第29話 氷の令嬢の「文化祭」は、閉ざされた舞台裏で完全監禁される

進路希望調査票という名の「未来の婚姻契約書」をお互いの愛の色で真っ赤に染め上げ、高校卒業後のルートを完全決定(ロック)した僕たち。後期課程の大きなイベントである秋の「私立神代学園高等部・麗華祭(文化祭)」が近づくにつれ、学園内は独特の浮き足立った熱気に包まれていた。


文化祭といえば、クラス対抗の出し物や模擬店、そして夕暮れ時の後夜祭など、高校生活における最大級の青春イベントだ。当然、有象無象の生徒たちが「誰が誰と回るか」「どこのクラスの喫茶店に行くか」と喧騒を繰り広げている。だが、そんな無秩序な大衆の熱狂(バイオハザード)を、我が二年A組の絶対君主である神代凛花が、ただ指をくわえて見過ごすわけがなかった。


文化祭の準備期間、すでに半径5メートルを高級絨毯と本革ソファで完全武装(リフォーム)された二年A組の教室で、凛花さんはいつもの冷徹な「氷の令嬢」の鉄面皮を崩さないまま、お揃いの青いサファイアのブレスレットがきらめく右手で、一枚のゴールドに輝く特製IDカードを僕のデスクへ滑らせてきた。その指先は、秋の涼しい風が吹き込む教室内であるにもかかわらず、まるで真夏の太陽を浴びた時のように熱く、小刻みに震えている。


「……誠くん。これより、本年の麗華祭における貴方の全スケジュール、および移動動線は、この私が発行した『特級入構管理セキュリティコード(愛のパスポート)』によって一分一秒単位で完全統制(コントロール)されるわ。一般生徒の無秩序な群衆(ノイズ)に揉まれながら、不衛生な模擬店の焼きそばを買い食いするような不条理な行動は、神代家の安全保障条約(約束)に基づき、一切の例外なく強制却下(ブロック)されたと知りなさい」


凛花さんは、いつもの扇子をパタパタとエレガントに仰ぎながら、冷徹極まる聲音で僕を睨みつけてきた。しかし、その瞳の奥の熱量は、文化祭の熱気など比較にならないほどに沸騰している。今日の彼女は、文化祭のクラスの出し物(神代家の圧力により、なぜか高級英国式アフタヌーンティーサロンに決定していた)のために、特注のクラシカルなロングメイド服を身にまとっていた。


黒い上質な生地に、一切の妥協なく施された純白のフリルとレース。いつもは厳格にまとめられている長い黒髪が、今日のために少しだけハーフアップにされ、細く白い首筋がドレスの襟元から覗いている。その姿は、学園の令嬢というよりも、中世の古城に佇む若き美しき女帝のようで、視覚的な破壊力が完全に臨界点を突破していた。


「り、凛花さん……そのメイド服、本当に言葉を失うくらい綺麗だよ。いつもの制服や別荘でのサマードレスも素敵だったけど、なんだか、今日の凛花さんはいつも以上に僕の目を釘付けにして離さないというか……本当に似合ってる」


「――――――――――ッッッ!!!!」


僕がその圧倒的な美しさに気圧されながらも、真っ直ぐに心からの賛辞を口にすると、凛花さんは持っていた扇子をカチカチカチカチと狂ったような高速で開閉させ始めた。デスクライトの光がなくてもはっきりと分かるほど、彼女の白い耳の裏から、アップにされたうなじ、およびメイド服の胸元に至るまでが、一瞬にして鮮やかなチェリーピンクへと染まり上がっていく。


(((((((((((((((((((((((((((((((((((ギエエエエエアルアアアアアアア!!! 直撃!! 本日の一番シグナルが、私の全精神防衛システム(セキュリティ)を内側からハッキングして木っ端微塵に粉砕したわ!!! 『言葉を失うくらい綺麗』!? 彼が、私のメイド姿を、そんな潤んだ熱い瞳で、心底愛おしそうに見つめながら、私の存在そのものを肯定(ホールド)してくれたわよおおおおお!!! 違うの誠くん! 私は貴方を他校の不純な雌どもの視線から隔離するためにこの衣装(カモフラージュ)を選んだのに、どうして貴方のそのストレートな一言が、私の心臓を神代重工の超大型プレス機並みの圧力で押し潰していくのよおおお!!! 好き! 大好き!! もう文化祭の一般公開なんて今すぐ中止(ロックダウン)して、この教室の鍵をすべて溶接し、このふかふかのソファの上で貴方に私のドレスのフリルをごちゃごちゃに引きちぎられるまで強く抱きしめさせなさいよおおおおお!!!))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))


一般公開を中止したら文化祭にならないし、衣装を引きちぎられたら出し物ができなくなってしまうが、彼女の脳内システムは、すでに文化祭の喧騒を完全に置き去りにして、二人きりの「閉ざされた愛の檻」へと完全逃避(チェックイン)していた。凛花さんはガタガタと全身を激しく震わせながら、ツンとそっぽを向いて冷徹な声を絞り出す。


