【第三十五話.案内人の役目】
がちゃん、ずず。
がちゃん、ずずず。
一時間半に及ぶ特別授業を終えた二年一組は。
――朝倉先生は。
血と死体に塗れた教室を片付け始めた。
もう動かないクラスメイト達を一か所にまとめ、乱れた机を丁寧に並べる。
まるでこれから教室移動でもあるかのように。
黒板に書かれたルミナリアの『硝子の天国』の歌詞も、ごしごしと消した。
まるでもう説明の終わった化学式を消すかのように。
真ん中に無造作に積まれた15人分の遺体が無ければ、ただの平日。
昼休み前の教室の光景だ。
全てが終わった後の
つい数分前に麗華を刺し殺したとは思えないほどの冷静さ。
どうしてそんなに冷静でいられるんだろう。
――ひなのが おかたづけしてるのと いっしょ。
このひと ふつうのこと してるだけ。
頭の中で『ちび雛乃』の声に耳を傾け、そして雛乃は納得する。
朝倉先生にとっては、血濡れの日々が普通なのかもしれない。
◇
――それよりさ。ひなの。
ん? なあに?
――おともだちに なれそうな ひと いるよ。
え?
――ほら おめめの はしっこ。
うつってるでしょ?
……そういえば。
雛乃の視界のいちばん端に、さっきから赤いリボンの女の子が、残像の様に頻繁に映り込む。
背丈は雛乃と同じくらい。
青陵高のものだろうか、グレーの制服を着ている。
直視は出来ない。
でも、そこにいると雛乃の勘が言う。
――はなしかけて みなよ。
ええっ、お化けに?
やだよう、怖いよ……。
――ちさと いっしょだよ。
しんでしまった それだけ。
はなしても だいじょうぶ。
ええっ、千紗、死んじゃってたの?
――うん しんじゃってる。
こわく ないよ。
いまの ひなのなら だいじょうぶ。
……。
しばらく逡巡した後、雛乃は、遺体を集める朝倉先生に見つからないように小声で、自分の斜め後ろにいる、赤リボンの幽霊に話しかけた。
「あたしが視えるの?」
その幽霊はひどく驚いているようだった。
「う、うん。視界の端っこに。……視える。なんでかな」
「……そう、あなた、霊感があるんだね」
その直視できない赤リボンの女の子は、斜め後ろから自己紹介をした。
名前は
そして今は。
……ようだ。
「まずいな」
「どうしたの、穂積さん」
「灯里でいいよ……雛乃ちゃん。あたしの言葉が判るあなたに、聞いてほしいことがあるの」
「う、うん? なんだろ……」
ひそひそと、授業中のこそこそ話のように――異常なこの非日常、実際に授業中であるともいえるのかもしれない――、斜め後ろの灯里と話す、雛乃。
「あたし、もうすぐ消える。……もう順番だから。だから今しかない」
「……どうして、消えちゃうの?」
「千紗ちゃん。えと、鳴海千紗ちゃん。あなたのクラスメイトで、死んじゃった、あの子。わかるよね?」
「うん。死んじゃってたのは、知らなかったけど」
そうだった、知らなくても無理ないわ。
灯里は急ぎつつも、努めて冷静に、雛乃に伝える。
「千紗ちゃん。朝倉先生に殺された、二十一人目の、被害者」
「二十一人っ?」
「そう……そうなの。聞いて? あそこ、あそこにいるの、わかる?」
雛乃の斜め後ろから、遺体の山を指差す。
すらりとした、白くて綺麗な、人差し指。
「どこ?」
「よく『視て』? 麗華ちゃん。あの子に乗り移っていたのは、わかる?」
「うん……なんとなく。麗華っぽくなかったから」
「そう、なら、これから起きること、わかるよね?」
そんなことを急に言われても、何のことか全くわからない。
そもそも、振り返っても見えないひとに言われても、実感もなければ説得力もない。
「あたしね、言えないの」
「言えない?」
「呪いがあって。言えない。だから千紗ちゃんにも最後まで伝えられなかった」
「あの、灯里……ちゃん? その、さっきから何の話か全然わかんないんだけど」
――ちびひなのなら わかるよ。
ちび?
なんでそんなこと、分かるの?
――ちびは ひなのより てんごくに ちかいから。
あのね。
……うん。
――あかりちゃんは みているひと。
ちさちゃんは たべるひと。
せんせいは かんりするひと。
じゃあ、私は?
――ひなのは。
――つたえるひと。
「あたし、ここに『残された側』なの」
再び、灯里が口を開く。
常に雛乃の、耳元で。
「千紗ちゃんを、止めて」
その嘆願は、涙で揺らいでいた。
そして。
灯里は続けた。
「くる」
◇
あああああああぁぁ――っ!
◇
やめて。
いや。
もうころしたくない。
麗華の身体からゆっくりと立ち上がった影は、スピーカーから二重に聞こえる機械音声のような異質な音で、叫んだ。
やめて。
ちがう。
おなかすいた。
ひなの。
みないで。
おねがい。
でも雛乃には、機械音声の中に、何者かの心の声を聞いた。
おなかすいた。
おなかすいた。
すいたすいたすいたすいた――。
「え? まって、なにがなにが」
雛乃は恐怖で足が震える。
背骨が抜けそうな、恐怖によって。
しかし、雛乃のたじろぎを、影は待つことはなかった。
「雛乃ちゃん」
「え?」
「あたしだけは、ずっと見てた。……千紗ちゃん、ほんとは優しいんだよ。ほんとうに、優しいの」
そして、赤リボンの可愛い幽霊の子は、初めて雛乃の前に出て、言付けた。
「後は、任せたよ……今度は、千紗ちゃんのこと、ひとりにしないで。お願いね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます