【第三十四話.おともだちに】

 九条麗華くじょうれいかは、遠山雛乃とおやまひなのの前で『抵抗』しているように見えた。

 フルーツナイフを持って、雛乃の首筋に『それ』を当てながら。


 だとしたら、それは誰からなのだろう。

 誰に抵抗して、誰から雛乃を守ってくれているのだろう。


 ――そのだれかさんと おともだちになれたりしないかな。


 ええ、お友達に?

 そんなの、無理だよう。


 ――でもでも そしたら。

 ひなのと れいかと そのこのさんにんで おちゃかい するのになあ。


 雛乃の中には幼い子供がいる。

 三歳の時、認識してからずっと一緒に育ってきた。


 その子『ちび雛乃』は、いつだって雛乃を守ってくれた。

 この殺戮の教室の中で。

 死の気配が命を刈り取り続ける、二年一組の中で。


 最後の二人になるまで雛乃の命を守ったのだった。


 そういえば、ちびとのこんな会話。

 前にもしたこと、なかっただろうか。



 半年前。

 春、夕方。


「合唱部、四人も一年生、入ってくれたね」


 合唱部の三人の、帰り道。


 部長の麗華が、嬉しそうに言った。

 雛乃も会話に交じろうとしてみる。


「よかったね……あのさ――」


「だね! よかったよね! ところでさ、麗華」

「なあに?」


 ところが、いつだってそれを阻む女子がいる。

 いじわるはしてこないけれど、その級友の目には雛乃のことなんてまるで写っていないかのよう。


 鳴海千紗なるみちさは、そんな、冷たいひとだった。


 ――おともだちに なれないかな。


 頭の中のちびが話しかけてくる。


 ええ、お友達に?

 そんなの、無理だよう。


 ――でもでも、そしたら。

 がっしょうぶの みんなで おちゃかい するのになあ。

 ひなのは したくは ないの?


 ……。


 あ、そんなことを話していたら、二人はいつものハンバーガーチェーンに入って行ってしまった。

 もう、ちびとの会話に没頭するのも、考え物だ。

 おかげで今日も、独りぼっちになってしまったじゃんか。


 まあ。

 いつものことなのだけれど。


 雛乃はずっと、独りぼっちなのだから。

 でも、ちびがいてくれるからそれにも慣れていた。


 私には、ちびがいるから。


 ――うん ずっと いっしょ。

 いっしょだよ。



 ねえ、ちびは、どうして雛乃を守ってくれるの?


 ――おともだちに なりたいから。


 もう、私とちびはお友達だよ。


 ――ううん。

 ひなのは わすれてる。

 とてもとてもたいせつなこと。

 わすれてる。


 大切なこと?


 ――それ おもいだせたら なれる。

 おともだちに なれる。



 千紗が、居なくなった。


 美月が、死んだ。


 依央が、居なくなった。


 紗奈が、死んだ。

 美央が、死んだ。

 優花が、死んだ。


 茜が、死んだ。

 莉子が、死んだ。

 心寧が、殺された。

 凜が、殺された。

 由依が、殺された。

 花音が、殺された。

 澄玲が、殺された。

 玲奈が、殺された。

 梓が、殺された。

 環が、殺された。

 真琴が、殺された。

 柚葉が、殺された。

 咲良が、殺された。

 綺音が、殺された。


 みんな、居なくなった。

 みんな。


 それは、誰の所為?

 それは、誰から始まったの?


『……千紗の呪いなんだよ! 合唱の練習なんて、するべきじゃなかった』


 ――それ おもいだせたら なれる。

 おともだちに なれる。



 或る秋の日の音楽室。

 麗華が一年生に合唱のレッスンを指導していて、鳴海千紗と二人きりになった。

 彼女はケータイの画面を見たまま、こっちを見ない。


 ――いまだよ。


 何が?


 ――おともだちに なるの。

 ならなきゃ だめ。


 なんで、私が?


「――なに?」


 ……しまった。

 ちびと話しているときは、雛乃はじっと静止してしまう。

 鳴海千紗と、意図せず目が合っていたのだった。


「あ、いや……なにしてるのかなって」

「MINE。お母さんに。今日遅くなりそうだって。……朝倉先生に呼ばれてるから」

「そ、そう。……大変だね。あのさ」

「千紗、雛乃、ごめんごめん。じゃ、始めよっか」


 ……そういえば。


 そういえば。



 ――おもい だした?


 細い首筋に果物ナイフを押し当てられながら、雛乃はクラスでただ一人、思い出した。

 二年一組で起きた最初の悲劇の、その一番初めを。


 あの後、鳴海千紗は、朝倉先生の元から帰らなかったのではないだろうか。

 もし、そうだとしたら。

 もし。


 ……。


 そうか。

 そうか!


 麗華は、ぺろりと舌なめずりをした。


「雛乃、あんた本当に美味しそう。『知らなかった』よ、あんたがそんなに美味しそうだったなんて」

「朝倉先生に呼ばれてるから」

「?」

「あなたなんでしょ。。麗華に、乗り移ってるんだよね。ずっとお腹減ったとか美味しいとか、あの子が言わなそうなことばかり言ってたからわかった」


 麗華はきょとんと、首を傾げた。


「三人で、お茶会しよう。今度こそ。合唱部の、二年で」

「合唱部……二年……」


「私、気付いたの。殺されちゃったんでしょ……? 朝倉先生に……」


 雛乃は、麗華の――鳴海千紗の頭を優しくなでた。


「殺された……私が? ……え、あれ? 私……何して……」


 そう言うと、鳴海千紗は、ゆっくりと周囲を見渡した。

 自分の、真っ赤に染まった、手も。


「なんで、なんでみんな死んじゃってるの? え? これ、なんで……あかり、あかり? ねえ、どこにいるの」

「もういいんだよ、千紗。三人でお茶会、しよう。だから――麗華から、お願い。出てって」

「……」


 千紗はしばらく俯いた後、何かぶつぶつと言い始める。


「千紗……?」

「……逃げて……千紗が……」


 は麗華が彼女であるうちに発した最後の言葉だった。

 そして一秒の半分くらいの短さで、雛乃の頸動脈目掛けてその牙を振るった。


 ――どしゃっ。



「いけませんねえ、鳴海さん。先生から逃げようだなんて」


 朝倉先生はそう言いながら、麗華の背中からゆっくりとナイフを引き抜いた。

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