「……ふ、ふん。貴方のその、不敬極まるお世辞(甘い言葉)など、私の論理的思考回路(知性)には一ミクロンも影響を及ぼさないわ。……それよりも、説明を続けなさい。私が用意させたのは、我が学園の旧校舎の最奥に位置する、神代グループが完全リフォームを施した『特設プライベート休憩総統室(VIPルーム)』よ。不特定多数の生徒の視線という名の視覚的バイオハザードから隔離された、私と貴方だけの『絶対不可侵領域』よ」


「休憩室じゃなくて『総統室』になっちゃってるよ、凛花さん……。それに、クラスの出し物のシフトはどうするの?」


「……問題ないわ。私と貴方のシフトは、昨晩のうちに私が人事権を発動し、二十四時間、常に同じ時間帯で『二人きりのバックヤード管理(休憩)』になるように完全にプログラミング(改ざん)しておいたわ。誠くん、貴方が私の視界から一秒でも外れることは、神代学園の治安維持規約に対する重大な宣戦布告とみなすから覚悟しておきなさい」


「あはは、分かったよ。凛花さんから離れたりしないから、安心して。今日の文化祭、二人でたくさん思い出を作ろうね」


「――――――――――ッッッ!!!!」


本日二度目の直撃。凛花さんは完全に言葉を失い、持っていた最高級の扇子を机の上に落としそうになるほど激しく動揺した。


(((((((((((((((((((((((((((((((((((ト、ト、ト、ト,、トカシタアアアアアアアアアアアアア!!! 『二人でたくさん思い出を作ろうね』!? これ、全宇宙の青春最高裁判所が満場一致で『生涯のパートナーシップ宣言』と採択する、歴史的初夜のプロローグじゃないのよおおおおお!!! 違うの誠くん! 私は貴方を私の支配下(檻)に監禁するためにこの計画を立てたのに、どうして貴方のその真っ直ぐな太陽みたいな笑顔が、私の愛の檻ごと私を貴方の腕の中に融解(メルトダウン)させてしまうのよおおお!!! もうバックヤードじゃなくて、今すぐ神代家の私設憲兵隊に命じて、この学園の周囲に高さ五十メートルの防壁(ウォール・リンカ)を建設させなさい! そしてこの敷地ごと、私たち二人の永久の楽園(エデン)にしてしまいなさいよおおおおお!!!))))))))))))))))))))))))))))画像))))))))))))))


学園の周囲に防壁を建てたら、もはや別のディストピア作品になってしまうが、彼女の興奮と独占欲は、文化祭の開始を告げる朝のチャイムの音を完全に掻き消すほどの爆音を脳内で轟かせていた。


そして、文化祭の一般公開が始まり、学園内に外部の観客や他校の生徒たちが次々と流れ込んでくる。二年A組の「高級英国式アフタヌーンティーサロン」は、凛花さんの圧倒的なメイド姿と、僕の(彼女によってミリ単位でコーディネートされた)執事風の制服姿が話題を呼び、またたく間に長蛇の列ができる大盛況となった。

しかし、他校の女子生徒が僕に注文を入れようとしたり、少しでも視線を交わそうとした瞬間――僕の背後に音もなく現れた凛花さんの、絶対零度の「氷の眼光」と、衣服の隙間から覗くサファイアのブレスレットの威圧感が、その女子生徒たちを恐怖のどん底へと叩き落とし、瞬時に強制退店(チェックアウト)させていくのだった。


「……誠くん。これ以上のノイズの増殖は、我が二年A組の営業利益、および私の精神安全保障上、極めて有害だわ。迅速に、次のフェーズへ移行するわよ」


前半のシフトが終わった瞬間、凛花さんは僕の左手首を強固なホールドで掴むと、周囲のクラスメイトたちが「あ、お幸せに……」「監禁の時間が始まったな」と遠巻きに見守る中、僕を連れて教室のバックヤード、およびあの「旧校舎の最奥」へとツカツカと歩を進めていった。


一般生徒の立ち入りが完全に禁止され、神代家の黒服の警備員たちが通路を何重にも包囲する、静寂に包まれた旧校舎の廊下。その最奥にある重厚な扉を開けた瞬間、僕たちの目の前には、文化祭の出し物とは到底思えない、贅を尽くした密室が広がっていた。そして、扉が背後でカチャリと冷たい音を立てて施錠(ロック)された瞬間、凛花さんはメイド服の裾を激しく震わせながら、潤んだ瞳で僕を振り返ったのだった――。


