第27話 氷の令嬢の「新学期」は、包囲網の完成を告げる

夏休みの「軽井沢の別荘」での、甘く、重く、そして狂おしいほど密着した新婚生活まがいの避暑を終え、僕たちの高校生活はついに後期課程へと突入した。


――しかし、学園の門をくぐった僕を待ち受けていたのは、夏休み前とは比較にならないほど強固に完成された「神代凛花による包囲網」だった。


「……おはよう、誠くん。本日から始まる後期課程において、貴方の全登下校ルート、および学内での移動経路は、すべて神代家の最高機密管理システムによって完全に統制(コントロール)されるわ。異議申し立ての受付窓口は、今朝の午前4時をもって永久閉鎖したわよ」


校門前。いつもの「氷の令嬢」としての鉄面皮を崩さないまま、凛花さんはお揃いの青いサファイアのブレスレットが覗く右手を伸ばし、当然のように僕の左腕を自らの胸元へと抱き寄せた。


問題はその背後だ。

黒塗りの高級リムジン3台、そして完全防弾仕様のスーツに身を包んだ神代家直属の私設警備隊員たちが、僕たちの周囲半径3メートルをガッチリと包囲し、他の生徒たちを「慈悲なき強制排除」で遠ざけているのである。


「り、凛花さん……!? いくらなんでも、この登校スタイルは目立ちすぎるよ! 警備部隊まで引き連れて、一体どうしたの?」


「……黙りなさい、誠くん。夏休みという『完全隔離領域』から、再び有象無象の雌(女子生徒)がひしめく無秩序なキャンパスへ貴方を解放するのよ? 我が家の最高機密資産であり、何よりも愛おしい貴方に、他者の視線という名の不純物が一ミクロンでも付着することを、私の独占欲――いえ、管理体制が許容するわけがないでしょう」


(((((((((((((((((((((((((((((((((((キエエエエエアルアアアアアアア!!! 『誠くん』!! 全校生徒の前で『誠くん』って呼べたわ!!! もう夏休み前の、距離感に悩んでいた私とは違うのよ!! あの別荘で、彼から『僕の全部を凛花さんに預けるよ』って言われたあの瞬間から、私の愛の包囲網は最終フェーズ(完全婚姻準備)へと移行したのよおおおおお!!! 見て周囲の雑草ども!! 彼の腕は私のもの! 彼の視線も私のもの! 彼の将来の戸籍も、私の部屋の特級金庫に保管済みよおおおおお!!!))))))))))))))))))))))))))))))))))


戸籍が本当に金庫に入っているのではないかと背筋が凍るが、凛花さんの脳内絶叫は、新学期の賑やかな学園の喧騒を完全に圧殺するほどの爆音を轟かせていた。

彼女は真っ赤になった耳の裏を隠すように、すっと顎を引いて僕の腕をさらに強く抱きしめる。その柔らかい感触が制服越しに伝わってきて、僕の方こそ心臓が破裂しそうだった。


「……さあ、行くわよ。本日の第一講義――いいえ、授業の教室は、私が昨晩のうちに理事長と交渉し、貴方の座席の周囲半径五メートルを『完全無人(セーフティ)』にリフォームさせておいたわ。貴方はただ、私の隣で、私の知性(愛)だけを吸収していればいいのよ」


「教室をリフォームしちゃったの……!?」


彼女の重すぎる愛のスケールは、新学期早々、校舎の構造そのものを変えるレベルに達していた。


神代グループの圧倒的な資金力と、理事長への迅速な「交渉(圧力)」の前には、伝統ある我が学園の規則すらただ平伏するしかなかったようだった。


私設警備隊に守られながら二年A組の教室のドアを開けると、そこには絶句するような光景が広がっていた。

僕と凛花さんが座る窓際の一角を除いて、前後左右の木製の学習机と椅子がすべて撤去され、代わりにホテルの最高級ラウンジにあるような厚手の絨毯と、二人掛けのふかふかな高級本革ソファが鎮座していたのだ。


他のクラスメイトたちは、教室の反対側の壁際にギュウギュウ詰めに机を寄せ合い、「これが神代家の新学期か……」「もはや新婚の居間だな」と遠巻きに戦々恐々とした視線を送っている。


「……さあ、着席しなさい、誠くん。このソファは、貴方の骨格と体温をリアルタイムで計測し、常に私との密着率が『九十八パーセント』を維持できるように特注した形状記憶仕様よ。……さあ、迅速に私のテリトリー(隣)へ収まりなさい」


「う、うん……。でも、みんなの視線がちょっと痛いかも……」


「……問題ないわ。私の視界(世界)には、貴方しか映っていないのだから。他者がどう思おうと、それは我が家の統治(愛)の範疇外よ」


((((((((((((((((((((((((((((((((((((ト、ト、ト、ト、トカシタアアアアアアアアアアアアア!!! 『みんなの視線』!? 違うの誠くん、周囲の奴らはただの背景(モブ)よ!! 新学期が始まったということは、高校卒業という名の『神代家入籍カウントダウン』がいよいよ本格始動したということなのよおおおおお!!! もう誰にも邪魔させない! 定期試験の点数も、将来の進路も、彼が毎日食べるお弁当のメニュー(和食派か洋食派か)に至るまで、すべて私の愛の包囲網(プログラム)が完璧にプロデュースしてあげるんだからあああああ!!!))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))


まだ高校二年生の後期が始まったばかりだというのに、卒業後の入籍はおろか、毎日のお弁当のメニューまで検閲されようとしている。彼女の脳内システムは、夏休みのブランクを埋めるかのように熱暴走を極めていた。


凛花さんは真っ赤になった顔を隠すように、カチカチと狂ったように扇子を動かしながら、机の下で僕の制服の袖をぎゅっと掴んできた。お揃いの青いサファイアのブレスレットが、窓から差し込む秋の柔らかな日差しを浴びて、カチリと微かな音を立てて触れ合う。


「……ふん。覚悟しなさい、誠くん。この後期課程が終わる頃には、貴方の周囲に存在するすべての空間を、私という存在だけで完全に満たしてあげるわ……」


耳元で囁かれる、震えるような、けれど最高に重く、甘い「教室監禁宣言」。

担任の先生がガラガラとドアを開け、「えー、神代さんのご意向により、今日のホームルームは……」と震える声で話し始める中、氷の令嬢の独占欲は、新学期の教室を完全に「二人の新婚部屋」へと塗り替えていくのだった。

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