【第三十八話.五十六億七千万の彼方に】
「鳴海さんは、何を選びますか。……あなたが選ばなければ、また始まります。全員もう一度、死ぬのです」
朝倉先生の形をとったカミサマが、朝倉先生の口で告げる。
選ぶ。
自分は何を選べばいいんだろう。
「このまま地獄に堕ちて、刑を受けるか。今、白石さんが逃げ回っているところです」
依央と一緒に、地獄に……。
もしそれができるなら、それが……。
「それは出来ません。地獄に堕ちたものは、みな盲目。たとえ同じ独房でも、相手を見ることが叶わないのです。見ようとしないと言った方が正しいでしょうか」
千紗は、他の可能性を尋ねることにした。
「いい質問です。鳴海さんに残された道は三つ。地獄に堕ち、刑期を全うし、輪廻に戻るか。二つ目の道は輪廻から外れ――地縛霊としてこのままこの学校に残り続けること。最後は、いまここで消滅すること。先生としては、三つ目の道をお勧めします。消滅した後は何も残りません。苦痛も、悲しみもないのです」
しかし、千紗は先生のおすすめより気になることが有った。
「刑期を全うするって」
それはつまり、依央にも刑期があるということだろうか。
「ありますよ」
朝倉先生は、それはそれは明朗に、即答した。
「ただし、地縛霊はヒトを食べた瞬間、私が消滅させます。塵一つ残しません。とどまるには、鳴海さんが耐えられなかった飢餓と渇きに耐えなくてはなりません。……それに、地獄の刑期は生前のヒトからは想像できないほど長い、信じられないくらいの時間です。地縛霊になって白石さんを待とうなどとは、決して思わないことです」
依央を、待つ。
なぜか、その思いがいちばんしっくり来た。
「いけませんよ。地縛霊として存在し続ける道は、地獄よりも苦しい。それだけははっきり言えます」
それでも、いい。
千紗の胸の中で、小さな決意の灯がともった。
灯里の声が頭の中で同意してくれた。
『あたしも居るし、ね』
「うん、やろう。先生、私、待ちます」
「なぜですか!」
先生は声を荒げて叫んだ。
「いいですか、鳴海さん。あなたはクラスのカーストを成就させた。何よりも美しく、なによりも優れた。――あの樹を見ましたか。人類で初めてなのです。個を殺し、調和を選び、そしてそれを咲かせた。この世にこれ以上の理はありません。鳴海さんは役目を終えた。後は散る前に美しく消えるだけ。思いませんか? 美しいものはその最後までも美しくあるべきだと。……先生が示した案を受け入れなさい、鳴海さん」
「……先生の言っていること、よくわかりません。私……綺麗でいるより、カーストの中でいるより、大切なものを見つけたんです」
「……それは、神たる先生の忠告よりも大切なものなのですか」
「――はい! 私、ただのJKなんで! ただの馬鹿なんで! 友達の方が、大事っす! ……では! 失礼しました!」
くるり。
千紗は笑顔で理科室の出口に向かって歩を進めた。
「そうですか。残念ですが、あなたはこれから地縛霊になるのですね。来もしない永劫の時を、たった一人で、傍観者となる」
ふっと、理科室が暗くなり、朝倉先生の気配は消えた。
それでもいい。
大好きなお友達を待てるなら、それで。
いいと思えた。
◇
……。
◇
……。
◇
それから、たくさんの人生を、千紗は見てきた。
輪廻転生から外された千紗は、考えた。
どうすべきだったか。
どう生きるべきだったか。
耐え難い空腹を耐え、忍び、考え続けた。
◇
『大丈夫だよ、千紗ちゃん。あたしが付いてる』
「わかってるよ、灯里。私、しっかり待つよ」
『うん、待とう。依央ちゃんが戻るまで、待とう』
◇
その間も、目の前で千紗と依央が産まれていない二年一組の生徒たちは輪廻と転生を続けた。
みな、二学期を精一杯学び、冬休みを思い思いに過ごし、合唱コンクールで優勝した。
そして、三年生になり、卒業し、結婚し、子を成し、死んでいった。
どの周回の人生でも、朝倉先生――本物の朝倉という名の殺人鬼――はしっかり捕まり、しっかり死刑になった。
何十回、何百回、何千回、何万回と繰り返した。
幸い、考える時間だけは無限に有った。
無限に思える時間と、一瞬に思える思い出を、傍観者として体験し続けた。
◇
『大丈夫? お腹、苦しい?』
「苦しい」
『もう、食べちゃう?』
「……」
◇
……。
◇
……。
◇
その日、晴れた空が目にも鮮やかな、或る秋の日だった。
二年一組の片隅で、影の様に蹲る――というか、もう影そのものであるが――千紗の前を、或る女子生徒が通った。
眼鏡でおさげの合唱部の女の子が、派手な金髪の女子と話をしている。
その二人が
二人は、とても仲睦まじい様子で、ひそひそ話をしている。
美月によると、カースト最上位の
その熱量の持って行き場が分からなくて、困っている、とも。
「それ、恋だよ」
雛乃が優しく微笑む。
美月は顔を真っ赤に染めて下を向くが、雛乃は包み込むように彼女の手を両手で包んだ。
「言っちゃいなよ。私、なんでも力になるから」
数えきれないほどの繰り返しをしてきた影は、ふと、或る言葉が唐突に頭に浮かぶ。
『私がもう少しだけ、優しく生きていたなら。何かが。何かが変わっていたのかもしれない』
◇
――そうだ、思い出した。
私は伝えたいんだ。
変えたかったんだ。
そう、確かあれは――。
◇
そして、或る日。
或る秋の日。
鳴海千紗は、生徒として、二年一組のクラスに転生した。
自らが死んでから、遥か五十六億七千万回の繰り返しの先でのことだった。
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