第8話『正しく整理したのに間違いだった話』

コルヴォ博士の机の上は、今日も本や器具で埋まっていた。

博士は考えごとをしながら、適当に資料を置いていく。


その様子を、モーヴァはじっと見ていた。


モーヴァは、コルヴォ博士によって創られた人工生命体(バイオニクス)。

ユーマに酷似して設計された存在であり、博士の理想と執念が形になった「模倣の影」である。


外見はユーマとそっくりだが、どこか作り物めいた印象を与える。

わずかなぎこちなさがある。

それも、いずれは消えるのかもしれない。


頭には赤いリンゴをのせている。

それはユーマの青いリンゴを模倣したものだ。


モーヴァはそれをじっと見ていたが、やがて動き出した。


赤いリンゴを頭にのせたまま、机の上のものをきっちりと整列させていく。


ときどきリンゴが落ちる。

そのたびに拾い上げ、元に戻す。


その行為は、彼にとっての執着と未完成さの象徴だった。


「博士、机……整列、完了。」


博士は振り返り、目を細めた。


本も器具も、寸分違わぬ直線で並べられている。

隙間も、重なりも、偶然も存在しない。


「……ふむ。これでは私が何も取れんじゃないか。」


博士は一冊の本に手を伸ばす。

だが、どれも同じ位置に揃っているせいで、ほんの一瞬、手が止まる。


「……どこに何を置いたのか、分からん」


小さく呟く。


「私の秩序が……消えている」


モーヴァは首をかしげる。


「博士が置く。わたし、マネ、してみた。

でも……揃えた方が、たぶん、正解。」


抑制された声。感情はほとんど見えない。

だが、その言葉にはわずかな揺らぎがあった。


「わたし……たぶん、わたし。」


博士はレコーダーに低く吹き込む。


「助手モーヴァ……模倣の過剰適用」


わずかに間を置く。


机の上に手を伸ばす。

しかし、どれも同じように揃っている。


一瞬、動きが止まる。


ゆっくりと手を引いた。


そして、小さく呟く。


「……実に、興味深い」


※前話とあわせて読むと、少し見え方が変わります

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