第16話『暴走モーヴァ・後編』(コルヴォ博士の記録)

博士は喉を鳴らし、わずかに後ずさった。


「……ギラン、隊長……?」


その名を初めて聞いたという表情だった。


隊長は静かに頷く。


「コルヴォ博士。名は聞いていた。だが直接会うのは初めてだな。」


「なぜ、ここに……?」


隊長の視線は、


異様な動きを続けるモーヴァに向けられていた。


「任務の途中だった。未確認の信号を追っていた。


その痕跡が、この研究所に収束していた。」


博士は言葉を失う。


視線の先で、


モーヴァが無表情のまま光の軌跡を描き続けている。


「そんなはずはない……!


モーヴァは私の創造物だ。外部に操られるなど――」


隊長は冷ややかに言い放つ。


「事実を否定しても、現象は消えない。」


――――――


研究所の扉が音もなく開いた。


ひょろりとした長身の影。


緑色の肌、オレンジ色の宇宙服風のつなぎ。


ピップだった。


「博士、呼ばれたから来たけど……ずいぶん派手に点滅してるね。」


彼は表情を変えずに言い、


手にした端末を起動する。


博士は安堵の吐息を漏らした。


「ピップ! 君の観測能力が必要だ。


モーヴァが、理解不能な動きを……!」


ピップは黙って画面を見つめ、


モーヴァの動きを解析し始める。


光の軌跡が波形となり、


端末上に複雑なパターンを描いていく。


その動きはまるで、


宇宙の言語を翻訳しているかのようだった。


「ふむ……」


小さくつぶやく。


「これは自律行動というより……


外から何かに呼応してる感じだね。」


博士の顔色が変わる。


「外部……干渉だと⁉」


その言葉に、


浮遊するギラン隊長の体が静かに博士の方へ向いた。


「やはりそうか。未確認の痕跡はここに収束していた……」


ピップは肩をすくめ、


端末に吹き込む。


「記録――モーヴァ。観察対象、意味不明な行動。


しかし一貫性あり。」


――――――


研究所の空気は、張りつめていた。


モーヴァはなおも無表情のまま、


壁に光の記号を描き続けている。


その線は複雑な幾何学模様へと変わり、


中心からかすかな揺らぎが広がっていた。


まるで、


空間の膜が薄くなり、


向こう側に別の世界がにじみ出そうとしているかのようだった。


博士は震える声を漏らす。


「まさか……これは亜空間の座標式……。


完成すれば、扉が開いてしまう……」


ギラン隊長が低く言う。


「このままでは深刻な事態になる。」


ピップは端末をにぎりしめる。


「パターンが加速してる……止まらないぞ。」


――――――


そのとき――


「わたし、今バカンス中だから~!」


場違いなほど明るい声が、


研究所に響いた。


ドアがバンッと開く。


頭に青いリンゴをのせたユーマが、


ひょこっと顔を出した。


「うわ、ここ暗いね!


あ、モーヴァじゃん! 何描いてんの?」


博士が振り返る。


「ユーマ! 危険だから近づくな!」


だがユーマはおかまいなしに、


光の模様を覗き込み、首をかしげた。


「ふーん……なんか、音楽のリズムに似てない?」


ピップがため息をつく。


「ムー、こんな状況で……」


――――――


ユーマは楽しそうに指で模様をなぞり、


鼻歌を歌い出した。


その瞬間――


光のパターンがわずかに揺らいだ。


規則だった座標式が、


崩れ始める。


博士が目を見開く。


「な、なに……!?」


「座標式が乱れて……!」


ギラン隊長が静かに呟く。


「……ユーマ、無自覚か。」


――――――


ユーマの鼻歌に合わせるように、


モーヴァの描く光の模様が乱れていく。


繋がっていた線が、


ひとつ、またひとつと消えていく。


――――――


そのとき――


揺らぐ裂け目の奥に、


かすかな「影」がのぞいた。


人のようで、人でない。


無数の目が瞬き、


こちらをじっと観察しているかのようだった。


――――――


次の瞬間、


裂け目は閉じた。


影は、霧散する。


――――――


光は完全に消え、


研究所に静寂が戻る。


モーヴァは無表情のまま、


ただ立ち尽くしていた。


――――――


「見て見て!


モーヴァ、ちょっと元気なくなっちゃったけど……まあ、いい感じ?」


ユーマの明るい声が響く。


博士は額を押さえ、


ピップはため息をつき、


ギラン隊長は静かに頷いた。


――――――


誰も理屈では説明できなかった。


だが確かに――


ユーマは事態を救っていた。


――――――

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