第11話 氷の令嬢の「本音」は、炎に焼かれて溢れ出す
学園祭の喧騒が遠ざかり、校庭の中央では巨大なキャンプファイヤーの炎が夜空を焦がしていた。
フォークダンスの音楽が流れ、生徒たちが輪になって踊る中、僕と神代さんは喧騒から少し離れた、校舎の影にあるベンチに座っていた。
「……ふん。ようやく静かになったわね。低俗な騒ぎに付き合わされて、私のドレスが安っぽい煙の匂いに汚染されてしまったわ」
神代さんは扇子で顔を仰ぎながら、不機嫌そうに呟く。しかし、その視線はチラチラと、僕と彼女の間に置かれた「わずか数センチの隙間」に向けられていた。
((((((((((((((((((((((((((キタアアアアア!! 後夜祭!! 二人きりの特等席!! キャンプファイヤーの炎が私たちの恋の導火線に火をつけて、今にも爆発しそうだわ!! 佐藤くん、見て! 炎に照らされた私の横顔、いつもより三割増しで幻想的でしょ!? さあ、早くその手で私の肩を抱き寄せて、『君という太陽に焼かれたい』とか何とか言いなさいよおおお!!)))))))))))))))))))))))))
そんな詩的なセリフは言えないけれど、確かに炎に照らされた彼女は、言葉を失うほど綺麗だった。
僕はポケットから、一本の缶入りココアを取り出し、彼女の頬にそっと当てた。
「はい、お疲れ様。……神代さん、今日一日、ずっとクラスのために頑張ってたよね。本当にかっこよかったよ」
「……っ。な、何を……。私はただ、無能なクラスメイトたちの失態を最小限に食い止めていただけよ。感謝される筋合いはないわ」
(((((((((((((((((((((((((((((アアアアアアアアアアアアアア!! 優しい! 温かい! ココアも佐藤くんの言葉も、私の氷の心(※中身はマグマ)をトロトロに溶かしていくわ!! かっこよかった!? 私のこと、かっこいいって言ったの!? 嬉しい! 嬉しいすぎて、今すぐこの場で創作ダンスを踊り狂いたい気分よおおお!!))))))))))))))))))))))))))
ダンスは我慢してほしいが、彼女はココアを両手で大切そうに持ち、一口ずつ、慈しむように飲み始めた。
静寂が流れる。遠くで流れる音楽と、パチパチと爆ぜる薪の音だけが聞こえる。
「……佐藤くん」
不意に、彼女がいつものトゲを捨てた、柔らかい声で僕の名前を呼んだ。
「……明日から、また普通の日常に戻るのね。……貴方の隣の席で、貴方の無様な居眠りを監視するだけの日々に」
「……そうだね」
「……退屈だわ」
((((((((((((((((((((((((((((嘘よ! 退屈なわけないじゃない! 毎日が記念日! 貴方の寝顔を見るだけで私の幸福度メーターは振り切れているわ!! でも、でもね……。この学園祭で、私、気づいちゃったの。ただ隣にいるだけじゃ、もう満足できない。私は貴方の……貴方の特別な、一番近くにいる存在になりたいのよ……!!)))))))))))))))))))))))))
神代さんは、ココアの缶をギュッと握りしめ、僕の方を真っ直ぐに見つめた。
その瞳は、炎の光を反射して、決意に満ちた輝きを放っていた。
「……佐藤くん。一つだけ、質問を許可してあげるわ」
「え?」
「……貴方の左腕にある、そのミサンガ。……貴方はそれを、誰のために、どんな気持ちでつけているのかしら」
心臓の鼓動が早くなるのがわかった。
神代さんは、僕の答えを待っている。外面の彼女は「興味本位よ」と言わんばかりの冷徹な表情を保っているけれど、脳内は、まるで嵐の前の海のように激しく波打っていた。
((((((((((((((((((((((((((((((聞いちゃった……! ついに核心に触れちゃったわ!! ここで『神代さんのためだよ』なんて言われたら、私はその場で心肺停止して、全宇宙に感謝の祈りを捧げるわ!! さあ、言いなさい佐藤くん! 貴方の本心を、私のこの魂に刻み込みなさい!!))))))))))))))))))))))))))))
僕は自分の左腕のミサンガを見つめた。不格好で、少し汚れてしまったけれど、僕にとっては何よりも価値のあるものだ。
「……これは、神代さんのために決まってるよ」
「…………っ!」
「神代さんが、指を絆創膏だらけにして作ってくれたから。……僕にとって、これはただのミサンガじゃないんだ。……僕のことを、ちゃんと見てくれる人がいるんだって、勇気をくれるお守りなんだよ」
神代さんは息を呑み、顔を伏せた。
彼女の肩が、微かに震えている。
(((((((((((((((((((((((((((((((((ア、ア、ア…………(感無量で声にならない絶叫)!!!!! 勇気をくれるお守り……。私、そんな存在になれてたの……? 嫌われてると思ってた、怖がられてると思ってた。でも、彼は私の『本音』を……言葉にできない私の不器用な愛を、ちゃんと受け取ってくれていたのね……!!))))))))))))))))))))))))))))))
神代さんはゆっくりと顔を上げた。その頬は、炎のせいだけではない熱で赤く染まり、瞳には一筋の涙が浮かんでいた。
「……バカね。……そんなものにお守りの効果なんてないわ。……でも、貴方がそこまで盲信しているなら、私が一生、そのお守りの役割を担ってあげてもいいわよ」
「……それって」
「……勘違いしないで。貴方が一人で勝手に自滅して、私の隣の席が空席になるのを防ぎたいだけよ。……だから、その……」
彼女は僕のシャツの裾を、ぎゅっと、引きちぎらんばかりの力で掴んだ。
「……これからも、私の隣にいなさい。……私の『心の声』が、貴方に届かなくなるその日まで。……いいわね?」
(((((((((((((((((((((((((((((((((((言えたあああああああああああああ!!!!! 事実上の終身雇用契約! いえ、永久不変の愛の誓約よ!! 佐藤くん、逃がさないわよ! 貴方がおじいちゃんになって、私の声が聞こえなくなっても、私は貴方の耳元でこの愛を叫び続けてあげるんだからあああああ!!)))))))))))))))))))))))))))))))))
僕は、彼女の小さな手を、上からそっと包み込んだ。
「……ああ。よろしく、お嬢様」
夜空に大きな花火が打ち上がった。
爆音にかき消されて、彼女の本当の言葉は届かなかったかもしれない。
けれど、僕の脳内には、誰よりも一途で、誰よりも激しい「大好き」という叫びが、花火よりも鮮やかに響き渡っていた。
不器用な令嬢と、彼女の本音を知る僕。
二人の物語は、この火祭りの夜を経て、新しい章へと進んでいく。
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