くわけにもいかず、言葉を探しても自分の疑問をいっぺんに解決する適切なものが見つからない。


 シンプルに動揺していた。

 視線が泳いでどうしたものかと、首筋がじんわり熱くなる。


「それ、本当にいいことなのかな」


 出た言葉はそれらの輪郭をなぞるような言葉だった。


「ん? どういう意味?」


 私もかなり愛花さんを好意的に見ていることを自覚している。

 とは言っても、それは姪っ子や従姉妹に対するような感情で、別にそんな感情ではない。


 ただただ、自分のそばにいる人が堕落して、悲しい末路を抱かないかが心配なのだ。


「芽衣さんのこと、信じすぎていいのかなってこと」


 だからこそ、そんな言葉が出てしまう。

 やっぱり信じられない。


 けれど、私が信じられなくても返ってくる言葉は決まって一つ。


「芽衣がいいなら、良いんじゃないかな」


 やっぱりダメだ。

 これは芽衣から話を聞く必要があるのかもしれない。


 ただ、露骨に敵意を向けてくる彼女から話は聞けない。

 だからこそ彼女の意図を聞きたい。


 そんな愛花さんとそういう関係になってまで、あのメイドは何がしたいのだろう。

 必要ない、関係ない、愛花はこれでいいの一点張りだった。


 そんなことないでしょ? おかしいよね? そんな指摘は受けるはずなのに気にしない。

 不気味で仕方ない。


 何の為か、政治家の娘なんだから色々と弱みだって……。


 頭の中でそう言葉にした瞬間、点と点が繋がった気がした。


「———ッ! いや、まさか……考えすぎかな」


 種市芽衣。

 もしかしたら彼女の涼しく綺麗な顔の裏に、ドス黒いものが渦巻いているかもしれない。


 想像している以上に、彼女の闇は深いのかもしれない。


 いやこれは可能性……あくまで可能性の話。

 けれど私の中の健全を愛する気持ちがその疑いを強くする。


 彼女を守らなきゃ、義憤に近いものが湧き立ってくる。

 もしかしたら手遅れになるかも。


 彼女の価値観が、芽衣のものに染まるようで心配で仕方ない。

 こういう関係に未来はあるの……?


 芽衣の描いた未来の愛花さんは……どうなっているの?


「瑠姫先生?どうしたの?」


「……ううん、なんでもない。ほら、続きをやろう? 今月末にはまたテストでしょ?」


「うん、良い成績を取って芽衣に見せたい!」


 そうして彼女はまたペンを走らせた。

 その軌跡が生む解答は、正解。


 ほら、やっぱり間違わない。

 間違わせるような教え方をしてる彼女は間違ってるんだよ。


 そんなことを思いながら、私は愛花さんの頭を撫でた。

 それを受けて、彼女は「えへへ」と笑う。


 撫でられるのが好きなようだ。

 褒められて、撫でられるのが好きな愛花さん。


 そんな彼女がいっぱいの自信で胸をいっぱいにできるよう、私は見守りたい。


 そのためにあのメイドを追い出す必要があるのなら、できることを尽くそう。


 そっちの方がこの笑顔が素敵な女の子にとって、健全なのだから。

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