第9話『博士の眼鏡を真似したら見えなかった話』

机に置かれた眼鏡を、モーヴァはじっと見ていた。

博士がそれをかけるとき、視線が鋭くなるのを覚えているのだろう。


やがてモーヴァは眼鏡を取り上げ、かけようとした。

しかし頭には、すでに赤いリンゴがある。

かけようとするたびに、リンゴが今にも落ちそうに傾く。


それでもモーヴァはレンズ越しに博士を見た。

しばらく黙り込み、小さな声でつぶやく。


「……ぼやける。博士は、これで見る。わたし、見えない。でも……マネ、してみた」


博士は苦笑し、眼鏡を取り返しながらつぶやく。

「これは私の焦点に合わせた道具だ。君に合うはずがない」


モーヴァは少しうつむき、それでも赤いリンゴを落とさぬよう首をまっすぐに保った。


博士はレコーダーに吹き込む。

「助手モーヴァ――模倣の限界。だが、その執着心は実に興味深い。」


録音を止め、博士は窓の外を一瞥した。


――人の目は曇る。だが、リンゴを守ろうとするモーヴァの仕草は、世界より澄んで見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る