【第十三話.共犯者】

「せんせー」


 出席番号の一番。

 悪気のない残酷さでも一番の相沢心寧(あいざわここね)が、朝のホームルームの最中に手を上げる。


「千紗って、どこいったんですか」


 ぴくりと、朝倉先生は今日一日の連絡事項を黒板に書いていた手を、止めた。

 今までクラスで誰も聞いてこなかったが、遂に聞く生徒が現れたのだ。

 心寧が起こした小さな波紋は、さざなみのように二年一組に広がる。


「え、転校したんじゃないの」

「補導されて少年院行ったってきいたよー?」

「なんか妊娠して入院してるって聞いたんだけど」


 みんなひどいや。

 言いたい放題じゃんか。


「ていうかさ。ニュースでやってたやん。行方不明なんよ」


 あれやこれや憶測が飛び交う教室で、千紗は頬を膨らませる。


「みなさん」


 担任の先生は優しい笑顔のまま。


「憶測や推測だけでわからないことを決めつけてはいけません。この教室には、そんな悪いことをする子はいません。……そうですよね?」


 ぷ。

 あはははは!


 クラスが悪意ある笑いに包まれた。


「何それ、先生、聖者過ぎー」

「千紗なんて、居ても居なくても変わんないって!」


 心寧がふざけて悪乗りすると。


「ほんまやね、おらんでも変わらんよなあ!」


 クラス一性格の悪い真鍋優花(まなべゆうか)も同調する。


 朝倉先生は、目を閉じて、眉間に人差し指を当てると。


「あー……問題児ほど、可愛いものです。そうでしょう、相沢さん、真鍋さん」


 目を開いて、じぃっと、ふたりを見つめた。


 ちぇっ。


 つまらなそうにそっぽを向く、『問題児』の心寧。

 くくくく、気持ち悪い笑い声をもらす優花。

 居ても居なくても変わらない。

 そう言ったけれど、ウケを取れなくて立場がない。


 千紗はというと、格下に酷いことを言われたことに、気づいてすらない。

 それは、序列上位による余裕ではなかった。


 隣の席で何やらぶつぶつ言っている、元・いじめられっ子が気になっている。


「どしたのよ、依央、あんた」

「違う、絶対に違う。私、あの時、確かに……」


 んー?


 千紗は首を傾げるのであった。


◇


 きーんこーんかーんこーん。


 放課後がやってきた。

 がやがやと、みな部活に向かう。


「依央、いこ?」


 依央のいちばんの仲良しの牧村梓(まきむらあずさ)が声をかける。

 が、親友の言葉も、今の彼女には届いていないよう。


「依央?」

「え、ああ……ごめん、なんだっけ」

「なんだっけって、理科部でしょ」

「あ、ああ。うん。行くよ」


 やっと返事をした依央は、親友の手に引かれて席を立つ。

 かちゃん。

 何か、棒のようなものを机の中に放り込んで、梓に引かれるまま、二年一組を後にした。


(なんなの?)


 千紗は依央の机の前に立つ。

 依央は、手にしていた『なにか』を見て酷く動揺していた。

 気になって、申し訳ないと思いつつ、クラスメイトの机に手を突っ込む。

 が、すかっと手はすり抜けて触れない。


 むむ。

 どうしようかな。


 と、ここではたと閃く。


「そだ、覗いちゃえ」


 千紗は依央の席の前に立つと、お辞儀して顔を机に突っ込んだ。

 見えたのは、この前の検査キットの棒。


 あの時は確かに表示されていたはずの、線。

 ところがなぜかそれが今、ない。


 検査キット。

 確か、妊娠検査薬じゃなかっただろうか。


 あの時――依央が吐いていた日――は、線があった。

 つまり、妊娠していたことになる。


 それが、無くなった……?


 そんなことって、あるんだろうか。

 いや、さすがの千紗でも、いつの間にいなくなるなんてこと、無いのはわかっている。


(依央、大丈夫かな)


 千紗は、理科部に行ってみることにした。

 心配になったのだ。


 自分を殺した、クラスメイトのことが。


◇


「なによこれー」


 理科部の様子を見て、千紗が零す。

 自分は、理科部に来たはずだ。


 だのに、カースト最底辺の三人ときたら、マンガを読んだりゲームをしたり。

『理科』らしいことをひとつもしていない。


 三人のうち二人がそんな様子だったが、彼女が気になって仕方がないのは白石依央だった。


 二人とは離れた椅子で、携帯をいじっている。

 覗いてやることにして、千紗は頭と頭が触れぬように近づけた。

 朝倉先生とMINEをしているようだ。


『居なくなったって? どういうこと?』

『わかりません。昨日は妊娠してないって言われました』

『渡した検査キットは?』

『陰性でした』


 やっぱり、依央の赤ちゃんが、突如として居なくなった……で間違いなさそうだ。


 なんだろう、どういうことだろう。

 聞きたいけれど、何かを尋ねることの出来る存在はもういない。


 そのまま、何をするでもなく、理科部は終了。

 部活動の時間内に、ついに一度も理科らしいことをしないまま解散してしまった。


(ほんと、何してるのあの子たち……)


 と、依央だけが残って、千紗の方を見ている。

 ぎょっとしていると、彼女が口を開いた。


「……いるんでしょ」


 思わず、こくりと頷く千紗。

 けれども、視えてはいないようだ。


「たぶん、そこにいるんだよね。あんたがいると、すこし温かいから、わかる。……あのさ。……あのさ」

「な、なに?」


 視えていなくても、なんだか改められると気恥ずかしい。


「怒っているんでしょ」


「……え?」

「怒ってるんでしょ。私が殺したから。だから、こんなこと、したんだよね」


 なんのことだかさっぱりわからないけれど。

 なんだか、自分に謝る依央のことが怖くなって。


 千紗は逃げ出した。


 彼女が理科室の扉を潜る前、もう一度、クラスメイトは言った。


 ねえ。

 怒ってるんでしょ。


 小さく、一言。

 誰にも聞こえないような声で。


◇


 千紗は、夕方の校庭をとぼとぼと歩く。


 ――元気ないね。


 灯里なら、そう言うのだろうか。

 でてきて欲しいのに、こんな時に限って現れてはくれない。


(私が、依央に何をしたって?)


 確かに、いじめた。

 バイ菌ちゃんと言って尊厳を傷つけた。

 それは、悪いとわかってる。


 死刑になるくらい、悪いことだったと。


 でも、それ以外は何かをした記憶などない。

 刑を執行された元・死刑囚は、空を仰ぎ見る。


(すいこまれそう)


 どこまでも青い空。

 大好きな、青い色。


 グラウンドに転がる石を、思いっきり蹴る。

 それは、とんとんと音を立てて転がって、桜の木にぶつかって止まった。


 そういえば。


 今日も何だかお腹が減った。

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