【第三十二話.中流≒安全】

 午前十時五十三分。

 二年一組。


 九条麗華くじょうれいか

 鷹宮咲良たかみやさくら

 如月綺乃きさらぎあやの

 天野真琴あまのまこと

 芹沢環せりざわたまき

 篠原柚葉しのはらゆずは

 遠山雛乃とおやまひなの


 以上の七名が。

 ――現時点で生き残っているクラスメイトの総数である。



 天野真琴、芹沢環、篠原柚葉。

 そして先ほど、柚葉に代わって命を落とした立花澄玲たちばなすみれを入れて、四人はいつも一緒だった。


 幼稚園、小学校、中学校。

 その全てで四人は別々なのだが、共通するのは、そろって器用で人付き合いも上手く、いじめの対象にも当事者にもなったことがないことだ。


 彼女らを形容するに相応しい言葉は、沢山存在する。


 四人組。

 或いは、四つ子。

 それから。


 ――中流階級。


 四人全員がトップに咲こうとは思わず、けれど下位に甘んじることも、決してない。

 困難には頭を引っ込めてやり過ごし、チャンスは四人揃って取りに行く。


 スクールカーストの庇護のもと、そうやって生きてきたし、これからもキラキラとした人生を謳歌するつもりであった。


 麗華から、あのMINEを着信するまでは。



『麗華からの誘い、行く?』


 四人は、他のクラスメイトには秘密にしているグループMINEを持っている。

 最初に送信したのは、明るい環だ。


『そりゃ行くでしょ』


 勝ち気な真琴が、当然のように同調を促す。


『なんだかなあ』


 澄玲の放った言葉を、真琴が煽る。


『澄玲、いつものずるっ子発動?w』

『そうじゃないけど。中学一緒だった千紗のこと、ずうっと気になっちゃってる私の身にもなって?』

『澄玲、無理しないで。……歌の練習するなら、私は行かないとだね。キーボード持ってくよ』


 四人の中で唯一ピアノが弾ける柚葉が、特に仲のよい澄玲のことを皆の注目から逃しながら、自身は行くことを宣言する。


 成城が地元である澄玲以外は、電車での通学である。


 三人は小田急線の車内で合流。

 澄玲とは成城学園前駅のいつもの信号前で。


 それぞれ待ち合わせて学校に向かうことになった。


「やっほ」


 環が、九時三十分ちょうどに代々木上原を発車する急行唐木田行きに乗りこむと。

 一番遠く、井の頭線の高井戸から乗り換えてきた真琴が下北沢から、経堂からはキーボードを背負った柚葉が乗ってきた。


 通学時間帯を外したガラガラの電車の、ロングシートに寝っ転がって真琴がふざける。


「この時間だと、座れていいね」

「楽ちん楽ちん」

「私ら、社長になっちゃった? なーんつて!」

「あー、ほら、真琴、ぱんつ見えるよー」


 この時既に四人のクラスメイトが死亡し、二人が行方不明になっているのだが。

 どこか現実味のわかない三人を乗せて、小田急線は快走する。


「おまたせー」

「待った?」

「ううん、いま来たとこ」


 成城学園前駅の北口を出ると、信号機の下で澄玲が手を振っていた。


 時刻は九時四十分。

 学校まで、十二分あれば着いてしまう。


 澄玲は自転車を押して、三人に歩調を合わせて、歩く。


「練習終わったらさ、どこ行く?」

「ハンバーガー! 食べたい」


 柚葉の問いかけに環が即答する。


「ダイエットはどーしたんだよ」


 真琴が笑う。


「もーいーの。環ちゃんは食に走ることにしました」

「いつも早弁してるの誰だよ」


 三人、爆笑。

 澄玲だけが笑わない。

 柚葉が彼女を気にかける。


「澄玲、だいじょうぶ?」

「ううん、あんまり。ね、私ら、なんで笑ってるんだろうね?」


 環と真琴は目を見合わせる。


「……なんでだっけ」

「中流階級だからじゃね?」

「安全地帯だよね」