背後でカチャリと冷たい音を立てて施錠された、旧校舎最奥の「特設プライベート休憩総統室(VIPルーム)」。

外の喧騒――他校の生徒たちの笑い声やブラスバンドの演奏、模擬店から漂う賑やかな匂いは、神代グループの超一級遮音壁によって完全に遮断されていた。そこに広がるのは、クラシカルな間接照明に照らされた、驚くほど静かで、どこか非現実的な二人だけの密室だ。


凛花さんは重厚な扉に背を預けたまま、はあ、はあ、と細い肩を激しく上下させていた。特注のロングメイド服のフリルが、彼女の激しい心拍数を物語るように小刻みに波打っている。


「……つ、ついに完了したわ、誠くん。これで、有象無象の雌(女子生徒)どもが放つ不純な視線という名のバイオハザードから、貴方を完全に隔離することに成功したわよ……っ! ここは、神代家の安全保障条約が適用される絶対不可侵領域……。貴方はもう、私の許可なく誰とも視線を交わすことも、言葉を交わすこともできないのよ……っ!」


「凛花さん……。隔離って、僕をそんなに心配してくれてたんだね。でも、さっきからずっと手を繋いで引っ張ってくれたから、僕はどこにも行くつもりなんてなかったよ」


「――――――――――ッッッ!!!!」


僕が微笑みながら、彼女に握られたままだった左手を、自分から優しく包み返すように握り直す。

その瞬間、神代凛花という「絶対君主」の脳内で、文化祭の後夜祭で打ち上げられる予定の全花火の火薬量を一瞬で凌駕するほどの、特大の「精神的メルトダウン」が引き起こされた。


(((((((((((((((((((((((((((((((((((((((キエエエエエアルアアアアアアア!!! 『どこにも行くつもりなんてなかった』!? これ、全宇宙の恋愛最高裁判所が満場一致で『完全なる生涯の服従宣言』と採択する、歴史的初夜の誓いじゃないのよおおおおお!!! 手! 彼の手が、私の熱く震える手のひらを、さっきよりも強い力で完璧にホールドしているわ……!! 冷房が効いているはずの総統室なのに、彼の体温がメイド服の奥深くまで溶け出して、私の知性(論理的思考回路)が、さっきから一ミクロンも起動しないのよおおお!!! 好き! 大好き! もうこの文化祭が永遠に終わらなければいいのに! この密室の鍵を全て私の胃の中に飲み干して、このふかふかのソファの上で彼に私を骨ごと押し潰させなさいよおおおおお!!!)))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))


鍵を飲み干したら医療機関のお世話になってしまうが、彼女の脳内絶叫の熱量は、遮音された密室の温度を急速に上昇させていた。

凛花さんは真っ赤になった顔を隠すように、空いている右手の袖で顔を覆うと、ついに耐えきれなくなったように、僕の胸元へとバタリと頭を預けてきた。


上質な黒いメイド服の生地が、僕の執事風の衣装と擦れ合う。

ハーフアップにされた彼女の髪から、真夏の余韻を残した秋の空気の中で、狂おしいほどに甘い薔薇のアロマが立ち上り、僕の胸元を優しく満たしていく。


「……不条理よ、誠くん。……『どこにも行かない』だなんて、そんな情緒的な言葉で、私が懐柔されると思わないことね。……貴方のその右手も、左手も、これから文化祭が終わった後の後夜祭のフォークダンスも……全部、私がこのサファイアの呪縛(ロック)で永久に管理してあげるんだから……」


彼女の身体は、恥ずかしさとあまりの幸福感でふにゃふにゃに溶け崩れており、僕の衣装にしがみつく手だけが必死に力を込めていた。


(((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((離さない、死んでも離さないわ誠くん……! 本当は文化祭の出し物なんてどうでもいい、模擬店なんてどうでもいいの……。ただ、この閉ざされた空間で、貴方という唯一無二の光を、私だけの腕の中に永遠に閉じ込めておきたいだけなのよ……。貴方が私にそんな優しい顔を向けるたびに、私の愛という名の檻が、どんどん強固に、どんどん重くなっていくのが分かるわ。……覚悟しなさい、この文化祭が終わる頃には、貴方のハートも私の隣に強制移住(新婚生活)させてあげるんだからあああ!!!))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))


彼女の重すぎる、けれどどこまでも純粋な独占欲の姿が、どうしようもなく愛おしかった。


僕は空いている右手をそっと伸ばし、メイド服で包まれた彼女の細い背中を、引き寄せるようにして優しく抱きしめた。


「……うん。僕の全部で、凛花さんとの思い出を作るよ。だから、もう心配しないで」


「――――ッ、ひゃんっ!?」


名前を呼ばれ、完全に腕の中でメルトダウンを起こした氷の令嬢。


部屋の窓の隙間から、夕暮れ時の茜色の光が差し込み、僕たちを優しく照らし出す。

けれど、僕たちを繋ぐ手首の青いサファイアは、そのどんな夕日の輝きよりも強く、決して離れない永遠の契約のように、文化祭の舞台裏で静かに輝き続けていた。

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