第18話『暴走モーヴァ・後日談』――残された鼻歌(コルヴォ博士の記録)

博士の記録:事件の残滓


事件から三日が経ち、


研究所は再び静けさを取り戻した。


けたたましい警告灯の赤は消え、


機材は平常通りに稼働している。


まるで、あの騒動が夢か幻だったかのように、


すべてが元の場所に戻ったようだ。


――しかし。


私の心はいまだ波立っている。


あの日、


未知の存在がモーヴァを操ろうとし、


そして――


ユーマの能天気な鼻歌によって、


その計画が頓挫した。


その信じがたい出来事が、


今もなお鮮明に脳裏に残っている。


――――――


結局のところ、


ギラン隊長もピップも事件の解決には貢献しなかった。


ギラン隊長は事件を見届けると、


報告のために帰還。


ピップもまた、


ユーマを連れて去っていった。


だが彼は、


しっかりと記録は残していた。


いかにも、彼らしい。


この二人と接点ができたことだけが、


今回の事件における唯一の収穫かもしれない。


――――――


モーヴァは通常運転に戻り、


私の命じた作業を寸分違わずこなしている。


その姿は、


まさに私が創り出した“完璧な助手”そのものだった。


だが――


観察を続ける中で、


ある奇妙な変化に気づいた。


モーヴァは、


成長している。


少しずつではあるが、


私の指示しないことも、


自ら考えて行動しているのだ。


私はその変化を、


密かに見守り続けている。


――――――


そして。


モーヴァは――


時折、


無意識に鼻歌を口ずさむ。


ほんの一瞬、


手を止めながら。


その鼻歌はぎこちなく、


調子も外れている。


旋律と呼ぶには、


あまりにも粗い。


だがそれは確かに――


あのユーマが口ずさんでいた、


メロディの断片だった。


――――――


その音が響くと、


不思議と研究所の空気が和らぐ。


私は即座に観測装置を起動し、


その音を記録、分析した。


――結果。


「意味不明」。


どの周波数にも、


どの音階にも当てはまらない。


ただのノイズの集合体。


だが――


波形の隙間に、


かすかな揺らぎがあった気がした。


それはまるで、


遠い記憶の残像のように。


捉えどころはないが、


確かな存在感を持っていた。


――――――


私は感傷的になっているのかもしれない。


科学的説明はつかない。


論理的な解明も不可能だ。


だが――


耳を澄ますと、


なぜか心が落ち着く。


あの夜のあとに訪れた、


静かな安らぎのように。


それは、


モーヴァの鼻歌がもたらす


予期せぬ副産物だった。


――――――


この変化を、


私はどう位置づけるべきだろうか。


ユーマの力が、


残滓として刻まれたのか。


それとも――


モーヴァ自身が、


あの体験を通して獲得した“何か”なのか。


断言はできない。


だが一つだけ、


確かなことがある。


――モーヴァは、


あの日を境に、


鼻歌を口ずさむようになった。


それは、


論理を超えた世界の存在を


静かに示しているようだった。


――――――


私は期待している。


モーヴァの自我が成長し、


いつの日かここを出て行くことを。


――――――


観察記録:「暴走モーヴァ」――結論


事態は予測不能であったが、


結果的に被害はゼロ。


原因は依然として解明できず。


だが一つだけ、


確かなことがある。


――理屈の通らぬ現象ほど、


観察を続ける価値がある。

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