第24話 氷の令嬢の「お返し」は、真夏のプールサイドで波乱を呼ぶ

神代さんによる「二十四時間体制・限界突破お見舞い」という名の愛の強制隔離を経て、僕の風邪は驚異的なスピードで完治した。神代グループの栄養士が作ったお粥の効能か、あるいは彼女の脳内爆音絶叫がウイルスの生存本能を上回ったのかは定かではないが、とにかく僕は元の健康な身体を取り戻していた。

 そして季節は、ジリジリと肌を焼くような太陽が支配する、本格的な「夏」へと突入する。

 期末試験も終わり、キャンパス内が夏休みの開放的な空気に包まれる中、神代さんは学食のテラス席で、いつもの扇子をパタパタと仰ぎながら、僕に一枚のゴールドに輝くカードを突きつけてきた。

「……佐藤くん。先日の看病に対する『お返し』として、貴方の夏休みの最初のスケジュールを、私が直々に強制徴用(チェックイン)してあげるわ。……これは神代グループが所有する、完全会員制・最高級プライベートリゾートプールのフリーパスよ。無論、他の有象無象の群衆(ノイズ)は一切立ち入れない、私と貴方だけの『隔離水域』よ」

「リゾートプール!? 神代さん、わざわざそんな大層なもの用意しなくても、普通の市民プールとかで良かったのに……」

「……論外よ! 安っぽい塩素のプールに貴方を放り込んで、他の雌(女子学生)の視線という名の視覚的バイオハザードに曝すわけがないでしょう! 貴方のその、少しは筋肉がついてきた健康的な肢体を網膜に収めていいのは、この世界で私だけよ!」

(((((((((((((((((((((((((((((((((((アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! キタアアアアアアアアアアアア!! 真夏の水着デートイベント!!! この日のために、私はパリのオートクチュール(高級仕立服)に、私のボディラインを最も完璧に、かつ『佐藤くんだけに強烈な破壊力を与える』ように計算された特注の水着を作らせたのよおおお!! 彼の水着姿! 水に濡れた髪! そして太陽の下で密着する二人の距離!! 想像しただけで私の心臓が神代重工の水冷式タービン並みの熱量で爆発しそうだわあああああ!!))))))))))))))))))))))))))))))))))

 水冷式タービンが爆発したらリゾートどころの騒ぎではないが、彼女の脳内はすでに、真夏の太陽よりも熱く沸騰しているようだった。

 神代さんは真っ赤な顔を扇子で覆い隠しながら、ツンとそっぽを向いて冷徹な声を絞り出す。

「……というわけよ。現地までの移動は、当然我が家の防弾リムジンを使用するわ。……貴方はただ、私が指定した最高級のトランクス(※私が厳選したブランドよ)を着用して、私の安全管理下に置かれればいいのよ。……遅刻は即座に、神代家の私設憲兵隊による強制連行の対象になるから覚悟しておきなさい」

「あはは、遅刻はしないよ。神代さんの水着姿……その、すごく楽しみにしてるね」

「――――――――――ッッッ!!!!」

 本日一番の直撃。神代さんは完全に言葉を失い、持っていた扇子をカチカチと狂ったように開閉させ始めた。デスクライトの光がなくても分かるほど、彼女の白い首筋が、瞬く間に鮮やかなチェリーピンクへと染まっていく。

((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((ト、ト、ト、ト、トカシタアアアアアアアアアアア!!! 『楽しみにしてる』!? 彼が、私の水着姿を、そんな眩しい太陽みたいな笑顔で、純粋に期待しているわよおおおおお!!! 違うの佐藤くん! 私は貴方を私の支配下(檻)に閉じ込めるために企画したのに、どうして貴方のそのストレートな一言が、私の全精神防衛システム(セキュリティ)を内側から木っ端微塵に粉砕していくのよおおお!!! 好き! 大好き!! もうプールを干上がらせて、その乾いた底で貴方に私を強く抱きしめさせなさいよおおおおお!!!))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))

 プールを干上がらせたらデートにならないと思うが、彼女の興奮はすでに制御不能の領域へと突入していた。

 そして迎えた、デート当日。

 青く澄み渡る空と、クリスタルのようにきらめくどこまでも透明なプールサイド。

 着替えを終えて僕が外へ出ると、そこには――大きなパラソルの下、神代重工が総力を挙げて(?)開発したとおぼしき、信じられないほど美しく、そしてどこか刺激的な漆黒の水着を身にまとった神代さんが、ガタガタと全身を激しく震わせながら僕を待ち受けていた。


青く澄み渡る真夏の空の下、クリスタルのようにきらめくプールサイド。

 そこは完全会員制のプライベートリゾートというだけあって、周囲には僕たち以外に人影はなく、ただ心地よい波の音だけが響いていた。

 パラソルの下に佇む神代さんは、パリの老舗に特注したという漆黒のシースルーパレオを風になびかせ、息を呑むほど美しかった。けれど、その外面の完璧な美貌とは裏腹に、僕の水着姿を視界に捉えた瞬間、彼女の身体はまるで電気ショックを受けたように完全に硬直してしまった。