「な、な、そんなことよりさ」


 真琴は目をキラキラさせる。


「冬休み、夢の国行かね?」

「来年になったら、受験だもんね。羽を伸ばして、勉強だ」


 柚葉がにこりと笑いかけると、澄玲も笑った。

 ちょっと、無理している。

 環も、元気づけようと、声をかける。


「だいじょうぶ、千紗もいつかひょっこり登校してくるって」

「……だといいけど」

「でたー、ずるの澄玲ちゃん」


 真琴が、また茶化す。


 中央公園とその中にある池・鏡池を通り過ぎて、桜の並木道を歩くと、常盤聖女学院の校舎が見えてくる。


「着きました、我らが母校!」

「たっだいまー! 一日ぶりの学校!」


 相変わらず環と真琴はハイテンションだ。


 そして四人は校門をくぐった。


 そこから出てこられることは、もう二度とないと、知ることもなく。



 麗華は、躊躇わず澄玲の胸を刺した。

 その後カースト下位組がなにかで揉めたあと、結局二人とも死んだ。


 柚葉は、顔面蒼白のまま、キーボードに手を乗せる。


 何回目だろう。

 麗華の歌声に導かれて、『硝子の天国』を歌う。

 歌わされている。

 歌を外したり、拒否したら、次は自分の番だと。


(怖いけど……いつも通りに、やろう、ね)


 環が、真琴に耳打ちする。


(澄玲は残念だったけどさ。私らは大丈夫だよ)

(なんで、そんなこと分かるんだよぅ)


 真琴は、いつもの勝ち気をすっかり失っていた。


(いつも私ら、なんだかんだで大丈夫じゃんか)

(……)

(今回も、なんとかなる。きっと大丈夫。夢の国、行くんでしょ。歌いきろう。ね?)

(……)


 ずずっと鼻をすすって、真琴は答えた。


(一緒に行こうぜ。……約束な)



「麗華? 聞いて。私じゃないよ」


 ナイフを首筋に当てられた如月綺乃きさらぎあやのが、自分の大切な親友を身代わりに命乞いをしていることを知ったのは、綺乃が顎で麗華の視線を真琴に向けさせているのを気づいてからだった。


「へ? 綺乃? 何言ってんの?」

「そうだわ!」


 真琴は、現状を飲み込めていない。

 麗華は、嬉しそうに閃く。


「私、美味しそうな子と、合唱コンクールいきたいのー。だから、綺乃と真琴、ソプラノとアルトに別れて歌ってみて? 二人のハーモニー、聴きたいなー?」


 綺乃の現在のカースト順位は、三位。

 対する真琴は、四位。


 それに、真琴は歌が苦手。

 音痴だった。


「真琴、わかってるよねえ。あんたは格下。クラスのルールだよ。ね。……ね?」


 綺乃の言葉に、真琴は真っ青のまま、俯く。

 柚葉が、無表情でイントロを奏で始める。


 ワルツに乗って歌ったのは。


 ――綺乃ひとり。


 満足そうに、麗華は優しく笑った。



 環は、怖かった。

 こう見えて、充分に怯えている。


 いつもなら、頭を引っ込めて、自分の身を守っただろう。

 いつもなら、真琴とはいえ他人だから。

 そう言って見捨てていただろう。


 でも今日に限って環は。


 今しかないと思った。


 震える足で駆け、そして。

 真琴と麗華の間に立った。


「……大丈夫。澄玲が待ってる」

「やだよぉ。私、まだ、死にたくないぃ……」


 可哀想に。

 いつもの気丈な真琴はどこにもいない。


 けど、さっき約束したのだ。


 このあとハンバーガーを食べて。

 そして、夢の国へ行くと。


 中流階級な環たちだけど、それはそれで人並みに楽しかった。


 楽しく生きてきたから、おしまいも、楽しく、だ。


「じゃあね、柚葉。……先、行ってるから」


 環は引きつった懸命の笑顔で、手を振った。

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