第23話『ユーマ、今日いちばん迷った!』

「わたし、探検隊。遠くに行っても近くても……探検隊♪」


「わたし、青いリンゴも楽器も貝殻も好き……空き缶も♪」


「わたし、知らない……でも知ってる。でも……知らない♪」


ユーマは口ずさみながら、指揮者のように手を振り、体でリズムを刻んでいる。

そこはお気に入りの海岸。早朝の陽射しを受けた海がキラキラしている。

遠くには、漁から帰る小さな漁船が、等間隔に港へ向かっていた。


穏やかな朝だった。


「わたし、BMXも宇宙船もギラン隊長も好き……ハンバーグ大好き♪」


口ずさみはいつの間にか歌になり、完全に乗っている。


そのとき、音が重なった。


漁船のエンジン音。


いつもなら気にしない。

でも今日は、歌っているから気になる。


ユーマは負けじと、手を大きく振る。

体でビートを刻み、声を張り上げる。


「ゴーーーゴゴゴーー!」「ブォーーーブォーーー!」「ゴゴゴゴゴゴーーー!」


漁船の列が最も近づいた瞬間——


地響き。

光。

そして、暗転。


その瞬間、ユーマの姿が消えた。


誰も見ていない。気づいてもいない。


ユーマは、色が変わり続ける空間に立っていた。


壁のような煙。

霧のような雲。

水に溶ける絵の具のような、境界のない景色。


説明しにくい。


だが——


ユーマは、いつものユーマだ。


「わたし、探検隊!」


勢いよく走り出して——止まる。


「今日は着てないけど……」


胸を張り、低い声を真似る。


「分類不能。要観察!」


満足してうなずき、再び進む。


「ハンバーグ〜♪」と歌いながら観察していると、影が動いた。


「分類不能。要観察!」


近づくと、それは姿を現した。


人のようで、人ではない。

無数の目が瞬き、こちらを見つめている。


声が、頭の中に響く。


《ドウヤッテ此処ニ来タ 我ラ観察者》


「テレパシーだ!」


ユーマは目を輝かせた。


「わたし、できる! 初めてだけど……できる!」


目を閉じ、眉間に力を込める。


相手は、わずかに揺れた。


《聞こえる? キミ、名前は? わたし、ユーマ。探検隊。ねえ、名前教えて?》


そのまま、歌い出す。


《我々ハ個人デハ無ク共同体。名ハ無イ。亜空間人》


《へ〜。あっ君か〜。あっ君は何好き?》


《我々ハ個人デハ無ク共同体ダ》


《何好き? ねえ? 好きなの何? ねえねえ?》


ユーマは止まらない。


《我ラ観察者。好キナ物ナド無イ》


《うそだ〜。あっ君は青いリンゴ好き? 楽器? 貝殻? 空き缶?》


さらに畳みかける。


《BMX? 宇宙船? ギラン隊長?……ハンバーグ大好き?》


亜空間人は明らかにおかしくなっていた。

無数の目がキョロキョロと動き、体は震え、湯気のようなものが立ち昇る。


低く唸った次の瞬間——

ユーマの体は、不思議な力に押され、突き飛ばされた!


視界が切り替わる。


海岸。


ユーマは空中でくるりと回り、着地した。

ニンマリと笑い、ふと周りを見る。


空はオレンジに染まり、日が沈みかけている。

町からは夕食の匂いが流れてくる。


ユーマは鼻をひくつかせた。


「あっ、カレーだ!」


「わたし、カレー食べたい! カ・レ・エ・カ・レ・エ〜♪」


「帰ろうー」


歩き出す。


空は紫へ変わり、潮風が少し冷たい。


ふと立ち止まる。


「……ハンバーグの匂い!」


迷う。


「ハンバーグ? カレー? ハンバーグ? カレー?」


しばらく悩んで——


「ハンバーグカレーにしよ!」


小さくうなずく。


「今日いちばん迷った」


町の明かりが、ぽつぽつ灯り始めていた。

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