「……さ、佐藤くん……。貴方、その……何かしら、その締まりのない、いえ、予想以上に……その、健康的に引き締まった肉体(ヴィジュアル)は……っ! 神代家の資産価値(スタイル)を脅かす、重大な視覚テロよ……っ!」

「あはは、神代さんに言われた通り、指定のトランクスを穿いてきたよ。それより……神代さん、その水着、本当に綺麗だね。すごく似合ってる」

「――――――――――ッッッ!!!!」

 僕が真っ直ぐに彼女の姿を褒め称えると、神代さんは大慌てで大きな麦わら帽子のつばを掴んで顔を隠した。しかし、隠しきれない耳の裏から首筋、そして水着から覗く白い鎖骨のあたりまでが、一瞬にして沸騰したように真っ赤に染まっていく。

((((((((((((((((((((((((((((((((((((((ト、ト、ト、ト、トカシタアアアアアアアアアアア!!! 直撃!! 彼の視線が、私の水着(防衛線)を紙切れのように引きちぎって、ダイレクトに私の心臓をホールドしたわ!!! 濡れた髪! いつもより露出した鎖骨と胸板!!! アアアアアアもう無理、直視できないわ!!! 幸せすぎて、このままこのプライベートプールの全水量を私の嬉し涙で満たして、二人で永遠に溺れてしまいたいわあああああ!!!))))))))))))))))))))))))))))))))))))))

 プールを涙で満たしたら水質管理が大変なことになりそうだが、彼女の脳内絶叫の音量は、真夏の蝉の声を完全に掻き消すほどの爆音を轟かせていた。

 神代さんはガタガタと震えながら、ツカツカと僕の前に歩み寄ると、お揃いの青いサファイアのブレスレットがついた右手で、僕の左手首を強固にホールドした。

「……ふん。これ以上の視覚的混乱は不合理だわ。迅速に水域(プール)へ侵入(エントリー)するわよ、佐藤くん。……ただし、水中に潜んでいる間も、私の半径三十センチ以内の『絶対防衛圏』から離れることは万死に値すると知りなさい」

「わかったよ。じゃあ、まずはゆっくり入ろうか」

 僕たちは並んでプールの階段を降り、ひんやりとした透明な水の中へと身体を沈めた。

 心地よい冷たさが肌を包み込む。けれど、僕の左手をがっちりと掴んでいる神代さんの指先だけは、真夏の太陽よりも熱く火照っていた。

 少し深くなったエリアに足を進めた時、ゆらりと水面が揺れて、神代さんのバランスがわずかに崩れた。

 「ひゃんっ!?」と可愛い悲鳴を上げた彼女は、反射的に僕の首元へと両腕を回し、全力で僕の胸板にしがみついてきた。

 水中で、お互いの素肌が、これ以上ないほどのゼロ距離で密着する。

 水に濡れた彼女の長い黒髪が僕の肩に絡みつき、薔薇の香りが湿った空気の中でいっそう濃厚に弾けた。

「か、神代さん……!? 大丈夫?」

「う、うるさいわね……っ! これは水流の不規則な運動による、不可抗力な安全確保(ホールド)よ……っ! 貴方が、私をしっかりと支えないから……っ!」

(((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((アアアアアアアアアアアアア!!! 密着!!! 水中で肌と肌が直に触れ合っているわよおおお!!! 彼の肩の硬さ、男の子の体温、全部がダイレクトに私の中に流れ込んでくるわ!!! 波よ! もっと激しく揺れなさい! そしてこのまま彼に、私の腰をがっちり掴ませて、一生水面へ上がらせないように監禁(ロック)しなさいよおおおおお!!!)))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))

 水中で監禁されたら流石に溺れてしまうが、僕にしがみつく彼女の心臓は、水圧のせいだけとは思えないほどの早鐘を打っていた。

 言葉では強がりつつも、潤んだ瞳で僕を見上げてくる彼女が愛おしくて、僕は空いている右手で、水中に沈む彼女の細い腰を、そっと引き寄せるようにして支えた。

「……大丈夫だよ、神代さん。ちゃんと支えてるから、怖がらなくていいよ」

「………………っっっ!!!」

 僕の手が腰に触れた瞬間、神代さんは電気ショックを受けたようにビクンと跳ね、そのまま僕の胸元に顔を埋めて完全に静止(フリーズ)した。

 きらめく水面の下、僕たちの手首で輝く青いサファイアが、カチリと微かな音を立てて重なり合う。

 氷の令嬢の頑強なセキュリティは、真夏の太陽と、僕の手のひらの熱によって、どこまでも甘く、深く、融解していくのだった。

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