【第二十三話.いつも通りの】

 いつも通りの昼休み。

 二年一組の女の子たちは、お弁当を広げてにこやかだ。


「で、咲良はそん中で誰がいちばん好きなん。居たっしょ、あんたの好み」

「……」

「おー、これは図星かなー?」

「やめてよ、綺乃。青陵高の男子なんてたかが知れてるし」


 カースト上位たちは華やかに恋バナに明け暮れている。


「ねえ、雛乃。今日もお弁当、美味しそうだね」

「麗華の手作りには敵わないよー」


 かと思えば、トップは遠山雛乃(とおやまひなの)に夢中だ。


「麗華が居てくれると、みんなが合唱コンの練習、ちゃんとやってくれるから、好き」

「私もだよ」

「?」

「雛乃、ねえ、私ね」


「いえーい、麗華の唐揚げいただき―!」


 ぱくっ。

 芹沢環(せりざわたまき)が大胆にもカースト最上位の令嬢のおかずを盗み食いする。


「こらっ、環、待ちなさーい!」


 話の腰を折られた麗華が泥棒猫を追いかける。


「ねえ心寧、チェンソーヤイバ・ロゼ篇見た?」

「お、今日はチェンソーヤイバの話題ですか」


 オタクトークに花を咲かすのは、宮下莉子(みやしたりこ)。

 相沢心寧(あいざわここね)が相鎚を打つ。


「もーさ、ロゼの想いが悲しくってさー」

「わかる、ライゾーくんも格好良すぎ」


 莉子が立ち上がって『ロゼダンス』を始めた。

 心寧がけらけらと笑っている。

 相当ノリノリのようだ。


「そういえば美月がさ――」

「ん? なに?」

「え」

「今なんて?」

「……なんだっけ」


 咲良に聞き返された綺乃がぽかんと宙に視線を泳がせる。

 教室には複数の空席がある。


「最近、人、減ってない?」

「え? ――気のせいでしょ」


 わずかな違和感はしかし、穏やかな陽だまりの談笑に優しく包み、くるまれた。


◇


「何見てるの」


 耳元に現れた灯里が、聞く。

 千紗は親友のお弁当を柔らかい笑顔で見ている。


「これ、由依のお弁当。卵焼ききれいじゃない?」

「卵焼き?」


 うん。

 まるで自分のことのように満足気だ。


「私んちのお母さんのお弁当は世界一だけど」

「自分で言ってる」

「いーの。……で、それでも、卵焼きだけはお母さん下手っぴなんだよね」


 ほうほう。

 赤いリボンの幽霊は、興味津々。


「その点、由依のお母さんの卵焼きは、綺麗なんよねえ」

「確かに。ふんわりしてて美味しそう」

「味もね、逸品なんだよ!」


 千紗は親友のことを自慢げに、にひひと笑う。


「ねね、ゲームしない?」

「ゲーム?」


 千紗は灯里に提案する。

 久しぶりに楽しい遊びを思いついたから。


「誰が一番カースト高いか当てるゲーム」

「そんなん、判るわけないよー」

「ふっふっふ」


 それはもちろん麗華しかいない。

 でも、灯里には内緒にするのだ。


「根っこを見てってみよー!」


 カーストの根っこの太さは、必ずしも序列と比例するわけではない。

 だから、クラスメイトを知らない灯里には判るわけがないのだが、そこが楽しいに違いないと思った。


 まず向かったのは、篠原柚葉(しのはらゆずは)の席。

 ピアノが大の得意で、将来はピアニストになりたいそうだ。


 と、千紗はごそごそと彼女の足元に顔を突っ込む。


「んー、柚葉ちゃん。ちょっと失礼して」

「ちょ! 千紗ちゃんヘンタイすぎー!」


 確かに千紗の格好は、座ってご飯を食べている女子生徒のスカートを覗くおっさんそのものだ。


「ハイ、灯里。この子のカーストは?」

「えー」


 柚葉の根は、太くも細くもない。

 淡く、黄色に光っている。


「難しかったかなー?」

「んー、待って。……下のほうっ」

「ぶっぶー」


 千紗は、ちっちっちと人差し指を振って灯里を愚弄する。


「答えは『半分よりちょい上くらい』でしたー」

「ぷっ……。あははは、なにそれ!」


 それから二人は、ランチタイムの二年一組を見て回った。


 天野真琴(あまのまこと)。

 勝ち気な性格だけど仲間思いで、いつも仲良しの環と笑っている。


「細いね」

「あれ、ほんとだ、真琴、けっこう細い!」


 真鍋優花(まなべゆうか)。

 千紗と同じくカーストのことばかり考えている、関西弁の女の子。

 かなり性格が悪いので、千紗はなんだか親近感が湧く。


「ふっとい」

「まあね、優花、見下す性格してるからなあ」


 この子は?

 今度はこっち。


 幽霊二人は、クラスの真ん中でとぐろを巻く根っこを発見する。

 それは、複雑に絡み合って一体化している。


「うわ、なにこれ」


 灯里がドン引くと、千紗は笑って言う。


「こういうの、仲良しでいいと思わない?」


 どっと、笑いが起こる。

 見ると、藤沢美央(ふじさわみお)が変顔作って遊んでいる。


 あっはははは。


 千紗もお腹を抱えて笑う。


「なんか楽しいね」

「ねー!」


「……何が楽しいんだっけ?」


「まあいっか!」


 二年一組はいつも通りの、今日も幸せいっぱいだ。


◇


 二人の目に見えない幽霊部員は、部室の屋上プールサイドにやってきた。


「最近さ、めっちゃいい感じじゃない?」

「うん。みんな仲いいね」

「でしょ? 私の意識改革、成功してるって感じ!」


 灯里は、薄く頷く。


「……うん、成功してるね」


 そして妙な間を作ってから、ゆっくりと続けた。


「ちゃんと、一つになってる」


 えい。

 千紗が灯里の影を踏む。

 なにしてんの?

 影なんて見えない灯里が首を傾げる。


「ほら、灯里も」

「見えないったら」

「見えなくったっていいじゃん。たまには信じようよ。私たちはここにいるんだから」

「どこにもいないよ、あたしたちは」


 そう言いながらも、灯里は乗ってくれる。

 晩秋の、塩素の臭いのするプールサイドで、見えるはずのない影踏みで遊ぶ二人の幽霊。


「はっ、はっ。ねえ、灯里」

「なあに! 千紗ちゃん」

「もう、要らなくない?」

「なんて?」


 やあ!

 渾身の一撃で親友の影を踏む千紗は、言った。


「もうさ、カーストとかいらなくない?」


 灯里はぴたりと遊ぶのを止めた。


「要らない?」

「うん! みんな、同じでいいじゃん! その方が、優しいし」

「……千紗ちゃんは、優しいね」

「そかな。……そしたら」


 千紗はプールサイドのフェンスの向こう。

 はるか遠くの副都心のビル群を見て言う。


「そしたらさ。誰ももう、ひとりにならなくて済むんだから」

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