【第二十九話.カーストという名の絆】

「あ」


 二年一組のカーストトップ、九条麗華くじょうれいかに首筋に突き立てられたナイフを引き抜かれて、相沢心寧あいざわここねは絶命した。

 まき散らされた鮮血が、シャワーみたいにクラスメイトに降り注ぐ。


 手についた血を、ぺろりと美味しそうに嘗めとる麗華。


「いやああ!」


 まず、遠山雛乃とおやまひなのが絶叫を上げて。


「麗華、あんたなんでっ!」


 それから鷹宮咲良たかみやさくらが愕然とする。


「なんで? そんなの、決まっているじゃない。ここは常盤聖女学院の二年一組よ?」


 問われた麗華は両手を広げ、独唱を歌うプリマドンナみたいに、朗々と語った。


「天国にいちばん近い学級だもの! ……私たちを結びつけるのは、カーストという名の絆。上の子も下の子も、中くらいの子も、みんな私のごちそう。力を合わせて、合唱コンクールで花を咲かせましょう」


「……麗華。あんた、それ本気で言ってるの」


 正義感の強い早乙女凛さおとめりんが反抗を試みる。


「そうだよ、凛。知ってるよ、みんな仲良くしたいだけでしょう?」

「それは理想なんかじゃない。そんなものがあるから、このクラスは狂ったんだよ」

「狂った?」


 心寧の血にまみれた麗華は、ゆっくりと凛の方を向き直った。


「聞き間違えかしら。そうじゃないなら訂正なさい。今ならその言葉、許してあげる」

「狂ってるよ」


 凛はナイフをうっとりと眺めるカーストトップの前に立った。


「凛、やめなよ!」

「麗華、普通じゃないって」


 天野真琴あまのまこと立花澄玲たちばなすみれが後ろから止めようと必死に声をかける。


 体格では、小柄な麗華より、運動部所属の凛の方が上。

 制圧できる自信が、あったのかもしれない。

 しかし。


「あんたは間違ってる。どんなわけがあっても、人を殺していい理由にはならない」

「間違えてない。見て、凛。こんなに育った、カーストの樹を。あなたに見える?」

「見えない。そんなもの、初めから無いんだよ」

「あ、凛。美味しそうだね。その首筋。?」


「麗華お願い! もう」


 やめてぇ。

 雛乃の心からの叫びは大きく、しかし無力に血染めの教室に響いた。


「ほら、ね……?」

「あぐっ」


 頸動脈にフルーツナイフが刺さった凛は、膝から崩れ落ち、そのまま動かなくなった。


「わああああっ!」


 遂に完全なパニックに陥ったクラスメイトは、絶叫を上げて逃げ出すべく廊下へ続く扉を、我先にと目指した。

 が、みな、揃って出口付近で将棋倒しになる。


「なにこれっ」

「足が前に進まない!」

「体が動かないっ?」


 くすくす。


 皆が床に這い蹲っているなかで、天使みたいな笑い声が響く。


「あはは、あはははは!」


 ソプラノの声が可憐な二年一組の優等生は、鈴を転がしたように笑った。


「言ったでしょう。ほら、みんな、ちゃんと繋がってるじゃない。全部は……聞いていなかった?」


 そして、キーボードの前で震える篠原柚葉しのはらゆずはに目配せする。


「さあ、練習の続きを始めましょう」


 恐怖で顔面蒼白な柚葉は、震える手で、鍵盤を押した。

 円舞曲ワルツは、硝子の破片で血まみれになった教室内で、繊細に、美しく響いた。


 脅され、震えながら、パートに分かれて必死で歌う12人の生徒たち。

 その様子を、恍惚と、実に満足気に見ている麗華がいる。


「きぶん? うん、さいこうだよ」


 九条麗華くじょうれいかは、天井を破って育った、虹色に光り音色を奏でるカーストの樹を見て、うっとりとしている。


「はああ。なんてきれいなの。なんていいおとなの。なんて」


 ――なんて、美味しいんだろう。


「いいね」


 12人にいつの間にか紛れた赤リボンの女子生徒は笑った。


「もうすぐだね……もう、戻れなくなるよ」


 もはや現実を正常に見ることのできない友人の、空いている左手に手を繋いだ。


「付き合うよ。あたしは、あなたを導く為にここに居る。それこそが、あたしに残された、たった一つの役目だから」



「休憩にしましょう」


 スクールカーストで最も貴く、美しく、気品にあふれたが言った。


 みな、力尽きたかのように床に倒れ、動かない。

 その中で、動き出そうとしている者たちがいた。


「花音、花音」


 白いリボンが可愛い千紗の親友、長谷川花音はせがわかのんに小声で声をかけたのは、同じく千紗の親友でツインテールがあざとい、三浦由依みうらゆいだ。


「なに、由依」

「逃げよう」

「逃げるったってぇ、どこにぃ?」


 おっとりとした花音は、緊張感無く――これでも極度に緊張しているのだが――答える。


「教室から出られないんだよう」

「麗華だよ」

「?」

「麗華をびっくりさせられれば、もしかしたら逃げられるかも」


 えええ。

 花音は半信半疑だが、由依はインスタントカメラをカバンから取り出した。


「フラッシュ。これで驚かせてみる」

「そんなのぉ、無理だよう」

「凛を見たでしょ。麗華、普通じゃないって。このままじゃ私ら全員殺されちゃう」

「う、うん」


 思い出したのか、花音は涙ぐむ。


「私、今度の週末、凛と映画見に行く約束してたのにぃ」

「わかった、そうだよね。二人で逃げたら、凛の分も一緒に見よう。だから」


 ……わかった。

 ありがとう、それじゃあ。

 由依がカメラを構える。



 ぱしゃっ。



 突然の閃光を受けて、麗華は一瞬、視界がホワイトアウトした。


「今だ!」


 由依の掛け声で花音と由依は扉まで走った。

 ぐんっ。

 ところが、廊下まであと一歩のところで、教室から出ることが出来ない。


「あら、どこに行くの? 二人とも」


 背後で麗華が低い声を放つ。


「ぬぐぐぐぐ」


 由依は必死に足を前に出そうとする。

 が、彼女を拘束する見えない根は、足に複雑に絡まり外れない。


「もうだめだよう、降参しようよ」


 花音が泣きそうな声で言う。


「やだね、私は行くんだ、花音と、映画に!」


『まってよ、ゆい』


「!」


 突然、由依の耳に、聞き覚えのある声がした。

 いつの間に隣まで接近していた、麗華が耳元でささやく。


 ――この声は。


 ひと月前から行方不明で。

 席替えするまでは隣で。

 よく一緒に笑いあった――。


「そか、あんた、そこにいたの――」



 ――。



 由依の隣に立っていたは、フルーツナイフを由依の心臓に突き立てて、引き千切った。


「え? え? 由依? どした――」


 状況が分かっていない花音も、あっという間に引き裂かれた。



 クラスメイト二人が、ドアから出ようとして……殺された。

 この事実は、残ったクラスの女子生徒たちを、更なる恐怖へ落としたのだった。

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